──────警察署で事情聴取を終え、駅まで送ってもらった頃にはすでに夕方になっていた。
(なんか、ものすごく疲れた。肉体的にと言うか、精神的にのほうが強いな)
無事に記憶を取り戻し、私の中のピースはすべて埋まった・・・・・・はずだった。
何かが足りない、中学の頃ではない何かが。そんなことを先輩たちに言ったってしょうがないので、心の中だけにとどめておく。
「空音ちゃん、無事に記憶は戻ったか?」
「はい!おかげさまで、ありがとうございます。復讐的なのも出来ましたし、最高の気分ですよ!」
「その割には疲れてねえか?血の気があんまねえぞ」
「そりゃあそうだろうね。星來にあんだけ言われて、衝撃の事実もさらされてさ」
「『主に悠斗のせいだけどな』」
「えー?僕はなんにもしていないはずなんだけどな・・・・・・」
もちろん打ち合わせには悠斗先輩も参加していたのだが、ぜんぜん違うことを言い出すし、計画よりも遅いタイミングで口を出すから、もうグッチャグチャになってしまった。
「でも、計画の目的は果たせたから良いんじゃないの?」
「それはそうだけどな・・・・・・」
「なんか納得できねえっていうか・・・・・・」
「まあまあ、私は満足してますから。悠斗先輩、ありがとうございました」
「いやいや、僕はなんにもしていないよ・・・・・・あ、じゃあ今度二人でデート行こうね♡」
やっぱり私を口説くところは変わらない。でも、今は面白いから別にいいのだけれど。
「それは俺が許さねえぞ」
「俺も悠斗と空音ちゃんがデートに行くとなれば、黙ってはおけないかな」
「おぉ。護衛が二人もいれば、流石にやめとくよ。じゃあ、それぞれの家まで送っていくよ」
「またあの高級リムジンか?」
「それ以外ないもんでね」
「うわっ、さらっとセレブ気取りだ」
「そんな事言われてもねえ・・・・・・僕は叔父の養子になるつもりだよ。父親と星來とは絶縁したいし、元々気に入られてたからね。これで僕は後継者の座に確実につける」
「こいつすげえ計画立ててんな・・・・・・」
ふっと私は笑った。だって、璃玖先輩のツッコミが面白かったんだもん。
それにつられて、璃玖先輩も、壮汰先輩と悠斗先輩も笑った。
本当に今日は大変だったけれど、疲れたけれど、四人の中が深まることが出来て、とても嬉しいなと思った。
高級リムジンが到着し、悠斗先輩とお別れした。明日も、学校で会えるだろう。
ふかふかの席に座ったら、ドッと疲れが来て、そのまま眠ってしまった。
──────目が覚めたら、ここは自分の部屋だった。
「・・・・・・・んん、ふぁー。あれ、なんで私の部屋にいるんだろう?」
ご丁寧に来ていた服ではなく、パジャマにちゃんと着替えてある。髪が少し湿っていることから、私は寝ながらお風呂に入っていたということになるのだろうか。
(でも、そんなことをお母さんがやるわけないよねー。まさか、高畠家のメイドさんがやってくれたとか・・・・・・・いや、流石にそれは恥ずかしすぎる)
時計を見ると、今は午前五時だった。いつも起きている時間より三十分早い。今日は学校があるので、準備をゆっくりできるのは良いかもしれない。
お腹が空いたので、とりあえず下に降りる。お母さんに話を聞けば良い。
「お母さん、おはよう」
