放課後空想ミステリー部

「……っていう流れで、今彼らは、初のワンマンライブに行く途中かもしれない」
 静かに語り終えた藤田に、志井がほう、と感嘆の息を吐く。
 伊頼は、まだ車内にいる五人組にそっと視線を向ける。声のボリュームは下げているが、彼らは楽しそうに会話していた。
 五人も人数がいれば、三人と二人が別々の会話をしたり、二人だけが喋っていて残りは黙っているなんてこともありそうなのに、彼らはずっと、五人全員で会話をしていた。
 よほど打ち解けていないとできない気がする。それこそ、家族とか。
「なんか、いいな、そういうの。そういう関係が作れて良かったな、トムさん」
「うん」
 藤田の空想が終わったら、ここからはひたすら感想戦である。伊頼はいつものように、今聞いた空想の中で印象深かった箇所を挙げていった。
 しかし、それを黙って聞いていた志井が突然
「ねぇ、確かめてみない?」
 と言って、伊頼と藤田の手を掴んだ。
「えっ、ちょっと。志井くん?」
「志井っ、何すんだよおい」
 走行中の電車の中なのに、と文句を言いながら。伊頼と藤田は転ばないように注意しつつ、志井のあとを引きずられるようについて行く。
「すみません」
 志井が声を掛けると、藤田が空想の中で主人公にした男性が振り向いた。
「ん。なに?」
 服装のいかつさからは想像できないような、優しく柔らかい雰囲気の笑みと声が返ってくる。
「今日、ライブか何かですか?」
 問いかけた志井を、他のメンバーたちも珍しそうに見つめてくる。隣にいる藤田がひどく緊張しているのが、触れた肩を通じて何となく伝わってきた。
「うん。今から会場入りするところ。楽器興味あるの?」
「はい。ちょっと」
「そっか。うちはちょっと構成変わったバンドだから参考になるかはわからないけど、でも、楽しい曲いっぱい作ってるから」
 ニコニコと応じてくれる彼の横から、女性の白い手がにゅっと伸びてきた。
「これ、あげる」
 伊頼が反射で受け取ったそれは、アクリル製のキーホルダーだった。
 表にはバンドのロゴ、裏にはQRコードが印刷されている。
「今日のチケット、完売してるからもうないの。だから、代わりに。コードから飛んだら、演奏の動画が観れるから、観て」
「わ、ありがとうございます」
「よかったら、また別の機会に聴きに来て」
「ねぇ、君たちは何の楽器を──……」
 男性がその質問を言い切る前に、電車がホームに到着した。
「あ。じゃあ俺らここで降りるから」
「『グッドラック』です」
 そう言った志井に続いて、伊頼も、藤田も小さく手を振る。
 すると、彼ら全員が、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

「志井……びっくりするじゃん……」
 ドアが閉まって、彼らに会話が聞こえない距離になってから、伊頼はようやく口を開いた。
「ホントだよ」
 隣で藤田もこくこく頷く。今までずっと、驚きのあまり息が詰まっていたらしい。
「なんだったの、急に。アレは空想だって知ってるでしょ」
「知ってるし、藤田くんの空想に満足しなかったわけでもないよ」
 ふたり分の非難の視線を受け止めた志井は、飄々としていた。
「安原くん経由で話を聞きながら、ずっとずっと思ってた。ふたりって、すごく似た者同士だよね。方向性は逆だけど」
「え、どこが?」
 伊頼は、思わず藤田と顔を見合わせた。
 同じように慌てて驚いたのに、藤田の知的な印象は全く損なわれていない。これと自分に共通点があるようには、伊頼には思えなかった。
「志井。俺たちどこが似てるの?」
「自分からは絶対に近づかないところだよ」
 志井は伊頼たちの顔を交互に見て、何かに納得したようにこっくり頷いた。
「安原くんは、最近は変わりつつあるけど『危ないかも』『面倒かも』って決めつけて、自分から他人に関わらないようにしてたでしょ?」
「まぁ、うん」
「藤田くんは『いい人かもね』『楽しいといいね』って空想して、相手を見送るだけでしょ?」
「そうだけど」
「ふたりとも、ものの見方は正反対なのに、自分から関わる気がないっていう点は一緒なの。似た者同士だなってずっと思ってた」
 志井はくすくす笑っているが、その笑みには決して、ふたりを軽んじているような空気はなかった。
 むしろ、心配されているような心地さえする。
「それがダメって、言いたいわけじゃないんだよ。場合によっては本当に危ないから近づかないほうがいいことだってあるし」
 柔らかい声が「でも」と続ける。
「大丈夫そうな時はさ、空想で解いた謎を確かめに行くのも、アリじゃない? もったいないよ」
「もったいない、かなぁ……?」
 初めて言われた言葉に、伊頼はまだ少し戸惑っている。
 一方藤田は「なるほどね」と言った。
「そんなことを言われたのは、初めてだなぁ」
 初めて、という割に、藤田の表情にはもう驚いた様子はなかった。
 それどころか、何かを噛み締めるような目で、何もない空間を眺めている。
「ごめんね、藤田くん。気悪くした?」
「ううん。全然」
 藤田は一度伊頼の顔を見て、それから志井に視線を向けた。
 そして、伊頼の手にある、キーホルダーを指さす。
「確かめに連れて行ってくれたから、おかげでこれがもらえた」
「そうだね」
「QRコードの先にある演奏の動画を観て、ひょっとしたら、僕ら三人がそのバンドにドはまりするかもしれない。『動いて世界が広がった』っていうすごい体験したなって思うよ。驚きはしたけど」
「そっか。よかった」
「うん。だから、大丈夫。だよね、安原」
「……まぁ、うん」
 未だに驚きの名残が引かない伊頼は、ぎこちない返事しかできない。しかし志井も藤田も、それでいいと思っているようだった。
 ふと、耳に電車のアナウンスが届く。
 次は海賀駅だ。
「藤田。ちょっと時間あるなら、俺たちと一緒に降りねぇ?」
 伊頼は、バンドのキーホルダーを示すように胸の高さに掲げて小さく振った。
 ボールチェーンがアクリル素材にぶつかって、カシャカシャと音を立てる。
「いい公園があるからさ、一緒にこの動画見てみようぜ」
「あぁ、あの公園ね。行こうよ藤田くん」
 志井も乗り気になって顔を輝かせた。
「『放課後空想ミステリー部』の番外編、しようよ」
 藤田は、思わずといった様子でふきだすように笑った。
「いいけど。その名前もう決定なんだ」
 海賀駅に降り立つと、遠くにはまだ陽が残っていた。暗くなる直前の、白っぽいトワイライトの中に、小さな一番星が見える。
 伊頼の隣に立った藤田が、ホームに立ち止まり、風を追うように空を仰いだ。
「あ、早風駅と同じ海の匂いがする」
「……あははっ。だよな。やっぱ、同じだよな」
「安原くん、今笑うところあった?」
「俺も前に思ったことがあるんだよ」
 三人を降ろした電車が、線路の向こうへと走り去っていく。
 動画を観るにあたって誰のスマホが一番画面が大きいかを比べながら、伊頼はふたりと一緒に、公園へと歩き出した。