「というわけで、直前で悪いんだけど……」

 昼休み、別クラスの椋と律を廊下に呼び出し昨夜の件を話すと、ふたりとも快く頷いてくれた。

「寧ろ、その気になってくれて助かったわ」
「こっちは全然問題なし」

 それを聞いてほっとする。

「精一杯やってみるつもりだ。それで、あとの2曲をどうするか今日の部活で話し合いたいと思ってさ」

 と、ふたりは何やら目配せをした。
 そして言いにくそうに口を開いたのは椋だ。

「なあ、奏汰」
「ん?」
「今日もアイツ……優真は来てくれるんだろ?」
「ああ、頼んである」


 ――朝、少しの気まずさを感じながらもまた夕方4時に部室に来て欲しいと言うと優真は何事もなかったかのように笑顔で頷いた。

「わかった。でも、昨日みたいに遅れてこないでね。でないとまた」
「わかってる! 絶対間に合うようにするから。頼んだ」

 優真の言葉に被るように言って俺は玄関を出た。

 ……優真に軽音部に来て欲しいと頼むことは、優真とキスをするということで。
 なんだかまるで俺がキスをせがんでるような気になってきてぶんぶんと首を振った。

(違うから! 今は優真に頼む他ないからで……)

 でもそれはそれで、突然お願いしたのに快く引き受けてくれた優真に失礼過ぎる。
 そもそも、お礼がしたいと言ったのは俺の方だ。

(でもまさか、優真が俺のことを好きなんて思わないだろ)

 途端、昨夜のキスを思い出しまた顔が熱くなって俺はもう一度大きく首を振ったのだった。


「優真が、どうかしたか?」

 なんとなく、ふたりの表情に不穏なものを感じて訊く。

(まさか、俺と優真がキスしてるとこ見られたとかじゃねーよな?)

 と、椋は声を潜め言った。

「あいつさ、ぶっちゃけすっげぇ扱いづらいんだけど」
「え?」
「良く言やクールキャラなのかもしんないけどさ、無愛想っての? 俺らが話しかけても全然反応薄いし、目も合わせてくれねーの」
「……優真が?」

 俺はぱちぱちと目を瞬きながら、そういえばクールって誰かも言ってたなと記憶を辿り、昨日部室前に集まっていたうちのクラスの女子だと思い当たる。
 確か優真のことをクールイケメンとか言っていた。

「そんなことないだろ」
「お前の前ではな!?」

 そこだけめちゃくちゃデカい声で言われ、ついでにがしっと強く両腕を掴まれた。
 椋はそのまま俺の眼前で必死な様子で続けた。

「お前と俺らとの対応の差がすっげぇの、とにかく!」
「そ、そんなにか?」
「ガチで見て欲しい! な!?」

 椋が律に同意を求め、律はこくりと頷いた。

「飼い主にはめちゃくちゃ懐いてるけど他の奴には見向きもしない犬みたいな感じ」
「犬って……」
「だから奏汰、昨日みたく絶対遅刻すんなよ!」

 優真と同じことを言われ、俺はその勢いに少し気圧されつつ頷いた。

「わ、わかった。急いで行く。今日は日直じゃねーし大丈夫だ」

 と、律が小さく息を吐いた。

「アイツこれから一年のクラスに入るんだろ? あれでうまくやっていけんのかな。余計なお世話かもしんないけどさ」

 そうして律は廊下の窓から一年のクラスのある方を見つめた。



 廊下を歩きながら頭をひねる。
 拗ねたり怒ったりする顔を見たことはあるが、無愛想でクールな優真が全く想像できなかった。
 小学生の頃を振り返ってもやっぱり一緒に笑っているイメージしかない。

(でもそういや、優真が俺以外の誰かと遊んでいるところは見たことねぇな)

 そして、ふと思い出したことがあった。
 昔近所の公園で、俺の同級生連中と優真も一緒に遊んだことがあった。そのとき優真はずっと俺の後ろに隠れていた気がする。

(ひょっとしてアイツ、人見知りか?)

 だとしたら、今もそれが治っていないのだろうか。

(そんで、今も昔も俺にだけは心を開いてくれてるってことか……?)

 ……それは、悪い気はしないけれど。

 知らず口元が緩んでしまって、俺はいやいやと首を振った。

(でも確かに、折角この高校に編入してもクラスに馴染めなかったら可哀想だな)

 あんなイケメンだ。女子たちはきっと放っておかないだろうが、そのまま一匹狼になってしまう可能性はある。
 確か正式に一年のクラスに入るのは来週だと言っていた。

(その前にちょっと話してみるか)