「あら空音、おはよう。昨日は眠れた?寝たまま帰ってきたと思ったら、高畠家のメイドさんがリムジンから降りてきて、『今回は誠に申し訳ございませんでした。本の少しのお礼ではございますが、前橋様のお手伝いをさせていただきます』って言って色々やってくれたのよ」
「は、はぁ・・・・・・・」
話を聞いていると、寝ている私をお風呂に入れて着替えさせたり(持ってきてくれた高級なふわふわパジャマ。夏用と冬用二着ずつくれた)、家の掃除を隅々までやってくれたそうだ。
なんなら、夜ご飯と今日の分の朝食も作ってくれたそうだ。どんだけやるんだよって感じだ。
「まぁとにかく、ある意味空音に感謝だわ♡」
「私は散々な目にあったけどね・・・・・・・」
(とにかく、学校行く準備して早めに行こう)
そう思って、結局いつものルーティーンで支度したため、いつもと同じ時間に家を出たのだが。
──────校門の前に着くと、璃玖先輩と壮汰先輩、悠斗先輩がいた。みんな神妙な顔つきで立っていたから、周りの人たちが三人のいるところは避けて歩いている。
「先輩、おはようございます」
「お、空音ちゃんおはよう」
「はよ」
「空音ちゃん・・・・・・・」
「悠斗先輩、大丈夫ですか?」
「あぁ・・・・・・・星來は事情聴取でやっとすべての罪を告白したようだ。君を監禁したのもだが、仲間だった者たちのものを盗んで売ったりもしていたそうだよ・・・・・・・」
「!?そんな事もやってたのかよ、あいつ」
「ほんと同じ人間として恥ずかしいな」
悠斗先輩は自分にも責任があるとでも言いたいのだろうか。璃玖先輩と壮汰先輩に言われっぱなしだ。
(悠斗先輩は結局私を庇ってくれたし、庇った?まあ、ある意味そうかな)
「悠斗先輩。私は先輩のこと怒ってませんよ。もう私は星來のことを気にしていませんし、十分罰を与えてやりましたから。先輩も気にしないでください」
「・・・・・・・こんな僕を許してくれるのかい?」
「もちろんです!告白するのはやめてほしいですけど、これからも仲良くしてくださいね」
「あぁ、ありがとう。そんな君が好きだけれど、君にはもっとお似合いの人がいるだろうし、これからは仲のいい友人として話させてもらうよ」
そういった時、ちらっと璃玖先輩のことを見ていた。璃玖先輩は顔を少し赤くして目を逸らしてしまった。なんでだろう。
「良いのか、空音。こいつ中学校のときは星來のこと、庇ってたんだぞ?お前も記憶が戻っただろうし、そのこと知ってんだろ?」
「俺も甘いと思うね。もうちょっとこいつには厳しくしてもいいと思う」
「私が一番の被害者です。だから、決定権は私にあります。私が良いと言ったのなら、良いんです」
「そうかよ・・・・・・・」
「ま、好きにすれば」
なんだか璃玖先輩と壮汰先輩は不服そうだが、納得はしてくれたようだ。
(ていうか、私にお似合いの人って誰なんだろう?)
それはともかく、これから先も先輩たちと仲良く出来たら良いな、と思う。
──────昨日は散々な日だった。空音の記憶が戻ったのは良かったが、星來というやつが空音に今までやってきたことに怒りを感じた。
あんなに可愛くて真面目で、いい奴にそんな扱いをするのが信じられなかった。
流石に今日は店に働きに来ないだろうと思っていたのだが、『え、もちろん行きますが?』と言われてびっくりした。
(いや、昨日リムジンの中で爆睡していたやつが、休まないでどうすんだよ!?)
