【5話】
「これ、お前にやる! だから、もう泣くな」
「ひっ、ぐっ……うぇ……」
泣きじゃくる子供に、やや背の高い子供が一本の大きなひまわりの花を渡している。
そして、それを受け取った子供は驚いたようにそれを受け取って、涙をぐしぐしと拭っていた。
「その……なんだ、誰も迎えに来なくてもさ……俺が絶対に行くから」
「……ほん、と?」
「ああ! んで、絶対に手、離さない。だから……お前は笑ってろ」
「……うん! 約束だよ、智佳――」
ジリリリッとうるさい目覚まし時計の音で目を覚ます。
どうやら夢を見ていたらしい。
とても、懐かしい夢。
「あんなこと、あったな……」
まだ此処に来たばかりの頃、迎えになんて来ない親の存在を知って、泣いていた僕に、智佳が大きなひまわりの花をくれたことがあった。
智佳は、両親を事故で亡くして此処に来たらしく、捨てられてやって来た僕とは違っていた。
けれど、いつも沈んでいた僕に花や玩具を渡して、手を取って引っ張ってくれたことを思い出す。
そのおかげで、僕は笑うことを思い出せて、それで先生も喜んでくれたのを覚えている。
ひまわりの花は勝手に花壇から引っこ抜いたものだったらしく、その後こっぴどく叱られたのだが。
「そういうとこ、後先考えてないんだよな、アイツ……」
そう呟いて、口角を上げながらカーテンを開く。
今日は学園祭前の休日で、久しぶりにゆっくりできる日だ。
学園祭の準備は万端、試験も終わって無理に勉強をする必要もない。
たまには何処かへ足を伸ばしてみようかと思った時、コンコンと扉を叩かれる。
「翔和、起きてるかい?」
「先生! はい! 起きました!」
僕の返事を聞いて、先生が部屋に入ってくる。
「どうしたんですか?」
「天気が良いから、物置の掃除をしようと思ってね。良かったら手伝ってほしいんだが……」
「やります! すぐに準備しますね!」
「そうか? ありがとう。それじゃあ、朝食が済んだら物置まで来ておくれ」
「分かりました」
先に片付けているから、と物置へ向かった先生を見送り、急いで着替えて朝食を取りに行く。
少しだけ遅く起きたせいか、食堂には誰も居なくて、みんなもう各々のやりたいことをやりに行っているようだった。
「お待たせしました~」
小走りで物置までやって来た僕を先生は笑顔で迎えてくれた。
物置の外には沢山のダンボールが置かれていて、中身が分かるようにそれぞれ箱には中身が何かが記されている。
「凄い数ですね」
「ああ、なにせ此処が建って間もない時からの物もあるからね」
「へぇ~……あっ! これ懐かしいですね! 子供の頃よく読んでもらった絵本」
「こんなところにしまっていたのか。よく寝る前に読んだね」
「僕、絵本はどれも好きだったけど、これが一番好きだったなぁ」
古びた一冊の絵本を手に取り、ページをめくる。
よくある、童話ではなく、オリジナルのストーリーの絵本で、泣き虫なお姫様をあの手この手で笑顔にする王子様の話だ。
最初は慰めても泣き止むことのないお姫様に花や玩具をプレゼントして、漸く泣き止みそうになったお姫様がとある大事件に遭遇してしまい、また泣いてしまったところに王子様がプロポーズをして笑顔にする、といったちょっとませた話が当時の僕には物珍しくて大好きだったのを思い出す。
「懐かしいなぁ……お妃様にしてやる! って、いま読んでもなんだよって感じがする」
「まるで、智佳と翔和のようだね」
クスクスと笑っていると、先生が優しい笑みを浮かべてそう言った。
「えっ!? どこらへんがですか!?」
「そのままだよ。不器用で、でも温かな心を持っている……まるで二人のようじゃないか」
「そんなことないですよ。智佳……僕のことからかってばかりだし」
「好きな証拠だよ。よくあるだろう? 好きな子にちょっかいをかけるって」
「それは、そうですけど……でも僕は!」
先生のことが好きなんだ、と言いかけて止める。
こんな場所で、そんなことを言っても伝わらないのは分かっている。
それに、先生のことだから簡単にあしらわれてしまうだろう。
でも、それならいつ告白したらいいのか。
こんなにも、胸が高鳴るくらい好きなのに……いまだって、二人きりで居られるこの時間が幸せでたまらないのに。
「先生」
そう思うと、心の中で僕が伝わらなくてもいいと叫んできた。
伝わらなくても、好きな気持ちを伝えたい。
だって僕は――。
「僕、先生のお嫁さんになりたいです」
気がつくと、口からそんな言葉が出ていた。
