──────全力疾走してから、時間がすごく経って、現在お昼休み。やっぱり屋上でお昼ご飯を食べている私たちは悠斗先輩のことを話していた。
「ところでさ、前あの人の人格に関する噂調べとくって言ったじゃん?四個くらい集まったんだけど、良いものと悪いものの差が激しすぎ」
「え、そうなの?さすがのの、噂マスター!」
「空音さん、その言い方やめよっか」
 ののが珍しく私に圧をかけていってきた。冗談半分で言っていたのだろうけど、ののが言うと謎の迫力があり、少し怖い。こんなこと言ったら、精神的に死んでしまう。まぁ、内容はご想像におまかせしますが。
(え、めっちゃ気になるんですけど。良い言い方で言うと、あの人はギャップがある人だよね。でも、ちょっと怖いから聞きたくない)
「なにそれぇ、めっちゃ気になるぅ。ののぉ、教えてぇ!」
「わ、私も聞きたいかも」
「もちろんよ!空音は?空音が嫌なら話さないけど」
「え・・・・・・なんか怖いけど、二人が聞きたいって言ってるから、聞く」
「怖い?そんなことならないと思うけど、そう思ったら遠慮なく言ってね。違うものを話すから」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、よろしくぅ!」
「よ、よろしくお願いします・・・・・・」
「オーケー、任せて」
 そう言ってののは話し始めた。やっぱり嫌な予感は消えないけれど、この雰囲気を壊すわけにはいかなかった。
「まずは一つめ。高畠先輩と同じクラスの部活の先輩。クラスの中でも王子様みたいな性格なんだけど、怪我をした女子をおぶって保健室まで連れて行ったんだって。あ、高畠先輩が怪我させたわけじゃないんだけどね。体育の時間に校庭で派手に転んじゃったらしいよ」
「それはモテる人がする行動ナンバーワンだねぇ。王子というよりぃ、プリンスのほうが似合うような気がするぅ」
「た、『高畠王子』より『高畠プリンス』のほうが変じゃない?て、ていうかどちらかといえば噂というよりじ、事実?」
「そういう問題じゃないでしょ?まぁ、あの人ならそういうことを常にしてそうなイメージ。それに、『世界の女子はみんなプリンセスなんだよっ☆』みたいなことを言いそうじゃない?」
「言えてるぅー」
「じゃあ二つめ。ピアノがすごい得意だったらしくて、小学生の時に入賞したんだって。でもこれは、先輩の人格に関することではないか。これは部活の二年生の先輩で、悠斗先輩と小学校六年間同じクラスだった人に聞いた」
「プリンスだからピアノもできるんだねぇ。入賞するって相当な実力者じゃなぁい?てかぁ、私達は先輩の人格を知りたいのぉ。次は性格に関することよろしくねぇ」
「そ、それ偏見じゃない?ま、まぁプリンスって楽器できるイメージはあるけど」
「そんなことは正直言って、どうでもいいと思うんだけど。よしっ、次!」
 話が進んでいくにつれて三人は盛り上がっていくのだが、私の嫌な予感は大きくなるばかりだ。この気持ち悪い感覚が早くなくなることを願いながら、三人の話しに耳を傾ける。
「じゃあ三つめね。結構腹黒らしくて、修学旅行とか校外学習とかグループ活動のときに、表向きはすごくリーダーっぽくまとめてくれてたんだけど、裏で嫌いな人や苦手な人と関わらないというか、自分と関われないように裏工作してたって言ってたんだって。ちなみにこれは、同じ委員会の男の先輩で、中学が同じだったんだって」
「もはや良い要素なくなぁい?腹黒いって言ってる時点でぇ、もうアウトな気がするんだけどぉ。でも、めちゃくちゃ人格に関わることだから良いと思うけどぉ」
「も、もういい噂なくなったの?ね、ネタ切れ?は、腹黒いってたしかにそんな感じするよね、あの見た目だと。ちょ、ちょっと偏見かもしれないけど」
「偏見じゃないと思うよ、実際に私もそう思ってたし。てか、ここまではあんまり差なくない?思ったよりも大丈夫だったんだけど」
「確かにぃ」
「じゃあこれで最後ね。一歳下の妹がいるらしいんだけど、めっちゃ溺愛してるわけ。余談なんだけど、その妹はすごい甲高い声で、耳がキーンってするんだって。喋り方もお嬢様みたいな喋り方で、性格も女王様みたいな感じだから嫌われてたんだって。そんで、その妹がクラスメイトをグループでいじめてて、どんどんエスカレートしていったの。それで警察に相談したら、生徒たちから証拠とか証言とかめっちゃ集まっててさ、裁判で有罪にされて、逮捕しようって決まったの」
「え、ヤバぁ。そこまでするほど嫌いだったの?普通に引くんだけどぉ」
「ふ、普通の人間だったらそこまで大事になんないよね。わ、悪い意味でバグってるね、兄妹揃って」
「・・・・・・」
(待って?中学校時代、『高畠』っていたっけ?別にそんなに覚えているわけじゃないんだけど、なんか引っかかる。もしかしたら・・・・・・)
 少し気になるが、ここはスルーしておく。それを立証する証拠がまったくないからだ。
「で、話の続きなんだけど。高畠先輩の妹とその家族は『うちの娘は何もやっていない、何か裏工作したんじゃないか』って学校と警察につきかかってきたの。でも証拠と証言、証人は山ほどある、はずだった」
「『はずだった』?ののぉ、変な言い方してるよぉ?ちゃんとぉ保管かなんかされてたんでしょ?」
「そ、そうだよ。ぜ、絶対おかしい」
「と、思うでしょ?実は、証拠とかその事件に関する書類とかを保管していた施設に、莫大なお金を払って処分させてたの。つまりは賄賂をしてたってわけ。それもバレて、父親も逮捕させられたんだけど。でも、そこまでして娘をかばいたいのかって話だよね。ちなみに、現物は確かに処分させられてたけど、データとして全部残ってたの。しかも、裁判でもう決定されていることだから、どっちにしろ覆せなかったと思うよ」
「頭おかしい家族じゃん。ドン引きなんですけどぉ。いやぁ、それを超えてもう何も思わなくなっちゃうねぇ」
「わ、私その事件聞いたことある。ちゅ、中学校が近かったのかな。こ、校長先生からその話聞いたよ、『神原第二中学校のいじめ大事件』って呼ばれてて、毎年その話をされるんだって」
「いじめを無くすための教訓になったって、いじめられてた子が可哀想すぎない?未来のために犠牲にさせられたって、自分は苦しかったのにきれいにまとめ上げられるなんてさ」
「それは思ったぁ、ほんと大人って悪いよねぇ」
「ね、同意しかない・・・・・・そ、空音?息が荒いよ?さ、さっきの話で?」
「・・・・・・ッハァ」
(う、嘘・・・・・・私がいじめられてた?そんなはずない、私が覚えている限り、中学校生活は楽しいことばっかりだった。やっぱり、私の記憶がいじられていたりするのかな?とにかく理解できない、分からない)
 息が上がり、心拍数がどんどん上がっていく。一度にいろんなことを考えてしまい、頭の中が混乱して、ちょっとしたパニック状態になっている。でも自分じゃどうしようもない。
 だんだん景色がぼやけてきた。愛実が話しかけている、ののは走ってどこかに行っているし、萌音は泣いている。でも愛実や萌音の声や、周りの音が聞こえなくなっていく。その代わりに激しい頭痛が私を襲ってきた。
 意識が途切れる前に見た光景は、誰もいない教室で女子に囲まれ、暴力を振るわれたり、甲高い声の罵声を浴びている、中学時代の制服を着た自分だった。

──────「・・・・・・ねっ、空音。お願いだ、目を覚ましてくれ!」
「・・・・・・璃玖先輩、壮汰先輩?」
 どこからか璃玖先輩の声が聞こえたような気がして、重たいまぶたを上げてみると、案の定近くにいた。その隣には壮汰先輩もいた。
 天井を見るにここは病院のようだ。左手に妙に変な違和感があったため見てみると、点滴の針が刺さっていた。規則的なリズムで落ちてくる雫の音が、静かで薄暗く、空が反射して青く見える病室に響く。
「あーあ、璃玖がでかい声で叫ぶから空音ちゃん起きちゃっただろ。騒がしかっただろ?すまんな。まったく、璃玖は空音ちゃんのこととなると、考える前に行動に移しちゃうからな」
(ツッコみたいけど、今の私にそんな余裕はない。そもそも、璃玖先輩は聞いてない。ここはスルーするために、話題を変えとくか)
「・・・・・・あの、なんで私はここにいるかわかりますか?いまいち覚えてなくて」
「あぁ、それを説明しなきゃな。お医者さんとののちゃん?って子に聞いた話だと・・・・・・」
「壮汰、俺が話す」
「はいはい、補足的なのがあったら言わせてくれよ」
「それくらい勝手にしとけ」
「?」
「まぁいい。とりあえず、覚えているところまで教えてくれ」
「うーん、昼休み屋上でのの達と喋っていると、急に息が荒くなって心拍数が上がっていった。その後頭に激痛が走って、その後はまったく覚えてないですね」
(気絶する前に、多分私がいじめられていた頃の記憶が流れたけど、こんなこと流石に言えない。多分信じてもらえないから)
「マジか、じゃあ完全に意識を失ってたってことだよな?」
「そうなっちゃいますね。頭痛の原因も不明だし、記憶ないしで絶賛混乱中ですよ、私」
「その割には冷静そうに見えるけどな」
「璃玖先輩の目から私はどうやって見えるのかは知らないですが、ちょっとひどいです」
「空音ちゃん、璃玖に対してはズバッとおじけずによく言うよね。肝据わってんなー」
「雑談してる暇はねえだろ。ざっと説明していくぞ。質問はあとで受け付ける」
 少し神妙な面持ちで先輩が言ってきたので、反射的に背筋を伸ばしてしまった。こんなに真剣な顔をする先輩を見るのは初めてかもしれない。
 そして璃玖先輩と壮汰先輩は話し始めた。