今日くらいはリフレッシュしてほしいと思い、少し離れたところにきれいな花が咲いているところがあるらしい。空音に見せてやりたいと思い、誘った。
親父とお袋には相談済みだ。ニヤニヤと笑っていてきしょいと思ったが、言わなかっただけマシだろう。
「そ、空音?今日は店休んでさ、一緒に出かけたいところがあるんだが・・・・・・・」
緊張して途中までしか言えなかった。情けねえが、察しの良い空音のことだ。大丈夫だろう。
「え、えー!本当ですか!?やったあ、どこに行くんですか?早く行きましょう!」
「お、おう。でも、行くところは着いてからのお楽しみな」
空音は顔の周りに花が見えるくらい、ぱあっと笑顔を見せてきた。
(あぁ、やっぱりかわいいな。この笑顔を俺にだけ見せてくれればいいのに)
そう思いながら電車に揺られていた。
──────駅から降りて数十分歩いたところに、先輩の目的地に着いた。
「う、うわぁー!すごい数のお花ですね!きれーい!」
そこはフラワーガーデンというのだろうか。テレビの特集でも、雑誌でも載るほど有名なデートスポットだ。
やはり周りにはカップルがたくさんいて、中にはウエディングフォトを撮っている人たちもいる。今日は快晴だからなおさらそうなるだろう。
「先輩、先輩。一番上のあそこに行きましょう!ここの景色が一望できるみたいですよ!」
「あぁ、行こうか。はしゃぎすぎて転ぶなよ」
「分かってますってー」
自分でそう言いながらも小走りで坂を登っていく。そんな姿を周りの人たちは微笑ましく見ている。
私と先輩は制服を着たままだから、結構目立ってしまう。人の目が集まるのもしょうがないだろう。
(確か、一番上の丘にある何かのスポットで何かをすると、必ず成功するっていう迷信的なのがあったよなー。その『何か』っていうのは忘れたけど)
その『何か』っていうのが一番重要なはずなのに、まったく覚えていない。悲しいね。
「着きましたよ先輩!うわぁー、本当に景色が一望できるんですね。いろんな色の花があってきれいですね、先輩!・・・・・・・璃玖先輩?」
私がはしゃいでいるのと対照的に、先輩はすごく落ち着いている。いつもと違う様子に変だなと思ってしまう。
横顔しか見えないが、耳と頬が赤くなっている。なのに、目はまっすぐ何かを捉えている。
そんな姿にキュンと来てしまった。
(い、いつも見ている先輩と、今見ている先輩のギャップが凄くてかっこいい・・・・・・・!)
ぼーっと先輩の姿を眺めていると、グルンっとこちらの方を急に向いたと思ったら、私の手を引いて走り始めてしまった。
「へ!?先輩、どうしたんですか?ちょっ、早い早い」
「黙ってついて来い」
「えっ?ま、転ぶからちょっと遅くしてくださいよー!」
「無理だな。とにかく走れ!」
私の方を見ずにずっと走り続ける。後ろから見てもやっぱり耳が赤い。
先輩が向かった先は、さっきいたところの反対側の丘だった。そこには人だかりができていて、その中心にあるものに向かって走っていたのだ。
(あれ?ここってよくテレビとか雑誌で見る告白スポットじゃない?)
そう、ここにはハートの形をしたアーチと白い板で出来た床があるのだ。そこで好きな人に想いを伝えると結ばれるという迷信がある。
実際にSNSでは『彼氏にプロポーズされちゃった♡もちろんオーケーです』とか『長年片思いをしていた同級生に告白しました!返事はまさかのオーケー!』などなど・・・・・・・迷信が本当だという内容の投稿が数多くある。
そのおかげで全国からカップルがここに訪れるという。
「おい、ここに立ってろ」
「は、はい」
「流石にここのことは知ってんだろ?」
「ま、まぁ全国的に有名なスポットですから」
「じゃあ、俺が今からやることの予想はつくよな?つかないって言ったとしても俺は続けるけどな」
「ひぇ」
ハートのアーチと花の丘をバックに、先輩が私の前でひざまずく。先輩は後ろに何かを隠しているが、見せてくれない。
(え?まさか先輩に告白されるパターン?あっ、おばあちゃんが途中で乱入してきた時、私に告白しようとしてたんだ!だから『続きはまた今度』って言ったのね。なるほど)
