映画の題材を探していたわけじゃなかった。
あの花束に気づいたのは、たまたま仕事帰り、夜の街を歩いていた時だった。
ビルの片隅、街灯の届かない場所に、白い百合の花がそっと置かれていた。
添えられた小さなカードには、こう書かれていた。

「二人の愛は永遠に」

その言葉が、なぜか胸に残った。
数日後、何気なくネットでその場所を調べてみた。
出てきたのは、数ヶ月前の小さなニュース記事。
“若い男性がビルから投身自殺。恋人の死に深く傷ついていたとされる”
彼の名前は、雨宮透。そして、恋人の名前は、朝日奈紡。
紡はその一月ほど前、交通事故で命を落としていたという。
彼女の死の後、透は何も書き残さず、ある日ふいに姿を消した。
何も書き残さず。
そう思われていたが、実は彼の祖母の元に、一冊のノートが届けられていた。
それが、彼が日々綴っていた日記だった。

最初のページをめくった瞬間、心がひやりとした。
まるで知らない誰かの孤独が、ゆっくりと染み込んでくるようだった。
「僕は両親の顔を写真でしか知らない」
淡々としたその一文が、妙に耳に残った。
感情の少ない文字なのに、不思議と静かな温度があった。
まるで、遠い過去から囁かれるような"声”だった。
次のページには、こう書かれていた。

「今日も紡の夢を見た。目を覚ますたび、まだここにいるはずの彼女を探してしまう」

そしてさらに、

「誰かに心を開くことが、こんなにも怖いとは思わなかった」

わずか数行で、透の胸に渦巻く喪失と孤独が伝わってくる。
日記の文字は静かで、でも確かに、透の中で燃え続ける悲しみの熱を感じさせた。

そしてこれは、愛に不器用だった、「雨宮透」の物語である。