僕は両親の顔を写真でしか知らない。
物心が付く前に亡くなってしまい、僕は祖母に引き取られたから。
祖母の家は古く、木の匂いや煮物の香りが混ざって独特の安心感があった。
朝、目を覚ますと、窓から差し込む光の中で祖母が朝食を用意していた。
味噌汁の湯気に顔を近づける僕に、祖母はにっこり笑った。

「透、ちゃんと食べなさいね。元気でいないと学校も大変よ」

その言葉は、孤独だった僕の心をそっと抱きしめるようで、世界は優しさに満ちていた。
ある日、祖母はは埃をかぶった古い日記帳を取り出してきた。
それは、当時父が書いていた日記だった。
ページの中の残されていた写真を指差して、これが父、母と教えてくれたのが僕にとっての両親の思い出だ。
周りはみんな、僕に両親が居ないと知ると同情してくれたけど、寂しいと思うことはあっても悲しいと思った事はあまりない。
だって、覚えていないから。ただそれだけ。
悲しみを感じるには記憶が必要なんだろうな。
それでも、祖母と過ごす日々の温かさが、少しずつ孤独の隙間を埋めてくれた。
夜、布団に入ると、祖母はそっと手を握って

「大丈夫、透。ばあちゃんがついてるよ」

と囁いた。
その声が眠りに誘う安らぎであり、僕の心の支えだった。
僕はそんな風に冷めた男なんだ。
でも、こんな冷たい僕にも寄り添ってくれる、特別な存在がいる。

「透聞いて!今日の朝ごはん、パンとお味噌汁だった!」

彼女はいつも朝から明るい姿を見せ、パンとお味噌汁の謎組み合わせについても、軽快に話した。小さな声で笑う彼女の仕草、ふとした目線のやり取り。
そんな何気ないことが、僕にとってはかけがえのない時間だった。
僕は黙って彼女を見て、笑っている。
二人で過ごす日常はとても大切なものだった。