思ったより冷静になれている私自身にびっくりしている。多分だが、悠斗先輩から告白されまくってたので、それで慣れたのかもしれない。
「空音、前の続きから良いか?」
「はい」
「俺はお前の全部が好きなんだ。ツヤツヤの髪も、きれいな瞳も好きだ。顔はすげえ可愛いいし、それなのに面白いこと言うからギャップでキュンと来る」
「それは褒めてるんですか?」
「褒めてるっつうの。それで、俺は言葉に出すのがあまり出来ないから、お前を不安にさせるかもだし、喧嘩するかもしれない。不器用だし、こういうのあんまわかんねえ」
「知ってます。すでに喧嘩したことあるじゃないですか」
「この雰囲気でそういうの言うんじゃねえよ!せっかくいい感じだったのに・・・・・・・」
周りにいる人たちから笑われてしまった。恥ずかしくて俯いてしまう。
「それでな」
「はい」
「そんなんだけど、絶対にお前を大切にするし泣かせない。一生幸せにしてやる。ずっとお前が笑顔でいられるように頑張る。だから、だから・・・・・・・!」
「なんですか?」
すうっと息を吸ってから先輩は花束を私に差し出してこう言った。
「空音のことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」
「・・・・・・・はい。よろしくお願いします」
「!マジで!?」
「流石にこんなときに嘘はつかないですよ」
「はぁぁぁぁ。嬉しい・・・・・・・絶対に幸せにする」
「ふふふ。頼みますよ璃玖先輩」
『うわー!』とか『青春ねー!』とか周りから歓声が聞こえるが気にしない。
花束を受け取って見てみると、十二本あるブラウンのバラの花束だった。
顔を近づけて匂いを嗅ぐと、いつもよりも甘い香りがする気がする。きっと嬉しくて嗅覚が鈍っているのかもしれないし、敏感になっているのかもしれない。
どちらだって良い。璃玖先輩と一緒にいられるのなら、二人で過ごせるのなら。
「空音、ちょっといいか?」
「なんですか?」
先輩が片方の手で私の腰を引き寄せ、もう片方の手を私の頬に添える。触れた部分がすごく熱く感じる。
優しい笑顔を私に向けてきたら、もう何も出来ない。
顔がだんだん近づいてきて、恥ずかしくて反射的に目を閉じてしまう。
────唇になにか柔らかいものが触れた。それが先輩の唇だということに気づくのに、随分時間がかかってしまった。
「・・・・・・・!不意にやるのは反則だと思います」
「不意ではないだろ?ほら、帰るぞ」
「えっ!?もう少しお花見ていきましょうよ!」
「こんなに暑い中、花を持ってたら枯れるだろ?」
「大丈夫ですよー。そんなすぐに枯れるわけ無いでしょ」
「・・・・・・・好きにすれば」
「わっ!先輩がそんな喋り方するの初めて聞きました!」
「うるさい、別にいいだろ?お前も敬語やめろよ」
そう言いながら、先輩は私の手を握る。いわゆる『恋人繋ぎ』で繋いでいて、自分でも顔が赤くなってくるのが分かる。
先輩も少し赤くなっているが、満足そうに微笑んでいて、今まで見たことがなかった姿にキュンと来る。
(私は今後何回先輩にキュンと来るんだろう・・・・・・・)
「なんかもう慣れちゃったんで、名前だけは『璃玖くん』で呼ばせてもらいますね」
「!もう一回呼んでくれ」
「?璃玖くんですか?」
「はぁー。俺の彼女がかわいすぎる」
「ふふふ、私の彼氏がかっこよすぎるなー」
「これこそ不意打ちだろ。やめろ」
ぶっきらぼうに言っているが、口調は優しさに溢れていた。こういうところがあるから私は璃玖先輩に惚れてしまったのだろうか。
いつ好きになったのか、自分でもわからない。でも、『今』自分が先輩のことが好きだということが重要なのだ。
過去の行いと今の行いはすべてつながっている。
過去の思いは今の想いに変わる。
過去の過ちは今どうするかで捉え方が変わる。
「俺は、今もこれからもお前の中の『ピース』でありたいと思っているし、足りないときは俺が『ピース』になる。絶対に、それだけは譲らないからな」
「・・・・・・・私も、先輩の『ピース』でありたいと思っていますよ」
手を繋いで夕日の方へ歩いていく。二人の後ろには繋がっている二つの影がある。
これから先、どんな事があっても私と先輩はお互いの一部でいられるだろう。
