店内は平日ということも相まってか、比較的空いていた。
気持ちの良い笑顔で出迎えてくれた女性店員が案内してくれた席に、それぞれ順に腰をおろしていく。
席順は男子二人と女子二人が自然と向かい合う形になり、僕の真正面の席にはふみちゃんが座っていた。
「みんな何頼む?とりあえずドリンクバーは頼むよね?」
メニューを取ろうとした立花さんを遮るように、としが全員に向かって問いかける。
「私はいいや。ふみはどうする?」
ふみちゃんも首を二回横に振り、『いらない』と答えた。
「二人とも水で大丈夫なの?」
としが心配そうな声色で女性陣に問いかける。
「私たちは大丈夫。二人は遠慮せずに飲んでいいよ」
「それなら遠慮なく。啓太も飲むよな?」
「……うん」
二人に申し訳ないと思うが、今自分の頭の中を占めているコーラを飲みたいという欲求にはどうしても抗うことができなかった。
それからみんなで食べられるだろうということでマルゲリータピザ、としが個人的に何か食べたいということでミートスパゲッティを先ほどの女性店員に注文した。
「それにしても由香ちゃんほんと背高いよね!何か部活入ってるの?」
以前ならとしが立花さんをいきなり下の名前で呼んだことに驚いていただろうが、今は感覚が麻痺してきたのか、そのことを当たり前のことのように感じるようになってきていた。
「バレーボール部」
「予想的中!由香ちゃんは絶対バレーボール部だと思ったんだよね!」
予想が当たったことが相当嬉しかったのか、彼は満面の笑みを浮かべている。
「ちなみに俺は何部か、、、」
「野球部でしょ。その髪型とバック見れば誰でもわかるよ」
まるで漫才を見ているかのように、としのボケに立花さんが鋭いツッコミを入れる。
ふみちゃんは堪えきれず、くすくす笑っていた。
「黒木君は何か部活入ってるの?」
「入ってないよ。いわゆる帰宅部だね」
「じゃあ普段家で何してるの?」
「主に読書が多いかな。あとは特にしていることはなくて、ゴロゴロしたりとか」
そこで会話がプツっと途切れる。
少し時が経ち、右側二人がバリバリ現役でスポーツをしている環境にいることを思い出し、墓穴を掘ってしまったことに気がついた。
案の定二人からは、言わずとも思っていることが伝わるような冷ややかな視線をひしひしと感じる。
右側からの圧に耐えきれなくなり、反射的に前にいるふみちゃんと目が合うと、まるで天使が舞い降りたかのような優しい微笑みが返ってくる。
その微笑みは、冷たい視線を一瞬にして掻き消してしまうぐらいの圧倒的力を持っていた。
その証拠に、彼女が微笑みを見せたのと同時にマルゲリータピザとミートスパゲッティが運ばれてきて、運動部の二人の表情が一気に柔らかくなったのだ。
それから学校生活のことや部活、そして好きな音楽の話など他愛ない話をし、刻々と時間は過ぎていく。
その時間は本当に楽しく、あっという間で、今までに感じたことのない時のはやさだった。
「じゃあ遠慮なくラストいただきまーす」
ピザのラスト一切れが、としの体内へと消えていく。
「ほんとよく食べるね」
立花さんが感心しているのか呆れているのか、微妙なニュアンスを含んだ口調で答える。
それから立花さんが荷物を整理し始め、なんとなく四人の間で帰る雰囲気が漂い始めていた。
「ちょっと待った!」
すると突然、としが明らかにお店の雰囲気に不相応な声量で叫んだ。
彼は周りのお客さんを透明人間だとでも思っているのだろうか。
予想通り立花さんは呆れ顔をしており、周りの席から嫌悪感を含んだ香りが鼻をツンツンと刺激してきた。
「八月の花火大会、この四人で行こうよ!」
予想だにしない急な発言に、皆固まってしまう。
僕らの高校の近くにある大きな公園で、毎年夏に花火大会が行われている。
僕には二つ下の弟がいるのだが、昔は家族四人で時々行ったりもしていた。
色とりどりの綺麗で迫力のある花火を、今でも鮮明に覚えている。
束の間花火大会の思い出にふけ、静寂に飲み込まれるように現実に戻ると、立花さんが再び帰る支度を始めていた。
表情から察するに、誘いを断る可能性が高そうだ。
「楽しそうだね。ふみ行こうか」
「……えっ!」
想像していた答えと真逆で、驚きのあまり今度は僕がお店に不相応な声を上げてしまう。
ふみちゃんも『楽しそう!』と言わんばかりの顔で頷いている。
「決まりだね!予定は追々連絡しながら決めていこう!じゃあ連絡先交換しよ」
呆気に取られながらも、としに促され僕も携帯を差し出し、立花さんと連絡先を交換する。
その間ふみちゃんは携帯を出すことなく、みんなが連絡先を交換している光景をじっと見つめていた。
「ふみは携帯持ってないから、私が連絡取り合ってふみに伝える形にするね」
僕たちの疑問を察知してか、立花さんが僕たちが質問するより先に、ふみちゃんの行動の説明をしてくれる。
その時ふと、連絡先を交換しようと勇気を出した河川敷での場面が脳裏をよぎった。
あの時の携帯を持っていないというふみちゃんの言葉は本当だったのだ。
それからまた近々四人で集まろうと約束を交わし、席を立つ。
連絡先を交換できたことが嬉しかったのか、としはにやけ顔で携帯を見ながら僕に伝票を取るよう催促する。
「割り勘でいいよ。私たちも払うから」
「こういうときは男が払うものなの。啓太、いいよな?」
「これから気を遣うのも嫌だし、割り勘でいいの!」
言い争いを始めた二人に、思いがけず毎日のように言い争っているとしと羽田野君の姿が重なった。
その光景があまりにも滑稽で、自然とふみちゃんと目が合い笑い合う。
こんなに充実感に溢れる一日は今までになかった。
この四人で過ごすこれからを想像すると明るい感情しか芽生えてこず、一方通行ではなくしっかりと約束できた夏の花火大会が今から楽しみで待ちきれない。