目の前でダンボールの山を担いでいた先生が、目を丸くしてこちらを見つめている。
「翔和……」
「分かってます……こんな気持ち、先生に迷惑だって。でも、どうしようもないくらい好きなんですっ……好きで好きで、たまらないっ」
いつの間にか零れ落ちた涙が地面に落ちていく。
すると、先生が即座にダンボールを置いて、僕の涙を優しくぬぐい取ってくれた。
「翔和、ありがとう」
「せん、せっ……」
「でもな、翔和……お前の気持ちには答えられない」
言われて、頷く。
そんなこと分かっていた。先生まで僕に同じような気持ちを抱いてくれるだなんて、そんな都合の良いことは端から考えていない。
ただ、僕が伝えたくて言っただけにすぎないのだから。
「俺は此処のお父さんで、翔和のことも本当の子供のように思っている。みんなそうなんだ、此処に居るみんな……俺のかわいい子供たちなんだ」
「はい……っ」
「だから、一人にだけ特別な感情を注ぐことは……俺にはできない」
そう言って、先生は僕を抱きしめてくれた。
トクトクと心地の良い鼓動が聞える。
それを聞けただけで、たまらない多幸感に包まれた。
この人を好きになれて良かったと、心から思う。
「先生……もう、大丈夫です」
すっかり止んだ涙の雨を感じ取り、先生から離れる。
先生は少しだけ眉を下げて、心配そうにしていたけれど、僕が満面の笑みを見せると、ホッとしたように優しく笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとうございます。フってくれて」
「もう、平気かい?」
「はい! スッキリしましたから!」
「そうか。それなら良かった」
「片付け、再開しましょう!」
軽くなった心のせいか、急に身体も軽くなったようにテキパキと動けるようになった。
こうして、僕の長い恋は終わりを告げたわけだけれど、そう悪くはない結末に気持ちだけでなく、頭もスッキリとする。
「先生、この箱はどうしますか?」
「ああ、それはバザーに出すからそこに置いておいてくれ」
「分かりました」
片付けをしながら空を見上げると、秋晴れの美しい光景が広がっていて、まるでいまの自分の心のようだと思った。
「これ、お前にやる! だから、もう泣くな」
「ひっ、ぐっ……うぇ……」
泣きじゃくる子供に、やや背の高い子供が一本の大きなひまわりの花を渡している。
そして、それを受け取った子供は驚いたようにそれを受け取って、涙をぐしぐしと拭っていた。
「その……なんだ、誰も迎えに来なくてもさ……俺が絶対に行くから」
「……ほん、と?」
「ああ! んで、絶対に手、離さない。だから……お前は笑ってろ」
「……うん! 約束だよ、智佳――」
ジリリリッとうるさい目覚まし時計の音で目を覚ます。
どうやら夢を見ていたらしい。
とても、懐かしい夢。
「あんなこと、あったな……」
まだ此処に来たばかりの頃、迎えになんて来ない親の存在を知って、泣いていた僕に、智佳が大きなひまわりの花をくれたことがあった。
智佳は、両親を事故で亡くして此処に来たらしく、捨てられてやって来た僕とは違っていた。
けれど、いつも沈んでいた僕に花や玩具を渡して、手を取って引っ張ってくれたことを思い出す。
そのおかげで、僕は笑うことを思い出せて、それで先生も喜んでくれたのを覚えている。
ひまわりの花は勝手に花壇から引っこ抜いたものだったらしく、その後こっぴどく叱られたのだが。
「そういうとこ、後先考えてないんだよな、アイツ……」
そう呟いて、口角を上げながらカーテンを開く。
今日は学園祭前の休日で、久しぶりにゆっくりできる日だ。
学園祭の準備は万端、試験も終わって無理に勉強をする必要もない。
たまには何処かへ足を伸ばしてみようかと思った時、コンコンと扉を叩かれる。
「翔和、起きてるかい?」
「先生! はい! 起きました!」
僕の返事を聞いて、先生が部屋に入ってくる。
「どうしたんですか?」
「天気が良いから、物置の掃除をしようと思ってね。良かったら手伝ってほしいんだが……」
「やります! すぐに準備しますね!」
「そうか? ありがとう。それじゃあ、朝食が済んだら物置まで来ておくれ」
「分かりました」
先に片付けているから、と物置へ向かった先生を見送り、急いで着替えて朝食を取りに行く。
少しだけ遅く起きたせいか、食堂には誰も居なくて、みんなもう各々のやりたいことをやりに行っているようだった。