──────お前は、昼休みにいつも一緒にいるあのメンバーと話しているときにぶっ倒れた。そこまでは知っているよな?んじゃ、ここから本題に入るぞ。
 俺たちは、科学の教師に呼び出されていたんだ。薬品を勝手に混ぜたせいで、バチクソに怒られちまった。反省文が出されて、作文用紙三枚分だぜ?多くね?
 んで怒られている時、ボブの気が強そうなやつが職員室にすげえ勢いで飛び込んできたんだ。多分、お前がぶっ倒れた直後にダッシュで来たんだろうな。そこでこう叫んだんだ。
『空音が、屋上で急に倒れて意識がないんです!先生、どうしましょう。死んだりしないですよね!?とりあえずついて来てください!』
 すげえ焦ってたし、教師陣は全員その圧というか、あいつのペースに巻き込まれてパニック状態になってたぞ。マジで職員室にいた全員が大慌て。お前、愛されてんな。
 ボブの子はののちゃん?だよな。あの子も目が潤んでて、今にも泣きそうだったぞ。先生たちは何もしねえから『救急車呼んどけ!』って叫んじまった。
 そのあと、俺たちもついて行ってお前の様子を見ると、こりゃあヤベえなって思ったぞ。いつもと明らかに様子が違って、顔も真っ青だった。
 目をつぶって倒れた状態だったんだが、頭を抱えながら呻いていたんだ。ちょっとしたホラー映像だったぞ。喋るときに少しどもっている前髪長めのロングのやつは半泣き状態で、トラウマになっていないと良いんだが。
 その子は愛実ちゃんだった気がする。本当に、トラウマになってないと良いな。なりかねないような雰囲気を醸し出してるからな、あの子。
 とりあえず救急車が来るまで声をかけ続け、楽な体制になるようにした。すぐに保健室の先生も駆けつけて、処置のおかげかほんの少しだが楽そうな顔になってた。
 それでも意識は戻らず、救急隊員が到着。救急車に乗れるのは一人までだったから、一番冷静で状況をしっかり説明できそうな、ゆるふわロングのやつがついてった。
 ゆるふわロングの子は萌音ちゃん?だったな。愛実ちゃんのことも励ましてたし、先生にも状況を的確に説明してた。感情に飲まれずに行動できるやつは強いよな。
 その後、担任とボブとロングが行くことになった。担任はともかく、二人は状況をしっかりと把握しないと、いつまで経っても心配しそうだったからな。話は長えが、そういう判断はしっかりできるよな、あのおっさん。だよな、壮汰。
 俺達はついていけなかったのは残念だが、学校を早退させてもらえたのはラッキーだったな。空音ちゃんが倒れたのはいただけねえが。てか、おっさんって言うな。
 このあとはおっさんに聞いた話なんだが、いろいろな検査をした結果、激しい頭痛が原因となって意識不明になったと考えられるって言ってたらしいぞ。そんくらい分かるっつうの。だが、その頭痛の原因はわからねえって抜かしやがった。マジだるいよな。
 わからないもんはわからないんだよ。しょうがないだろ、医者にだってわからないことはあるんだ。それで、空音ちゃんの意識が回復するまで約半日。思ったよりも早かったねって医者も言ってた。
 それがここまでの話だ。何か質問はあるか?

──────話はツッコミどころ満載だったが、今はそれどころではない。まずは状況整理だ。
(私が倒れて意識不明になった原因は激しい頭痛。頭を抱えて呻いていた。まるで悪夢を見ていたかのような気持ち悪い目覚め。そして、今私が思い出した記憶の断片。これって・・・・・・?)
「質問ではないのですが・・・・・・もしかしたらなんですけど、激しい頭痛の原因に思い当たる節がありまして」
「何だそれ?普通にもったいぶってないで話せよ!」
「まあまあ、落ち着いて。空音ちゃん、内容を聞きたいんだが、良いかい?」
「その前に、私が話すことは推測でしかなく、信じてもらえないかもしれません。それでも聞きたいのならば、他言無用でお願いします」
「いつになく真面目だな・・・・わかった、誰にも言わないと誓ってやるよ」
「三人だけの秘密ってやつだね。誰にも言わない、約束する」
「わかりました。では話していきます」
「よろしく頼む」
「私の推測で言わせてもらいますと、頭痛の原因は、私のなくした過去の『記憶』を取り戻したってことですね。実際に思い出しましたし」
「いや、思い出したってなんなんだよ。頭痛の原因が、記憶を思い出したってことかよ?そんなフィクションみたいなことあんのかよ」
「あると思いますよ。実際にここにいますし」
「でも、前例がねえから璃玖は納得していないということだよな?じゃあ空音ちゃん、もっと詳しく理由を説明してくれないか?」
「わかりました。昔、私の記憶が何らかの理由でなくなり、その記憶はないものだと高校に入るまで私は思っていた。しかし、昼休みに話していた悠斗先輩の妹の話がきっかけとなり、何かを思い出した。そして、そのショックか何かで激しい頭痛が私に襲いかかり、耐えきれなくなった私は気絶した。こう考えています」
「なるほど、それだったらあり得るかもしれねえな。じゃあ、その記憶の内容は分かるのか?」
「もちろんわかります。でも今は話せないので、またの機会に」
「『・・・・・・』」
(ごめんなさい、今はまだ話せるような状況じゃないんだよね)
 これは、私の記憶の一部であるというところまでは分かる。でも、そこから読み取れる情報が少なすぎる。おそらく私がいじめられていた頃のものだろう。そのくらいしか本当にわからない。
 その記憶を思い出せたのは、多分悠斗先輩の妹の話がきっかけとなったのだろう。そうなると、私をいじめていたのはその妹だろう。でも、中学校時代のクラスメイトや友達の名前すらも覚えていないし、記憶の中に出てきた人たちの顔もぼやけている。
 璃玖先輩のお店で働いていたときにたまに聞こえていた声、それは記憶の一部だったのだろう。今回みたいに映像も流れてくることはなかったが、声が完全に一致していることから、そうなのだろうと考えた。
 だが確証がほぼなく、それを確かめるための手段もない。そんな状態で二人に話すわけにはいかない。申し訳ないけど、すべて思い出したら伝えることにしよう。
「・・・・・・なんで、なんで今伝えるって流れだったのに言わねえんだよっ!マジ意味わかんねえ。期待させやがって、こっちはすげえ心配してたんだぞ。裏切んなよ、ふざけんな!」
「それは俺も同じ意見だ。だが、何か理由があってのことなんだよな?そうじゃねえと納得できねえ」
「もちろんあります。一番は情報が少なすぎることですね。多少は思い出したものの、ぼやけているし、中学三年の頃のことだとは分かるんですけど、それ以上は何もわかりません。確かめる手段は私の中で存在していないので、完全に記憶がすべて戻ってからではないと伝えられません」
「じゃあ、その記憶がすべてつながったら俺たちに話してくれるってことか?」
「そうなりますね」
「そんじゃ、俺らは記憶を取り戻すのをお手伝いするってことか」
「でもすぐには取り戻せませんし、今回みたいに何かきっかけがなきゃだめだと思います」
「そうか・・・・・・あ、その妹に会ってみるってことはどうだ?そいつの話がきっかけになったし、悠斗にアポ取ればいけるだろ」
「壮汰にしちゃあいいアイデアじゃねえの?」
「それは褒めてんのか貶してんのかわかんねえな」
「俺にとっては褒めてる判定になってるんだが」
「ふふっ、あははっ。やっぱり真剣にやっている二人よりも、ふざけてるくらいがしっくりきますね。ずっとふざけて生きてください」
「『それは完全に貶してんだろ』」
「すみません・・・・・・」
 その時、いいタイミングでお医者さんが来た。念の為、今日は病院に泊まっていって、明日は退院して午後から学校に行きなさいと言われた。パジャマや下着、日用品などが入ったお泊りセットは、私の意識がないときにお母さんが置いていってくれていたとのことだ。
 お医者さんは、話が終わったらすぐに部屋から出ていった。お医者さんは忙しいのだからしょうがないし、話すこともないのだからどうでもいいのだけれど。二人は一応残っていたけど、話を全然聞いていなかったと思う。
「あ、空音ちゃん。マジで悠斗にアポ取ろうか?すぐに取り付けてもらえると思うし、そのほうが良いと思うんだが」
 その後三人で雑談していると、あっという間に面談時間が終了の十九時となり、帰っていってしまった。
(人が誰もいないと、静かでさみしいよね)
 運ばれてきた夕食を食べたあと、スマホを確認したらのの達からすごい量のラインが来ていた。なぜかクラスラインの通知もすごいけど、私関係ではないだろうと考え、あえてスルーする。
『空音ー!起きたら連絡ちょうだいね。心配で絶対夜眠れないから!絶対だよ!』
『退院はいつ?明日学校来れる?気分は悪くない?もう倒れたりしないでねー!』
『萌音ね、空音がすぐに元気になるように、風水とかおまじない系は全部やっといたんだ!明日元気に学校に来てね!目覚ましたらグルラに電話ちょうだいね!』
 こんな感じのものが三人合わせて数十件くらいあった。電話してほしいと言われたものの、もうそんな気力が残っていない。とりあえず、起きたとは返信しておいた。
 もうそろそろ寝ようとした時、愛実からのメッセージが気になった。
『悠斗先輩の妹の件なんだけど、もしかして空音がそのいじめの被害者なの?トラウマとかで気絶しちゃったとか?別に嫌なら返信しなくてもいいんだけど、ちょっと気になっちゃって。もし何か妹の件で心当たりがあるなら私に送ってくれない?その事件について知ってることがあるんだ』
(これは・・・・・・愛実がなんで知ってることがあるんだろう?)
 愛実は私の学校にいなかったはず。本人もそう言っている。でも、事件の関係者なのかもしれない。それか、関係者と知り合いなのかも。
 すごく気になるが、この件については明日話し合おう。カフェとかに行って、なるべく二人きりで話そう。
 そう思いながら、眠りに落ちていった。

