【6話】
「おお~! 翔和、かわいい~!」
クラス中から驚くような歓声が上がる。
赤いひざ丈のスカートに可愛らしいブラウス、頭にはスカートと同じ色の頭巾をして、ちょこんと立っている、僕。
クラスの出し物であるコスプレ喫茶用の衣装に身を包んだ僕を、クラス一同でかわいいと言って写真を撮られる。
「写真撮らないでよ……まったく」
「ええ~、いいじゃん翔和の赤ずきんちゃん、すっごくかわいいし!」
スマホを向けてそう言ってくる、大翔もなんだかんだで可愛らしいメイド服に身を包んでいる。
フリルたっぷりのロングメイド服は、ふわふわした性格の大翔によく似合っていた。
その横から、大きなかぼちゃの仮面を被った歩が話しかけてくる。
「お世辞抜きに、似合ってると思うぞ」
「嬉しくないけどありがとう。っていうか、歩は本当にそれでいいの?」
「ああ。仏頂面が隠れていい」
「あっ、そういうこと」
表情の乏しい歩にとっては、顔を隠せる状態での接客は嬉しいらしい。
そういった気配りは大翔が行ったもので、さすがだと思った。
「耳……この位置であってんのか?」
不意に背後から聞こえてきた声に振り返る。
すると、そこには立派な狼の耳と尻尾を付けた智佳の姿があった。
エナメル素材のぴっちりとした服に、獣らしい装飾が元の智佳の雰囲気によく合っていて、思わず口をあんぐりと開けて驚いてしまう。
「智佳カッコイイ~!」
「めちゃくちゃ似合ってるな」
「そうか? サンキュー」
狼男のコスプレを勧めたのは僕だが、ここまで完璧に似合うとは思っていなかったからうっかりと凝視してしまう。
こんな狼なら、女の子だけでなく男でも見惚れてしまうのではないだろうか。
「どう? 似ってるか?」
「へっ? あっ、うん。いいと思うよ」
「翔和も、赤ずきん似合ってる……食っちまいてぇくらいだ」
「なりきりすぎ」
そんな会話をしていると、学園祭の開始の放送が流れた。
ザワついていた教室が一瞬だけ静かになって、すぐに調理班と接客班に分かれて店を開く。
大翔は廊下で呼び込みをして、歩は見ていて少し心配になる動きで来てくれたお客さんたちに水を配膳していた。
「僕たちも早くしなきゃ」
「そうだな。俺、メニュー取ってくるから翔和は席案内頼む」
「分かった」
各々に役割を担って、喫茶店を盛り上げていく。
お客さんの大半は智佳目当ての女の子で、メニューをテーブルに置くだけで黄色い声が上がっていて、ちょっとだけイラッとした。
どうしてそんなことを思うのかは分からないけれど、いまは悩んでいる暇はないと思って入ってきたお客さんたちを開いている席へ案内する。
「ご注文は何にいたしますか? お嬢様」
「えっと……アイスティー、お願いします」
「かしこまりました」
執事さんのコスプレをした優くんが接客を注文取りをしている様子を見つめて、さすがだと圧倒される。
こういった格好をしている以上、なりきってしまった方が案外楽なのかもしれない。
現に、吸血鬼のコスプレをした悠くんもお客さんの女の子に牙を見せて笑っている。
「かわいい子は噛んじゃうぞ~」
「きゃぁ~!」
楽しそうな声が聞こえてきて、僕も楽しくやろうと思えてきた。
折角の学園祭なのだから、楽しまなきゃ損だ。
こうなれば、盛大に楽しんでやる。
「ありがとうございました! 道中、狼さんにお気をつけくださいね」
会計を済ませて出ていくお客さんに笑顔でそう言うと、小さな女の子が元気に手をあげて返事をしてくれた。
姿が見えなくなるまでバイバイと手を振って見送る。
それから、ぐるっと教室を見たところ、もう既に満席状態でなかなかの盛況っぷりであることが分かった。
中でも悠くんや優くんのサービスに満足してくれるお客さんが多いようで、楽し気な会話が聞こえてくる。
「アイツらさすがだな」
「ね。完全になりきってるっていうか、ちゃんとお客さんに寄り添ってる感じ」
「でも、そろそろ優は離脱だろ? 悠も休憩入るし、俺らが対応しねーと」
