立花さんから教えてもらった病院の最寄り駅の出口を出ると、聳え立つ大学病院が目に入る。
 こんな大きな病院に縁もゆかりもないので、ここにふみちゃんが入院しているという事実に現実味が湧かなかった。
 恐る恐る病院に入り、受付で予め立花さんが教えてくれていた部屋番号を伝えると、係の人が丁寧に部屋までの行き方を教えてくれた。
 ふみちゃんが入院しているのは西病棟の五階で、向かう道中は緊張なのか不安なのかわからないが、全身にそわそわとした嫌な感覚があった。
 目的の西病棟の五階に到着してエレベーターを降りると、ナースステーションが目の前にあり、ナースステーションを少し奥に進むとふみちゃんの病室があると看護師さんが教えてくれた。
 ひとつひとつの病室のネームプレートを確認しながら進む。

 「あった……」

 目を背けていた現実が、刻まれたその文字によって一気に押し寄せてきた。

 〝蒼井ふみ〟

 その名前を見るまでは嘘だと信じていた。
 あんなに笑顔が素敵で優しくて、温かさに包まれている女の子が病気だなんて……
 でも、本当だったんだ。

 僕はその文字を見つめながら、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 どれくらいの時が経ったか定かではないが、看護師さんがバイタルチェックをするということでふみちゃんの病室まで来た。
 『ごめんなさいね』と僕に言って、ふみちゃんの病室の扉をノックする。

 「はい」

 僕は耳を疑った。
 今、病室の中から確かに誰かの声が聞こえた。
 でも、ふみちゃんは……

 自分でも驚いたが、気づいたらそれまで重くて開けられなかった病室の扉に手をかけていた。
 扉を開けて中に入ると、そこには患者であるふみちゃんとバイタルを測っている看護師さんしか姿はない。

 「ふみちゃん今……」

 「野中さんごめんなさい。少し友達と話してからでもいいですか?」

 空耳ではなかった。
 ふみちゃんは今、野中さんという看護師さんに〝話しかけた〟のだ。
 
 「わかったわ。また後で来るわね」

 野中さんはそう言うと、僕に一度会釈して病室から出ていく。
 少しの間、病室内に静寂が流れた。

 「久しぶり啓太君。由香から聞いたんだよね。急に色々言われて驚くことばかりだよね。えっと、何から話せばいいんだろう……。えっ、啓太君?」

 僕は溢れる涙を、堪えることができなかった。
 確かにふみちゃんの言う通り、驚くことばかりだ。
 いきなり病気で余命宣告されていると告げられ、更にはふみちゃんの声まで聞いている。
 とてもすぐに受け入れられるような状況ではない。
 でも、そんな状況なんて関係なく、僕の中で彼女に伝えたい言葉があった。
 
 僕はゆっくり彼女に近づき、その痩せた体を優しく抱きしめた。

 「ふみちゃん、会いたかった」

 彼女は胸の中で、体を震わせながら泣き崩れた。

 「ごめんね、啓太君。私も……啓太君に会いたかった」

 僕らはしばらくの間、失っていた時間を取り戻すかのように抱き合った。