──────バラの花言葉は、本数と色によって意味が変わってくる。
十二本のバラは『付き合ってください』という意味がある。
ブラウンのバラは『すべてを捧げます』という意味がある。
空音はその意味に気がついたのだろうか。気がついて告白にオッケーを出したのだろうか。
それを聞く勇気もなく、数年経ってしまった。
だが、何気ない会話でその真実が明らかになった。
「高校生の時、璃玖が私に告白してきたじゃん。そのときにさ、『言葉だけじゃなくて花にも想いを込めてくれてたんだー』って思ったんだよね。それでもう『私はこの人と結婚しよう』って決心したんだ。それが現実になって、自分でもびっくりしてる」
そう言いながらニコニコしている彼女のことを、俺は一生をかけて守りたいと思った。
お互いが、お互いの『ピース』でいられるように。
(なんか、ものすごく疲れた。肉体的にと言うか、精神的にのほうが強いな)
無事に記憶を取り戻し、私の中のピースはすべて埋まった・・・・・・はずだった。
何かが足りない、中学の頃ではない何かが。そんなことを先輩たちに言ったってしょうがないので、心の中だけにとどめておく。
「空音ちゃん、無事に記憶は戻ったか?」
「はい!おかげさまで、ありがとうございます。復讐的なのも出来ましたし、最高の気分ですよ!」
「その割には疲れてねえか?血の気があんまねえぞ」
「そりゃあそうだろうね。星來にあんだけ言われて、衝撃の事実もさらされてさ」
「『主に悠斗のせいだけどな』」
「えー?僕はなんにもしていないはずなんだけどな・・・・・・」
もちろん打ち合わせには悠斗先輩も参加していたのだが、ぜんぜん違うことを言い出すし、計画よりも遅いタイミングで口を出すから、もうグッチャグチャになってしまった。
「でも、計画の目的は果たせたから良いんじゃないの?」
「それはそうだけどな・・・・・・」
「なんか納得できねえっていうか・・・・・・」
「まあまあ、私は満足してますから。悠斗先輩、ありがとうございました」
「いやいや、僕はなんにもしていないよ・・・・・・あ、じゃあ今度二人でデート行こうね♡」
やっぱり私を口説くところは変わらない。でも、今は面白いから別にいいのだけれど。
「それは俺が許さねえぞ」
「俺も悠斗と空音ちゃんがデートに行くとなれば、黙ってはおけないかな」
「おぉ。護衛が二人もいれば、流石にやめとくよ。じゃあ、それぞれの家まで送っていくよ」
「またあの高級リムジンか?」
「それ以外ないもんでね」
「うわっ、さらっとセレブ気取りだ」
「そんな事言われてもねえ・・・・・・僕は叔父の養子になるつもりだよ。父親と星來とは絶縁したいし、元々気に入られてたからね。これで僕は後継者の座に確実につける」
「こいつすげえ計画立ててんな・・・・・・」
ふっと私は笑った。だって、璃玖先輩のツッコミが面白かったんだもん。
それにつられて、璃玖先輩も、壮汰先輩と悠斗先輩も笑った。
本当に今日は大変だったけれど、疲れたけれど、四人の中が深まることが出来て、とても嬉しいなと思った。
高級リムジンが到着し、悠斗先輩とお別れした。明日も、学校で会えるだろう。
ふかふかの席に座ったら、ドッと疲れが来て、そのまま眠ってしまった。
──────目が覚めたら、ここは自分の部屋だった。
「・・・・・・・んん、ふぁー。あれ、なんで私の部屋にいるんだろう?」
ご丁寧に来ていた服ではなく、パジャマにちゃんと着替えてある。髪が少し湿っていることから、私は寝ながらお風呂に入っていたということになるのだろうか。
(でも、そんなことをお母さんがやるわけないよねー。まさか、高畠家のメイドさんがやってくれたとか・・・・・・・いや、流石にそれは恥ずかしすぎる)
時計を見ると、今は午前五時だった。いつも起きている時間より三十分早い。今日は学校があるので、準備をゆっくりできるのは良いかもしれない。
お腹が空いたので、とりあえず下に降りる。お母さんに話を聞けば良い。
「お母さん、おはよう」
