僕らは公園の中心から少し外れた、噴水を囲うように設置してあるベンチの一つに腰掛け、花火を見ることにした。
人混みの時にはあまり感じなかったが、人が少なくなると花火大会に今二人きりでいるという事実が如実になり、心臓の鼓動が速くなる。
「花火大会もうすぐかな、楽しみだね」
場を繋ぐように言葉を紡ぐと、彼女は鞄からノートを取り出してペンを走らせた。
【間違ってたらごめんね、とし君は由香に告白する気だよね?】
やはり僕の感じていた色は間違っていなかったようだ。
「わかってたんだね。もしかして立花さんも気づいてる?」
彼女はにこりと笑いながら頷く。
【私はとし君と由香はお似合いだと思うし、とし君になら由香を任せられるな。今回どんな結果になろうと、とし君なら大丈夫だね。】
確かに僕から見ても二人は相性が良いように感じる。
ただ、彼女が書いた最後の一文が気がかりでならなかった。
「ふみちゃんは立花さんが告白にどう返事するか知ってるの?」
【知らないよ。でも、とし君ならどちらの結果になっても大丈夫だと思うの】
失敗した時の大丈夫の意味が、僕にはまだわからなかった。
【とりあえず今はとし君の健闘を祈ろう】
「うん、そうだね」
確かに今は、彼の決心を全力で応援するだけだ。
成功することを願って空を見上げたのと同時に、ヒューという音が耳に入ってきた。
そして数秒後、ドーンという爆音と共に夜空に大輪の華が咲き、雫が瞬く間に夜空に吸い込まれていく。
その一発を皮切りに、スターマインと呼ばれる速射連発花火が打ち上げられ、花火大会のオープニングが飾られた。
音が胸の鼓動を高鳴らせ、色彩豊かな光が心を鮮やかに染める。
横を見ると、瞬きを忘れるぐらいに彼女は花火に魅入っており、その様々な色彩を彩った横顔は視線を外すのが勿体無いくらい綺麗だった。
【啓太君どうしたの?私の顔に何かついてる?】
顔の前にノートを差し出されたことで我に返り、慌てて視線を逸らす。
「ごめん、花火を見ているふみちゃんがあまりにも綺麗で、つい魅入っちゃってた」
幾重にも重なり輝いている夜空の華が後押ししてくれたのか、躊躇いもなく素直に気持ちを表現することができたことに一驚する。
少なからず今頃想いを打ち明けているであろう、人に真っ直ぐ気持ちを伝えることができる友人に感化されているところもあるように思う。
彼女はぎこちなく視線を花火に移し、照れを含んだような表情を浮かべた後でノートに文字を書き連ねる。
【ありがとう。すごく嬉しい。啓太君もいつもと雰囲気が違ってとてもかっこいいよ。】
反射的にノートから視線が外れ、今度は僕が花火を見上げる格好になった。
嬉しさや小っ恥ずかしさ、様々な感情が蠢いていて、どんな表情をしていたらいいのかわからない。
甘い香りがほのかに漂う沈黙が流れる中、花火はそんな僕らを気にも留めない様子で轟き続けている。
しばらく今までに感じたことのないような沈黙に流され、甘い香りが充満し始めた時、一際歓声が上がるような花火が打ち上がった。
拍手もちらほら聞こえる中、僕らも自然に目が合い、感嘆の表情を見せ合う。
僕の感嘆の表情にはもちろん感動的な意味合いも含まれているが、それよりも心がそわそわして落ち着かない空間を抜け出せたことに対する安堵の気持ちの方が大きかった。
【今の花火凄かったね!綺麗だったな~】
「うん、凄く綺麗だった!言葉で表現できないような音だったね」
彼女はくすくすと笑い出す。
【綺麗って表現だったからてっきり色味とかのことだと思ってた。啓太君って本当に面白い。】
「僕のことを面白いと言ってくれるのはふみちゃんだけだよ」
【そんなことないよ。現に啓太君のこと面白いって言ってる人知ってるし。啓太君と深く関わって、人間性を知れば知るほどわかると思うよ。】
一瞬立花さんの顔が脳裏にちらついたが、彼女が僕のことを面白いと言っている映像を思い浮かべても、それを再生させることは容易ではなかった。
煙火はさらに勢いを増して舞い上がり、いよいよフィナーレを迎えようとしている。
【終わってほしくないな…。私ね、誰かと花火大会来るのは初めてで、さらに言うとこういう大きなイベントに誰かと来るのも初めてなの。思い出を共有するってこんなにも素敵なことなんだね。】
「僕も家族以外と来るのは初めてで、こんなにも楽しくて幸せな気持ちになるってことを初めて知ったよ」
今日という一日があまりにも濃くて幸せで、このまま終わってほしくないと心から願う。
【こういう日々がずっと続くといいのにね。私ね、啓太君と一緒に見たこの花火、絶対に忘れない。】
「僕もだよ。心に刻んで絶対に忘れない」
僕の言葉を聞いた彼女は顔を綻ばせ、カラフルに着飾られた夜空を見上げる。
言葉がなくても、最後は花火を堪能しようという彼女の意図が伝わった。
僕も視線を同じ方向に持っていく。
不思議と沈黙に気まずさはなく、穏やかな気持ちで観賞していると、不意にピンク色の牡丹の華が夜空に咲いた。
その花火が僕には〝恋花火〟に見えてならなかった。
彼女へのこの気持ちが恋心というものなのか、恋花火にそっと尋ねてみるがもちろん答えはなく、煌めきの余韻を残して夜空に吸い込まれていく。
するとその時、恋花火の一雫がきっかけを運んでくれたのか、僕の右手の小指が彼女の左手の小指に触れた。
一気に神経が右手の小指に集中する。
手を離そうと瞬時に思ったが、それを凌駕するぐらいの手を離したくないという願望が心の中を占めた。
彼女も触れた手を動かすことはない。
結局花火が終わるまで、お互いの手が離れることはなかった。

