日差しが照りつく夏の最中、教室の隅で友達に囲まれた彼女が、僕に気づいて手を振った。
その手には、小さな紙袋が握られていて嬉しそうな表情が見えた。

「ねえ透!今日はなんの日でしょうか!」

わざとらしいほど無邪気な笑顔を浮かべて、彼女が言う。

「えー?なんの日だろう?」

知らないふりをするには、僕の準備は良すぎだった。
既に僕の机のフックには、彼女に渡すつもりの紙袋がかかっていたから。

「透って嘘が下手だよね」
「バレていたか」

僕は鞄の中に手を入れ、包みを取り出す。

「ちゃんと準備してあるよ。紡、誕生日おめでとう。」
「えへへ、わあ……ありがとう!」

手渡したのは、水色一色で彩られたヘアクリップ。
駅前の小さな雑貨屋で見つけたとき、不思議と買うのに迷いはなかった。
彼女の明るさが、晴天の空みたいだと思ったんだ。
ところどころに混じった白も、まるで雲みたいで。それが目を惹いた。

彼女は包装をゆっくり破き、中身を手に取る。

「……可愛い……」

驚いたように目を見開いて、それをしばらく見つめていた。
触れることで、何かを確かめているような仕草だった。

「透これ、自分で選んでくれたの?」
「うん。紡に似合うかなって思って」
「ほんと、透って、おじさんなのに。こういうのはちゃんとしてくれるんだね」
「おじさんは余計」
「ふふっ、ごめん。でも、嬉しいよ。ありがとう」

彼女は早速ヘアクリップを身につけてくれた。
目論んでた通り、彼女にぴったりだった。

「ねえ透、お願いがあるの」
「どうした?」
「可愛いっていって?」
「今言わなきゃだめか…?」

彼女の友達も近くにいれば、クラスメイトも普通に日常を過ごしている。誰が何を聞いてるのか分からないから、その一言を口に出すのが恥ずかしすぎた。

「今言って欲しい。お願い?誕生日だし?そのプレゼントも欲しいな」

がめついのかなんなのか…?
まあ、誕生日お願いを断る方が人間として終わってるよな。

「しょうがないなー。紡かわいいよ。さすが僕のセンス。そのヘアピンも似合ってる」
「なんか腹立つー。でもありがとう!受け取ったぜその言葉!……そうだなぁ、写真撮ってよ!」
「お易い御用」

スマホのカメラを内カメにしカシャッと写真を撮った。
撮り終えたものを見るとクラスメイトの視線を感じて真っ赤になっている僕と、反対にいつもより眩しくキラキラと笑っている彼女が写った。

さて、その放課後、彼女のリクエストで立ち寄ったのは、小さなカフェだった。
あの時偶然出会って会話をした思い出深いあのカフェだ。
このカフェは僕達の寄り道コースの1部となっている。たまに二人で帰る時はここに寄ってから解散をしていた。
ここで彼女が選んだのは、甘酸っぱいいちごのタルト。
そして僕は、いつも通りチョコケーキを頼んだ。

「んー!おいし〜!ここのカフェのケーキがやっぱり一番好き!」
「ここ、紡のお気に入りだもんね。」
「うん!微・甘って感じで本当に最高なの!」

そう言って僕たちは、笑いながらケーキを食べ続けた。

「透はいつもチョコだよね。浮気しないよね、甘いものに関しては」
「うん。別に今も浮気はしないけどね?でも、紡のいちごのタルト、ちょっとだけ羨ましいかも」
「えー?ひと口あげようか?」
「……やっぱりいいや。食べたら戻れなさそうだから」
「ふふっ、じゃあ秘密にしとくね。ここのいちごタルトの虜になるの、私だけでいいから」

僕が最後のひとくちを食べ終えたとき、ようやく気づいた。
じーっと、見られている。
 
「紡、なに?そんなに僕の顔をじっと見て。今さらになって、僕の美しさに見とれちゃった?」
「いや、違う」

なんだ、違うのかよ。
拍子抜けしていたら、彼女の手がすっと伸びてきた。
触れたのは、僕の口元だった。

「え、なにした?」
「透、あんたお弁当つけてどこ行くの?」

「え?」と聞き返して、そっと自分の頬を触ってみる。

「……何もないけど」
「今、私が拭いたんですー」

テーブルの上には、うっすらチョコがついたティッシュ。
僕の顔は一気に真っ赤になった。

「てか、お弁当って……!米粒がついてたわけじゃないじゃん…」
「えへへ、チョコ版だよー!…口にチョコがついたままでも、私は全然よかったけど。」

紡はいたずらっぽく笑う。

「でも、透様のプライバシーは守らなきゃね」

今日は彼女の口車に乗せられてばかりな気がする。少し悔しい気がした。

「透様に勝とうなんて百年早いんだよ!いただき!」
「あ!ちょっと!」

どう考えても何か悔しかったので、僕は彼女のタルトを一口いただくことにした。

「んーやっぱり美味しいね。さっき普通に一口貰っておくべきだった」
「ほんとだよ。最後の二口だったのに。」
「いや、最後の一口は残ってるんかい。」
「食べ物の恨みは怖いぞ」
「まあまあいいじゃん。また来たら正規ルートで僕のも一口あげるからね?」

僕達は吹き出して笑い、楽しい一時を過ごしていた。
彼女と話していると本当に楽しくて、波長もあっている気がして、一緒にいて落ち着くんだ。

「ねえ透?こういう日って、何気ないのに、すごく幸せだよね」
「花火大会マジック継続中?」
「幸せだよね?」
「うん。こういうのが、いちばん大事なんだと思うし、幸せだよ」
「うん……」

そのあとの沈黙の中、彼女がポツリと呟いた。

「ねえ、透がいなかったら、私、こういう変だけど面白いやり取りをして過ごすことを"普通"に感じられなかったかも」
「何を言ってるの?」
「未来ってどうなるか分からないじゃん?だから、透がくれる大切にしたい言葉も、ユーモアも普通じゃない日が来るのかなって。」
「でもさ、未来って、一緒に手を繋いで歩んで作っていくものだと思うんだよね。僕とこうやって手を繋いでいたら、どんなことも乗り越えていけるから、大丈夫だよ」

その言葉に、彼女は少しだけ涙を浮かべた。

「うん!…ありがとう」

そうして僕たちは店を出た。
花火大会のとき、"はぐれないため"で手を繋いでいたが、今は"繋ぎたいから"繋いでいる。
体温が伝わってきて温かい気持ちになった。
彼女が、別れ際に道の曲がり角で振り返った。

「今日のことずっと忘れないよ。プレゼント嬉しかったし、もっと大好きになった。」
「忘れたら困るよ。誕生日なんだから」
「ふふっ、うん。ありがとう、透。ほんとに、ありがとう」

人混みに紛れていく彼女の背中が、いつもよりずっと遠く感じた。