「あっ! そうだったね」
優くんはお昼から軽音部のライブがあるため、クラス出店は少しの間しか居られない。
悠くんもそれに合わせて休憩を入れているから、そろそろ僕たちが本格的な接客に回らないといけない時間だ。
「大丈夫かな……」
もう満席で、時間制限を設けているいる状態で、二人が居なくなるのは心細い。
だけど、僕だってこのクラスの一員だ。少しくらいは良い所を見せなければ。
「……やるしかない、よね」
「ああ。精一杯やろうぜ」
そう言って、お互いの拳をコツンとあてて、優くんたちをライブに送る。
終わったらすぐに戻ると言われたのに礼を言って、智佳と二人で接客にあたった。
「いらっしゃいませ。制限時間があるけど、楽しんでいってくれよな!」
「お兄さんと写真とかはOKですか?」
「ツーショットならいいですよ」
「きゃー! ありがとうございます!」
大勢の女の子たちと代わる代わるに写真を撮る智佳を横目に、僕も負けていられないとお客さんに愛想を振りまく。
「いらっしゃいませ。只今の時間は一時間限定のお席となりますのでご了承を――」
時間制限の説明を進めていると、不意にガタイの良い男に肩を抱かれた。
筋肉質な腕が首にまわされ、グイッと強い力で抱き寄せられる。
「ちょっ……お客様っ!」
「男子校だから、どんな化け物女装野郎が出てくるかと思えば……かわいいじゃねぇか!」
「はぁっ!? ちょっと! 此処はそういう店じゃ……」
「いいだろ~、金払ってんだからサービスしろよ」
「やめっ……ひゃぁあっ!?」
急にスカートの中へ手を突っ込まれ、気色悪さにブルブルと身体が震える。
気持ち悪い。
ベタベタと身体に触れてくる脂ぎった手が不快でしかない。
けれど、体格差や根本的な力の差があって、押し退けることができない。
「はな――」
もがいていると、急に肩から手が離されて、視界に長い足と吹っ飛んでいく男の姿が映った。
なにが起きたのだろうかと振り返れば、思い切り男を蹴り飛ばした後の智佳の姿があり、思わずポカンと口を開けて見上げてしまう。
「申し訳ございませんお客様……当店、迷惑行為には実力行使をしても良いルールとなっておりますので……とっとと失せろ、ゲス野郎!」
「くっ、クソッ……!」
「あっ……ちょっと智佳! いくらなんでもやりす――わわっ!」
智佳が強い力で僕の手を掴み、そのまま走り出す。
たくさんのお客さんの波をかき分けて、無言で走っていく後ろ姿を暫く見つめていると、人気のない屋上まで連れて行かれた。
「はぁ……っ、ふぅー……ここなら、邪魔は入らねーな」
大きく息を吐くように言うと、智佳は思い切り僕を抱きしめてきた。
そして、さっき男に触れられた箇所を撫でて、乱れた服を綺麗に整えてくる。
「智佳?」
「お前が他人に触れられるの見たら止められなかった……悪い」
「えっ? それどういう意味?」
「……ここまでしても気づかねーのかよ」
そう呟いて、肩に埋めていた顔をガバリと上げる。
そして、真っすぐに僕を見て、智佳は頬を赤らめながら口を開いた。
「お前のこと、好きだって言ってんだ!」
「……へっ?」
「へっ? じゃねーよ! 俺がどれだけお前のこと気にしてたと思ってんだ!」
「……っ!!」
叫ばれた言葉に、ビクンと肩が揺れる。
智佳が僕を好きだった……そんなの、考えたこともない。
だって、智佳はいつも僕をからかってばかりで、馬鹿にもするし、突き放すようなことだって言われたことがある。
それが、好きだなんて……そんなの信じられない。
「嘘……」
「嘘吐いてなんになるんだよ」
「だって、智佳はなんでもできて、僕は全然だし」
「そんなの、好きな気持ちに関係ねーだろ」
「でも……そんな」
「嫌なのか? 俺に好かれるの……迷惑か?」
そう問われて、智佳の顔を見る。
いままで見たことのない、怯えるような目。僅かに揺れる身体、噛みしめられた唇。
そんなのを見て、これが嘘や冗談ではないことは明白だった。
