「優真!」

 優真を追いかけて辿り着いた場所は屋上だった。
 開きっぱなしになっている扉をくぐると、空が淡い紫から茜色へ綺麗にグラデーションしていた。
 優真は高いフェンスの前でひとり校庭を見下ろしていて。

「優真……?」

 ここからではその顔がよく見えなくて、俺は息を整えながらゆっくりと近づいていく。

(……泣いてるのか?)

 この時間、屋上には運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏など様々な音が響いてくる。軽音部の他のバンドの演奏もその中に混じっていた。

「学校の屋上、憧れてたんだよね」
「え?」

 あっけらかんとした声が返ってきた。
 優真は笑顔だった。

「ほら、小学校って屋上立入禁止だったじゃない?」
「あ、あぁ」

 確かにそうだったなと思い出して、でも今はそんなことどうでもいい。
 
「あのな、優真」
「あーあ、やっぱり夢だったんだ!」

 俺の言葉を遮るように優真は言って夕焼け空を見上げた。

「最初っから夢みたいだと思ってたし。そんなに都合よく行きっこないよね」
「優真?」
「でもね、この2週間本当に楽しかったし、幸せだったんだ。だから、僕のことは気にしないでよ」
「優真、俺は」

 こちらを見ずに優真は明るく続ける。

「椋くんも言ってたけどさ、美緒さんにとっては最後のステージでしょ? 僕はまだ1年だし、これからまだ何度もチャンスはあるんだし。まぁ、奏汰と一緒に演奏できるチャンスはもうないかもだけど」
「聞けよ優真! 俺はお前と、」

 その腕を掴んでこちらを向かせようとして、バシっとその手を払われた。

 ――!?

 はっきりとした“拒絶”に、俺は驚いて目を見開く。
 優真が、涙をいっぱいに溜めた目で俺を睨んでいた。

「いいって! どうせ奏汰は僕との約束だって忘れてるでしょ!?」

 ずきりと胸が痛んだ。
 優真は自分の口から出たその言葉に自分で驚いた様子で俺から視線を逸らした。
 その口元が精一杯笑おうと歪むのを見た。

「……8年だもん。忘れたってしょうがないよ。僕が、ただひとりでずっと憶えてただけだし。だから、奏汰は何も悪くない。……だけど、やっぱりちょっと……悔しい、かな」

 そうして、優真は何も言えない俺の横をすり抜け去っていった。

 ――動けなかった。

 先ほどのように、優真を追いかけることが出来なかった。



 ひとり部室に戻ると、どこかで待機していたのだろうか、美緒がいた。
 美緒は椋と一緒に俺に頭を下げた。
 迷惑をかけたことを謝罪され、迷ったけれどやっぱりこんなかたちで終わらせたくはなくて、全曲なんて言わない、1曲だけでも演奏させてもらえないかと涙ながらにお願いされた。
 優真にも謝罪と共にそう伝えたいと言われ、俺はすぐさま優真にメッセージを送った。
 しかし、いくら待っても既読にもならず、このまま練習する気分にもなれず、俺は優真を説得してくると言って先に帰宅することにした。もしまだ帰っていなかったら探すつもりだった。

「優真くんならもう帰ってきてるわよ」

 帰宅すると、母がきょとんとした顔で言った。
 確かに玄関には優真の靴があった。

「明後日本番なのに、今日はふたりとも早いのね?」

 母にそう言われ、俺は今日は自主練日なんだと適当に誤魔化して2階へと上がった。

 少しの緊張を覚えながら優真の部屋のドアをノックをする。
 しかし反応はなくて、俺は仕方なく廊下から声をかけた。

「優真、メッセージ見てくれたか?」

 ……返事はない。

「皆、お前を待ってるから。美緒は一曲だけでいいって言ってる。だから、他は予定通りに」

 ガチャ、とそのときドアが開いた。
 優真は俺と目が合うと、にこりと笑った。

「僕のことは気にしないでって言ったのに。美緒さんにも皆にもそう伝えてよ。奏汰だって、3年間の集大成でしょ。頑張ってよね」
「でも、」

 バタンとそこでドアは閉じられた。

「優真……」

 俺の声が虚しく廊下に響いた。


 ――俺のせいだ。
 やっぱり俺が、優真との約束を忘れてしまったから。
 優真は俺と離れていた8年間ずっとその約束を大切にしていてくれたのに。

(そんなの、怒って当然だろ)

