「あ……綾羽が、篠宮公爵家に、嫁ぐ……?」
「そうだ。しかし、俺の妻を虐げ、あやかしの生贄に差し出そうとした呉竹家とは絶縁する。『綾羽』だけが篠宮の庇護下に入る」
冷たい蒼月の言葉に、沙代理は絶叫した。
「──綾羽っ! どうしてあんたが……その男に選ばれるのよっ、『宵嫁』は私のはずだったのにっ!」
沙代理の怨嗟の声はびりびりと響き渡り、竹林を揺らした。憎悪と嫉妬が混じるその声は霊力と絡み合い、鋭い見えない刃となって蒼月、そして綾羽へと襲いかかる。
「綾羽、大丈夫だ」
蒼月はずぶ濡れの着物も気にかけず、綾羽を力強く抱き寄せた。その温もりに縋り、綾羽はこくりと頷く。
「必ず、あなたと腹の中の子をここから連れ出す──」
「うるさい……うるさい! どうしてあんたばかり……妾の、愛人の子で、異形で無能のくせに……どうして! 私はあやかしに汚されたのに、どうしてっ!」
強い語気とは裏腹に、沙代理の霊力はどんどんとしぼんでいくのが綾羽の目にも明らかだった。
「……霊力が……なくなっていく……!?」
「もともと、お前には大した異能の力はない。自身の才だと思っていたのは全て──綾羽の霊力を吸い取っていただけだ」
「な……」
蒼月は腰の刀を引き抜き、銀にきらめく切っ先を沙代理に向けた。
「旦那様! どうか……私と腹の子をお救いくださいませ! この不届き者たちを成敗する力を……!」
沙代理は地に伏し、姿の見えぬ夫に向かって助けを乞うた。しかし返ってきたのは、冷たい沈黙だけ。
「……蛇は来ない」
蒼月の低く鋭い声が、場を断ち切った。
「……どうするのよ……私は、どうすれば……」
「引け。腹の子には罪がない。綾羽は贄に差し出されたと知った後も、妹であるお前のことが気がかりだと里に残っていたのだ。その思いやりを裏ぎったお前には──もはやなんの救いもない」
沙代里はその場に崩れ落ち、爪を地に立てて震える。家の者たちは互いに目を見交わし、やがて二人、三人と沙代里へ歩み寄った。泣き叫び、なおも「旦那様!」と空へ縋ろうとする沙代理を、容赦なく押さえ込み、腕をねじって捕らえる。引き立てられていく姿を、綾羽はただ黙って見つめていた。
──もし立場が逆で、沙代里がほんの少しでも優しさを示してくれていたなら、こんな結末にはならなかったかもしれない。
けれど妹は最後まで自分を蔑み、罵り続けたのだ。蒼月の言う通り、もうおしまいなのだ、と綾羽は思った。
「……遅れてすまなかった」
蒼月のいたわるような声に、綾羽はようやく張り詰めていた息を吐き、彼の胸へ身を委ねた。
「宝珠に……守っていただきました」
震える声でそう告げる綾羽に、蒼月は首を横に振った。
「いや、あれはあなたの力だ」
「私の……?」
驚いて顔を上げる綾羽の瞳をまっすぐに見つめながら、蒼月は言葉を重ねた。
「ああ。言っただろう、あなたは無能ではなく、自分の力に気が付かなかっただけだ。お互いの霊力が干渉し合い、俺たちはより強くなっている。だからこそ、あなたが預言通りの──俺の花嫁だ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。涙がこぼれそうになるのを堪え、綾羽は頬を染めて微笑んだ。蒼月はそっと彼女の頬に触れ、慈しむように微笑み返す。
「行こう、綾羽。帝都へ」
「はい。蒼月様」
散りゆく桜の下、二人は固く結ばれた絆を胸に、手を取り合って呉竹の里を後にした。
「そうだ。しかし、俺の妻を虐げ、あやかしの生贄に差し出そうとした呉竹家とは絶縁する。『綾羽』だけが篠宮の庇護下に入る」
冷たい蒼月の言葉に、沙代理は絶叫した。
「──綾羽っ! どうしてあんたが……その男に選ばれるのよっ、『宵嫁』は私のはずだったのにっ!」
沙代理の怨嗟の声はびりびりと響き渡り、竹林を揺らした。憎悪と嫉妬が混じるその声は霊力と絡み合い、鋭い見えない刃となって蒼月、そして綾羽へと襲いかかる。
「綾羽、大丈夫だ」
蒼月はずぶ濡れの着物も気にかけず、綾羽を力強く抱き寄せた。その温もりに縋り、綾羽はこくりと頷く。
「必ず、あなたと腹の中の子をここから連れ出す──」
「うるさい……うるさい! どうしてあんたばかり……妾の、愛人の子で、異形で無能のくせに……どうして! 私はあやかしに汚されたのに、どうしてっ!」
強い語気とは裏腹に、沙代理の霊力はどんどんとしぼんでいくのが綾羽の目にも明らかだった。
「……霊力が……なくなっていく……!?」
「もともと、お前には大した異能の力はない。自身の才だと思っていたのは全て──綾羽の霊力を吸い取っていただけだ」
「な……」
蒼月は腰の刀を引き抜き、銀にきらめく切っ先を沙代理に向けた。
「旦那様! どうか……私と腹の子をお救いくださいませ! この不届き者たちを成敗する力を……!」
沙代理は地に伏し、姿の見えぬ夫に向かって助けを乞うた。しかし返ってきたのは、冷たい沈黙だけ。
「……蛇は来ない」
蒼月の低く鋭い声が、場を断ち切った。
「……どうするのよ……私は、どうすれば……」
「引け。腹の子には罪がない。綾羽は贄に差し出されたと知った後も、妹であるお前のことが気がかりだと里に残っていたのだ。その思いやりを裏ぎったお前には──もはやなんの救いもない」
沙代里はその場に崩れ落ち、爪を地に立てて震える。家の者たちは互いに目を見交わし、やがて二人、三人と沙代里へ歩み寄った。泣き叫び、なおも「旦那様!」と空へ縋ろうとする沙代理を、容赦なく押さえ込み、腕をねじって捕らえる。引き立てられていく姿を、綾羽はただ黙って見つめていた。
──もし立場が逆で、沙代里がほんの少しでも優しさを示してくれていたなら、こんな結末にはならなかったかもしれない。
けれど妹は最後まで自分を蔑み、罵り続けたのだ。蒼月の言う通り、もうおしまいなのだ、と綾羽は思った。
「……遅れてすまなかった」
蒼月のいたわるような声に、綾羽はようやく張り詰めていた息を吐き、彼の胸へ身を委ねた。
「宝珠に……守っていただきました」
震える声でそう告げる綾羽に、蒼月は首を横に振った。
「いや、あれはあなたの力だ」
「私の……?」
驚いて顔を上げる綾羽の瞳をまっすぐに見つめながら、蒼月は言葉を重ねた。
「ああ。言っただろう、あなたは無能ではなく、自分の力に気が付かなかっただけだ。お互いの霊力が干渉し合い、俺たちはより強くなっている。だからこそ、あなたが預言通りの──俺の花嫁だ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。涙がこぼれそうになるのを堪え、綾羽は頬を染めて微笑んだ。蒼月はそっと彼女の頬に触れ、慈しむように微笑み返す。
「行こう、綾羽。帝都へ」
「はい。蒼月様」
散りゆく桜の下、二人は固く結ばれた絆を胸に、手を取り合って呉竹の里を後にした。
