何日経っても、彼女は目を覚まさなかった。
奇跡があるとすれば、脳死ではないこと。
でも、それだけじゃ僕の救いにはならない。
目が覚めないのは事故の時に頭を強く打ったことが原因なのではないかと言われている。
「代われるものなら代わって上げたい」
そんな言葉すら陳腐に思えるほどだった。
最終的に僕は割かし軽傷で済んだ。
打撲、肋骨にひび、目を怪我して片方の目の視力が格段に落ちただけ。
だけど、彼女は、僕とは比にならいくらいに辛くて痛い思いに沈んでいた。
僕が、僕が水族館になんて誘わなければ、こんな事にはならなかったのかな。
何度も何度も考えていた。
次の日も次の日も僕は彼女の部屋を訪ねた。
一週間が経つ頃には体が大分ましになり、自力で動けるようになった。
「光さん。こんにちわ。」
「透くん。今日も来てくれたのね、ありがとう。」
いつものように病室を尋ねたとき、背後から空気を切り裂くようなずっしり重い声が背後から病室に響いた。
「君が、紡の彼氏か?」
その声の正体は、彼女の父親だった。
初めて会うその姿は、とても一家の大黒柱とは思えなかった。
目が虚ろでくまが凄くて、よろよろしているような寝不足な感じ。
僕はきちんと言葉を返した。
「…はい。半年くらい前からお付き合いしています。雨宮透と申します。ご挨拶ができていなくてすみません。」
僕は、軽くお辞儀をした。
「…娘は。紡は、どうしてこうなった?」
僕は答えに詰まった。
どうして、なんて聞かれても僕が聞きたかった。
でも朝日奈さんも、本当は答えなんて求めてないんだと分かった。
「僕も詳しいことはまだ分からなくて…。」
そう言った瞬間、空中で何かが炸裂した。
同時に僕の頬に、熱い痛みが走った。
「俺はな、知らなかった。紡に彼氏がいることも、分からなかった…!出張で県外へ行っていたから、事故にあってすぐも紡の元に行ってやることができなかった…!」
その声は怒りと言うよりかは、混乱している"心の叫び"に近かった。
僕を責めることが正しいとも思っていないだろう。錯乱しているんだ。当たり前だ。
朝日奈さんにとっての一人娘がこんな姿なのだから。
「事故の瞬間、少しでも何かできなかったのか!? 紡を突き飛ばすとか、逃がすとか、そういうことができたんじゃないのか!」
朝日奈さんは僕の胸ぐらを掴んで叫んだ。
僕は自分のことをずっと責めていた。
寝る時も毎日のように夢に出てきて、事故の瞬間に目が覚める。もうどうしていいのか分からなかった。
「紡を…水族館になんて誘わなければこんなことにならなかったのかなって…ずっと自分を責めてます。僕が悪いって…わかってます。でも…」
僕の言葉は最後まで届かなかった。
「どうして、何もしなかった!どうして君がっ…!生きて、動いて…。紡がこんなことに…!」
心の中で何か弾ける音がした。
僕も彼女の身に未だに何が起こってるのか整理がついてないのに、そう言われる筋合いなんて毛頭無かった。
「僕だって…!こうなるなんて分からなかったし、瞬間のその数秒が動けるなら助けたかったです!僕だって紡のことを守りたかった!」
「絶対、紡はこうなっていなかった…!紡がこうなってしまったのは全部、愛する人も助けられないお前のせいだ!!何を言ったって、紡はベットの上。その事実は変わらないんだよ…!」
「…!」
「お父さん....!透くんに当たるのはやめて…!それは絶対に違う…!」
喉に言葉がつっかえて何も言い返せないままでいると、朝日奈さんは病室の入口を指さした。
「君はもうこの部屋出てけ。これから、ー歩もこの病室に入るな。」
朝日奈さんは震えた声でそう言うと、彼女のベットの近くに置いてある椅子に座った。その背中は弱々しかった。
「聞こえなかったのか?」