 自室に戻って、俺は自分のバカ過ぎる頭を両手で叩いた。

「くっそ、なんで思い出せねーんだよ……っ」



 いつもより少し早い夕飯時、優真は表面上はいつも通りだった。
 でも、結局一度も目が合うことはなかった。

 その夜、俺はひたすら自主練をした。
 元々美緒を含め弾くはずだった曲と、この2週間優真と練習してきた曲、どちらも指先が痛くなるまで練習した。

 ……隣の部屋からピアノの音色が聞こえてくることはなかった。


   ***


 土曜の朝。
 部室に集まると律は言った。

「優真はやっぱダメか?」
「ああ、今朝も誘ってはみたんだけどな」
「ごめん、私のせいで……」
「いや、元は俺のせいだから」

 美緒と椋が続けて申し訳なさそうに頭を垂れて、俺は首を振った。

「や、お前らのせいじゃない」
「え?」

 皆が俺を見た。
 俺は視線を落として言う。

「詳しくは言えねーけど、今回のことは全部俺のせいなんだ」
「どういうこと?」
「……あのさ、俺の勘違いだったらごめんなんだけど」

 律が言いにくそうに続けた。

「あの「IMY」って、優真のお前への歌だったりする?」

 ドキリとした。
 どうしようもなく顔が熱くなって、その熱はどうやったって誤魔化せそうになかった。
 俺の沈黙を肯定と取ったのか、律は「やっぱりね」と小さく息を吐いた。

「まぁ、優真のあの態度見てたらバレバレなんだけどさ」

 恐る恐る顔を上げると、椋も少し気まずそうに笑っていた。
 それを見て椋も気付いていたのだとわかった。

「え、なに、どういうこと? 「IMY」ってなに?」

 美緒だけが、わけがわからないという顔で俺たちをキョロキョロと見回していた。



「はぁ!? なにそれ最悪! そんなの優真くん可哀想過ぎじゃんね!」
「だから、俺のせいだって言ってるじゃん……」

 仕方なく美緒にも軽く事情を話すと(勿論キスの話なんかはしていない)もの凄い勢いでダメ出しされた。
 そういえばこういう奴だったなと思い出す。

「私だって最悪だけどさ、私がもし優真くんの立場だったらマジ無理。即アメリカ帰るわ」
「言うなって、へこむから……」
「思い出せねーのかよ、奏汰」

 椋にも言われて俺は椅子に座ったまま頭を抱え唸る。

「小さな頃、優真くんのピアノに合わせて奏汰がギターボーカルやってたんでしょ?」
「……俺はそんときまだエアーだったけどな」

 美緒が腕を組んでうーんと唸る。

「奏汰のことだから、帰ってきたら一緒にバンド組もうぜ~とか言ったんじゃないの?」
「あー、言いそう」

(一緒に、バンド組もうぜ……?)

 美緒のその台詞を聞いた途端、頭の中でパチリと何かハマる音がした。

「……言った、ような気がする……」
「え?」

 皆が俺を見る。

「俺、優真とそんな話してた気がする」


 ――アメリカになんて、僕行きたくない!


 そんな優真の泣き顔が蘇って、次の瞬間、サーっと霧が晴れるように、そのときの記憶が鮮明になった。

「あぁーーーー!!」

 デカい声を上げて勢いよく立ち上がると、律が「うっせ」と顔をしかめた。
 俺は小さく呟く。

「……思い、出した」


   ***


「絶対それじゃん」
「間違いねーな」

 俺は大きく頷く。

「それをこれまで忘れてたとか、ほんと無いわ~」
「うっ……」

 美緒に痛いところを突かれて呻くが、やっと思い出せたことに安堵する。
 そして同時に改めて酷い罪悪感を覚えた。
 優真に、今すぐに謝りに行きたいと思った。

「でもさ、今そのことを言っても、優真くん戻って来にくいんじゃない?」
「確かに……」

 美緒と椋のため息を聞いて、俺はぐっと拳を握る。

「今は、明日のために練習しよう」
「え? でも、優真くんは?」

 俺は皆の顔を見回した。

「優真のことは俺がなんとかする。……それでさ、お前らにちょっと頼みたいことがあるんだ」





 そして、いよいよ学祭当日がやってきた。

 俺たちのバンドは軽音部のステージのラスト、大トリだ。
 この3年間本当に色々とあったけれど、これが俺の、俺たちの高校生活最後のステージとなる。
 そう思ったら、どうしようもなく胸が熱くなった。