「迷惑なんかじゃないよ、だけど……」
「知ってる……お前、聖さんのこと好きだもんな。敵わないって分かってる」
「違う! そうじゃ、なくて……」
「でも、ずっと好きだった。ガキの頃から、ずっと」
それを聞いて、あの夢を思い出す。
ひまわりの花や玩具をくれたこと。
僕の手を、絶対に離さないと言ってくれたこと。
「本当言うと、気づいてると思ってた。でも、お前は聖さんのことが好きだからって……諦めようとしてた」
震える唇から零れ落ちる言葉も僅かに震えていて、智佳の恐怖や自信のなさが伝わってくる。
「でも、諦めきれなかった」
「……どうして?」
「好きになっちまったから、仕方ねーだろ?」
いまにも泣き出しそうな顔で笑い、伝えてくれる智佳を真っすぐに見つめる。
他の誰にも見せない、僕だけが見ることを許される、智佳の顔。
そうなものを見せられて、何も言えないほど僕は弱くない。
深く深呼吸をして、智佳の綺麗な瞳に語りかけるように言葉を紡ぐ。
「そうだね。仕方ないね」
「……えっ?」
きょとんとする智佳を見て、クスクスと笑いながら続ける。
「僕もね、先生に告白したんだ。諦めきれなくて」
「……」
「でも、フラれちゃた。僕は先生にとって、子供なんだって」
「そっか……そう、だったんだな」
「でね、たくさん泣いたんだ。そうしたら、なんだかスッキリしてさ……漸く他の人のこと、考えられるようになった」
「他の人って?」
不安そうに聞いてくる智佳にニコッと笑って見せる。
そして、もう一度深呼吸をしてからその名前を口にした。
「智佳のことに決まってるでしょう?」
「……っ!?」
驚く智佳を見て、いままでの智佳の言動や行動を思い出す。
あんな分かりやすいアプローチに気づいていなかった自分が、ちょっと恥ずかしいけれど、いまならそれを全部受け止められる。
あんなにも僕を想っていてくれた智佳が好きだ。
大好きだ。
「ビックリした? でも、僕も驚かされたから、おあいこだよ」
「……んだよそれっ」
「ふふっ……智佳、大好きだよ。いまの僕には、智佳が一番の好きな人だ」
胸を張ってそう言うと、智佳は僕から手を離して、大きな掌で口元を覆った。
きっと喜んでいるのを隠したいのだろう。智佳のことなんてお見通しだ。
「僕はもう、泣き虫じゃないけど……手、離さないでいてくれるんだよね?」
「あっ、当た前だろっ!」
慌てた様子で言い、今度は手を取って強く握られる。
男らしいゴツゴツとした掌が、なんだか安心して離したくないと思わせてくる。
「絶対離さない。俺が手に入れたんだ……離すもんか」
「なにそれ。いまから独占欲丸出し?」
「いいだろ……そんだけ、マジに好きなんだから」
「仕方ないなぁ」
茶化すように笑い、二人で空を見上げる。
秋晴れの空に浮かぶ太陽が眩しい。まるで、真っすぐに僕を見つめてくれた智佳の瞳のようだと思った。
「なあ、仲いい奴にだけ……その、教えてもいいか? 俺らの関係」
「いいよ。ただし、僕のお願いも聞いてね」
「なんだよ」
「今度、海に行きたい。二人きりで」
「……分かった。寒くなる前に行こうな」
一瞬だけ目を丸くして、笑って返してくれた智佳と、触れる程度のキスをする。
恥ずかしいから、お互いに目を閉じて触れ、離れていく。
「いつか、ちゃんと見ながらしようね」
「ああ、約束な」
お互いに照れ隠しのような笑い声を零して、ギュッと手を握る。
若干、汗ばんだ掌が吸い付くように離れないのをいいことに、僕たちは暫くそのままでいることにした。
「早く戻らないと怒られるかな?」
「いいんじゃねーの? ちょっとくらい」
「そうだね。最悪、僕は狼に食べられちゃったことにすればいいし」
「お前なぁ……本当に食っちまうぞ」
そんな他愛ない会話をして、笑い合う。
心地の良い風に吹かれながら、僕たちは世界で一番近くて遠かった恋から、世界で一番近くて深くなっていく恋へと、発展していくのだった。