「明日も明後日も僕はまた来ますから。」
「戯言はいい…!帰れって言っているんだ。お願いだから、出てってくれ。」
本当は帰りたくなんてなかった。
彼女に触れていたかった。離れたくなかった。
けれど、僕は病室を後にした。
自室に戻っても、何も手につかなかった。
どうして二人同じところにいたはずなのに僕だけが軽症で、彼女は未だに目を覚まさないのだろうか。
「悔しい…悔しいなあ」
この気持ちが心の中でぐるぐると渦巻いていた。
気づけばもう夕方。
喪失感でぼーっとしている時間が長いと、とても退屈で、彼女との楽しかった日々を思い出すだけだった。
ーーー
次の日、僕は警察に呼ばれた。事故の詳細を聞かれ続けていた。
形式的なものだったかもしれないけれど、僕には重すぎた。
“この事故は高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違え”が原因で起こった事故。
そういう警察官の声は事務的だった。
「どうして紡は意識が戻らなくて、僕がこんなにも軽症なんですか?同じところを歩いていたのに。」
僕の問いに警察官はゆっくりと答えた。
「後からわかったことですが、高齢者の車が雨宮さんや朝日奈さんに衝突したとき、歩道の外側にいた雨宮さんは、衝撃をうまく逃すことが出来ました。しかし、朝日奈さんは歩道の内側にいたにもかかわらず、数メートル引きずられてしまったので、身体への衝撃が大きすぎたのかもしれません。」
「そうですか…」
僕は言葉を失った。
「でも、どうしてそんな不公平なことが…」
身体が冷たくなるのを感じた。
神様なんていないと思った。
助かりたいなんて、思ってなかった。
ただ、一緒に笑ってた彼女が、今もここにいてくれさえすれば、それだけでよかったのに。
「どうして、僕じゃなかったんだよ」
呟いた言葉は、誰にも届かなかった。
奇跡があるとすれば、脳死ではないこと。
でも、それだけじゃ僕の救いにはならない。
目が覚めないのは事故の時に頭を強く打ったことが原因なのではないかと言われている。
「代われるものなら代わって上げたい」
そんな言葉すら陳腐に思えるほどだった。
最終的に僕は割かし軽傷で済んだ。
打撲、肋骨にひび、目を怪我して片方の目の視力が格段に落ちただけ。
だけど、彼女は、僕とは比にならいくらいに辛くて痛い思いに沈んでいた。
僕が、僕が水族館になんて誘わなければ、こんな事にはならなかったのかな。
何度も何度も考えていた。
次の日も次の日も僕は彼女の部屋を訪ねた。
一週間が経つ頃には体が大分ましになり、自力で動けるようになった。
「光さん。こんにちわ。」
「透くん。今日も来てくれたのね、ありがとう。」
いつものように病室を尋ねたとき、背後から空気を切り裂くようなずっしり重い声が背後から病室に響いた。
「君が、紡の彼氏か?」
その声の正体は、彼女の父親だった。
初めて会うその姿は、とても一家の大黒柱とは思えなかった。
目が虚ろでくまが凄くて、よろよろしているような寝不足な感じ。
僕はきちんと言葉を返した。
「…はい。半年くらい前からお付き合いしています。雨宮透と申します。ご挨拶ができていなくてすみません。」
僕は、軽くお辞儀をした。
「…娘は。紡は、どうしてこうなった?」
僕は答えに詰まった。
どうして、なんて聞かれても僕が聞きたかった。
でも朝日奈さんも、本当は答えなんて求めてないんだと分かった。
「僕も詳しいことはまだ分からなくて…。」
そう言った瞬間、空中で何かが炸裂した。
同時に僕の頬に、熱い痛みが走った。
「俺はな、知らなかった。紡に彼氏がいることも、分からなかった…!出張で県外へ行っていたから、事故にあってすぐも紡の元に行ってやることができなかった…!」