 体育館には多くの観客が集まっていた。
 今日は雨が降ったり止んだりの空模様で、だから余計に人が入っているのかもしれなかった。
 緊張は勿論あるけれど、それ以上に自分の出番が待ち遠しくてたまらなかった。


 ――優真には、朝家を出るときに廊下から声を掛けた。

「今日、俺たちの出番ラストだから。絶対、来てくれよな」

 案の定、返事はなかったけれど……。


 軽音部のステージはタイムテーブルの通りおおむね順調に進んでいき、あっという間に俺たちの番がやってきた。

「よし、行くか!」
「うん!」
「おう!」
「っしゃ!」

 皆で声を掛け合って、俺たちはステージ上に出ていく。
 多くの拍手に迎えられながら各々後輩たちが事前に準備してくれた楽器の前に立つ。
 まずは一曲目、MCなしでいきなり律のカウントが入り一斉に演奏が始まる。
 今流行りの曲にワっと観客が沸いた。
 そして美緒の巧みで澄んだ歌声が体育館に響き渡る。

(やっぱ、美緒はすげぇな)

 本心からそう思った。
 俺も負けてはいられないとリードギターの見せ場であるギターソロのシーンでこれまでで最高の演奏をしてみせた。
 お蔭で観客は大盛り上がり。つかみは上々だった。

 2曲目の前に美緒のMCが入り、このバンドの紹介があった。そして美緒のオリジナルソングが始まった。
 美緒の弾き語りから始まる静かな曲に観客が見入るのがわかった。
 それから徐々に俺たちの楽器が加わっていきサビで一気に盛り上がる曲に多くの拍手が起こった。
 
 観客に向かって深くお辞儀をしたあと、美緒は俺の元へ来て満足げな顔でマイクを渡してきた。

「ありがとう、奏汰。あとは任せた」
「おう!」

 そう言葉を交わして、俺はマイクを手に先ほどまで美緒が弾いていたキーボードの前に出ていく。
 ざわざわとし出した観客の前で、俺は一呼吸してからマイクで語り始めた。

「今日は俺たち軽音部のステージにたくさんお集まりいただき、本当にありがとうございます。ライブの途中ですが、少しお時間をもらって、俺からとある奴へメッセージを伝えさせてください」

 観客がどよめく。

(……優真、いるよな?)

 ここからでは観客席が暗くて、その姿がわからない。
 でも絶対に見てきてくれていると信じて、俺は続ける。

「俺とそいつは幼馴染でした。でも小学生の頃にそいつは海外に引っ越すことになってしまって。俺はその時に、そいつと約束をしたんです。いつか戻って来たら、一緒にバンドを組もうと」


 ――そう。あのとき、俺たちは約束をしたのだ。



「もう泣くなよ、優真」

 俺に抱きついて離れない優真の頭を撫でながら俺は言う。

「だって、すごく遠いんだよ? 次いつ会えるかわからないんだよ? アメリカになんて、僕行きたくないよ!」

 そんな優真に俺は精一杯の笑顔を向ける。

「何言ってんだ、優真。優真はラッキーなんだぞ」
「え?」

 呆けた顔でこちらを見上げた優真の前にぴんと人差し指を立てる。

「アメリカはな、ロックの本場なんだ」
「ほんば?」

 優真がぱちぱちと目を瞬く。

「そう。だからさ優真、俺の代わりにアメリカで本場のロックたくさん聴いてきてくれよ」
「!」
「そんでさ、こっちに戻って来たら、一緒にバンド組もうぜ!」

 にぃっと笑うと、涙でいっぱいだった優真の目がキラキラと輝き始めた。

「奏汰と僕が、バンド?」
「ああ!」
「絶対?」
「絶対!」
「絶対だよ! 僕、絶対にここに戻ってくるから! そしたら奏汰、僕とバンド組んでね!」
「ああ、約束だ!」