──────翌日、病院の検査で何も異常がなかった私は元気に学校に登校した。午後からの遅刻だけど。
 お母さんが学校に送るついでにお昼ご飯を食べようと言って、パンケーキで有名なレストランで『クリーム大盛り!ベリーベリー♡パンケーキ』を食べた。
 一日で飽きてしまうほど病院食は地味だった。だからすごく嬉しくてゆっくり味わいながら食べた。甘くてふわふわで美味しかったことは誰にも話さないつもりだ。
(だって、遅刻したくせに『めっちゃ美味しい有名店のパンケーキ食べてきた』なんて言えるわけ無いじゃん。みんなから大ブーイングが来るよ)
 学校に着いてまずは職員室へ向かった。璃玖先輩が先生たちみんな心配してたぞって言ってたし、迷惑をかけてしまったから行かなきゃだろう。お母さんが謝ったり話したりしていると、先生たちから心配の目をすごい向けられてなんか気まずかった。
 その後教室に来たのだが、ここからがすごい。
「おはようございまーす・・・・・・ってそんな時間帯じゃないか。もうお昼休みだもんね」
「『そ、空音(ちゃん)(前橋さん)ー!!』」
「えっ、え?みんなどうしたの、そんな泣きそうな顔で」
「俺たち、森村と柏葉、神埼から全部聞いたんだぞ」
「急に倒れて、そのまま病院に運ばれたって」
「半日も目を覚まさなかったって聞いたよ。すぐに意識が戻ってよかったね、本当に!」
「僕たちもお見舞いに行きたかったんだが、園村のおっさんが止めやがってよぉ」
「ほんと意味不明。大事なクラスメイト、ましてやB組の大黒柱でありながら、アイドル的存在の空音ちゃんが倒れたっていうのに」
「ほんとそれな。もし前橋が今日も意識を戻さなくて、見舞いに行くなって言われたら俺たち全員でストライキを起こしてたぞ」
「いや、学年全員にこのことを知らせて全校にも知らせてから、ストライキを起こすべきだね」
「実際にクラスラインでその計画を練ってたんだよ。空音ちゃんも入ってるから気づいてるかなって思ったんだけど」
「本当に目が覚めてよかったよねぇ。萌音たちも心配で心配で・・・・・・」
「と、とにかく良かったよー」
「愛実泣くなよ。とりあえずまあ」
「『おかえりなさーい!!』」
「・・・・・・!みんな、ありがとう!」
 みんなに歓迎されて、愛されていることを実感して、目から涙が溢れてしまった。それを心配してののたち三人が私を抱きしめてくれた。暖かくて、心がポカポカする。
 クラスメイトも感動してしまったみたいで、変なテンションになってしまった。誰が始めたのかもわからないが、クラス全員で一つの輪になって歌い始めたのだ。某名曲を、アテネオリンピックのテーマソングになったあの名曲を。
 なぜか泣きながら、それでも笑顔で歌い続けた。私達が歌っていることに気がついたのか、他のクラスの人達も廊下で歌い始め、一年生のフロアにみんなの歌声が響いた。
 今月一番の暑さを記録すると天気予報で報道された今日、エアコンもないため暑すぎてみんなのテンションがおかしくなってしまったのかもしれない。こんな事になってしまうのも無理はない。陽キャのテンション感はヤバイ、これは常識。
 そんな中、またもや私は視界がぼやけていくのを感じた。もうちょっとタイミングを考えてほしいと思いながらも、これから流れるであろう音声に集中する。
────あんたなんて、誰にも必要とされないのよ。むしろ、あんたを求めている人なんて世界中探したってどこにもいないわ。こんな気色悪いやつを好む人間なんていないんだから。
 甲高い女の人の声、今までに聞いたセリフ、倒れる直前に聞いた声と見た人の顔、今聞いたセリフ、倒れる前に話していた悠斗先輩の妹の話。これらを全て繋げると一つの答えにつながった。
(もしかしたら、中学校時代いじめてきた人は悠斗先輩の妹?年齢も、特徴も一致するはず。だって、ののがこう言ってじゃない)
『余談なんだけど、その妹はすごい甲高い声で、耳がキーンってするんだって。喋り方もお嬢様みたいな喋り方で、性格も女王様みたいな感じだから嫌われてたんだって』
「これだ・・・・・・!完全に私をいじめたのは悠斗先輩の妹だ!」
 聞いた情報も、私の記憶も流れてきた音声も全部が一致する。すべての記憶を取り戻したわけじゃないけど、もしかしたら本人にあったら全部思い出すかもしれない。
(いつか、悠斗先輩に相談して会わせてほしいな。いや、抗議に先輩も来たから無理かもしれないけど、それでもいい。本人の話を聞かせてほしい)
 話を聞くとしても一人では怖い。かといって、関係ない人を誘うわけにはいかない。
(あ、ちょうどいい人がいるじゃん。よし、やっぱり天才だわ。今日の放課後にでもメールするか)
「そ、空音?きゅ、急にどうしたの?な、何か気づいたことでもあるの?って、そんなわけないよね。あ、あはは」
「うん、大正解。愛実、今日の放課後空いてるよね?」
「え、そうなの?ま、まぁ大丈夫だよ。今日は部活がない日だからね。で、でも空音はお店のアルバイトだったよね?」
「大丈夫、おばさんから今日は無理しないでお休みしていいからって連絡もらったから。でもまぁ、話し終わったら行くけどね」
「そ、そうなんだ。む、無理はしないでね。な、何話すの?」
「例のライン見たよ。その件について聞きたいんだけど、良いかな?」
「あ、あぁそれね。も、もちろん良いよ。あ、あの時言おうとしてたけど、そんな感じじゃなかったし、空音の意識がなくなるしで、そんな事言う暇なかったから」
「・・・・・・なんかごめん」
「あ、謝ることなんてないよ!あ、あれはアクシデント?だったから・・・・・・」
「それはないね。原因もわかったから、ついでに愛実には伝えるよ。時期が来たらののと萌音にも話すつもり」
「そ、そうだね。す、すぐにあの二人には話さないほうが良いと思う。し、心配しちゃうから」
「うん、ありがとう。とりあえず今は歌うことに集中しよう」
「だ、だね」
 そう言って私達は某アテネオリンピックの名曲から某酸っぱい果物の名前を曲名にした名曲を歌うのであった。
 途中で担任の園村のおっさんが来て、某『やり直す』を英語に翻訳した曲名の感動系名曲を歌い始めて、ちょっとしたライブになった。が、教頭先生に一年の教師・生徒全員が怒られてしまった。それも含めて全部面白かったのは私だけではないことを願っている。

──────放課後、高校から少し遠いカフェで愛実と話す約束をした。内容は、昨日のメールの件についてだ。
 萌音とののからは『なんで二人なの!?私たちも行きたい!』と駄々をこねられたが、なんとか説得して、今度は四人で行くということで収まった。
 二人で一緒に行くと言ったが、なかなか昇降口から愛実が出てこない。今日は日直の仕事で遅れるとは聞いているが、こんなに遅くならないはずだ。
 スマホで適当に色んな人の投稿を見て暇つぶしをしていると、やっと愛実がこちらに来た。
「愛実、遅い!何があったのかなって心配してたんだよ?」
「ご、ごめん!こ、『黒板がまだ白い!ちゃんとチョークの跡が消えるまで帰るな!』って園村に言われて居残りしてた。だ、だってしょうがなくない?きょ、今日は日直泣かせの公共があったんだよ?」
「あー、あの人筆圧濃いもんね・・・・・・私も何周かしてやっと消えたけど、どんくらいやったか覚えてないよ」
「で、でしょ?ほ、本当にごめんね」
「大丈夫。じゃあ、行こっか」
「う、うん!」

──────高校の最寄り駅前にある、昭和レトロ風のカフェで私たちは話しをする。完全個室制で、予約無しで使えるため、密会にはちょうどいい。カップルにとっては、イチャイチャできるデートにふさわしいところだろう。
 そこの有名な商品は、昔ながらのクリームソーダなのだが、メロンソーダではなく『ブルーハワイクリームソーダ』に大きいバニラアイスとさくらんぼが乗ったものだ。
 私も何度かお母さんと食べに来たことがあって、夏にはちょうどいいくらいの大きさなのだが、冬はお腹を壊してしまう。でも美味しいからやめられない。私の中で、好きな食べ物ランキングトップスリーに入っている。
 私はもちろんブルーハワイクリームソーダを頼み、愛実はカフェオレを頼んでいた。彼女はカフェオレもだが、コーヒーが結構好きらしい。私の家の近くに、コーヒーショップがあったから、いつか四人で行きたいな。
 飲み物が運ばれてくるまでは各々スマホをいじったりしていた。愛実はなぜか推理小説を読んでいた。
「おまたせしました。ブルーハワイクリームソーダとカフェオレです。あと、サービスのバームクーヘンです。オーナーが間違えて大量に購入してしまったらしく・・・・・・ご迷惑でなければ、どうぞ」
「いえいえ!全然大歓迎です。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
 店員さんが部屋から出ていったあと、さぁいただこうとした時だった。
「わ、私は空音の中学校時代のこと、知ってるんだよね」
「え、中学校時代の?」
(急に爆弾落とされても困る・・・・・・!)
「もしかして、愛実って私と同じ出身中学校なの?」
「も、もちろん違うよ。お、お昼休みに言った通り、ただ近くの地域にある中学校出身だよ。『新緑陵中学校(しんみどりおかちゅうがっこう)』だよ」
「・・・・・・あぁ、合唱部で結構有名なところか」
「そ、そう!ぜ、全国優勝常連の合唱部があるところ」
「今さらっと自慢してきたよね?」
「ま、まぁ気にしないでよ。そ、それでね。い、妹の件なんだけど」
「う、うん」
(本日のメインテーマ来たー!フォー!!あっ、この発言は私のキャラにあっていないかも。失礼しました)
「わ、私と妹なんだけど。た、『高畠星來(たかはたせいら)』っていう名前の子で、私の幼馴染」
「お、幼馴染ぃー!?愛実と?」
「そ、そうだよ。しょ、小学校までは同じで、中学校は違うの。そ、空音も知ってると思うけど」
「まぁ、ひどいことされたからね。最近思い出したことだけど」
「さ、最近思い出したの!?」
「今度話すよ・・・・・・」
 今日は衝撃の事実がどんどん出てくるな。後でののと萌音に話すのが大変そうだ。話すと言うか、話さなきゃ二人に責められるだけなんだけどね。
「で、でね。い、家が近所でよく遊んでたし、親同士も仲が良かったから仲良くせざるを得ないっていうか。せ、星來は女王様気質なところがあるけど、私は気に入られたみたいで優しくしてくれてたから何も思ってなかったな」
「お気に入りは優遇するタイプか。一番嫌なやつだね」
「そ、それな。ほ、保育園に行ってた頃から他の子をいじめてたりしてたけど、星來の親が買収したりして、全然大事になってなかったんだよね。い、今思えばひどい話だよね」
「流石に小学校のときは買収したりしてなかったよね?公立だし、そんな事できないと思うけど・・・・・・」
「チッチッチ。あ、甘いよ空音。ば、買収は出来なくても、『証拠はあるのか』とか『うちの子がそんなことをするわけがない』とか、まぁ色々面倒くさいこと言ってくるわけ」
「うわぁ・・・・・・」
(すごい最悪なクレーマーだな。先生たちのメンタルが可哀想)
 そうこう話しているうちに、アイスがどんどん溶けていっている。いい加減飲み始めなければ氷が溶けて味が薄くなってしまうので、飲み始める。ブルーハワイの味とバニラアイスの味が混ざってて、これはこれで美味しい。
 全然関係ないことばかり喋ってしまっているので、そろそろラインで言ってた件について入ってほしいと思い、話しかける。
「それでさ、愛実が送ってくれたラインなんだけど、あれってどういう意味なの?」
「あ、あぁあれね。そ、そのまんまだよ、事件について知ってるの」
「!詳しく教えてくれる?」
「も、もちろんだよ」
「ところでさ、その『星來』って子とグルだったりしないよね?」
「ま、まさか!じ、事件以来関わるのをやめたよ。あ、安心してね」
「そうなの。疑ってごめんね」
「だ、大丈夫だよ。う、疑われてもしょうがないし。じゃ、じゃあ早速話していくね」
「うん、よろしくお願いします」
「え、えっとね。ちゅ、中学三年生になったばかりだったから、星來が空音をいじめ始める前かな。ほ、本人が『前橋空音、だっけ?あいつ気に食わないんだよね。自分優等生ですオーラ出しやがって。ガチ目にうざい。絶対にクラスから孤立させてやる』って言ってたよ、すごい顔で」
「うわぁ・・・・・・めっちゃ嫌われてたじゃん。そりゃあ私の記憶が飛ぶくらいひどいことされるわ」
「き、記憶がなくなった原因って、ひどいことされすぎて脳がバグったのかな?」
「正直言って、理由はどうでもいい」
 本当に、理由なんてどうでもいいのだ。それよりも、記憶を取り戻したい。
(なんで理由を取り戻したいかって?それはね、中学校時代に私が身に着けたくせの原因がわからなくて、ものすごく気持ち悪くなるからなんだよね)
 考えてみてほしい。記憶もなく、無自覚な状態でいつも同じ行動をしてしまう。誰かに操られているんじゃないかと本気で思ってしまうだろう。私は別にそんなことないけど。
「ど、どうでもいいんだ・・・・・・」
「うん。こんなことよりも、とにかく事件の内容を教えて」
「わ、分かってるよ。そ、それから愚痴ってこなくなったなって思ってたら、星來から電話が来て、『あいつムカつくから、現在進行系でいじめてる。いじめてもなんにも言わないし、殴ったりしてもなんにも言わないからつまんない。でもストレス発散にちょうどいいから遊んでる』って言ってた」
「え、私ストレス発散用の道具だったってこと?」
「そ、そうなるね」
「それで、いじめはどのくらい続いていたの?」
「ちゅ、中学校に入ってから空音の話を聞くようになったけど、そのときは何もしてなかったと思う。そ、その話を聞くようになってから、事件が終わるまで大体一年くらい経ってたと思う」
「なるほどね。それでさ、高校生になってから星來とラインで会話したり、メッセージ送られてきたりした?」
「う、うーん。そ、それから連絡は一回だけ来たかな。にゅ、入学してから一週間くらい経ったあとに。『高校生活マジ最高。邪魔なやつもいなくていい感じ。まぁ、あたしと遊びたいって思うなら、連絡したら付き合ってやらないこともないけど?』って来たよ」
「上から目線だね。ムカつくわぁ」
「そ、それはそう・・・・・・わ、私その時空音のこと全然知らなかったし、空音のことは星來からしか聞いてなかったから、何も出来なかった・・・・・・そ、空音がいじめられているの知ってたのに、助けられなかった・・・・・・」
「いやいやいや、別に愛実は気にすることないでしょ。私からしたら、『愛実?どっかの女子の名前なのかな?』くらいで終わってるよ?助けるとしても、一方的な情報しか知らない人が助けられると思わないし」
「・・・・・・ほ、本当にごめん」
「あ、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだからね!?もう昔のことは気にしなくていいから!今私は笑顔でいるし、愛実と仲良しでいられている。『今』を向いて生きていこう?」
 涙目になって俯いてしまっている愛実の手を取って、ぎゅっと握った。そうすると、愛実が顔を上げた。
「ほ、本当に許してくれるの?」
「許すも何も、愛実はなんにも悪いことしてなくない?謝んなくていいよ」
「う、うん!あ、ありがとう!」
 二人で顔を合わせて、あははって笑った。コップに入った氷がカランと音をたて、また溶け始めた。

