「へぇ、あんたも半妖だったのね」
「は、はんよう?」
得心のいった様子を示す少女に悟の困惑は深まるばかりだ。はんよう、という言葉がどういった字をあてるのかすら分からない。
「……え、もしかして、自分で分かってないの?」
「う、うん」
少女は何やら呻り声をあげ、時折ぶつぶつと呟く。せっかく見つけたのにだとか、そういうこともあるのねだとか、辛うじて聞き取れた内容からは何の話かはまったく見当がつかない。
「えーっと、失礼かもだけど、あんたの両親のこと、聞いていい?」
「あ、う、うん。母さんは、二年前に死んじゃってて、父さんは、知らない。俺が物心つく前に事故で死んだって聞いてる」
少女は目を彷徨わせ、気まずそうにしているように見えた。もしかしたら、怖い人ではないのかもしれない、と悟は一歩下げたままだった足を元に戻す。
「あの、ごめんなさい。辛いことを」
「いや、大丈夫だよ」
母のことを思い出すのはまだ少し辛いが、父のことは、正直よく分からない。もし本当はまだ生きていて、となったら話は別だが、既に死んでしまっているならどうしようもない話だ。
「でも、そうね。それなら、なおさら来てもらった方がいっか」
また一人で頷いている少女に、悟はやはり首を傾げることしかできない。
「あんた、明日の夕方は暇?」
「え、うん、一応……」
悟は勢いで頷いてしまってから、しまったと視線を逸らした。分からないと答えておいた方が最悪の場合に断りやすかっただろうか。普段なら心が読めるから準備もできるのに。そんなことを頭の片隅で考えながら、少女の次の言葉を待つ。
「それじゃあ、明日の十七時半に出風神社集合ね! 遅れちゃダメだから!」
「あっ、ちょっ……と」
返事をする暇は与えられなかった。言い終わらないうちに背を向け走って行く少女を、悟は見送ることしかできない。伸ばしかけた彼の手は行き場を失って、月明かりの中、力なく落ちた。
悟は自室のベッドに寝転がって、ぼんやりと天井を眺める。けっきょくコンビニには行かずに、そのまま帰宅した。少女の言葉と勢いに買い物へ行く気が失せてしまったのだ。
――そういえば、名前、聞かなかったなぁ……。
悟を見てうちの高校の、と言っていたから、明日約束の場所に行かなくても来学期になれば分かるだろう。しかしその時には、酷く怒られてしまう気がする。
しばらく考えながら何度か寝返りをうってみたが、答えは出ない。一番のネックは、少女の心が読めないことだ。
人間相手でそんなことは初めてだった。犬や猫、魚ですら、なんとなくは分かるのに。唯一読めないのは虫だ。だから、悟は虫が少し苦手だ。
まさかあの少女も実は虫だった、なんてことはないだろう。だったら、どうして心が読めなかったのか。
思い出したのは、あんたも半妖だったのねという少女の言葉だ。
「あんたも、か……」
つまり、彼女もそうだということ。
悟はスマホをとりだして、ハンヨウ、と打ち込んでみる。反応、汎用、繁用……。予測変換のせいで違う読みの漢字も混じっている。聞き間違いの可能性も浮かんだが、会話の内容からして、近い読みの漢字でピンとくるものは無い。
そうしてぼんやり画面を眺めていると、一つの単語が目についた。
「半妖……。あやかし……」
妖、妖怪、物の怪。様々な呼び方のある、人ならざるモノ。半というのなら、人間とのハーフだろうか。そうすると、自分の心を読む力も妖としての力なのだろうか。悟は窓から差し込む月明かりに、己の手のひらを翳してみる。
――明日、出風神社に行けば、分かるのかな……。
自分が皆と違う理由が。
そうして考えている内に気疲れが出たのか、悟はいつの間にか、夢の中にいた。母と幼い悟、それから長い銀髪を持った男の人の三人で笑みを浮かべている夢だった。
翌朝、悟は作り笑いを浮かべ、金築夫妻が仕事に行くのを見送る。一切の音のなくなった一軒家。昼間は窓から差し込む陽の光に灯を頼ったその家で、彼は一人、溜め息を吐いた。
リビングのソファに沈み込み、テレビを点けてみる。画面の向こうでは、さすがに心の声も聞こえない。しかしそれで恐怖を感じるということはなく、不安に思うこともない。
悟はまだ、神社に行くべきかを悩んでいた。
昼食を冷蔵庫の作り置きで済ませた後は、宿題を少し進める。集中できなくて思ったほど捗らなかったが、時間を潰すには丁度良かった。
――十七時、か……。
出風神社に行くなら、そろそろ準備を始めて出発しなければいけない時間だ。このまま宿題に集中してしまっていたことにしようか、と考えたが、約束を破るのも忍びない。自分が何者かが気になっているのも事実だ。何より、神社に行けば、今の嫌な人間関係の中から抜け出せるかもしれなかった。
――行ってから、考えよう。何をするのかも聞いてないし。
話を聞いてから。それでも、遅くはないはずだ。
悟は出る直前、一瞬考えて、友達の家に泊まってきますと走り書きしたメモを食卓の上に残した。