 そうして、俺は優真と指切りを交わしたのだ。



 ぐっとマイクを握り締めて、俺は続ける。

「そいつが、最近こっちに帰ってきました。しかも、この高校に編入したんです。だから今、この場であの日の約束を果たしたいと思います」

 俺はマイクを外し大きく息を吸い込んでから思いっきり叫んだ。

「優真! 出て来いよ! 一緒に演奏しようぜ!!」

 観客がざわめく。

 ……これで優真がいなかったら最悪だ。
 でも、きっといる。
 きっと来てくれていると信じていた。

 と、体育館の脇から早足にステージに向かってくる長身の人影があった。
 そいつはそのままステージ脇の階段を上がってくる。
 そのぶすっと口を尖らせた横顔は間違いない。

 ――優真だ。

 優真は俺の前まで来ると、赤い顔で睨みつけてきた。

「よくこんな恥ずかしいこと出来るよね。馬鹿じゃないの?」

 そんな毒舌に、俺はにっと笑って返す。

「キスよりは全然恥ずかしくねーし」

 勿論、マイクは外して。
 そのまま俺は真面目な顔で謝った。

「ごめんな、優真。約束、やっと思い出した。だから、また俺たちと一緒にバンド組もうぜ」

 そうして手を差し出す。

「……っ」

 優真は口を真一文字に結んで俯いた。
 少しして、小さく震える声が聞こえた。

「しょうがないなぁ」

 次に顔を上げた優真は、泣きそうな顔で笑っていた。

「やるよ。ううん、やりたい。また、奏汰たちと一緒に演奏したい……!」
「こっちこそ、頼む!」

 そうして俺たちはしっかりと手を握り合った。

 盛り上げるように律がドラムを鳴らす。
 椋もベースでグリッサンドしてカッコ良く低音を響かせた。
 観客席の方からも口笛や拍手が聞こえてくる。

 そんな中、美緒がキーボードの位置を少し後ろにずらして、優真を呼んだ。

「色々とごめんね、優真くん。優真くんの演奏、楽しみにしてるから!」
「ありがとう、美緒さん」

 そんなふたりの会話を聞いてから俺はマイクをマイクスタンドに差し込んだ。

「大変お待たせしました。それでは、最後に聞いてください。俺たちのバンドのオリジナルソングで『IMY』……」



  *エピローグ*

「あっ! 見てよ奏汰、虹! ほら、虹が出てる!」
「お、ほんとだ。ラッキーだな」

 ステージの片づけを終えた後、俺は優真に誘われ再び屋上に上がった。
 優真の言う通り、雨上りの空には綺麗に虹がかかっていた。

 ――俺たちの演奏は大成功だった。
 優真との約束を思い出したからか歌詞が以前よりも胸の深いところまで刺さって、歌声にこれまでで一番気持ちが込められた気がした。
 恥ずかしいという気持ちは不思議と全く起こらなかった。
 お蔭で演奏が終わると体育館は大歓声に包まれた。
 舞台袖に下がっても鳴りやまない拍手とアンコールに答え、俺たちはもう一度ステージ上に出て行った。
 そこでは昔エアギターで優真と演奏していたあの思い出の曲を披露した。

 まだ興奮冷めやらず、俺は大空に向かって叫んだ。

「あー! もう、これ以上ないってくらい最っ高なラストステージだった!」

 優真がそんな俺を見てクスクスと笑う。

「良かったねぇ、奏汰」
「優真もな」
「え?」

 目を瞬いた優真に笑顔で言う。

「夢なんかじゃなかったろ?」

 その目が大きく揺れて、それから優真は嬉しそうに頷いた。

「うん」
「ま、それもこれも全部、優真のお蔭だけどな。本当にありがとな!」

 すると優真はにっこりと笑った。

「報酬はキスでいいよ?」

 がくっと肩が落ちる。

「……それ、まだ続いてるのかよ」
「勿論! 今日は2回だね」

 楽しそうにピースした手を振る優真を見て俺はふぅと息を吐く。

「わかったよ」

 学祭ライブは無事終了したのだ。
 ということは、この報酬もこれで最後。
 優真とのキスも、これが最後だ。

 ……最後……?