 そうして、俺は足早に自分の教室へと戻った。


  ***


 HRが終わりソッコーで部室に行くと今日は一番乗りだった。
 これで皆から何も言われずに済むなとほっとしつつ機材の準備をしていると次に入ってきたのは優真だった。

「ありがとな。ってか早いな。まだ15分前だぞ」

 掛け時計を見ながら言うと、優真はちょっとムっとしたような顔で言った。

「昨日だってこのくらいの時間に着いたんだけど」
「あ、そうだったのか」

 だとしたら、一時間近く待たせてしまったことになる。

「ほんと、昨日は悪かったな」

 と、優真は早速キーボードの準備を始めながらしれっと言った。

「だって、僕は早く奏汰に会いたいし」

 どきりとする。
 同時に俺は焦りを覚えた。

「あ、あのな、優真」
「なーに?」
「椋や律の前では、そういうのは無しで頼むな」

 すると優真は準備の手を止め俺の方を見た。

「そういうのって?」
「だ、だから、その」
「僕が奏汰が好きってこと?」
「! そ、そう」

 顔が赤くなるのを感じながら俺は頷く。

「ふたりは何も知らないからさ……」

 そういえば昨日も皆の前で思いっきりハグされたのだ。
 あのときはまだ俺も優真の気持ちを知らなかったから、ただ驚いただけで済んだけれど。
 告白を受けた今、俺自身平然としていられる自信がなかった。
 
 優真はちょっと口を尖らせて言った。

「わかったよ。僕だって奏汰に迷惑を掛けたいわけじゃないし。皆のいる前でそれっぽい言動は控えるようにする」
「ありがとな」

 気まずいながらも笑顔でお礼を言うと、優真も笑顔になった。

「その代わり、ふたりっきりのときは好きって言うしハグもキスもしていいよね?」
「していいとは言ってねーから!」
「なんの話だ?」

 ガラっとそのとき部室の扉が開き椋と律が入ってきて心臓が止まるかと思った。

「何がしていいって?」
「な、なんでもない! こっちの話!」

 慌てて誤魔化していると、視界の端で優真が肩を震わせているのが見えた。



「よし、これで2曲は決まったな」

 話し合いの結果、2曲目も俺も皆も演奏し慣れた人気バンドのヒットソングに決定した。

「あと一曲はどうするか……」
「これ、オリジナルだよね」

 優真が元々演奏するはずだった楽譜を見ながら言った。

「そう。美緒が、元キーボードの子が作詞作曲した曲。だけど俺には歌えねーし、勝手に歌うのも気が引けるしな」
「あのさ……」
「ん?」

 優真が小さく何か言いかけて口を閉じてしまった。

「どうした?」

 気になって訊くと、思い切るようにして優真は再び口を開いた。

「……僕の、オリジナル曲はダメかな」
「え?」

 皆が驚く中、優真は自分のバッグから楽譜を取り出した。

「これ、なんだけど……」

 ちょっと気恥ずかしそうに差し出されたそのファイルを俺は受け取り、椋と律にも見えるように机に広げた。

「一応バンドスコアにしてみたんだけど、おかしなとことか、やりにくいとこがあったら全然変えちゃっていいし」

 ギターボーカル、ベース、ドラムス、ピアノ。
 ぱっと見、どのパートもそれほど難しい箇所はなさそうだ。
 おそらくはロックバラード。

「すげぇな優真、作詞作曲も出来んのか」
「でも実際に演奏したことはないし……。やっぱ今からじゃ、さすがに無理かな」

 俺たちは顔を見合わせて頷く。

「なんとかなると思う」
「ほんと?」

 優真の目が期待に輝く。

「まだ10日あるし。俺らなら行けんだろ」
「うん、やってみよう」

 椋と律が笑顔で答えると、優真は頬を紅潮させて頭を下げた。

「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとな優真。お蔭でセトリ決定だ!」
「うん……!」

 優真は満面の笑みで頷いた。



「悪ぃ、奏汰」

 その後、椋と律がこっそりと俺に謝罪してきた。

「昼間言ったこと撤回するわ」
「え?」
「あいつ、あの顔であれはズルイ。お前があいつを可愛がってる理由がよーくわかったわ」
「え……」

 律も神妙な顔で頷いた。

「何あれメロ過ぎ。あれはモテるね。間違いない」

 だろ?と笑いながら、そんなメロ過ぎる奴に今好意を伝えられて困ってるなんて絶対に言えねーなと思った。


 そして、更にその後のことだ。
 早速、優真オリジナル曲のパート練習をすることになり、俺はその歌詞をよくよく読んで気づいてしまった。

(ちょっと待ってくれ……これって)

 がっつりラブソングだった。
 しかも、会いたくても会えない切ない恋心を綴ったもので。
 優真の気持ちを知ってしまった俺には、どう見ても優真の俺への想いを込めたラブソングにしか思えなかった。
 恐る恐る優真の方を見ると。

「奏汰のボーカル、楽しみにしてるね」

 俺が気付くのを待っていたかのように、優真はにっこりと笑った。

(マジでか……)

 これから練習の度に羞恥心と戦わなければならないのだと知り、俺は愕然としたのだった。