──────なんだかんだで一時間カフェの中にいた。バームクーヘンはもちもちの生地でものすごく美味しかった。
 愛実の話からは、悠斗先輩の妹の名前が『星來』であること、私のことをものすごく嫌っていたこと、いじめは約一年続いていたこと、私と会ってくれる可能性があること。こんなに収穫があるとは思わなかった。
 正直言って、もう少し情報が欲しかったけれど、それ以外のことは本人から聞き出せば良い。
 今は十七時だが、璃玖先輩やおばさんたちのお店の閉店時間は二十時。まだまだ時間があるため、お店に向かう。今日はいつもより忙しいらしいから、手を貸しに行く感じだ。
(璃玖先輩に『悠斗先輩の妹に会いたい』って言ったら、どんな顔するんだろう。断られないか心配なんだけど。でも、壮汰先輩に約束を取り付けてもらうためには、璃玖先輩を通さないといけないのが、ものすごくめんどくさい。壮汰先輩のライン教えてくれてもいいのに・・・・・・)
  私が壮汰先輩のラインを教えてほしいと言った時、璃玖先輩が全力で拒否をしたため、もう聞くのを諦めてしまった。
 なぜ璃玖先輩が教えてくれないかは、『壮汰とこれ以上仲良くなられたら困る』というちょっとした嫉妬のせいだということを私は知らない。
 こんなふうに考えているうちに、あっという間にお店に着いてしまった。
「こんにちはー!遅くなっちゃってすみません」
「あら、空音ちゃん。良いのよ、昨日は大丈夫だった?璃玖から聞いて本当に心配したのよ。無理はしないでちょうだいね」
「わかりました。でも大丈夫です」
「そう?じゃあ今日は、裏で璃玖と事務仕事を手伝ってもらおうかしら」
「事務仕事?何をするんですか?」
 そう、私はいつも接客しか任されていなかったが、今日初めて事務仕事をすることになった。多分内容は、おじさんがやっているものだろう。知らないけど。
「すごく簡単なものだから大丈夫よ。溜まった書類を日付と種類順に並び替えるだけ。やり方は璃玖にきいてちょうだいね」
「わかりました。ところで、おじさんは・・・・・・?」
「あぁ、お父さんは今日ちょっとした取引に行ってるのよ。確か、新種の花をテスト販売させてくれないか的な感じだったわ。私もあまり知らないのだけれどね」
「そうなんですか・・・・・・では失礼します」
「ええ、よろしくね」
 ペコっとお辞儀をして、私はお店の裏の方へ向かった。

──────今日は接客をしないので、いつものエプロンは着ない。ちなみに、いつものエプロンというのは、お店のロゴと名前が書いてある瓶覗色のものだ。私はこの色が好きなので、すごく気に入っている。
 荷物をロッカーの中にしまって、机とか書類とかがいっぱいある部屋に行くと、先輩が早速作業に取り掛かっていた。
 椅子に座りながら書類の分別をしていたのだが、シャキッと姿勢正しく据わっていて、なんかキュンとしてしまう。
(こ、これがいわゆる『ギャップ萌え』というやつか・・・・・・!確かにキュンと来るな)
 集中しているため話しかけづらいが、思い切って後ろから飛びついてみる。
「せーんぱいっ!すごい集中してますね、何してるんですか?」
「っ!びっくりした・・・・・・何すんだよお前!書類の山が崩れたらどうすんだよ!」
「大丈夫です。まだ手を付けていない方の山なので、片付ければいいかと」
「そういう問題じゃねえ!」
「ふふふっ」
「・・・・・・なんだよ。なにか文句でもあんのか?」
「別にないですよ。ただ、昨日の先輩と全然違って安心しただけです」
「そうかよ」
 そう言って先輩は顔を背けてしまった。きっと顔が赤くなっているのを隠しているのだろう。耳が赤くなってるから、バレバレだけどね。
「じゃあ先輩、手伝いますよ。確か、日付順に並び替えれば良いんですよね?」
「そうだ。まったく親父、なんでこうなるまで溜め込むんだよ・・・・・・」
「まあまあ。おじさん忙しそうですし、許してあげたらどうですか?」
「お前は何から目線なんだ?」
「お口じゃなくて、手を動かしてください」
「お前にだけは言われたくねえ言葉だな!」
 キレてる先輩だが、私が作業し始めたらちゃんと手を動かし始めた。
(切り替え結構早いよな、この人)
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙の時間が続く。お互い作業に集中しているのもあるが、どこで話を切り出すのか迷っているようにも考えられる。
 別に話す話題もなく(空音にはあるのだが。それも結構重要なやつが)、お互い『まあいっか。別にこの人相手だしな』とか思っているからこんな状態でいられるのだろう。
 けれど、ついに耐えきれなくなった空音が、雑談程度に璃玖先輩に話しかける。ここで言っておくが特に深い意味はない。
「ところで先輩、なんで髪を染めているんですか?聞く機会がなかったので、今言いますけど・・・・・・」
「・・・・・・そういえば、言ってなかったな。まあ、今ほどの仲が深まってなけりゃあ言うつもりはないと思うけどな」
「えっ?言ってくれるんですか?」
「空音だから言ってやるよ」
「やったあ!」
 フッと先輩が笑ったと思いきや、急に真面目な顔になる。それにつられて、私も背筋をピンと伸ばす。
「俺さ、この瞳の色と黒い髪って似合わねえなってずっと心のなかで思ってたんだ」
「なんでですか?別にきれいだと思いますけど」
「いやいや、中学の時の俺にとっては最悪だったんだよ。男子には『気持ち悪い』と言われ、女子には『二次元のキャラクター』って裏で言われてたんだ。まるで俺が人間じゃないとでも言いたげな口調で。こんな見た目嫌だって思ったんだ」
「えっ」
 たしかに私もそんな言われ方をしたら嫌だ。自分が知らないところで言われるのならまだしも、目の前で言われたら傷つくに決まっている。
 先輩の言い方的に、いじめまではいかないけど嫌なことを言われていたんだろう。自分でも思ってたのに、追い打ちをかけられるなんて最悪だ。
「それが中学二年生のときで、三年のときに壮汰に会った。あいつは俺の見た目のことを悪く言ってくるどころか『すげえ!漆黒の髪に群青の瞳、それに顔がイケメンとかかっこよすぎないか!?俺と親友になってくれ!』ってすげえ勢いで言ってきたんだよ」
「あぁー。壮汰先輩がそう言っている姿、すごい想像つきますね」
「だろ?」
 さっきまでは暗い表情をしていたのに、壮汰先輩の話になるとすごく明るくなった。それほど救われたのだろう。
「それもな、高校にこの見た目でいくのはやっぱり嫌だったんだ。だから、この青い瞳でも違和感がねえ銀色の髪にしたんだ」
「なるほど。だから髪を染めたんですね」
「そうだ。だがそのせいで、『お前ってアルビノなのか?」とか『不良みたいな見た目だし、性格も怖いとか関わりづらい』とか影で言われた。これでもだめなのかよって心が折れかけたんだ」
「それは、周りで璃玖先輩のことを悪く言っていた人達が悪いんですよ・・・・・・こんなに優しくて面白いのに」
「はは、ありがとな。それで俺は考えたんだ。『そもそもこんなに言われてるのはこの目の色のせいだよな?』って。ずっと悩んでいた原因はこれなんだって。それに気づいたときは自分の目玉をほじくり出してでも、こんな気味悪いものをなくしたかったんだ」
「そ、そこまでするくらい嫌だったんですか・・・・・・?」
「そうだよ。まぁ、お前には分かることはないと思うけどな」
「・・・・・・」
「俺はこんな見た目で生まれてきたくなかった。お前は良いよな、なんにも悩んでなさそうな顔してるもんな、いつも。ハニーブラウンの髪によく映えるミルクココアの瞳を持って、それでも一般的な色で。平和に何も言われることなく過ごしてきたんだろうな。」
「・・・・・・」
「なんか言えよ?言葉を口に出せるくらいの頭はあるだろ?」
(先輩がなんでイラついているのかわからない)
 私がさっき言った言葉が良くなかったのだろうか。それとも、書類仕事が大変すぎてストレスが溜まってきたのだろうか。
 いや、間違いなく前者のほうだろうな。
 先輩だからといって、あの口の聞き方は私でもイライラする。ブチギレてやりたいところだが、ここは我慢して。
「先輩から見える私の姿はわかりませんが、私は『先輩と違って』この髪と目のことが大好きです。あ、もしかして羨ましかったんですか?」
「・・・・・・は?」
「だって、さっきの言い方だとそう捉えられますよ。話の流れ的にもそうだったし」
「俺のこと煽りやがって。力勝負では絶対にお前は負けるぞ」
「口先での勝負では私が勝ちます。ていうか、ここがおばさんのいるお店だということをわきまえていっているんですか?」
 そう、私は怒ったのではなく『煽った』のだ。そのほうがまだいいかなと思ったのだ。怒られるよりも精神的ダメージが少ない。私の精神だけだが。
 もっと怒らせてしまい、『白蛇先輩』モードになったとしてもしょうがない。不可抗力だ。
「別に、先輩は嫌だと思っていてもいいんじゃないですか?少なくとも私と壮汰先輩は、先輩の群青の瞳を気に入っていますよ。銀色の髪によく映えます。すごく好きですよ」
「・・・・・・それは本当だろうな?」
「疑うなりなんなりしてください。これは本心ですから。先輩のそのかっこいい顔があるからこそ、好きだと思えるんですよ」
「それって、どういう『好き』だ?」
「え、英語のlikeと同じ意味の『好き』ですよ」
「だよなー・・・・・・まあ、いつかお前を落としてやるから、それまで待ってろよ」
「あれ?ちょっと違う話に脱線してません?ていうか、その髪もその目も嫌いじゃなくなりましたか?」
「・・・・・・ああ、お前が好きだって言ってくれたから、これから一生この姿で生きていく意味ができたな」
「それは良かったです!だから、目玉ほじくり出したいとか二度と言わないでくださいね?」
「それほかの奴らに言うなよ」
「えー、どうしようかな。壮汰先輩とかに言おうかな?」
「おい!壮汰だけはやめてくれ!」
 ギャーギャー言ってる先輩を無視して、書類の分別に目を向ける。それでも収まらないので、おばさんに声をかけて叱ってもらった。
(先輩が暗い顔で話し始めたと思いきや、急にキレるから色んな意味で心が持たないよ・・・・・・だから先輩と話すのはやめられないんだよねー)
 すっかり本題を先輩に話すのを忘れてしまった私は鼻歌を歌いながら書類を日付順に並べていくのであった。

