「じゃあ明日も元気に登校してくるように。さようなら」

 先生の挨拶と共に、今日の授業が終わりを告げる。

 「啓太!今日会えたら頑張れよ」

 「うん、久保田君色々とありがとう」

 「そういえば俺のこと久保田君じゃなくて、としって呼んでくれればいいから。明日から絶対そうしろよ!」

 久保田君はそう言うと、勢いよく教室を飛び出し部活へと向かう。

 とし……
 心の中でそう呼んでみる。
 今まで人をニックネームで呼んだことなんてないから、何か変な感じだ。
 久保田君、、、ではなくてとしと今日作戦会議をした結果、僕は彼から三つのミッションを課せられていた。
 一つは敬語を使わずに話すこと。
 次に下の名前で呼ぶこと。
 最後は連絡先を交換することだ。
 三つとも僕にはハードルが高すぎて、今から不安でたまらない。
 しかし、このミッションをクリアしないと彼に購買のパンを奢らなければいけなくなる。

 「よし!」

 期待と不安が入り混じった複雑な気持ちを一旦胸の中にしまい込み、覚悟を決めて席を立つ。


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 今日も昨日に負けないぐらいの快晴で、土手を進んでいると本当に開放的な気分になる。
 蒼井さんは今日来てくれるのだろうか。
 彼女が来てくれなければ今日のとしとの作戦会議は意味のないものになってしまう。
 ただ、来てくれたところで緊張から上手く話せなくなってしまうのではないかという怖さがあることも事実だ。

 来てほしいような来てほしくないような……そんな複雑な気持ちで自転車を漕いでいると、土手から満開の桜に囲まれた僕の第二の家が見えてくる。
 家を視界に捉えた時の心がほっこりするこの感じが僕は好きで堪らない。
 はやる気持ちを抑えながら自転車を漕ぎ進めていくと、家の前に何かが停まっているのが目に入った。
 メガネをかけ直し、目を凝らしてよく見ると、その物体はクリーム色を纏っている。
 
 その意味を頭が理解し始めると、先程までのほっこりとした気持ちとは打って変わって、一気に緊張感が高まった。
 今までの僕ならきっと、ここで引き返して明日としに蒼井さんは来なかったと嘘をついて逃げていただろう。
 でも、僕はもう色んなことから逃げないと心の中で決めていた。
 
 今まで逃げ続けてきて自分の為になったことなんて何ひとつなかったし、何より勇気を出して一歩踏み出すことの大切さを自己紹介のときに学んだからだ。
 どこまでも続く広大な空を見上げて一度深呼吸をし、心を落ち着かせる。
 それからもう後戻りできないように、としに『行ってくる!』とだけメッセージを送り、勢いよくペダルを漕ぎ出す。