会いたいのに 会えない
夢の中でなら すぐに君に会いに行けるのに
会えないのに 会いたい
僕に「恋しい」という感情を教えてくれた君に
優真オリジナルソング「IMY」のサビの歌詞だ。
ちなみに「IMY」とは「I miss you」のスラングらしい。
今日だけで一体何度歌っただろう。
学校を出る頃には、俺の心は羞恥により疲弊しきっていた。
まさか自分への想いを込めたラブソングをそいつの目の前で歌うハメになるなんて。
そして、10日後にはこれを全校生徒の前で歌わなければならないのだ。
(どんな羞恥プレイ……や、公開処刑だろこれ……)
しかも練習の合間に椋がニヤニヤ顔で言ったのだ。
「もしかしてこれってさ、優真の実体験だったり?」
ギクリとした。
「遠距離恋愛の歌っぽいし。アメリカにいた頃こっちに好きな子がいたとか?」
するとそのタイミングで優真がちらっとこちらを見て、俺は慌てて目を背けた。
(こっち見んなって!)
「……内緒。」
「内緒か~、いいなぁ~、俺も恋してぇーー!」
椋が天井に向け叫んで律にうるさいと怒られていた。
……ちなみに椋は美緒にも浮気相手からも振られ今完全にフリーらしい。
自業自得だと律が呆れていた。
(でも、慣れるしかないよな)
いつまでも恥ずかしがってはいられない。何しろ時間がないのだ。
あと10日で完璧に仕上げないとならない。
その意味では、家でも優真とふたりで合わせ練習できるのはラッキーだった。
勿論あまり遅くは近所迷惑になるので常識の範囲内でだが。
「ねぇ、ちょっと公園寄っていかない?」
「え?」
家までもう少しというところで優真は言った。
「ほら、昨日一緒に行こうって言ってたでしょ。昔よく遊んだ公園」
「あ、あぁ、そうだったな」
昨日は優真の告白でそれどころじゃなくなってすっかり忘れていた。
本当は早く家に帰って練習したかったけれど、少しくらいならと俺はわかったと頷いた。
「わー、懐かしい! ブランコも滑り台もまだある!」
住宅街の片隅にひっそりと存在するその公園が見えてくると、優真は子供のように駆け出して中に入っていった。
(ああいうところは、昔と変わってないんだけどなぁ……)
一体何が彼を変えてしまったのだろう。
「日本の公園、遊具がどんどん消えてってるって聞いてたから心配してたんだよね」
優真は早速2つ並んだブランコの一方に腰掛け嬉しそうに言った。
俺もこうして中に入ったのは久しぶりだ。
この時間、小さな街頭に頼りなく照らされた公園には他に誰もいない。
あの頃は広く思えた公園が、少し狭く感じられた。
暗いせいもあるかもしれないが、それだけ自分が成長したということだろう。
「確かに、ここはほぼあの頃のまんまんだな。あ、でも砂場がなくなったか? 昔この辺にあったよな、砂場」
「あったあった! よく泥団子作ってたよね」
「どんだけ硬く出来るかってな。や〜ガチで懐かしいな」
言いながら俺も背中のギターが引っ掛からないよう気をつけつつもう一方のブランコに腰を下ろした。
隣の優真はもう漕ぎ始めている。
背のデカいやつがこんな小さなブランコを漕いでいると壊れて落ちてしまわないかと少しハラハラした。
「ずっとここに戻ってきたかった」
「え?」
ブランコを漕ぎながら優真は星がちらつき始めた空を見上げていた。
「アメリカになんて行きたくなかった。ここから離れたくなかった。ずーっとここで、奏汰と遊んでいたかった」
「優真……」
「だからね、ここ数日間ずっと夢みたいなんだ」
優真がこちらを見て笑った。
「奏汰は元々友達たくさんいたし、僕がいなくなってもそんなに変わらなかったかもしれないけど」
「俺だって」
「え?」
聞き捨てならなくて、俺は優真を真剣に見つめた。
「俺だってお前がいなくなってすげぇ寂しかったよ」
優真の目が大きくなるのを見ながら俺は続ける。
「そりゃそうだろ。小さな頃から毎日のように遊んでた奴が急にいなくなったんだぞ。友達とは全然違う。お前は俺にとって弟みたいなものだったんだからな。寂しかったに決まってんだろ」
確かに友達はいたけれど、優真の存在は俺にとって別格だった。
弟、そう、家族みたいなものだったのだ。
すると、優真はふっと視線を落とした。
「弟、か……」
「え?」
地面に足をつけてブランコを止め、優真はこちらを見た。
「そうだ。今日の分のキス、まだもらってなかった」
「!」
今の今まですっかり忘れていた。
一気に顔に熱が集まる。
「今日フルで演奏したのは1回だけかな」
そうして優真はブランコに座ったまま、ニコニコとこちらを見つめた。
……自分から動く気はないのだとわかって、俺は意を決してブランコから立ち上がった。
そのまま優真の前に立って、その笑顔を見下ろす。
(そういや、俺から行くのはあのチークキス以来か?)