──────(やっべえ。すっかり先輩に話すの忘れてたー)
 現在七時半。分別は残り四分の一程度になった。あと数十分で終わるくらいの量に減って良かった。
 あと三十分でお店を出なければいけないのだが、今日話す予定だった(今日話さないと色々困る)ものを璃玖先輩に話すのを忘れていた。
 話さなければいけないことというのは、言うまでもないが『星來』の件だ。悠斗先輩を通して話す機会を設けてもらおうとしたのだが、今から話して間に合うかどうか怪しい。
(でも、チャンスは今日しかない。ぱぱっと話すぞ!頑張れ私!)
「あのー、璃玖先輩。話したいことがあるんですが・・・・・・いいですか?」
「?別にいいが」
「えっとぉ、昨日言った『記憶』の件なんですけど」
「・・・・・・!」
 私が『記憶』といった瞬間、先輩の表情が変わった。
 そりゃあそうだろう。教えてくれると思った瞬間『やっぱ教えなーい』と逃げられて、何も知らない状態なのだから。
「それで、すべてつながったのか?」
「いいえ。全てはつながっていませんし、断片的な部分しかわかりません。ですが、今日一部の事情を知っている人の話を聞いて分かったところがあったので、それを理由に悠斗先輩の妹と話す機会を設けてほしいなと思いまして・・・・・・」
「なるほどな。じゃあ、とりあえず壮汰に電話かけるぞ。スピーカーにして話そうぜ」
「わかりました。お願いします」
「ん?もし話が長引いちまって、帰る時間が遅くなったらどうすんだよ?」
「大丈夫です。今日はお店の営業時間が長いって親に嘘ついときました!」
「嘘ついたのかよ!?そりゃあ良くねえな」
「まあまあ、大丈夫ですよ。私、親からの信頼厚いので」
「それ自分で言うことか?」
 先輩は呆れたような顔をしてこちらの方を見てきた。しょうがない、話す機会は今日しかないかもしれないから。
 璃玖先輩が壮汰先輩に電話をかけている最中に、おばさんが裏に入ってきて『あら空音ちゃん。今日は遅くなっても大丈夫なの?』と聞かれたが、『大丈夫です』と言っておいた。なぜ心配されたかはわからない。親の気持ちになったのだろうか。
 電話がつながったようで、スマホの向こうから相変わらずの声が聞こえてくる。
『おーい璃玖、空音ちゃん。こんな時間にどうしたんだよ。ま、そんな時間でもないか』
「どっちなんだよ。ま、俺も詳しくは話の内容知らないぜ。空音、お前から話せ」
「当たり前じゃないですか。じゃあ、私が二人に話したいのは昨日話した『記憶』の話です」
『マジで!?記憶全部取り戻すの早くない!?』
「いや、まだ全部ではないらしいぞ」
『そうなん!?でも、電話してまで話したいことがあるんだよな』
「もちろんです。単刀直入に言うと、悠斗先輩の妹と話す機会を設けてほしいんです」
『へー?大丈夫なの、あいつの妹ヤバイぞ?』
「知ってます。でも、私の記憶が戻るかもしれないって言ったのは壮汰先輩ですよね?」
「そうだぞ。言ったからには責任を取れよ?」
『ちゃんと悠斗には言うけどさー。で、理由はあるんだよな?』
「なんの理由だ?」
 璃玖先輩は首を傾げているが、私はなんとなく理由がわかっている。
 プライドの高い『星來』のことだ。何かしらの大きな理由がなければ私みたいなやつとは会ってくれないだろう。
『一度会ったことがあるんだが、何も理由がないのに私なんかと会えると思ったわけ!?図々しいにもほどがあるわ。兄様!こいつを追い出してちょうだい!って言われて家からつまみ出された。最悪だよ』
(予想的中。愛実も女王様気質って言ってたし、こんなところだろうとは思っていたけどね)
「悠斗にはそんなところねえけどな。まあ、あいつが溺愛するからそんな性格になったんだろうな」
「それは私も同意です」
『俺もそうだと思うー』
 全員の意見が一致したところで、今度こそ本題に入っていく。
「で、理由ってのは何なんだ?」
「ざっくり言うと二つですね。一つめとしては、病院にいるときも言った通り『記憶』が戻った原因と思われる話が妹の件についてだったからですね。私はたまに、『記憶』の断片と思われる声が聞こえてくるんですよ。その声が、妹の声の特徴と一致していて、完全に人を罵倒するときに使われる言葉ばかり聞こえたので私が妹にいじめられていたのかと思います」
『まじかよ空音ちゃん。悠斗の妹にいじめられてたのか?』
「お、お前がいじめられてるところ想像できねえな」
「私自身でも想像できないですよ。あと断片的に聞こえた声以外に、映像も見たんです」
「映像?」
「そうです。私が倒れる直前、妹が私の目の前に立って嘲笑ってる姿が見えました。周りに取り巻きと思われる人たちもいましたし。これは完全にいじめられてたとしか思えません」
『俺たちは見てないからなんとも言えないけどなー。でも、空音ちゃんが言ってることは絶対だと思ってるから疑問には思わないけどな』
「それは俺も同じだ」
「ありがとうございます。あ、さっき言った事件の一部を知っている人も『空音のことをいじめていたと妹本人が言っていた』と証言してますし」
「これは完全に黒だな」
『これくらい言えばあいつは納得するんじゃないのか?』
「そうとは思えませんね」
「なんでだ?」
「これらは私が考えたり聞いたりした『一方的』な証拠だからです」
「『!』」
 そう。愛実から聞いたのも私だ。なにか小細工をしているのではないかと疑われてしまう。それに、記憶を見たのも声を聞いたのも私だけ。完全な第三者による証拠・証言がないと何も言いようがない。
 そうとなれば、方法は一つしかない。
「二つめとしては、『事件に全く関係ない第三者の捜査結果』です」
「?さっき言ってた『事件の一部を知っている人』は直接的に関わってないんじゃないのか?」
「残念ながら。詳しいことは言えませんが、事件に関わっている人から一方的に話につきあわされた際、聞いてた話だそうです。だから、ある意味関係あるかなーと思いまして」
『複雑すぎないか?』
「それはそうだな。で、直接関係がなくて調べられる人って誰だよ」
「それはですね・・・・・・です。私が連絡して取り付けました」
『まじかよ!?そんなビックキャラ呼べたのはデカくねえか?』
「私も交渉した時、すんなりオッケーしてくれたのにはびっくりしましたね」
「こりゃあ話す機会を設けざるを得ねえよな」
「ですよね!じゃあ壮汰先輩。取り付けお願いしますね!」
『任せろ!悠斗にも話の同伴頼んどくわ』
「もちろん俺達二人も行くけどな」
「当たり前じゃないですか・・・・・・その日が私にとって大勝負となりそうですね」
 その三十分後、壮汰先輩からのメッセージにこんな事が書いてあった。
『妹と悠斗、二人から許可もらったぞー!行くのは明後日の日曜日。心と言うことの準備しておけよ?空音ちゃん何があっても、空音ちゃんの過去がどんなものでも俺達は受け入れるから、安心しろよな』
「だってよ。良かったな」
「はい!璃玖先輩もありがとうございました!」
「まだ終わってねえっつうの・・・・・・なあ、お前が記憶を取り戻したい理由ってなんだ?苦しいことを思い出しても良いことねえと思うけど・・・・・・」
「・・・・・・そうですね。意味は特にないんですが、『私』という名のピースが欠けているのが気に食わない。本当にそれだけです」
「ふーん。まあ、お前の思うことは俺にはわかんねえってことだな」
「そういうことですね」
 そのとおりだ。私と璃玖先輩は結構真反対だと思う。ここまで一緒にいたらなんとなくは分かるが、それ以上はわからない。人間関係とは、だいたいこんなものだろう。
「あ、そろそろ帰らなきゃ。じゃあ先輩、また明日」
「ああ。また明日な」
 私は先輩に手を振りながら、裏口から店を出た。
 明日が終わったら、ついに『星來』に会うのだ。服装は値段が高めのものを着ていこう。彼女に舐められないように堂々とした態度で喋る練習をしなければ。
 いつもは長く感じる一日が、今日はすごく短く感じた。

──────『璃玖、何回も思うんだが、なんで空音ちゃんを選んだんだ?いっつも「俺が選んだ。それ以上もそれ以下もねえ」っていうからもう飽きたぜ。そろそろ教えてくれよ』
 空音がいなくなった後、俺は壮汰と電話をしていた。もちろん悠斗の妹、『星來』の話だ。だが、その話が脱線し今このような話をしている状態だ。
「本当にそれだけなんだよ。あいつに会った瞬間、こいつは何かを抱えてて何か重大なことをやらかすってなんとなく分かった。そのとき、隣にいてサポートするやつが俺が良いなって思ったから、あいつをこの店で働かせることによって接点を持ち、相談とかしてもらえればいいなって思っただけだっつうの・・・・・・あ」
『うわー!運命の糸を感じてた系か!?甘酸っぱいなー、俺の親友は。青春していてなりよりだ』
「おっさんみたいですげえやだな、その言い方」
『はいはい。でもさ、お前が思ってたとおりになったな。本当に重大なことを抱えてた。いじめられてたときの記憶を取り戻したいなんて、普通のやつは思わないよな』
「あいつは普通じゃねえから、そう思ったとしても不思議ではなくね?」
『あぁー、何となく分かるわ。優等生で性格も顔も良いんだけど、中身は結構常人ではない的な感じだよな。あ、褒めてるんだからな』
「分かってる」
 『あいつは俺が運命を感じて選んだ。あいつの隣にいたいと思った。それ以上もそれ以下もねえ』を、『俺が選んだ。それ以上もそれ以下もねえ』と略していたのだ。
 俺自身も思うが、結構口に出すタイプではねえ。そのへんは親父の遺伝子を感じるよな。だが、空音といるときは思ったことがスラスラと言葉として出てくる。あいつと一緒にいる時、すげえ安心してるんだと思う。
 だからこそ、運命を感じた相手だからこそ守らなければならない。『星來』という三人共通の敵を排除しなければならない。
 そしてこの件が終わったら言うと決めた。前言い切れなかった俺の『想い』を。
『璃玖、絶対に『星來』をボッコボコにしてやろうな。ビックキャラもいることだし』
「なに当たり前のことを言ってるんだ・・・・・・空音の『記憶』と平和は俺が取り戻す」
『空音ちゃんの暮らしはすでに平和なのでは?』
「悠斗という障害人物がいる限り、あいつの高校生活は平和ではない」
『まぁ、たしかに毎日愛の言葉を囁いてくるやつがいるのに平和とは言い切れねえよなー』
「ほんとだよな」
 男二人の笑い声が響く。その声には怒りと復讐心、そしてかすかに己の力に対する自信が含まれていた。

