桜が散りきって、完全に葉桜となった頃。

 沙代理は呉竹屋敷の中の薄暗い部屋の中にいた。薄い障子から差し込む光は弱々しく、昼であってもほの暗い。

 かつて美貌と霊力に恵まれ、人々の視線を集めていた面影はすっかり消え失せていた。

「旦那様……旦那様……私に、名誉を……綺麗な宝珠を、くださいませ……そうしたら、綾羽になんて遅れをとりませんものを……」

 沙代理は膨らんだ腹を抱えながら、訪れることのない夫を待ち続けていた。


 一方そのころ、綾羽は蒼月に伴われて、帝都にある篠宮の屋敷に移住していた。

「綾羽、体調はどうだ」
「すっかり良くなりました」

 慣れない環境と初めての懐妊に、帝都に来た頃は体調を崩しがちだった綾羽は久し振りに晴れやかな笑顔を蒼月に向けた。

「綾羽、月明かりの下でもあなたは綺麗だが──明るい光の下で微笑んでいると、より一層美しいな」

 蒼月の言葉に、綾羽は頬を染めた。

「や、やめてください」
「妻を褒めてなんの悪いことがある」

 綾羽は蒼月の妻として、この屋敷で過ごすことになった。あまり実感が湧かなかった綾羽も、少しずつ自分の中で育つ命を感じ、日々喜びを噛みしめている。袖口から覗く宝珠も変わらずに柔らかく、しかし力強い光を放っている。

 蒼月は綾羽の手を取り、その薄桃色の瞳をまっすぐに見つめる。

「これからは俺と、この子と──おだやかに、三人で暮らそう」
「はい、蒼月様」

 綾羽は腹に手を添え、柔らかく微笑んだ。