「おお~! 翔和、かわいい~!」
クラス中から驚くような歓声が上がる。
赤いひざ丈のスカートに可愛らしいブラウス、頭にはスカートと同じ色の頭巾をして、ちょこんと立っている、僕。
クラスの出し物であるコスプレ喫茶用の衣装に身を包んだ僕を、クラス一同でかわいいと言って写真を撮られる。
「写真撮らないでよ……まったく」
「ええ~、いいじゃん翔和の赤ずきんちゃん、すっごくかわいいし!」
スマホを向けてそう言ってくる、大翔もなんだかんだで可愛らしいメイド服に身を包んでいる。
フリルたっぷりのロングメイド服は、ふわふわした性格の大翔によく似合っていた。
その横から、大きなかぼちゃの仮面を被った歩が話しかけてくる。
「お世辞抜きに、似合ってると思うぞ」
「嬉しくないけどありがとう。っていうか、歩は本当にそれでいいの?」
「ああ。仏頂面が隠れていい」
「あっ、そういうこと」
表情の乏しい歩にとっては、顔を隠せる状態での接客は嬉しいらしい。
そういった気配りは大翔が行ったもので、さすがだと思った。
「耳……この位置であってんのか?」
不意に背後から聞こえてきた声に振り返る。
すると、そこには立派な狼の耳と尻尾を付けた智佳の姿があった。
エナメル素材のぴっちりとした服に、獣らしい装飾が元の智佳の雰囲気によく合っていて、思わず口をあんぐりと開けて驚いてしまう。
「智佳カッコイイ~!」
「めちゃくちゃ似合ってるな」
「そうか? サンキュー」
狼男のコスプレを勧めたのは僕だが、ここまで完璧に似合うとは思っていなかったからうっかりと凝視してしまう。
こんな狼なら、女の子だけでなく男でも見惚れてしまうのではないだろうか。
「どう? 似ってるか?」
「へっ? あっ、うん。いいと思うよ」
「翔和も、赤ずきん似合ってる……食っちまいてぇくらいだ」
「なりきりすぎ」
そんな会話をしていると、学園祭の開始の放送が流れた。
ザワついていた教室が一瞬だけ静かになって、すぐに調理班と接客班に分かれて店を開く。
大翔は廊下で呼び込みをして、歩は見ていて少し心配になる動きで来てくれたお客さんたちに水を配膳していた。
「僕たちも早くしなきゃ」
「そうだな。俺、メニュー取ってくるから翔和は席案内頼む」
「分かった」
各々に役割を担って、喫茶店を盛り上げていく。
お客さんの大半は智佳目当ての女の子で、メニューをテーブルに置くだけで黄色い声が上がっていて、ちょっとだけイラッとした。
どうしてそんなことを思うのかは分からないけれど、いまは悩んでいる暇はないと思って入ってきたお客さんたちを開いている席へ案内する。
「ご注文は何にいたしますか? お嬢様」
「えっと……アイスティー、お願いします」
「かしこまりました」
執事さんのコスプレをした優くんが接客を注文取りをしている様子を見つめて、さすがだと圧倒される。
こういった格好をしている以上、なりきってしまった方が案外楽なのかもしれない。
現に、吸血鬼のコスプレをした悠くんもお客さんの女の子に牙を見せて笑っている。
「かわいい子は噛んじゃうぞ~」
「きゃぁ~!」
楽しそうな声が聞こえてきて、僕も楽しくやろうと思えてきた。
折角の学園祭なのだから、楽しまなきゃ損だ。
こうなれば、盛大に楽しんでやる。
「ありがとうございました! 道中、狼さんにお気をつけくださいね」
会計を済ませて出ていくお客さんに笑顔でそう言うと、小さな女の子が元気に手をあげて返事をしてくれた。
姿が見えなくなるまでバイバイと手を振って見送る。
それから、ぐるっと教室を見たところ、もう既に満席状態でなかなかの盛況っぷりであることが分かった。
中でも悠くんや優くんのサービスに満足してくれるお客さんが多いようで、楽し気な会話が聞こえてくる。
「アイツらさすがだな」
「ね。完全になりきってるっていうか、ちゃんとお客さんに寄り添ってる感じ」
「でも、そろそろ優は離脱だろ? 悠も休憩入るし、俺らが対応しねーと」