「お待たせしました~」
小走りで物置までやって来た僕を先生は笑顔で迎えてくれた。
物置の外には沢山のダンボールが置かれていて、中身が分かるようにそれぞれ箱には中身が何かが記されている。
「凄い数ですね」
「ああ、なにせ此処が建って間もない時からの物もあるからね」
「へぇ~……あっ! これ懐かしいですね! 子供の頃よく読んでもらった絵本」
「こんなところにしまっていたのか。よく寝る前に読んだね」
「僕、絵本はどれも好きだったけど、これが一番好きだったなぁ」
古びた一冊の絵本を手に取り、ページをめくる。
よくある、童話ではなく、オリジナルのストーリーの絵本で、泣き虫なお姫様をあの手この手で笑顔にする王子様の話だ。
最初は慰めても泣き止むことのないお姫様に花や玩具をプレゼントして、漸く泣き止みそうになったお姫様がとある大事件に遭遇してしまい、また泣いてしまったところに王子様がプロポーズをして笑顔にする、といったちょっとませた話が当時の僕には物珍しくて大好きだったのを思い出す。
「懐かしいなぁ……お妃様にしてやる! って、いま読んでもなんだよって感じがする」
「まるで、智佳と翔和のようだね」
クスクスと笑っていると、先生が優しい笑みを浮かべてそう言った。
「えっ!? どこらへんがですか!?」
「そのままだよ。不器用で、でも温かな心を持っている……まるで二人のようじゃないか」
「そんなことないですよ。智佳……僕のことからかってばかりだし」
「好きな証拠だよ。よくあるだろう? 好きな子にちょっかいをかけるって」
「それは、そうですけど……でも僕は!」
先生のことが好きなんだ、と言いかけて止める。
こんな場所で、そんなことを言っても伝わらないのは分かっている。
それに、先生のことだから簡単にあしらわれてしまうだろう。
でも、それならいつ告白したらいいのか。
こんなにも、胸が高鳴るくらい好きなのに……いまだって、二人きりで居られるこの時間が幸せでたまらないのに。
「先生」
そう思うと、心の中で僕が伝わらなくてもいいと叫んできた。
伝わらなくても、好きな気持ちを伝えたい。
だって僕は――。
「僕、先生のお嫁さんになりたいです」
気がつくと、口からそんな言葉が出ていた。
目の前でダンボールの山を担いでいた先生が、目を丸くしてこちらを見つめている。
「翔和……」
「分かってます……こんな気持ち、先生に迷惑だって。でも、どうしようもないくらい好きなんですっ……好きで好きで、たまらないっ」
いつの間にか零れ落ちた涙が地面に落ちていく。
すると、先生が即座にダンボールを置いて、僕の涙を優しくぬぐい取ってくれた。
「翔和、ありがとう」
「せん、せっ……」
「でもな、翔和……お前の気持ちには答えられない」
言われて、頷く。
そんなこと分かっていた。先生まで僕に同じような気持ちを抱いてくれるだなんて、そんな都合の良いことは端から考えていない。
ただ、僕が伝えたくて言っただけにすぎないのだから。
「俺は此処のお父さんで、翔和のことも本当の子供のように思っている。みんなそうなんだ、此処に居るみんな……俺のかわいい子供たちなんだ」
「はい……っ」
「だから、一人にだけ特別な感情を注ぐことは……俺にはできない」
そう言って、先生は僕を抱きしめてくれた。
トクトクと心地の良い鼓動が聞える。
それを聞けただけで、たまらない多幸感に包まれた。
この人を好きになれて良かったと、心から思う。
「先生……もう、大丈夫です」
すっかり止んだ涙の雨を感じ取り、先生から離れる。
先生は少しだけ眉を下げて、心配そうにしていたけれど、僕が満面の笑みを見せると、ホッとしたように優しく笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとうございます。フってくれて」
「もう、平気かい?」
「はい! スッキリしましたから!」
「そうか。それなら良かった」
「片付け、再開しましょう!」
軽くなった心のせいか、急に身体も軽くなったようにテキパキと動けるようになった。
こうして、僕の長い恋は終わりを告げたわけだけれど、そう悪くはない結末に気持ちだけでなく、頭もスッキリとする。
「先生、この箱はどうしますか?」
「ああ、それはバザーに出すからそこに置いておいてくれ」
「分かりました」
片付けをしながら空を見上げると、秋晴れの美しい光景が広がっていて、まるでいまの自分の心のようだと思った。



