机の上に二つの弁当箱が広がっている。
 ひとつは僕ので、もうひとつはとしのだ。
 僕の机なのに大部分をとしに占領されていて、圧倒的に僕のほうが幅が狭い。
 
 夢物語を交換し始めてからもう二ヶ月が経過しようとしていた。
 六月の生暖かい風が、夏の始まりを予感させる。
 それと同時に最近は雨の日も多くなり、梅雨がちらほら顔を覗かせていた。
 今日もぽつぽつと雨が降っており、教室の雰囲気がいつもよりどんよりとしている。
 
 ただ、そんなどんよりとした空気とは裏腹に、僕の心はずっと晴れやかだった。
 夢物語は〝第八回〟まで進んでおり、ふみちゃんと夢物語を通して色んな話をできるのが本当に楽しく、今では月曜日がくるのが待ち遠しくてしょうがない。

 「何にやにやしてるんだよ、気持ち悪い」

 としのとげのある言葉が、僕の心に突き刺さる。

 「ごめん、色々考え事してて」

 「どうせふみちゃんのことだろ」

 返す言葉が見つからない。

 「そういえばふみちゃんと遊んだことはあるのか?」

 「日記を交換する日以外で会ったことはないよ」

 「じゃあ今回の日記で遊びに誘えよ!」

 今週は僕が日記を書く順番だった。
 何の躊躇もない友の勧奨に、いささか流されそうになるが、すぐに我に戻る。

 「急に無理だよ」

 「でも一回ぐらいふみちゃんと遊んでみたいだろ?」

 そう言われればもちろん遊んでみたいが、僕の人生経験上〝遊びに誘う〟という概念自体ないのだ。

 「ただ、いきなり二人でってのもきついと思うから俺がついてってやるよ!」

 「それってもしかして、としがふみちゃんに会ってみたいだけじゃないの?」

 「バカ、ちげぇよ!俺は啓太のためを思って、しょうがなくついてくんだよ」

 慌ててる様子からして、たぶん図星だ。
 それからまだ一言も遊ぶと言っていないのに、としは日程や誘う際の注意点など話をどんどん進めていく。
 もう何故だか後に引ける状況ではなくなってしまったので、急いで鞄からメモ帳を取り出す。
 書いておかないとすぐに忘れてしまう性分なのだ。

 「それとふみちゃんが女の子一人だけだと心細いと思うから、前話してたふみちゃんの親友の子も誘っていいって書いとけよ」

 授業中ではないが、不思議と〝久保田先生〟の授業を受けているような気分になってくる。
 その後も久保田先生のありがたい助言を時間を忘れて聞いていると、きりがついたところで少しの間沈黙が続いた。
 
 としがふと、腕時計に目を遣る。

 「うわっ、もうこんな時間やん!」

 いきなり叫んだ反動で、自然と黒板の上にある時計に目がいくと、時刻は十二時半に差し掛かろうとしていた。
 昼休憩が終わるまでおよそ残り十分。
 
 思えば彼に出会ってから、昼休憩の時間が本当に短く感じられるようになった。
 一緒にご飯を食べながら他愛もない会話をしている時間は本当に楽しいし、他のクラスメイトとの橋渡し役になってくれるおかげで、二年に上がってから孤独を感じることはほとんどなかった。
 本当に感謝してもしきれない。
 今まで昼休みの間図書室にこもっていた自分が、今では嘘のように思える。

 「おい、はやく食べないと次の授業間に合わねぇぞ!」

 相変わらずのきつい言い方だが、不思議と嫌な気分にならないのも彼の魅力の一つだ。
 たぶん周りのクラスメイトも同じように感じていると思う。

 「もう少し優しく言うべきじゃないかな?」

 すると突然、隣の席の羽田野君が僕たち二人の空間に割って入ってきた。
 表情から察するに、彼はそうは感じていないようだ。
 羽田野君はクラスの学級委員で、としとは正反対の真面目な性格なので、二人は意見が食い違うことが多く、その度に言い争っている。
 
 二人には申し訳ないが、その光景を傍から見ていると本当に面白くて仕方ない。
 また今日も言い争いを始めた二人を尻目に、ふと周りを見渡してみると、みんなそれぞれ友達と話していたり、本を読んでいたりと様々な時間を過ごしている。
 ただ、未だに机の上に弁当箱を広げてご飯を食べているのは、もうどこを探しても僕たち〝三人〟だけだった。