「あっ! そうだったね」
優くんはお昼から軽音部のライブがあるため、クラス出店は少しの間しか居られない。
悠くんもそれに合わせて休憩を入れているから、そろそろ僕たちが本格的な接客に回らないといけない時間だ。
「大丈夫かな……」
もう満席で、時間制限を設けているいる状態で、二人が居なくなるのは心細い。
だけど、僕だってこのクラスの一員だ。少しくらいは良い所を見せなければ。
「……やるしかない、よね」
「ああ。精一杯やろうぜ」
そう言って、お互いの拳をコツンとあてて、優くんたちをライブに送る。
終わったらすぐに戻ると言われたのに礼を言って、智佳と二人で接客にあたった。
「いらっしゃいませ。制限時間があるけど、楽しんでいってくれよな!」
「お兄さんと写真とかはOKですか?」
「ツーショットならいいですよ」
「きゃー! ありがとうございます!」
大勢の女の子たちと代わる代わるに写真を撮る智佳を横目に、僕も負けていられないとお客さんに愛想を振りまく。
「いらっしゃいませ。只今の時間は一時間限定のお席となりますのでご了承を――」
時間制限の説明を進めていると、不意にガタイの良い男に肩を抱かれた。
筋肉質な腕が首にまわされ、グイッと強い力で抱き寄せられる。
「ちょっ……お客様っ!」
「男子校だから、どんな化け物女装野郎が出てくるかと思えば……かわいいじゃねぇか!」
「はぁっ!? ちょっと! 此処はそういう店じゃ……」
「いいだろ~、金払ってんだからサービスしろよ」
「やめっ……ひゃぁあっ!?」
急にスカートの中へ手を突っ込まれ、気色悪さにブルブルと身体が震える。
気持ち悪い。
ベタベタと身体に触れてくる脂ぎった手が不快でしかない。
けれど、体格差や根本的な力の差があって、押し退けることができない。
「はな――」
もがいていると、急に肩から手が離されて、視界に長い足と吹っ飛んでいく男の姿が映った。
なにが起きたのだろうかと振り返れば、思い切り男を蹴り飛ばした後の智佳の姿があり、思わずポカンと口を開けて見上げてしまう。
「申し訳ございませんお客様……当店、迷惑行為には実力行使をしても良いルールとなっておりますので……とっとと失せろ、ゲス野郎!」
「くっ、クソッ……!」
「あっ……ちょっと智佳! いくらなんでもやりす――わわっ!」
智佳が強い力で僕の手を掴み、そのまま走り出す。
たくさんのお客さんの波をかき分けて、無言で走っていく後ろ姿を暫く見つめていると、人気のない屋上まで連れて行かれた。
「はぁ……っ、ふぅー……ここなら、邪魔は入らねーな」
大きく息を吐くように言うと、智佳は思い切り僕を抱きしめてきた。
そして、さっき男に触れられた箇所を撫でて、乱れた服を綺麗に整えてくる。
「智佳?」
「お前が他人に触れられるの見たら止められなかった……悪い」
「えっ? それどういう意味?」
「……ここまでしても気づかねーのかよ」
そう呟いて、肩に埋めていた顔をガバリと上げる。
そして、真っすぐに僕を見て、智佳は頬を赤らめながら口を開いた。
「お前のこと、好きだって言ってんだ!」
「……へっ?」
「へっ? じゃねーよ! 俺がどれだけお前のこと気にしてたと思ってんだ!」
「……っ!!」
叫ばれた言葉に、ビクンと肩が揺れる。
智佳が僕を好きだった……そんなの、考えたこともない。
だって、智佳はいつも僕をからかってばかりで、馬鹿にもするし、突き放すようなことだって言われたことがある。
それが、好きだなんて……そんなの信じられない。
「嘘……」
「嘘吐いてなんになるんだよ」
「だって、智佳はなんでもできて、僕は全然だし」
「そんなの、好きな気持ちに関係ねーだろ」
「でも……そんな」
「嫌なのか? 俺に好かれるの……迷惑か?」
そう問われて、智佳の顔を見る。
いままで見たことのない、怯えるような目。僅かに揺れる身体、噛みしめられた唇。
そんなのを見て、これが嘘や冗談ではないことは明白だった。