でもあれは頬だったし、それに優真の気持ちを知らなかったからなんとか出来たことで。
……でも、約束は約束だ。しかも今日は一回だけ。
ガチャと俺はブランコの鎖を掴んで身体を屈め、思い切って優真の唇に軽いキスを落とした。
めちゃくちゃ恥ずかしくてすぐに離れると、優真は嬉しそうに笑っていた。
「初めて奏汰からちゃんとしてくれたね」
「……っ」
「やっぱり、夢みたいだ」
あの頃と変わらない無邪気な笑顔に見上げられて、胸のあたりがきゅっと苦しくなった気がした。
***
「じゃ、おやすみ。また明日な」
「うん。おやすみ~」
優真の部屋を出て、俺は自室に戻りすぐにベッドに横になった。
天井を見上げ、今日も色々あったなと息を吐く。
……優真は、あれ以来俺に強引にキスしてきたりはしない。
報酬以外でキスを求められることもない。
だから、そのとき以外は出来る限り普通に、友達として接していた。
目を閉じると、頭の中につい先ほどまで歌っていた「IMY」のメロディが流れはじめる。
君と交わしたあの約束が 今も僕の支えになっているんだ
あの約束があれば いつでも君が傍にいる気がする
いつか果たされるときを夢見て 僕は今日もこの旋律を奏でてる
(約束、か……)
「IMY」のCメロの歌詞だ。
この歌が優真の俺への気持ちだというなら、間違いなく、これは昨日優真が口にしていた約束のことだろう。
俺は、優真と何を約束したのだろうか。
何度頭をひねっても思い出せなくて、もどかしかった。
それに、優真に申し訳なかった。
憶えているのは、別れ際うちの前で目に涙をいっぱいに溜めた優真に抱きつかれたことだ。
「嫌だ。僕、やっぱり行きたくない!」
「優真……」
優真のお母さんが、困ったふうにその名を呼んでいる。
でも優真は俺から離れようとしなくて。
「奏汰ともう遊べないなんて嫌だ! 僕行かない! ずっと奏汰の傍にいる!」
そんなふうに泣かれて、俺だって多分泣く寸前だった。
でも、その頃の俺は優真の兄貴ぶっていたから、きっと泣くのを我慢して優真に言ったのだ。
何か、優真が気持ち良くアメリカに行けるような言葉を掛けたのだ。
きっとそれが優真と交わした約束……な気がする。
(あ~~もう、なんで思い出せねぇかな~~)
ベッドの上で頭を掻きむしりながら俺は寝返りをうった。
……この壁の向こうに優真がいる。
訊いてしまうのは簡単だ。
でもなんとか自分で思い出したかった。
優真もそれを待っているような気がした。
それに。
(俺、これからどうすりゃいいんだろう)
優真の気持ちはこれでもかというほどに伝わっている。
でもあいつは、俺にその答えを求めてはこない。
ただ俺の反応を楽しんでいるだけに見える。……今は。
でも、ずっとこのままでいいはずはない。
きっといつかはちゃんと答えを出さなければならないだろう。
(俺の、答え……か)
俺は、優真のことをどう思っているのだろう。
自分のことなのに、わからなかった。