──────(ついに明日か・・・・・・)
 言わずもがな、明日は『星來』と話す日だ。璃玖先輩と壮汰先輩はラインで『会談』という言葉を使っていた。私もその言葉を使おうと思う。
 会談の件は愛実に伝えていない。一番『星來』のことを知っているのは、幼馴染であり付き合いの長い彼女だろう。
 それもあるが、私が『星來』にいじめられていたということも知っているのだから、心配されるだろうし、止められるだろう。
 気持ちはわかるのだが、ここまで来たからには愛実に言われたとしてもやめることは出来ない。
(喋る内容も考えたし、『星來』に舐められないような態度や喋り方の練習もした。着ていく服も、璃玖先輩と壮汰先輩、『例のビックキャラ』との打ち合わせも完璧にやった。やれることはやりきったはず)
 あとは万全の状態で、会談に臨むだけだ。
 そうは言っても、なかなか寝付けないという状態に陥っており、結構ヤバイと思っている。
(いやこれ、ガチ目にヤバイぞ。寝不足で頭が働かない状態で『星來』と喋るのは絶対に避けたい!なにか変なことを知ってしまうかもしれないし、目の下に隈なんて出来ているだけで舐められる!)
 こういうときどうすれば良いのかわからない。
 もともと私は他の人よりもすぐに寝られる体質で、修学旅行前日もすぐに寝られた。もちろん、当日は寝ていない。恋バナをするのに忙しかった中二の頃が懐かしい。
 寝るのを諦めて、ベッドに寝っ転がりながら音楽でも聴いていようとしたその瞬間。
『タラララーララララータラララーララララー』
 某魔法使いの動く巨大な家の主題歌である、『一生は遊園地にある馬に乗るアトラクション』という曲名(流石に違うけど)の冒頭部分がスマホから流れてきた。
 結構分かるか分からないかのギリギリのラインだが、分かってくれると信じたい。
 そんなことはどうでもよく、この音楽はスマホに電話がかかってきたときに流れるように設定してある。つまり・・・・・・
(誰かから電話きてたー!ヤバイ、早く出ないと!)
「こ、こちら前橋です!なにかご要件があるでございましょうか!?」
 焦りすぎて日本語がおかしくなってしまった。
 もし相手が仲良くない人や、大人相手だったら、一生その人に顔を向けることが出来ない。恥ずかしすぎる。
『おい、空音大丈夫か?超絶日本語おかしくなってたぞ?』
「り、璃玖せんぱーい!よかったぁ、璃玖先輩で」
『は?それはいい意味でか?悪い意味でか?』
「もちろんいい意味ですよ!ていうか、なんでこんな時間に電話してきたんですか?」
『なんでだろうな。なんとなく落ち着きたかったのかもしれねえ』
「落ち着きたかった?」
 まさか先輩からそんな言葉が出てくると思わなくて、ついオウム返しをしてしまった。
『おう。お前の、空音の声を聞いてると心から安心するんだよな。思っていることもスラスラ出てくるし、ありのままの俺を出していいって思えるような。そんな声』
「えー?それほどでもないですよ。でも、褒めてくれてありがとうございます」
『お前にしては素直だな・・・・・・やっぱり明日『星來』に会うのが怖いか?』
「もちろんですよ。記憶はないにしても、自分のことをいじめてきた相手に会うんですよ?緊張するし、すごく怖いです」
 明日は私の人生を大きく分ける日となるだろう。『星來』が話してくれなかったら私のピースは埋まらないまま過ごさなければいけないから。そんなの想像しただけでも苦しくなる。それだけ私にとっては重要なのだ。
『そうか・・・・・・まあ、俺の声でも聞いて安心して寝ろよ』
「先輩の声に寝付きが良くなる作用ってあるんですか?」
『そんなこと知らないに決まってるだろ。でもこの声は聞き慣れてるだろ?安心するってもんよ』
 先輩が珍しく冗談を言う。でも、言ってることはあながち間違ってない。なんか悔しい。
「まあ、そうですね・・・・・・明日は三人で頑張りましょうね」
『そうだな。頑張ろうぜ。じゃあそろそろ切る・・・・・・』
「待ってください。私が寝るまで電話切らないでくれませんか?」
『あ?なんでだよ。さっさと寝たほうが良いだろ?』
「先輩の声を聞いてると眠くなってくるんです。もちろんいい意味で」
『・・・・・・分かったよ。じゃあ俺が一方的にお前に話しかければ良いのか?』
「はい。お願いします」
『俺は、空音のツヤツヤの髪がすげえ好きだ。太陽に照らされると・・なって・・・・瞳・・・・・・やっぱり・・・・・・』
(だんだん眠くなってきた。先輩が何か私のことを言っているけれど、もう聞こえなくなってきた......明日頑張りましょうね、おやすみなさい・・・・・・)
 そう思ったのを境に、私の意識は途切れてしまった。
 ちなみに、話のキリが良くなるまで、先輩はずっと私の好きなところを語っていたのだという。しばらく経ってから知ったことだけど。

──────ついにこの日が来た。『星來』との会談の日が。
 璃玖先輩と壮汰先輩とは、『星來』の家の最寄り駅で待ち合わせにした。そこからは、お迎えの車が来てくれるらしい。私相手なのに、随分と良くしてくれるのにはびっくりした。
 『例のビックキャラ』は多忙のため、途中参加らしい。来てくれるだけでありがたい。
 あとは、話のどのタイミングで登場するかにかかっている。頼む、いい感じのところに来てくれ。
「おーい、空音ちゃーん。待たせちゃってすまんね」
「いえいえ。全然大丈夫ですよ」
「おい、ちゃんと準備はしてきたよな?」
「もちろんですよ。この格好を見てわかりませんか?」
 『星來』に舐められない対策で服装には気を使った。
 私は水色の清楚系ワンピースに細いベルトをつけて、バックは大学生の従姉が『かわいいけど、私に合ってなかったー。空音にあげるー』と言われてもらった高級ブランドのバッグだ。白にピンクのラインが入っているリボン付きのかわいいデザインのものだ。
 ぼうしも大きめのつばが付いた、青いリボン付きのワンピースに会うものにした。靴も白いハイヒールにして、少しでもお嬢様感が出るようにした。
 璃玖先輩は、白い襟付きのワイシャツに、紺色のジャケットとスラックスを着ている。靴は黒の革靴を履いていた。
 壮汰先輩は璃玖先輩とは対照的な色で、黒の襟付きワイシャツに水色のジャケットを着ている。靴は璃玖先輩と同じ黒の革靴だ。
 これでちょっとは安心できる。
「ところで、車が迎えに来てくれるって悠斗が言ってたけど、いつ来るんだろ?」
「そろそろ来るんじゃねえの?」
「あ、来ましたよ・・・・・・って、え?何あの車」
「は、何いってんだよ・・・・・・は?マジでああいう車持ってる貴族っているんだな」
「貴族ぅ?どういうことだおm・・・・・・は?え、俺らあの車に乗るのか?そんな度胸ないぞ」
 そう、私たちが想像していたものとぜんぜん違うものが来たのだ。普通のタクシーみたいな車種かと思っていた。だが違うのだ。
 アニメとかでよく見る、縦幅が長くて黒い車。確か『リムジン』という名称のような気がする。政治家が乗っているようなああいう車が来たのだ。
 さすが高畠家。何かの大きな会社の社長が持ってる車が一般庶民が乗っているような車なわけがない。むしろ安心した(なぜ?)。
「前橋様、白浦様、宮様。お迎えに上がりました。高畠家勤務のバトラー『黒原證(くろはらあかし)』と申します。これから皆さまを、高畠家の本家へお送りいたします」
「『お、お願いします・・・・・・』」
 黒原さんは高畠家のバトラー、いわゆる執事らしい。見た目は六十代だが、背筋を伸ばして立っているため、とても若く見える。
 いわゆる、『イケオジ』という言葉がぴったりだ。
 それよりも、私には気になることが一つあるのだ。
「と、ところで。本家というのは・・・・・・?」
「ああ、高畠家は別邸がいくつかあるためこの言い方をしているのですよ」
「べ、別邸とかあるのマジですげえな」
「さすがだよな」
 私もだが、二人は驚きを隠せないようで、口をあんぐり開けている。行儀が悪いのでやめてほしい。人のことは言えないが。
「では、こちらへお乗りください」
 黒原さんにそう言われ、私たちはこの高級リムジンに乗り込むのであった。

──────高級リムジンの乗り心地は最高だった。座席が羽毛布団みたいにふわふわだった。
 だが、さっきのふわふわとは打って変わって、ピリピリとした雰囲気が三人の中で流れていた。
 そりゃあそうだろう。敵地(ちょっと違うけど)に入った私たちは、家までの道のりを歩いていた。庭が広すぎて、なかなか玄関までたどり着かない。
(あともうちょっとで着くのが嬉しい反面、着いたら『星來』と対面するのが嫌になってきたな・・・・・・)
「皆様方、玄関口に到着しましたよ。お嬢様の、お客様のご到着です!」
 黒原さんの一声で、大きな扉が開く。
「『うわぁ・・・・・・』」
 三人の声が揃ってしまうくらい、すごい。想像していた豪邸とまったく同じ光景が視界に広がる。
 メイドさんやバトラーさんが一列に並び、こちらの方に頭を下げている。
 その向こうには、絵に描いたような大きい階段がある。そちらの方から、一人の女性と男性が降りてきた。
「みなさま、ようこそ我が家へ。お待ちしていましたわよ?」
(あぁ、こいつが星來なのか)
 星來と理解するには、一秒もかからなかった。
 きれいな金の髪はハーフアップにされていて、赤い瞳は白い肌をより一層引き立てる。服装も友人の結婚式に行くのかというくらいにドレスアップされている。
 そして、やっぱり耳が痛くなるような甲高い声を口から発していた。
 後ろには悠斗先輩がいるが、私たちのことを見ようともしないし、口を開こうともしない。星來の前では何も言えないか。
「白浦さんと宮さんは初めてお会いしますわね。わたくし『高畠星來』と申します・・・・・・前橋空音、久しぶりね。その汚い姿は相変わらずなのね。どれだけ着飾っても豚に真珠だわ」
「・・・・・・」
「おい、そんな言い方はねえ・・・・・・」
「璃玖、ここではやめろよ。気持ちはすげえ分かるけどさ・・・・・すみません。貴重なお時間をいただき、光栄でございます」
「あら、お気になさらず。さあ、こちらの奥の部屋へどうぞ。今日はたっぷり話したいことがあるの。よろしくね、空音」
「・・・・・・はい」
 本人を目の前にするとやっぱり怖くなってしまうな・・・・・・という姿を私は演じている。そのほうが星來の機嫌が良くなるだろうと思ったからだ。
 見かねた璃玖先輩が私に小声で話しかけてきた。
『空音、何も言わねえのかよ』
『璃玖先輩、打ち合わせしたじゃないですか。星來の前では縮こまっている姿を演じるって』
『そうだぞ璃玖。話聞いてたのか?』
『聞いてたっつうの』
『それじゃあ、作戦通りにいきましょう』
『了解』
『任せろ』
 そう最終確認をした私たちは星來の後ろについて行ったのだ。

