花火大会当日の会場は、例年通り人で溢れかえっていた。
 沢山の屋台が並んでおり、そこから流れてくる様々な香りが食欲中枢を刺激する。

 「焼きそばにたません、、、堪らんな~もう早く全部食べたい!」

 僕らは高校に集合して公園まで歩いてきたのだが、緊張からかいつもより口数の少なかったとしも、会場の雰囲気を感じるなり自然と高揚してきているようだ。
 作戦会議の結果、僕らは甚平を着て花火大会に参戦することにした。
 としは黒白縞のもの、僕は紺無地のものを選択した。
 初めは浴衣も選択肢にあったのだが、当日焦ることだけは避けたかったので、着やすさの観点から甚平に決めた。
 
 ただ、和装して外を出歩くのは初めてで、周りの視線が気になるのと雪駄の歩きづらさが相まって決まりが悪い。
 二人との集合場所は、この公園のシンボルとも言える赤色が特徴の水の塔にした。
 刺激された食欲中枢と葛藤しながら何とか屋台エリアを抜けて散歩道に入ると、聳え立つ水の塔が目に入る。
 いつもより圧迫感を感じるのは、交感神経が優位に働いているからだろうか。
 
 水の塔の周りには、僕らと同じ目的であろう待ち合わせをしている人が散見された。
 浴衣姿の人も中にはいて、としと二人が浴衣姿だったら最高だねと話していたことを思い出し、自ずと胸が高鳴る。

 「よし、気合い入れるぞ。走るぞ啓太!」

 もう慣れてきた彼の急な走り出しに、特に何も思うことなく後を追おうとした瞬間、雪駄であることを忘れていてバランスを崩し、派手に転んでしまう。
 周りに多数の人がいたので、恥ずかしさで体が固まってしまい動けない。
 気づいたとしが慌てて引き返してくると、彼は特に何を言うでもなく僕の前に立ち止まった。
 転んだ反動で外れた眼鏡をかけ直し、恐る恐る顔を上げると、彼は何故か目を輝かせながら前方を見ている。

 「ちょっと、大丈夫なの啓太君」

 聞き馴染みのある声が、不意に耳へと入ってくる。
 としの視線の先に目を遣ると、そこには浴衣姿の彩美女学園の二人組が並んで立っていた。
 あまりの美しさに言葉を失い、立花さんの問いかけに頷くまでに時間を要してしまった。
 としも同じ気持ちなのか、言葉を発さずにただじっと二人を見つめている。
 浴衣はそれぞれ対照的で、ふみちゃんは水色を基調としたピンクの牡丹の花が配されているもの、立花さんは紺地でひまわりが散りばめられたものを着ていた。
 二人ともとても似合っていて、綺麗だ。

 「何て美しいんだ。これは芸術か」

 ようやく話したかと思ったら、耳を疑うようなくさいセリフをとしが吐き捨てる。
 その可笑しさにみんな自然と笑みがこぼれ、場の空気が一気に和んだ。

 「冗談なしにほんと綺麗!ふみのお団子アレンジヘアも、由香の編み込みショートヘアも最高に似合ってる!」

 よくそんな具体的な褒め言葉がすらすらと出てくるなと感嘆しながら、僕も同意であると伝えたかったので必死に大きく頷く。

 「二人もとても似合ってるよ」

 今度はふみちゃんが立花さんの意見に同意であることを伝えるかのように、小刻みに何回か頷いた。
 
 それから花火の時間まで屋台を巡って食べ歩きしたり、輪投げなどのゲームを楽しんだりして時間を費やした。
 過ごしたどの瞬間を切り取っても楽しくあっという間で、大切な思い出と共に幸せな気持ちが積み重っていく。
 今は花火の時間が迫ってきたので、みんなで最後に買ったりんご飴を齧りながら散歩道を歩いているところだ。

 「なあ啓太、そろそろ頼むで」

 としが二人に聞こえないぐらいの声量で僕に語りかける。
 作戦会議で花火が上がる少し前にそれぞれ分かれようという話になったのだが、としが誘っても立花さんが断る可能性があるので、僕がふみちゃんを誘うことになっていたのだ。
 彼の告白を全力で応援すると言った以上、かなりのプレッシャーだが引き受ける以外の選択肢は残っていなかった。
 りんご飴を一口齧り、勇気を振り絞って斜め前を歩いているふみちゃんを呼び止める。

 「ふみちゃん、よかったらなんだけど二人で一緒に花火見に行かない?」

 思いの外スムーズに誘えたことに、我ながら若干の成長を感じる。
 彼女は最初こそ吃驚した顔をしていたが、段々と表情が緩んでいき、優しい笑顔で首を縦に振った。

 「えっ、ふみ行っちゃうの?敏也と二人で花火無理なんだけど」

 「まあまあ啓太がこう言ってることだし、邪魔しちゃいけないじゃん。てか呼び方としでいいから!」

 立花さんはとしのことを敏也呼びしており、としから変えるよう言われても頑なにその呼び方を続けている。

 「俺らは観覧エリア行くけど、啓太とふみはどうする?」

 まだ一言も立花さんは一緒に行くと言っていないのに、としは確約しているかのような勢いで話を進める。

 「僕らはもう少し落ち着いたところでゆっくり見るよ」

 観覧エリアは人でごった返しているので、会話する時にノートを出しにくいだろうと考えた。
 彼女に確認のため目線を合わすと、指でOKサインを作ってくれたので安堵する。

 「じゃあ花火終わったらまた水の塔に集合しよう。由香行くぞ!」

 立花さんは諦めた様子でふみちゃんに手を振って別れを告げ、としは僕に向かって満面の笑みを浮かべながらグッドサインした。
 彼が誘っていたら確実に断られていたと思うので、作戦は成功したようだ。
 横を見るとふみちゃんも微笑んでおり、その微笑みの色からして彼の決心に薄々勘づいてるように思えた。