「あら空音、おはよう。昨日は眠れた?寝たまま帰ってきたと思ったら、高畠家のメイドさんがリムジンから降りてきて、『今回は誠に申し訳ございませんでした。本の少しのお礼ではございますが、前橋様のお手伝いをさせていただきます』って言って色々やってくれたのよ」
「は、はぁ・・・・・・・」
話を聞いていると、寝ている私をお風呂に入れて着替えさせたり(持ってきてくれた高級なふわふわパジャマ。夏用と冬用二着ずつくれた)、家の掃除を隅々までやってくれたそうだ。
なんなら、夜ご飯と今日の分の朝食も作ってくれたそうだ。どんだけやるんだよって感じだ。
「まぁとにかく、ある意味空音に感謝だわ♡」
「私は散々な目にあったけどね・・・・・・・」
(とにかく、学校行く準備して早めに行こう)
そう思って、結局いつものルーティーンで支度したため、いつもと同じ時間に家を出たのだが。
──────校門の前に着くと、璃玖先輩と壮汰先輩、悠斗先輩がいた。みんな神妙な顔つきで立っていたから、周りの人たちが三人のいるところは避けて歩いている。
「先輩、おはようございます」
「お、空音ちゃんおはよう」
「はよ」
「空音ちゃん・・・・・・・」
「悠斗先輩、大丈夫ですか?」
「あぁ・・・・・・・星來は事情聴取でやっとすべての罪を告白したようだ。君を監禁したのもだが、仲間だった者たちのものを盗んで売ったりもしていたそうだよ・・・・・・・」
「!?そんな事もやってたのかよ、あいつ」
「ほんと同じ人間として恥ずかしいな」
悠斗先輩は自分にも責任があるとでも言いたいのだろうか。璃玖先輩と壮汰先輩に言われっぱなしだ。
(悠斗先輩は結局私を庇ってくれたし、庇った?まあ、ある意味そうかな)
「悠斗先輩。私は先輩のこと怒ってませんよ。もう私は星來のことを気にしていませんし、十分罰を与えてやりましたから。先輩も気にしないでください」
「・・・・・・・こんな僕を許してくれるのかい?」
「もちろんです!告白するのはやめてほしいですけど、これからも仲良くしてくださいね」
「あぁ、ありがとう。そんな君が好きだけれど、君にはもっとお似合いの人がいるだろうし、これからは仲のいい友人として話させてもらうよ」
そういった時、ちらっと璃玖先輩のことを見ていた。璃玖先輩は顔を少し赤くして目を逸らしてしまった。なんでだろう。
「良いのか、空音。こいつ中学校のときは星來のこと、庇ってたんだぞ?お前も記憶が戻っただろうし、そのこと知ってんだろ?」
「俺も甘いと思うね。もうちょっとこいつには厳しくしてもいいと思う」
「私が一番の被害者です。だから、決定権は私にあります。私が良いと言ったのなら、良いんです」
「そうかよ・・・・・・・」
「ま、好きにすれば」
なんだか璃玖先輩と壮汰先輩は不服そうだが、納得はしてくれたようだ。
(ていうか、私にお似合いの人って誰なんだろう?)
それはともかく、これから先も先輩たちと仲良く出来たら良いな、と思う。
──────昨日は散々な日だった。空音の記憶が戻ったのは良かったが、星來というやつが空音に今までやってきたことに怒りを感じた。
あんなに可愛くて真面目で、いい奴にそんな扱いをするのが信じられなかった。
流石に今日は店に働きに来ないだろうと思っていたのだが、『え、もちろん行きますが?』と言われてびっくりした。
(いや、昨日リムジンの中で爆睡していたやつが、休まないでどうすんだよ!?)
今日くらいはリフレッシュしてほしいと思い、少し離れたところにきれいな花が咲いているところがあるらしい。空音に見せてやりたいと思い、誘った。
親父とお袋には相談済みだ。ニヤニヤと笑っていてきしょいと思ったが、言わなかっただけマシだろう。
「そ、空音?今日は店休んでさ、一緒に出かけたいところがあるんだが・・・・・・・」
緊張して途中までしか言えなかった。情けねえが、察しの良い空音のことだ。大丈夫だろう。
「え、えー!本当ですか!?やったあ、どこに行くんですか?早く行きましょう!」
「お、おう。でも、行くところは着いてからのお楽しみな」
空音は顔の周りに花が見えるくらい、ぱあっと笑顔を見せてきた。
(あぁ、やっぱりかわいいな。この笑顔を俺にだけ見せてくれればいいのに)
そう思いながら電車に揺られていた。
──────駅から降りて数十分歩いたところに、先輩の目的地に着いた。
