「私は小さい頃から体が弱くて、入退院を繰り返していたんだよね。両親がよく泣いてる姿も見ていて、小さいなりに永く生きるのは難しいんだと悟ったの」

 僕には彼女の気持ちを到底理解することはできないが、ふみちゃんが笑顔の裏に隠していた過去を思うと、心が痛んだ。

 「だから、大切な人を作りたくなかった。私のせいで傷つく人を作りたくなかったの」

 「そんな……ふみちゃんが辛すぎるよ」

 彼女は首を横に振る。

 「そっちのほうが楽だったの。私のせいで誰かが傷つくほうがよっぽど辛かったから。それで、人と関わらないために私ができることを考えて、〝話せない〟っていう檻の中に入ることを決めたの」

 僕は言葉が出なかった。
 病を抱えている上に、自ら大切な人を傷つけたくないと孤独になることを選択したふみちゃん。
 そんな彼女にかけてあげる言葉など見つかるはずがなかった。

 僕が言葉で表現するのが苦手なことを熟知しているであろうふみちゃんは、返答がないことを気にする様子もなく話を進める。

 「それで、予定通り高校までは話せない私と関わろうとした人はいなかったの。でも、高校に入って由香と出会って、由香だけが私の檻の鍵を開けようとしてくれたの」

 今でも変わらず思っていることだが、立花さんは本当に真っ直ぐで素敵な人だ。
 ふみちゃんを一人にしないでいてくれた立花さんに、改めて感謝と尊敬の念を抱いた。

 「それから由香と関わり始めて思ったの。私は強がってただけで、本当は寂しくて誰かの救いを求めていたんだって。だから、由香を傷つけてしまうし迷惑をかけるとわかっていたけど、由香に全てを打ち明けたの」

 病気のことを打ち明ける覚悟を決めたふみちゃんと、それを受け止めてずっと隣にいた立花さん。
 二人はお互いになくてはならない存在で、かけがえのない関係だったんだと改めて強く感じた。

 「僕には立花さんの気持ちがわかるわけないし、何の根拠もないけど、立花さんはふみちゃんが病気のことを打ち明けてくれて嬉しかったと思う。何も知らないほうが立花さんにとって苦しかったと思うよ。僕は、ふみちゃんの選択は間違ってなかったと思う」

 彼女は堪えきれず、大粒の涙を溢れさせた。

 「ありがとう、そう言ってもらえて心が救われた。啓太君に二度目のわがままになってしまって申し訳ないんだけど、私は由香にこれまで一人で抱えきれないものを背負わせてしまって、たくさん傷つけてきたと思うの。だから、由香にはどうしても幸せになってほしい」

 そこで一度、彼女は大きく息を吸い込んで吐き出した。

 「私に時間を使ってきた分周りに頼れる人がいないと思うから、どうか由香の側にいてあげてほしいの。由香を一人にしないでほしい。あんなひどいことをして都合が良すぎるとわかっているけど、どうかお願いします」

 彼女はそう言って、深々と頭を下げる。
 彼女の願いに対する僕の答えなんて、もう決まっていた。

 「頭を上げて、ふみちゃん。当たり前だよ。立花さんみたいな素敵な人を一人にするわけないじゃん。としと僕がずっと側にいるから安心して」

 彼女は涙を流しながら、顔を綻ばせた。

 「ありがとう。あと、とし君にも直接謝罪できずに申し訳ないことと感謝を伝えてほしい。私はとし君ほど真っ直ぐで素敵な人を今まで見たことがない。とし君の明るさにどれだけ救われて、どれだけ今までできなかった自然な笑顔を生み出せたか……。本当に感謝してます」

 そこで、彼女は悪戯っぽい笑顔を僕に見せた。

 「あと、由香のことよろしく頼むねって伝えてほしい」

 「わかった、しっかり伝えておく」

 いつかのように、お互い顔を見合わせて笑い合った。

 「それでね、私は啓太君が夢に向かって頑張ろうとしているところを邪魔したくないの。だから……」

「わかってるよ。会いに来るのはこれで最後にする」

 病室に入って彼女の顔を見た時に悟った。
 ふみちゃんと会うのはこれが最後なんだろうと。

 「気持ちを汲んでくれてありがとう」

 そこで、〝トントン〟と看護師の野中さんが病室の扉をノックした。

 「もう少し待ってください。ごめんね、じゃあそろそろ……」

 その瞬間、気づいたら体が勝手に動いて、もう一度彼女を抱きしめていた。

 「ふみちゃん、出会えてよかった。本当にありがとう。僕らは必ずまた会える。絶対会いに行くからね」

 「うん、私のほうこそありがとう。啓太君に出会えて本当によかった」

 ふみちゃんの温かさに包まれているこの瞬間を、僕は心に刻んだ。
 待っててね、ふみちゃん。
 必ず約束した夢を叶えて、会いにいくから。
 その時まで、一旦だけさようなら。

 僕と会った二週間後、彼女は大切な人たちに見守られながら新たな一歩を踏み出した。