毎週月曜日、もう何度この道を通ってきただろう。
 いつもこの土手を通る時には空を見上げるのだが、今日の秋の空には鰯雲が広がっており、この先の悪天を予感させる。
 ただ、今の僕には天気の移り変わりを憂いている余裕など全くない。
 
 理由は明確で、今回の夢物語には胸の奥にしまい込んでいた〝憧れ〟について書き綴っていたからだ。
 自分の殻に閉じ込めたものを誰かに打ち明けるというのはもちろん勇気がいることで、怖さで何度もペンが止まりそうになったが、その度に住田先生やとしの言葉が怖さを鎮めてくれ、ふみちゃんという存在が背中を押してくれた。
 
 いつも通り土手から河川敷に降りて、木々の葉が赤や黄色に染まりつつある第二の家に近づくと、見慣れたクリーム色の自転車と共に、目を瞑りながらベンチに座っている彼女の姿が目に入る。
 最近は会うことに緊張しなくなっていたのだが、今日は少しだけハンドルを持つ手が汗ばんでいた。
 さらに距離が縮まるに連れて彼女も僕の存在に気づき、お互いに手を挙げて挨拶を交わす。

 「お待たせ。ごめんね、ちょっと遅くなって」

 【全然待ってないよ。秋の澄んだ空気を存分に味わってたから。】

 上品で綺麗な文字に変わりはないのだが、今日の彼女の文字には何処となく儚さを感じた。

 「じゃあ、先に渡しとくね」

 不安が大部分を占めているが、僅かながら希望も含まれている夢物語が彼女の手元に渡る。

 「今回はね……誰にも言っていない胸の奥に秘めていた想いを赤裸々に書いてるから、正直怖いんだ」

 【勇気を出して書いてくれたんだね、ありがとう。啓太君、今日は一つお願いがあって。】

 彼女から何かをお願いするというのは初めてだったので、戸惑いながら頷く。 

 【今日はここで夢物語を読みたいの。】

 「へぇっ」

 驚きのあまり、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
 今回は内容が内容だけに、急いで思考を巡らせて断りの言葉を取捨選択していく。

 「さすがに家でゆっくり読んだほうがいいんじゃないかな。集中できると思うし、落ち着いて読んだほうが……」

 【わがままを言っていることはわかってるの。でも、啓太君が勇気を出して伝えてくれたことを今この場所で感じたいの。最初で最後のわがまま聞いてくれないかな?】

 ふみちゃんがわがままを口にするのは相当な覚悟があってのことだと思うので、ここは彼女の気持ちに応えないと失礼だと息を呑む。

 「うん、わかった」

 【わがまま言ってごめんね、ありがとう。大切に読ませてもらうね。】

 彼女はそう言うと、一度大きく深呼吸をする。
 そして、この場所で初めて夢物語の文字たちが姿を現した。