そこからどうやって家にたどり着いたか記憶があまりないが、家の前に停まっていた自転車の色がいつもと違うことで正気を取り戻した。
自転車の色がクリーム色ではなく、赤色だったのだ。
赤色の自転車からベンチの方へ視線を移すと、ショートカットで高身長の女性が正対する形で立っている。
その特徴を携えている女性……そう、ベンチに座っていたのは立花さんだった。
としは立花さんだと認識すると、自転車を投げ出して走り出した。
僕も急いで自転車をその場に停めて、後を追う。
「おい、由香!何で連絡返さなかったんだよ!心配したんだぞ……」
「ごめん」
彼女は俯きながら、消え入りそうな声で答える。
「ふみはどうしたんだ?」
「ふみは……ふみが……」
彼女はそう言うと、その場に膝をついて泣き崩れた。
僕は状況が飲み込めず体が全く動かなかったが、としはすぐに彼女の元に行き、支えるように抱きしめた。
としの胸の中でしばらく涙に暮れ、落ち着いたところで顔を上げた彼女の目元は痛々しいほど腫れていた。
「ごめんね、ありがとう」
「俺は大丈夫。ふみに何があったんだ?」
「ふみには二人に内緒にしとくよう言われてたんだけど」
そこで少しの間が空いた。
その間が、僕の中に芽生えた恐怖心をさらに大きくする。
「ふみは病気を患っていて、実は……余命宣告を受けているの」
立花さんには似つかわしくない変な冗談を言っている。
ふみちゃんが病気で余命?いくら友達でもこの冗談は不謹慎だ。
「何言ってるんだよ由香。そんな冗談やめてくれよ」
そうだ、としの言う通りだ。
早く嘘だと言ってよ、立花さん。
「啓太君と出会った日に余命宣告を受けたってふみは言ってた。今まで黙ってて、何も言わずいなくなって本当にごめんなさい」
そう言うと彼女は深々と頭を下げ、再び瞳から涙が溢れた。
確かにふみちゃんに出会った日、彼女はその日嫌なことがあったと言っていた。
そして、嗚咽するほど泣きながら話している立花さん。
過去の記憶と現在の状況が重なると、〝真実〟という二文字が、逃げる僕の背中に抵抗する間もなく追いついた。
「嘘だろ。何でふみが……」
「私も今の今でも嘘だと信じたいよ。でも、最近調子が悪くて。いつどうなるかわからないから私の行動が正しいかわからないけど今日ここに来たの」
まだ現実のことだとは到底思えない。
あんな優しくて笑顔が素敵な女の子が病気で余命宣告を受けているなんて……あまりにも残酷すぎる。
「ただ、今日はそのことを伝えに来ただけじゃなくて。啓太君にお願いがあってここに来たの」
「えっ、僕にお願い?」
「そう。啓太君、ふみに会いに行ってあげてほしいんだ」
去年会えなくなってから今まで、あれほどふみちゃんに会いたいと願っていたのに、今は目の前にある会える機会が怖くて仕方ない。
頭の中も全く整理できておらず、立花さんに何て言葉を返していいのかわからなかった。
「啓太、会いに行ってこい」
恐怖心に飲み込まれそうになっている僕に気づいたのか、としが背中を押してくれる。
「会うのが怖いんだ」
「その気持ちはわかる。俺も今本当に怖くて仕方ない。でもな、ここでふみに会わなかったら確実に後悔するし、何よりふみも本心では啓太に会いたいと思うんだ。それは俺でもわかる」
としの言葉を聞いた立花さんも、僕に真っ直ぐな眼差しを向けて首肯する。
「啓太はどうなんだ、会いたくないのか?」
そんなの、答えはもちろん決まっている。
「会いたいよ」
「なら、すべきことは決まってるんじゃないか?」
としの言う通りだ。僕はどんな状況、どんな現実を突きつけられても彼女に会いたい、ただ会いたいんだ。
「会いに行ってくる」
「啓太君ありがとう、ふみのことをよろしく頼むね」
立花さんはそう言うと、ふみちゃんが入院している病院名と行き方をメッセージアプリで送ってくれた。
「由香、ありがとな。由香が伝えてくれなかったら俺らは一生後悔してたと思う。あと、このことをずっと一人で抱えてて、俺らには到底わからない辛さがあったよな。よく頑張ったな」
そう言うと、としは彼女を優しく抱きしめた。
今まで抱えていたものを全て吐き出すように、としの胸の中で彼女は思いっきり声を上げて泣いた。
としの目に溜まっていた涙も、止めどなく溢れ出る。
「啓太、由香のことは俺に任せろ。俺の想いも全て託すから、後悔ないようにふみに伝えるんだぞ」
「うん、わかった!」
僕が今から会いに行く行動が、ふみちゃんにとって正しいかどうかわからない。
会えたとしても、かける言葉が見つからないかもしれない。
でも、僕にしかできないことがあると今は信じるしかなかった。
そして何よりも、ふみちゃんの顔が見たい。ふみちゃんに会いたいんだ。
二人の想いもしっかり心に刻み、僕はようやく見えた一筋の光を見失わないように、自転車に跨って全力で駆け出した。