その声は怒りと言うよりかは、混乱している"心の叫び"に近かった。
僕を責めることが正しいとも思っていないだろう。錯乱しているんだ。当たり前だ。
朝日奈さんにとっての一人娘がこんな姿なのだから。
「事故の瞬間、少しでも何かできなかったのか!? 紡を突き飛ばすとか、逃がすとか、そういうことができたんじゃないのか!」
朝日奈さんは僕の胸ぐらを掴んで叫んだ。
僕は自分のことをずっと責めていた。
寝る時も毎日のように夢に出てきて、事故の瞬間に目が覚める。もうどうしていいのか分からなかった。
「紡を…水族館になんて誘わなければこんなことにならなかったのかなって…ずっと自分を責めてます。僕が悪いって…わかってます。でも…」
僕の言葉は最後まで届かなかった。
「どうして、何もしなかった!どうして君がっ…!生きて、動いて…。紡がこんなことに…!」
心の中で何か弾ける音がした。
僕も彼女の身に未だに何が起こってるのか整理がついてないのに、そう言われる筋合いなんて毛頭無かった。
「僕だって…!こうなるなんて分からなかったし、瞬間のその数秒が動けるなら助けたかったです!僕だって紡のことを守りたかった!」
「絶対、紡はこうなっていなかった…!紡がこうなってしまったのは全部、愛する人も助けられないお前のせいだ!!何を言ったって、紡はベットの上。その事実は変わらないんだよ…!」
「…!」
「お父さん....!透くんに当たるのはやめて…!それは絶対に違う…!」
喉に言葉がつっかえて何も言い返せないままでいると、朝日奈さんは病室の入口を指さした。
「君はもうこの部屋出てけ。これから、ー歩もこの病室に入るな。」
朝日奈さんは震えた声でそう言うと、彼女のベットの近くに置いてある椅子に座った。その背中は弱々しかった。
「聞こえなかったのか?」
「明日も明後日も僕はまた来ますから。」
「戯言はいい…!帰れって言っているんだ。お願いだから、出てってくれ。」
本当は帰りたくなんてなかった。
彼女に触れていたかった。離れたくなかった。
けれど、僕は病室を後にした。
自室に戻っても、何も手につかなかった。
どうして二人同じところにいたはずなのに僕だけが軽症で、彼女は未だに目を覚まさないのだろうか。
「悔しい…悔しいなあ」
この気持ちが心の中でぐるぐると渦巻いていた。
気づけばもう夕方。
喪失感でぼーっとしている時間が長いと、とても退屈で、彼女との楽しかった日々を思い出すだけだった。
ーーー
次の日、僕は警察に呼ばれた。事故の詳細を聞かれ続けていた。
形式的なものだったかもしれないけれど、僕には重すぎた。
“この事故は高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違え”が原因で起こった事故。
そういう警察官の声は事務的だった。
「どうして紡は意識が戻らなくて、僕がこんなにも軽症なんですか?同じところを歩いていたのに。」
僕の問いに警察官はゆっくりと答えた。
「後からわかったことですが、高齢者の車が雨宮さんや朝日奈さんに衝突したとき、歩道の外側にいた雨宮さんは、衝撃をうまく逃すことが出来ました。しかし、朝日奈さんは歩道の内側にいたにもかかわらず、数メートル引きずられてしまったので、身体への衝撃が大きすぎたのかもしれません。」
「そうですか…」
僕は言葉を失った。
「でも、どうしてそんな不公平なことが…」
身体が冷たくなるのを感じた。
神様なんていないと思った。
助かりたいなんて、思ってなかった。
ただ、一緒に笑ってた彼女が、今もここにいてくれさえすれば、それだけでよかったのに。
「どうして、僕じゃなかったんだよ」
呟いた言葉は、誰にも届かなかった。