「迷惑なんかじゃないよ、だけど……」
「知ってる……お前、聖さんのこと好きだもんな。敵わないって分かってる」
「違う! そうじゃ、なくて……」
「でも、ずっと好きだった。ガキの頃から、ずっと」
それを聞いて、あの夢を思い出す。
ひまわりの花や玩具をくれたこと。
僕の手を、絶対に離さないと言ってくれたこと。
「本当言うと、気づいてると思ってた。でも、お前は聖さんのことが好きだからって……諦めようとしてた」
震える唇から零れ落ちる言葉も僅かに震えていて、智佳の恐怖や自信のなさが伝わってくる。
「でも、諦めきれなかった」
「……どうして?」
「好きになっちまったから、仕方ねーだろ?」
いまにも泣き出しそうな顔で笑い、伝えてくれる智佳を真っすぐに見つめる。
他の誰にも見せない、僕だけが見ることを許される、智佳の顔。
そうなものを見せられて、何も言えないほど僕は弱くない。
深く深呼吸をして、智佳の綺麗な瞳に語りかけるように言葉を紡ぐ。
「そうだね。仕方ないね」
「……えっ?」
きょとんとする智佳を見て、クスクスと笑いながら続ける。
「僕もね、先生に告白したんだ。諦めきれなくて」
「……」
「でも、フラれちゃた。僕は先生にとって、子供なんだって」
「そっか……そう、だったんだな」
「でね、たくさん泣いたんだ。そうしたら、なんだかスッキリしてさ……漸く他の人のこと、考えられるようになった」
「他の人って?」
不安そうに聞いてくる智佳にニコッと笑って見せる。
そして、もう一度深呼吸をしてからその名前を口にした。
「智佳のことに決まってるでしょう?」
「……っ!?」
驚く智佳を見て、いままでの智佳の言動や行動を思い出す。
あんな分かりやすいアプローチに気づいていなかった自分が、ちょっと恥ずかしいけれど、いまならそれを全部受け止められる。
あんなにも僕を想っていてくれた智佳が好きだ。
大好きだ。
「ビックリした? でも、僕も驚かされたから、おあいこだよ」
「……んだよそれっ」
「ふふっ……智佳、大好きだよ。いまの僕には、智佳が一番の好きな人だ」
胸を張ってそう言うと、智佳は僕から手を離して、大きな掌で口元を覆った。
きっと喜んでいるのを隠したいのだろう。智佳のことなんてお見通しだ。
「僕はもう、泣き虫じゃないけど……手、離さないでいてくれるんだよね?」
「あっ、当た前だろっ!」
慌てた様子で言い、今度は手を取って強く握られる。
男らしいゴツゴツとした掌が、なんだか安心して離したくないと思わせてくる。
「絶対離さない。俺が手に入れたんだ……離すもんか」
「なにそれ。いまから独占欲丸出し?」
「いいだろ……そんだけ、マジに好きなんだから」
「仕方ないなぁ」
茶化すように笑い、二人で空を見上げる。
秋晴れの空に浮かぶ太陽が眩しい。まるで、真っすぐに僕を見つめてくれた智佳の瞳のようだと思った。
「なあ、仲いい奴にだけ……その、教えてもいいか? 俺らの関係」
「いいよ。ただし、僕のお願いも聞いてね」
「なんだよ」
「今度、海に行きたい。二人きりで」
「……分かった。寒くなる前に行こうな」
一瞬だけ目を丸くして、笑って返してくれた智佳と、触れる程度のキスをする。
恥ずかしいから、お互いに目を閉じて触れ、離れていく。
「いつか、ちゃんと見ながらしようね」
「ああ、約束な」
お互いに照れ隠しのような笑い声を零して、ギュッと手を握る。
若干、汗ばんだ掌が吸い付くように離れないのをいいことに、僕たちは暫くそのままでいることにした。
「早く戻らないと怒られるかな?」
「いいんじゃねーの? ちょっとくらい」
「そうだね。最悪、僕は狼に食べられちゃったことにすればいいし」
「お前なぁ……本当に食っちまうぞ」
そんな他愛ない会話をして、笑い合う。
心地の良い風に吹かれながら、僕たちは世界で一番近くて遠かった恋から、世界で一番近くて深くなっていく恋へと、発展していくのだった。



