御曽根駅に着くと、駅の広さや大きさに圧倒された。
自転車通学で電車にほとんど乗らないので、御曽根駅が特別大きいのかどうかはわからないが、駅にカフェや軽食屋があることに驚嘆する。
御曽根駅の近くにある男子校の制服を着た五人組が、楽しそうに談笑しながらカフェの中に入っていく光景をぼんやり眺めていると、僕はある重大なミスを犯したことに気がついた。
「そういえば駅のどこを集合場所にしたんだ?」
「へっ」
としにいきなりミスを指摘され、動揺のあまり口からほぼ空気だけで形成された言葉がこぼれ落ちる。
「もしかして駅に集合としか書いてないのか?」
「ごめん、そこまで頭が回らなかった」
彼は呆れた感情を存分に詰め込んだ、長いため息をついてから言った。
「こういうときは動きまわるよりもどこかでじっと待ってたほうがいいから、そこのベンチに座って待っていよう」
僕らはカボチャ型の植木鉢が大体正方形になるように四つ置かれてあり、それを取り囲むように設置されているベンチのうちの一つに腰掛け、ただじっとふみちゃんたちが来るのを待つことにした。
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ベンチに座って待ち始めてから、およそ二十分ぐらいが経過しただろうか。
学校を出るときにはひょっこり顔を覗かせていた太陽が、今の僕らの心情を表すかのように、いつの間にか分厚い雲に完全に覆われてしまっている。
これまでに様々な学校の制服を着た学生たちが目の前を通り過ぎていったが、その中に肝心の〝彩美女学園の制服を着た二人組〟は含まれていなかった。
待ち始めた当初は口数が多かったとしも、今では完全に黙り込んでしまっている。
「もしかしたら違う場所で待ってるかもしれないから、ちょっと探してくるね」
僕はそう言って、何個かあるベンチの中で一つだけ異様な緊張感に包まれているベンチから立ち上がり、としの背中側に向かって歩き出す。
もちろんふみちゃんたちを探しに行くのも一つの理由ではあるが、あの緊張感に包まれている空間から一旦抜け出して、心を落ち着かせることが何よりも重要だった。
ベンチから少し離れたところで一度振り返ってみると、まるで僕の心を見透かしたかのように、としが疑り深い目で僕のことを見つめている。
居た堪れなくなって彼から少し視線をずらすと、ちょうど僕らの真向いのベンチに座ろうとしている二人組の女の子と目が合った。
胸が早鐘を打つ。
そこにいたのは紛れもない〝彩美女学園の制服を着た二人組〟の女の子だった。
突然のことに、人見知りスイッチとはまた違うスイッチが作動してしまい、完全に身動きがとれなくなってしまう。
少し派手な髪型と化粧をしている二人組の女子高生が、冷ややかな目を向けながら目の前を通り過ぎていく。
しかし、今の僕の頭の中には他の感情が入る余地がないほど、この見つめ合っている状況を打開するための数々の案でいっぱいいっぱいだった。
背中に湧き出てきた冷や汗が、シャツにじっとり染み渡る。
すると突然、ふみちゃんの隣にいるショートカットの女の子がベンチから立ち上がり、僕のほうへ歩み寄ってきた。
パンク寸前だった頭の中が一瞬にして空っぽになり、再び人見知りスイッチへと切り替わる。
ふみちゃんの親友であろうその女の子が一歩一歩近づいてくるにつれ、僕は彼女のある特徴に衝撃を受けた。
「黒木君ですよね?」
「確かに……黒木です」
僕は顎を上げて、まるで上目遣いで男を虜にする女の子のような格好で答える。
しかし、これは決して狙ってしているわけではなく、顔を上げないことには彼女と目線を合わせることができないのだ。
ふみちゃんの親友であろうその女の子は、とんでもなく身長が高かった。
「はじめまして。ふみの友達の立花由香といいます」
「黒木啓太といいます。よろしくお願いします」
案の定、緊張からなかなか言葉が続いてこない。
なす術もなく沈黙に流され始めると、いつの間にか立花さんの斜め後ろに立っていたふみちゃんと不意に目が合い、お互いに少しぎこちない会釈を交わす。
ただ、彼女が目に入るとざわついていた心の炎に安らぎの雨が降りそそいだかのように、不思議と落ち着きを取り戻し始めている自分がいた。
「そういえば黒木君のお友達はどこにいるんですか?」
視線を僕らが座っていたベンチのほうへ向ける。
すると、ベンチに焦点が合うよりも先に、満面の笑みを浮かべながらこちらに勢いよく駆け寄ってくる僕の友達の姿が目に飛び込んできた。
安らぎの雨が、儚くも降り止もうとしている。
「はじめまして!もしかしてふみちゃんですか?めっちゃデカいですね!」
先ほどよりも激しさを増した炎が心の中に宿る。
「あなた誰ですか?」
「啓太の友達の久保田敏也っていいます!あれっ、話せるんでしたっけ?」
「私はふみの友・達の立花由香といいます」
立花さんが〝友達〟の部分を露骨に強調して答える。
ものすごい形相で答えた立花さんに気圧されたのか、学校では敵なしのとしがたじろいでいる。
僕は驚きのあまり開いた口がふさがらない状態だったのだが、立花さんの性格を熟知しているであろうふみちゃんは、立花さんの背に隠れるようにしてくすくす笑っていた。
「私の後ろで笑ってる、〝綺麗な〟女の子がふみです」
今度はふみちゃんをからかうように、立花さんが〝綺麗な〟の部分を強調して答える。
それを聞いたふみちゃんは、瞬く間に笑顔から困惑した表情に変わり、迷惑そうに立花さんの右腕を軽く揺らした。
「ほんと綺麗ですね!久保田敏也っていいます。ふみちゃんもよろしく!」
ふみちゃんは恥ずかしさとよろしくが混ざり合ったような、複雑な表情を浮かべながら会釈する。
何の躊躇いもなく綺麗とふみちゃんに告げたとしに、少し嫉妬した。
「とりあえずファミレス入って話しますか」
としが目の前に見えるファミレスを指差しながら、立花さんに向けて提案する。
「そうだね。ふみと黒木君もそれで大丈夫?」
ふみちゃんがいつもの優しい笑顔で頷いているのを見て、僕も当たり前な風を装って頷く。
ただ、その行動とは裏腹に、僕の頭の中ではクエスチョンマークの嵐が吹き荒れていた。
なぜなら、僕の頭の中での遊びといえばカラオケ・ボーリング・映画の三つしか選択肢がなかったのだ。
今日も僕らの学校近辺には映画館がないので、映画に決まった場合すぐ移動できるように駅を集合場所にしたようなものだった。
僕にとってファミレスとは、食事をしにいく場所以外のなにものでもない。
しかし今、そんな自分の価値観を凌駕するぐらいの一つの解答が胸から絶え間なく溢れ出てきていた。
その解答はじんわりと全身を包み込み、クエスチョンマークの嵐を鎮めようとしている。
その解答の答え合わせをするべく、隣にいる先生に目を遣ると、先生は僕の解答を待ちわびていたかのような表情を見せていた。
先生が『正解』だと言ってくれることを願いながら答えを述べる。
「楽しみだね!」
するとふみちゃんは、屈託のない優しい笑顔で小さく頷いた。