──────案内された部屋は、豪華絢爛という言葉にピッタリな部屋だった。
 天井にはいくつものシャンデリアがあり、飾ってある壺や絵は完全に貴族が持っていそうなレベルのものだ。
 私たちに出されたお茶とスイーツは、家のシェフが作ったらしいが、五つ星ホテルのアフタヌンティーのような見た目だった。悔しいことに、全て美味しかった。
 私と星來が向かいに座るようになっていて、私の後ろに璃玖先輩と壮汰先輩が、星來の後ろに悠斗先輩がいる。
 やっぱり悠斗先輩はずっと黙ってるし、いつもなら考えられないくらい真顔のまま。逆に怖くなってくる。
 ちょうどカップの中に入っているお茶がなくなった時、星來のほうから話しかけてきた。
「で?今日は私になんの用なの?このわたくしに会うのならば、それなりの理由が必要ってこと分かってるわよね?」
「もちろん。そうじゃないと話してくれないと思ったからね。そもそも、家の中に上がれた時点でびっくりしてるけど」
「今日はわたくし機嫌がいいの。だから、機嫌を悪くさせないでちょうだいね?」
「努力するね」
 本当に今日は星來の機嫌が良い。多分だけど、いつもの調子だったら私に罵声を浴びせてくるだろう。タイミングが良かった。
 後ろに控えている璃玖先輩と壮汰先輩は私の様子をチラチラ見ている。『絶対何もやらかすなよ』とでも言いたげな顔だ。
(ちゃんと作戦通りにやるから、そんな顔しないでよ・・・・・・傷つくじゃん)
 しばらくの間沈黙が続いていたが、星來の口が開いた。
「あんたいつまで黙っているつもりなの?そろそろ本題に入ってしまわないと、ここから追い出すわよ?」
「あ、ごめん。えっとね、星來は中学校時代私をいじめてたよね?」
「もちろんそうよ。あんたはいつも優等生ぶって、皆に慕われていたからムカついたのよ。もし、私がいじめれば周りがあなたから離れていくと思ったの。そうしたら、私の予想は的中したの。もう最高の気分だったわ」
「そうなんだ・・・・・・私をいじめてたときのこと、教えてくれない?」
「は?あんた馬鹿なの?自分がいじめられていたときのこと忘れたの?それとも私の視点からその時のことを知りたいの?どっちにしろありえないけどね」
「うーん、どちらかと言えば後者かな。いろんな視点から物事を見たいんだよね」
「あっそ。でも、自分が苦しかったことを思い出して何になるの?ほんとあなたって狂ってる。そういうところが嫌いなの」
「苦しいことも経験だよ。さぁ、話してくれるよね?」
「え、えぇ」
 星來は『こいつマジ頭大丈夫か?』みたいな顔をして私のことを見てきたけど、気にしない。
「で、あんたはどのくらい知っているの?」
 何が、と言うまでもないだろう。私がいじめられていたときのことだ。
 もちろん私はまったく覚えていない。だからといってそれを口に出してしまったら、面倒くさいことになってしまうだろうから、愛実から得た情報を言う。
「えっと、私が中三のときいじめられていて、それが卒業まで約一年続いた。それで、私はクラスで孤立した・・・・・・このくらいかなぁ」
「へぇ、結構覚えてるじゃないの。で、その内容は覚えてるの?」
「あんまりかな・・・・・・言われたことはごく一部覚えてる感じ」
「じゃあわたくしがあんたにやってきたこと、全部話せばいいのね?」
「そうしてくれると助かる」
 ここまではいい感じだ。星來の機嫌がいいうちに全部吐き出してもらおう。ボロを出してもらおう。
 本当に、ここまでは順調だった・・・・・・
「ところで、なんであんたが上から目線なの?わたくしに対して敬語を使わないことも腹立たしい」
「ごめんなさい・・・・・・でも、敬語を使われたら星來と対等な立場にいれないかなって思って」
「は?あんたおかしいの?わたくしとあんたが同じところになっていられるわけ、絶対にないに決まっているでしょう?わたくしとあんたを見比べたら、その差は歴然としているのよ!?本当に狂っているわね」
「はい・・・・・・」
(や、やってしまったー・・・・・・星來の地雷を踏んでしまった。もうこれで機嫌は直らないな。これはやらかしたわ・・・・・・)
 後ろの二人を見てみると、璃玖先輩は今にもブチギレそうな顔をしているし、壮汰先輩は『やっぱりやったな』みたいな顔をして手でこめかみを押さえている。
 でも大丈夫だ。これも計画のうち。逆に『星來の地雷を踏んで、ボロを出させる』という手段を選んだのだ。
 ちなみに、この計画は打ち合わせのときに一応許可は取ってあるのだが、なるべく避けようと言われていたのだ。
 私は最初からこの計画で行こうとしていたのだが、それは二人に言っていない。この会談が終わったら多分お説教を受けるだろう。嫌だ。
「それで?わたくしに敬語で喋らなければ追い出すのだけれど、どうするの?」
「先程は申し訳ございませんでした。私自身が自分の立場をわきまえておりませんでした。お許しください」
「あら、あんたそんな言葉遣いできるの?最初からそうすればよかったのに。わたくし、とっても優しいから許してあげる」
「感謝します」
「それじゃあ、話してあげるから一言一句忘れないよう、しっかり聞いておきなさいよ?」
「はい、お願いします」
「後ろのお二人もよろしくて?」
「『もちろんでございます』」
「ふふふ、あの日はねえ・・・・・・」
 人を傷つけた話をするのに、とても嬉しそうな表情をしている。流石にこれはイライラしてくる。
(星來。あなたが全て話してくれたら・・・・・・真実が明らかになったらボッコボコにしてやるんだから。今のうちに調子乗っときなさい)

────あの日、あんたに出会った時ものすごくイラッとしたの。なぜかって?あんたのその顔とその姿、わたくしとは反対の姿で気持ち悪かったの。
 その日ほど、私立の中高一貫の女子校になぜ行かなかったのかと後悔したことはないわ。
 賄賂でも、スパイを忍び込ませて改ざんするでも、何でも良いの。手段を選ばず入学すればよかったのにね。
 それに、あなたと一緒に過ごしているうちもっと嫌になってきたわ。優等生ぶって、大人や生徒に好かれようと媚び売っている姿が逆に残念になってきたわ。わたくしは何もしなくても、周りに人が集まってくるというのに。
 そしてあなたに制裁を与える機会が来たの。体育祭よ。
 あんたが絶対に恥をかくような、最悪な種目を作ってもらったの。『障害物競走』よ。
 『普通の種目じゃないか』と思ったでしょう?わたくしが考案したものはまったく違うものなの。
 網はささくれが多いものにし、粉の中に顔を入れて飴を探すものは粉を石灰にして飴はものすごくまずいものにしたわ。もちろん、それが当たるのはあんただけ。
 それをあんたに体験させて、わたくしたちの元に帰ってきたあんたは全身傷だらけだったわ。
 それでも、あんたは苦しそうな顔を一つもしなかったの。流石に笑顔ではなかったけれど、その時のわたくしはそれだけでも満足したわ。
 でもそれだけじゃわたくしの欲は収まらなかったわ。だから、わたくしがクラスの女子達を買収したの。ちょっとしたアクセサリーだったけれど、庶民にとっては高級なものだったのでしょうね。貧乏人は苦労しているのね、可哀想に。
 人数が増えたから、そこからは快進撃の始まりだったわ。
 最初はあんたを空気扱いしてたわ。そうすれば、精神的にきつくなってきてわたくしたちに話しかけてこないと思ったの。
 もちろん、わたくしの予想通りになったわ。あんたは誰にも話しかけなくなった。
 その時のあんたは、わたくしの手のひらの上で転がっていたわ。そりゃあもう最高の気分よ。
 でもそれだけじゃ全然足りないの。わたくしの欲はわたくしが完全に満足するまで無くならないの。
 今までは影でしか悪口を言ってなかったけれど、その時からあんたの前で言うことにしたの。放課後に誰もいない教室や体育館裏であんたのことを罵倒するのは楽しかったわね。
 私はもっとあんたを苦しめたくなった。いいえ、苦しいどころか一生私に怯えるようなことをしたくなってきたの。それで暴力を振り始めたわ。
 直接的にしちゃうとわたくしのきれいな手が汚れてしまうでしょう?だからわたくしがすでに買収していた者たちに、もっと高価なものを与えたわ。確か、純金の飾り物だったわ。
 前よりも率先してあんたをいじめてくれたから、わたくしとしても嬉しかったわ。
 わたくしがあんたに罵声を浴びせ、わたくしの取り巻きが殴ったり蹴ったり、時には熱湯を浴びせたり刃物であんたを傷つけたりしたの。楽しかったわぁ。
 それでも、それだけやってもわたくしには足りなかったわ。そう思い始めた頃には愚かなクラスメイトがわたくしを止めようとしたわ。
『いい加減にしたらどうだ。俺達も巻き込むな』とか『高校受験に響くからやめてくれ』、『あなたは狂っている。人をいじめて楽しいのか』とか言われたわ。本当に、自己中心的な人たちよね。
 わたくしはそんなことを言われたってやめないわ。わたくしがやめようと心から思うまで、あんたが苦しそうな顔をするまでね。
 でもそう思ったのはわたくしだけだったの。
 今までわたくしとあんたをいじめていた仲間たちは離れていったわ。『やっぱり私たちはこんなことしたくない。あなたもやめたほうが良い』って言われたの。
 意味が分からなかったわ。あんなに楽しそうにやっていたというのに。頭おかしいんじゃないかしら?
 それがとても嫌だったから、わたくしはあいつらに与えた金品を奪い、殴ったり暴言を吐いたりしたわ。そいつらはあんたと違ってとっても苦しそうな顔をしていたわよ。
 罰を与えるのは当然のことでしょう?私を裏切ったのだから。
 ついにわたくしの仲間が誰もいなくなったわ。それでも良いの。クラスメイトがあんたの味方になって、教師陣にチクったり教育委員会にバラしたりしても良いの。
 わたくしはあんたが二度とわたくしの顔を見れないくらい怖がってくれればよかったの。
 だから、あんたを監禁したわ。
 あんたが下校している最中、わたくしの従兄の車にあんたを縄で縛って誘拐したわ。そして、今はもう使われていない倉庫に閉じ込めて放置したの。
 これだけやってきてもあんたはわたくしに怯えたり、苦しい顔や嫌な顔をしなかったわ。ずっと真顔でわたくしの良いようにされていたわ。
 あぁ、つまらない。わたくしの欲が満たされないのは、あんたの表情が変わらないからなのね。
 じゃあ、内側から痛めつければ良いのかしら?死ぬほどの痛みを感じさせれば良いのかしら?そう思ったの。