(え?)

 それを少し寂しく感じてしまった自分に気付く。

(――ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして、俺……)

 顔がどんどん熱くなっていって、そのとき、いつの間にか優真の整った顔がすぐ近くにあった。

「ん……っ」

 キスされたことに気付いて、俺は大きく目を見開く。
 もう何度もしているのに、いつもとは何かが違った。
 顔だけじゃない、全身に広がっていく熱に戸惑いを覚える。
 ドキドキとやたら煩い心臓の音に困惑する。

(なんだ、これ……っ)

 しかも、離れたと思ったらぺろりと唇を舐められた。

「っ!」

 優真が悪戯っぽく笑っていて。

「僕からしちゃった。なんか奏汰、キスして欲しそうな顔してたから」
「ば、馬鹿か! ここ学校だぞ!? 誰に見られてるか……っ」

 全身の熱を誤魔化すために俺は怒鳴りながら周囲を確認した。

「別に見られたっていーじゃん」
「良くねーし!」

 俺の答えに優真はムーっと唇を尖らせた。

「でもさ~奏汰、約束思い出して勝手にすっきりしてるみたいだけど」
「え?」
「間違ってるからね」
「えっ!?」

 驚き過ぎて声が思いっきりひっくり返ってしまった。

 帰って来たら一緒にバンドを組もうという約束。
 てっきり、それに違いないと思っていたのに。

(間違ってた……?)

 ショックのお蔭で全身の熱は一気に冷めたけれど。

「まぁ、確かにそういう約束もしたけどさ、僕がアメリカで本当に支えにしてた約束はね」

 呆然としている俺に近づいて優真は囁くように言った。

「大人になったら結婚しようねって約束」
「!?」

 俺はぎょっと目を剥いた。

「なっ、なんだそれ! 嘘だろ?」
「嘘じゃないですー。証拠だってちゃーんと残ってるし」
「証拠!?」

 すると待ってましたとばかりに優真はポケットからスマホを取り出すと、素早く指で操作して俺に画面を見せてきた。

 そこには、かつての幼い俺と優真が映っていた。
 おそらくは俺の部屋で机に置いたゲーム機か何かで録画しているのだろう、画質は荒い。
 俺はどうやら撮られていることに気づいていないようで、ベッドに寝そべってゲームをしている。

『ねぇ、奏汰!』
『んー?』
『大きくなったら、僕のお嫁さんになってよ!』
『お嫁さん? ははっ、何言ってんだ優真。俺は男だからお嫁さんにはなれないだろ』
『えー、でも、僕奏汰と結婚したいな!』
『結婚かー、男同士って結婚できるっけ?』
『出来ないの?』
『うーん、わっかんねーけど、出来んならいいよ。俺、優真と結婚しても』
『ほんと!?』
『ああ』
『じゃあ、約束ね!』
『ああ、約束な』

 そこで動画は終了した。

「ほーらね? 完っ璧な証拠でしょ」
「……」

 俺は愕然として、いやいやいやと首を振る。

「こんなの、証拠になるかよ!」
「えー、僕はずーっとこの約束を支えに8年間頑張って来たのになー」
「うっ」

 それを言われるとまだ弱い。

「でも、その約束はちょっと……」
「まぁ、日本じゃまだ無理みたいだけど、僕は諦めてないよ。アメリカに奏汰を連れて行ったっていいしね」

 にこーっとご機嫌に笑う優真から、もう逃げられる気がしなくて。
 でも、それを心底から嫌がっているわけじゃないことに気付いてしまって。

「とりあえず、今日の報酬にあと一回、キスしてね。奏汰!」

 その無邪気な笑顔にいつか、それも結構近いうちに絆されてしまいそうな自分が怖かった。


 ――そんな俺たちを祝福するかのように、空では虹が見事な二重のアーチを描いていた。




 END.