綾羽はしばし自分の目的も忘れて青年を眺めていたが青年の方でもそれは同様のようで、綾羽をじっと見つめている。
──きっと、異形と言われる私の薄白の髪が薄気味悪いのだわ……。
視線を僅かにずらし、うつむいた綾羽は血染めの着物と腕に残る深い牙の跡を見て我に返った。
「ご令嬢、慈悲に感謝する。俺の名は蒼月と申す。家名は……」
青年は蒼月と名乗り、さらに身元を明らかにしようとしたが綾羽はそれを遮り、下駄を履いて外に出る。
「いえ、あなた様が何処の誰でも構いません。しばしお待ちを……このあたりなら、解毒に効く薬草が生えているはずですので」
綾羽はそう告げて夜の庭へ出、冷たい露に濡れながら薬草を摘み取る。戻るとそれを手早くすり潰し、蒼月の傷口を酒で消毒してから、薬草を塗った。
「包帯がありませんので、不格好ですがこちらで……」
綾羽が寝具を切り裂いて即席の包帯を作るのを、蒼月は何か言いたそうではあったものの、その様子をじっと眺めていた。
「今日のところは、最低限の処置は出来たと思いますが……」
「かたじけない」
全ての手当が終わると、蒼月はにこりと綾羽に向かって微笑んだ。
悪意のない、しかも若い青年の笑みだ──綾羽は急に恥ずかしくなって背をむけた。
──人命救助のためと言っても、宵嫁の身でありながら異性に触れてしまった……。
「かなり深手を負ってしまったはずなのに、いつの間にかすっかりおさまっている」
腕を見せながら、これでは大騒ぎした自分が阿呆のようだと蒼月は言った。牙のあとは深く、周りの皮膚は黒ずんではいたがその様子を見て綾羽はほっとする。
「あなたの持つ力が、俺自身の持つ治癒力を高めてくれたようだ」
さすがは帝都でも名が知られた呉竹家の娘だと言われ、綾羽はぐっと着物の裾を掴んだ。
「いえ……私には異能の力は何一つなく……。とても呉竹を名乗れません」
幼い頃から、綾羽は沙代理と繰り返し比べられてきた。
「同じ呉竹の娘でも、沙代理は水を操るのにね」
「姉のほうは、ただの飾り……いや、なんの役にも立ちやしない」
「薄桃色の瞳なんで、魔性のもののようで気色悪い」
「母親が旦那様ではなく邪なあやかしと交わって出来た子ではないのか?」
「ご当主様は、どうして綾羽を本家の娘として置いておくのか……」
そう囁かれ、惨めになった記憶は数え切れない。母が亡くなった後はなおさらで、沙代里が家の寵愛を独占する中、妾の子である綾羽は常に蔭に追いやられ、使用人と同じ扱いを受けている。
「呉竹のご令嬢ではないと言うのなら、ぜひあなたの名前を教えてもらえないだろうか。このままだと梅か桃の精としか思えない」
白い髪の毛、薄桃色の瞳を持つ綾羽を不気味だと言う人は数多くいたが、花の精だなんて上等なものに例えられたのは生まれて初めてのことで、綾羽の顔はますます赤くなった。
「あ……綾羽、です」
「美しい名だ。俺は鳥が好きでな」
蒼月の声に応えるかのように、扉の向こうからホーと梟の鳴き声がした。
「あ、ありがとう、ございます」
綾羽はそれきり、何も言えなくなってしまった。
──きっと、異形と言われる私の薄白の髪が薄気味悪いのだわ……。
視線を僅かにずらし、うつむいた綾羽は血染めの着物と腕に残る深い牙の跡を見て我に返った。
「ご令嬢、慈悲に感謝する。俺の名は蒼月と申す。家名は……」
青年は蒼月と名乗り、さらに身元を明らかにしようとしたが綾羽はそれを遮り、下駄を履いて外に出る。
「いえ、あなた様が何処の誰でも構いません。しばしお待ちを……このあたりなら、解毒に効く薬草が生えているはずですので」
綾羽はそう告げて夜の庭へ出、冷たい露に濡れながら薬草を摘み取る。戻るとそれを手早くすり潰し、蒼月の傷口を酒で消毒してから、薬草を塗った。
「包帯がありませんので、不格好ですがこちらで……」
綾羽が寝具を切り裂いて即席の包帯を作るのを、蒼月は何か言いたそうではあったものの、その様子をじっと眺めていた。
「今日のところは、最低限の処置は出来たと思いますが……」
「かたじけない」
全ての手当が終わると、蒼月はにこりと綾羽に向かって微笑んだ。
悪意のない、しかも若い青年の笑みだ──綾羽は急に恥ずかしくなって背をむけた。
──人命救助のためと言っても、宵嫁の身でありながら異性に触れてしまった……。
「かなり深手を負ってしまったはずなのに、いつの間にかすっかりおさまっている」
腕を見せながら、これでは大騒ぎした自分が阿呆のようだと蒼月は言った。牙のあとは深く、周りの皮膚は黒ずんではいたがその様子を見て綾羽はほっとする。
「あなたの持つ力が、俺自身の持つ治癒力を高めてくれたようだ」
さすがは帝都でも名が知られた呉竹家の娘だと言われ、綾羽はぐっと着物の裾を掴んだ。
「いえ……私には異能の力は何一つなく……。とても呉竹を名乗れません」
幼い頃から、綾羽は沙代理と繰り返し比べられてきた。
「同じ呉竹の娘でも、沙代理は水を操るのにね」
「姉のほうは、ただの飾り……いや、なんの役にも立ちやしない」
「薄桃色の瞳なんで、魔性のもののようで気色悪い」
「母親が旦那様ではなく邪なあやかしと交わって出来た子ではないのか?」
「ご当主様は、どうして綾羽を本家の娘として置いておくのか……」
そう囁かれ、惨めになった記憶は数え切れない。母が亡くなった後はなおさらで、沙代里が家の寵愛を独占する中、妾の子である綾羽は常に蔭に追いやられ、使用人と同じ扱いを受けている。
「呉竹のご令嬢ではないと言うのなら、ぜひあなたの名前を教えてもらえないだろうか。このままだと梅か桃の精としか思えない」
白い髪の毛、薄桃色の瞳を持つ綾羽を不気味だと言う人は数多くいたが、花の精だなんて上等なものに例えられたのは生まれて初めてのことで、綾羽の顔はますます赤くなった。
「あ……綾羽、です」
「美しい名だ。俺は鳥が好きでな」
蒼月の声に応えるかのように、扉の向こうからホーと梟の鳴き声がした。
「あ、ありがとう、ございます」
綾羽はそれきり、何も言えなくなってしまった。