──────「・・・・・・どう思ったの?」
「?だから、『あんたが死んでしまうほどの痛みを感じればいい』と思ったのよ。名案でしょう?」
「・・・・・・お前、ふざけてんのかぁ!?『死んでしまうほど』って、少しでも間違えれば空音は死んでたのかよ!?」
「それは俺も思う。お嬢さん、今から俺達は敬語をあなたに使わない。なぜなら、俺達の大切な空音を殺害しようとしたからだ。空音に何をした?それに悠斗。自分の妹がそんなことをしたのに、お前はその子に近づく意味がわからない。説明しろ」
 璃玖先輩は怒りを全面に出してキレているし、壮汰先輩は口調ではあまりわからないが、周りから出ているオーラが『白蛇先輩』の時の璃玖先輩に似ている。後ろを見るのが怖い。
「あら、別に私はこいつを殺してはいないわ。それくらいの痛みを感じさせるだけと言ったでしょう?」
「それは屁理屈というものだろう。空音は痛みを感じたんだ。謝れ」
「嫌よ。なぜ謝らなければいけないの?こいつがわたくしをイラつかせるのがいけないのに。ねえ、お兄様?」
「・・・・・・」
 悠斗先輩はまだ沈黙を貫いている。溺愛する妹に返事しないとは、これには星來もびっくりしていた。そして、更に星來をイライラさせてしまった。
「わたくしはただ、改造したスタンガンをこいつに当てただけよ。痛みで気絶するくらいの電気の放出量に改良したから大丈夫よ、死んだりはしないわ」
「『・・・・・・!』」
「そう、わたくしは誘拐した倉庫の中で拘束したあんたにスタンガンを当てて、まる一日くらい監禁したの。警察にはバレてないわ。教育委員会に尋問されたり、裁判で有罪判決されて警察に取り調べされたときもこのことは言っていないし、バレてない。だから、犯罪にはならないわ」
「犯罪にならないって、まだ時効じゃないから通報できるぞ!そんな事を言ってしまって良いのか?」
「別にいいわよ。そんなことをやったって証拠はないし、罰金程度で済むでしょう?お金ならいくらでもわたくしの父が払ってくれるわ。なんせ『株式会社 Takahata・Japan』の代表取締役社長なのよ?お金ならいくらでもあるわ」
 それにわたくしは何も悪くないから、と続ける星來にカチンと来てしまった。
(『自分は悪くない』?『あの人たちは頭がおかしい』?『証拠はない』?意味がわからない。いつもいつも、自己中心的で自分が全てだと思っているこの女が嫌いで、ムカつく)
 我慢していたが、流石に堪えられない。だが、ここで言ってしまってはだめ。そう思ったから、まだ言わない。
 すでにブチギレている璃玖先輩と壮汰先輩に言わせておこう。
 余談なのだが、『株式会社 Takahata・Japan』は海外販売が目的の大型家電や大型自動車の生産、販売を行っている会社だ。
「ていうかお前、逮捕されてんだろ?流石に前科あるやつが罰金程度で済まされるはずがねえだろ。あの社長の娘だったとしてもな」
「そうかしらね?でもあなたたちはわたくしを警察に突き出すことは出来ないと思うわ。残念ね」
「そんなことはないぞ」
 このタイミングで悠斗先輩がやっと口を開いた。
「え?お兄様何を言っていらっしゃるの?わたくしは逮捕なんかされませんわ。もしかして、盗聴器でも仕掛けられたの?それともお兄様は前橋空音たちとグルなの?で、でもまさかお兄様に限ってそんなことは・・・・・・」
「そんな事はあるんだなー。すまんね、遅れちゃって。空音ちゃん、メンタル大丈夫かい?」
「しゃ、社長さーん!」
 そう、私が呼んだビックキャラというのは前に『フラワーショップ かめのぞき』に来て、花束を買ってくれた社長さんのことだったのだ。
 社長さんは警察庁の偉い人と親友らしく、今回は社長さんを通して警察の人を呼んできてもらったのだ。
 こうすれば、本人からの供述を生で聞くことができるし、監視カメラだって録音マイクだって付け放題なわけだ。
「は?え、ちょっと何なのあんた!?人の家に勝手に入ってきて。不法侵入罪で訴えるわよ!?」
「それは無理なお願い事だね、お嬢さん。ほら、警察の偉い人たちがいっぱい来てるからさ。証拠だって集まっている」
「警察だ。すでに逮捕状は出ている。高畠星來、お前を逮捕・監禁罪の疑いで逮捕する。」
「こちらは刑事だ。その時に使ったと思われる、改造済みの高畠星來の指紋が付着しているスタンガンを押収した。そして、お前の従兄が使用した車のドライブレコーダーにもその時の映像が残っていた。他にも証拠や証言は山ほどある。警察署への同行を願おう」
 急なことで星來は混乱している。というよりも、私が警察を呼んだことや、信頼している悠斗先輩が私たちのグルだったことに怒っているみたいだ。
「・・・・・・は?ありえないし、お父様がなんとかしてくれるし」
「それは無理だな。君のお父様もスタンガンを改造してしまったことだし、共犯者になる」
「じゃあ、お兄様は?」
「彼は何もしていないことがこちらでも分かっているし、証拠や証言を集めてくれた張本人であるからな。なにもないどころか、今回の事件の英雄とも言えるね」
「意味わかんない・・・・・・意味がわからないわっ!なんでっ、わたくしは悪くないわ、何もしていないわ。あんたが悪いのよ、前橋空音。あんたがわたくしをイラつかせるから、わたくしの要望通りの怯えた顔をしないのが悪いのよっ」
 どんどん星來の口から、その格好じゃあ予想もつかないような汚くて、理不尽で屁理屈な知性の欠片もない言葉が出てくる。
(はぁ。星來が一通り言い終わったら、こちらから反撃するとしますかね)
 その時まで、ムカつくしイライラするが耐える。耐えて耐えて、一気に爆発させたほうがスッキリするから。
「あの時のクラスメイトも悪いわっ。わたくしが色々与えてやったというのに、楽しそうにあんたをいじめていたくせに。いきなり正義の味方ぶりやがって。わたくしの嫌いなやつはみーんな何かしらぶってるわ。気持ち悪いったらありゃしないわ」
 まるで自分が世界のルールとでも言いたげな顔をしていっているから、更にイラついてしまう。
「教育委員会にバレたって、逮捕されたって何でも良いわ。わたくしはあんたの、前橋空音の怯えた顔が見たいのよっ!」
「お前何いってんだよ!?普通に趣味悪いし、聞いているこっちが気持ち悪くなってくるな」
 結構正論を言う璃玖先輩。
「見た目によらず、最低な人間だね。逮捕されても懲りないのなら、死んだほうが良いんじゃないの?」
 さらっとあまりよろしくないことを言う壮汰先輩。
「死ぬだけじゃ足りないよ。地獄で百年過ごした後、十周くらい最悪な人生を送ってもらわなきゃこの罪は償えないと思うけど?」
 溺愛していた妹とは言え、流石に許せなかったのかしらないが、超絶ひどいことを言う悠斗先輩。
「空音ちゃんを苦しめた罰、ちゃんと受けてもらわなきゃだめだよ?」
 目が笑ってない笑顔で、すごい圧力をかけながら言ってくる社長さん。
 みんな私のために怒ってくれている。でもそれだけじゃ足りないんだよね。
「前橋空音が全て悪いのよっ。死ねっ、地獄に堕ちろっ!わたくしの前から消えろっ、私が正しいんだから・・・・・・わたくしが全部っ」
「うるさい黙れ」
 流石にもう堪えた。璃玖先輩たちの前だろうが、社長さんの前だろうが、警察官や刑事の前だろうが関係ない。
 手を出さなければ良い。いや、一発殴るくらいなら許されるだろうから、温存しておこう。
「あんたの思考が腐ってんのよ。『自分が正しい』?『あの人たちが悪い』?『正義ぶっている』?全部間違ってるに決まっているでしょ」
「・・・・・・は?何よ急に。さっきまで黙ってたくせに、わたくしに怯えていたくせにっ!」
 『パンッ!』と音が響く。右頬がジンジンしてきて、自分が殴られたのかと気づく。
 そんなことはどうでもいい。とにかく溜まったことをすべて放出しないと。
「殴ってきてなにか変わるの?あんたは非力で弱いから、すごい人に嫉妬しているんでしょ?私も優等生だったから、羨ましかったんでしょ?怯えた顔が見たかったのは、私に少しでも勝ったと思いたかったからでしょ?気持ち悪い。こんな最低最悪な人間、いや人間ですらないか。ただの猿だね」
「さ、猿・・・・・・」
「そう、猿。あんたは弱いから、わざと突っかかって自分は強いですアピールしたいのよ。本当に強い人は何もしないし、何も気にならないもの。馬鹿ね、そんなことも自分で気づかないなんて、自分のことなのに。本当に猿みたいね」
 誰かが吹き出す。そんなに面白いこと言っただろうか?
 でもこれは事実だと私は思っている。いわゆる、『狼の遠吠え』とか『カマキリのシャー』だ。情けない。同情もクソもないが。
「人の怯えた顔や苦しんだ顔を見るのが好き?普通にバグってると思うよ。そういう性癖なの?気持ち悪いね、ただのクソ野郎じゃん。きっとそんなんだからみんな離れていったんだよ。その頭はなんのためにあるの?あ、腐ってるから使えないか。ごめんね、コンプレックスに触れちゃって」
 あぁ、なんだかスッキリしてきて、笑いが込み上げてくる。
「アハハ、アッハッハッハッハッハッ・・・・・・」
 私の悪役のような声が静かな部屋に響く。周りは引いているかもしれないが、気にしない。これで星來が私のことを舐めないようになればそれで良いのだから。
 では最後に。温存していた一発を食らわせてやる。
「警察官さん、刑事さん。今からあの女を殴るんですが、良いですよね?」
「えっ・・・・・・」
「い、一発くらいなら良いんじゃない?」
 なぜ疑問形なのだろう。あなたたちが法律や犯罪を一番知っているはずなのに。
「まあいいか。じゃあ星來、さっきの分のお返しだよ」
「はっ?や、やめなさい。わたくしに手を上げたらどうなるのか分かっているの?」
「そんなのないよ。あんたはもう罪人なんだから」
 そう言って私は星來のみぞおちあたりに一発いれた。
 『ぐぅ・・・・・・ふぐぐ・・・・・・』と言ってる奴は無視をする。今日という今日のためにボクシングやっててよかったぁ。
 私は小学校の時からずっとボクシングを習っていた。ずっと誰にも言っていなかったが、結構強い方なのだ。マジでやっててよかった。
 そんな星來の様子に、みんなそれぞれの反応をしていた。
 璃玖先輩はツボってしまったらしく、お腹を押さえてうずくまっている。壮汰先輩は璃玖先輩の腰をさすりながらも、声を上げて笑っている。
 悠斗先輩はいつもの姿に戻ったようで、『さすが空音ちゃん。強くて美しく、可愛い君はかっこいいね。惚れ直したよ。僕と付き合っておくれ』とまた告白してきた。この場ではやめてほしいのだが。
 社長さんはこちらに称賛の拍手を送ってくれている。ニコニコしているが、内心怯えているかもしれない。あとでボクシングをやっていると弁解をしておこう。
 警察官の人と刑事の人は何もなかったかのように、みぞおちをやられて苦しんでいる星來に手錠をかけて連行していった。
 この部屋から出る時、星來は私のことをすごい睨んでいたが、もう気にしない。どうせ、私ともう会うことは二度とないのだから。
 肝心な私の記憶は、星來の話を聞いているときにだんだん思い出してきて、もう完全に記憶が戻った。
 私の予想だが、記憶がなくなってしまったのはスタンガンにやられたときだろう。電気ショックで気絶した時、意識とともに記憶も飛んでいったのかもしれない。
 警察の人に私たち四人(悠斗先輩も含めている)は事情聴取のために、警察署の方まで行った。
 パトカーに乗るのは初めてで、結構興奮してしまったのは誰にも言わないつもりだ。