「う、うわぁー!すごい数のお花ですね!きれーい!」
そこはフラワーガーデンというのだろうか。テレビの特集でも、雑誌でも載るほど有名なデートスポットだ。
やはり周りにはカップルがたくさんいて、中にはウエディングフォトを撮っている人たちもいる。今日は快晴だからなおさらそうなるだろう。
「先輩、先輩。一番上のあそこに行きましょう!ここの景色が一望できるみたいですよ!」
「あぁ、行こうか。はしゃぎすぎて転ぶなよ」
「分かってますってー」
自分でそう言いながらも小走りで坂を登っていく。そんな姿を周りの人たちは微笑ましく見ている。
私と先輩は制服を着たままだから、結構目立ってしまう。人の目が集まるのもしょうがないだろう。
(確か、一番上の丘にある何かのスポットで何かをすると、必ず成功するっていう迷信的なのがあったよなー。その『何か』っていうのは忘れたけど)
その『何か』っていうのが一番重要なはずなのに、まったく覚えていない。悲しいね。
「着きましたよ先輩!うわぁー、本当に景色が一望できるんですね。いろんな色の花があってきれいですね、先輩!・・・・・・・璃玖先輩?」
私がはしゃいでいるのと対照的に、先輩はすごく落ち着いている。いつもと違う様子に変だなと思ってしまう。
横顔しか見えないが、耳と頬が赤くなっている。なのに、目はまっすぐ何かを捉えている。
そんな姿にキュンと来てしまった。
(い、いつも見ている先輩と、今見ている先輩のギャップが凄くてかっこいい・・・・・・・!)
ぼーっと先輩の姿を眺めていると、グルンっとこちらの方を急に向いたと思ったら、私の手を引いて走り始めてしまった。
「へ!?先輩、どうしたんですか?ちょっ、早い早い」
「黙ってついて来い」
「えっ?ま、転ぶからちょっと遅くしてくださいよー!」
「無理だな。とにかく走れ!」
私の方を見ずにずっと走り続ける。後ろから見てもやっぱり耳が赤い。
先輩が向かった先は、さっきいたところの反対側の丘だった。そこには人だかりができていて、その中心にあるものに向かって走っていたのだ。
(あれ?ここってよくテレビとか雑誌で見る告白スポットじゃない?)
そう、ここにはハートの形をしたアーチと白い板で出来た床があるのだ。そこで好きな人に想いを伝えると結ばれるという迷信がある。
実際にSNSでは『彼氏にプロポーズされちゃった♡もちろんオーケーです』とか『長年片思いをしていた同級生に告白しました!返事はまさかのオーケー!』などなど・・・・・・・迷信が本当だという内容の投稿が数多くある。
そのおかげで全国からカップルがここに訪れるという。
「おい、ここに立ってろ」
「は、はい」
「流石にここのことは知ってんだろ?」
「ま、まぁ全国的に有名なスポットですから」
「じゃあ、俺が今からやることの予想はつくよな?つかないって言ったとしても俺は続けるけどな」
「ひぇ」
ハートのアーチと花の丘をバックに、先輩が私の前でひざまずく。先輩は後ろに何かを隠しているが、見せてくれない。
(え?まさか先輩に告白されるパターン?あっ、おばあちゃんが途中で乱入してきた時、私に告白しようとしてたんだ!だから『続きはまた今度』って言ったのね。なるほど)
思ったより冷静になれている私自身にびっくりしている。多分だが、悠斗先輩から告白されまくってたので、それで慣れたのかもしれない。
「空音、前の続きから良いか?」
「はい」
「俺はお前の全部が好きなんだ。ツヤツヤの髪も、きれいな瞳も好きだ。顔はすげえ可愛いいし、それなのに面白いこと言うからギャップでキュンと来る」
「それは褒めてるんですか?」
「褒めてるっつうの。それで、俺は言葉に出すのがあまり出来ないから、お前を不安にさせるかもだし、喧嘩するかもしれない。不器用だし、こういうのあんまわかんねえ」
「知ってます。すでに喧嘩したことあるじゃないですか」
「この雰囲気でそういうの言うんじゃねえよ!せっかくいい感じだったのに・・・・・・・」
周りにいる人たちから笑われてしまった。恥ずかしくて俯いてしまう。
「それでな」
「はい」
「そんなんだけど、絶対にお前を大切にするし泣かせない。一生幸せにしてやる。ずっとお前が笑顔でいられるように頑張る。だから、だから・・・・・・・!」
「なんですか?」
すうっと息を吸ってから先輩は花束を私に差し出してこう言った。
「空音のことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」
「・・・・・・・はい。よろしくお願いします」
「!マジで!?」
「流石にこんなときに嘘はつかないですよ」
「はぁぁぁぁ。嬉しい・・・・・・・絶対に幸せにする」
「ふふふ。頼みますよ璃玖先輩」
『うわー!』とか『青春ねー!』とか周りから歓声が聞こえるが気にしない。
花束を受け取って見てみると、十二本あるブラウンのバラの花束だった。
顔を近づけて匂いを嗅ぐと、いつもよりも甘い香りがする気がする。きっと嬉しくて嗅覚が鈍っているのかもしれないし、敏感になっているのかもしれない。
どちらだって良い。璃玖先輩と一緒にいられるのなら、二人で過ごせるのなら。
「空音、ちょっといいか?」
「なんですか?」
先輩が片方の手で私の腰を引き寄せ、もう片方の手を私の頬に添える。触れた部分がすごく熱く感じる。
優しい笑顔を私に向けてきたら、もう何も出来ない。
顔がだんだん近づいてきて、恥ずかしくて反射的に目を閉じてしまう。
────唇になにか柔らかいものが触れた。それが先輩の唇だということに気づくのに、随分時間がかかってしまった。
「・・・・・・・!不意にやるのは反則だと思います」
「不意ではないだろ?ほら、帰るぞ」
「えっ!?もう少しお花見ていきましょうよ!」
「こんなに暑い中、花を持ってたら枯れるだろ?」
「大丈夫ですよー。そんなすぐに枯れるわけ無いでしょ」
「・・・・・・・好きにすれば」
「わっ!先輩がそんな喋り方するの初めて聞きました!」
「うるさい、別にいいだろ?お前も敬語やめろよ」
そう言いながら、先輩は私の手を握る。いわゆる『恋人繋ぎ』で繋いでいて、自分でも顔が赤くなってくるのが分かる。
先輩も少し赤くなっているが、満足そうに微笑んでいて、今まで見たことがなかった姿にキュンと来る。
(私は今後何回先輩にキュンと来るんだろう・・・・・・・)
「なんかもう慣れちゃったんで、名前だけは『璃玖くん』で呼ばせてもらいますね」
「!もう一回呼んでくれ」
「?璃玖くんですか?」
「はぁー。俺の彼女がかわいすぎる」
「ふふふ、私の彼氏がかっこよすぎるなー」
「これこそ不意打ちだろ。やめろ」
ぶっきらぼうに言っているが、口調は優しさに溢れていた。こういうところがあるから私は璃玖先輩に惚れてしまったのだろうか。
いつ好きになったのか、自分でもわからない。でも、『今』自分が先輩のことが好きだということが重要なのだ。
過去の行いと今の行いはすべてつながっている。
過去の思いは今の想いに変わる。
過去の過ちは今どうするかで捉え方が変わる。
「俺は、今もこれからもお前の中の『ピース』でありたいと思っているし、足りないときは俺が『ピース』になる。絶対に、それだけは譲らないからな」
「・・・・・・・私も、先輩の『ピース』でありたいと思っていますよ」
手を繋いで夕日の方へ歩いていく。二人の後ろには繋がっている二つの影がある。
これから先、どんな事があっても私と先輩はお互いの一部でいられるだろう。
──────バラの花言葉は、本数と色によって意味が変わってくる。
十二本のバラは『付き合ってください』という意味がある。
ブラウンのバラは『すべてを捧げます』という意味がある。
空音はその意味に気がついたのだろうか。気がついて告白にオッケーを出したのだろうか。
それを聞く勇気もなく、数年経ってしまった。
だが、何気ない会話でその真実が明らかになった。
「高校生の時、璃玖が私に告白してきたじゃん。そのときにさ、『言葉だけじゃなくて花にも想いを込めてくれてたんだー』って思ったんだよね。それでもう『私はこの人と結婚しよう』って決心したんだ。それが現実になって、自分でもびっくりしてる」
そう言いながらニコニコしている彼女のことを、俺は一生をかけて守りたいと思った。
お互いが、お互いの『ピース』でいられるように。


