──────「ふぉあー。んー、眠い」
昨日帰るのが遅かった上に、本を読んでいて夜ふかししてしまったせいで少し眠い。
眠気を少しでも冷ますために、今日は珍しく音楽を聞きながら登校している。
(昨日は先輩たちに随分お世話になっちゃったな・・・・・・今度、店に行くのが遅くなるって連絡して、最寄りの駅からちょっと遠いデパートまで行ってお菓子とか買いに行こうかな)
そう思いながら歩いていると、いつの間にか学校に着いていた。それに気づかずに、考えながら歩き続ける。
(でもどういうのを渡せば良いのかな?私はそういうの分かんないし、ののたちについてきてもらおうかな。よし、相談してみよう)
下を向き続けて歩いていたせいなのか、頭の中で考え事をしていたせいなのか分からないけど、私は知らない先輩とぶつかってしまったのだ。
「うわ、びっくりした。君、僕の下敷きになっちゃってるけど大丈夫?」
「・・・・・・へ?あ、大丈夫だと思います」
(なんかこの状況、身に覚えがあるな)
現在、校庭の真ん中で見知らぬ先輩にぶつかってしまい、私が下敷き(先輩が腰に腕を回してくれているので、地面に体がついていない。スゴ技)になっている。すぐに退いてくれた。お陰で人の目も集まっていないので、とても助かる。
なぜ校庭の真ん中かというと、私が学校に入る時の門は正門ではなく、校庭側にある東門だからだ。校庭を突っ切って昇降口に向かうため、このような大惨事になってしまったのだ。
相手の先輩は、璃玖先輩と同じく髪を染めており、こっちはとても対照的な明るい金色の髪だ。でも、瞳が真っ黒だから少しミステリアスな雰囲気をまとっている。ニコニコしているし、本当に先輩とは真反対な第一印象。
「本当に大丈夫?制服とか汚れてたらクリーニング代出すからね。ていうか、怪我はない?あったら保健室に連れてくからね」
そう言いながら私に手を伸ばしてくれた。それに甘えて、先輩に起こしてもらった。
「僕『高畠悠斗』って言うんだ。二年D組にいるんだ。これからよろしくね。あ、僕のことは『悠斗先輩』って呼んでくれたら嬉しいな」
「ゆ、悠斗先輩ですね。よろしくお願いします。私は『前橋空音』です。一年B組所属です」
「あ、もしかして君さ、璃玖と仲良くしている後輩ちゃんじゃない?噂に聞いてるよ、すごくかわいくて品性があって、頭の良い美しい子だって。流石にそんな子はいないと思っていたんだけど・・・・・・この噂は本当のようだね」
「いや、そこまですごくないですね。てか、璃玖先輩と同じクラスなんですか?」
(えー!私そんなに噂になってたの?全然事実と違いすぎるし、期待を裏切りそうで嫌なんだけど。璃玖先輩、そんな私のことを言いふらしているなんて聞いてないです!・・・いや、こんなに褒めるわけないな。多分こういう系は壮汰先輩の分野だと思う。って、そんな事考えてる余裕なんてなかった!)
こんな風に考えている余裕なんてなく、悠斗先輩はどんどん話を進めていっている。
「そうそう、親友なんだー。てか、本当にかわいい。僕の彼女にならない?璃玖より僕のほうが優しいし、空音ちゃんのこと大切にするって約束するよ」
「え、でもあの・・・・・・」
「あ、シュチュエーション最悪か。じゃあ、ロマンチックに告白するか・・・・・・」
(ちょ、どゆこと?この人、話が飛びすぎて混乱しちゃうんだけど)
急なことで頭の中が混乱していると、先輩が私の前でひざまずいて右手を胸に当て、左手で私の手を取ってこう言ってきた。
「空音ちゃん。僕は君に一目惚れしたんだ。よかったら僕と付き合ってくれませんか?」
「へ?いやあの、ちょっとここでは・・・・・・」
忘れられては困るが、今は登校時間中の学校の校庭の真ん中だ。そりゃあこんなことが行われていたら、色んな人の目が集まるに決まっている。いや、実際に私は注目の的だ。恥ずかしすぎる。
その事をわかっているのかどうかは知らないが、高畠先輩は私の方ばかりを見つめてくる。どこか神秘的なオーラを秘めている漆黒の瞳でこちらを見られると、なんだか不思議な気分になる。
(こんな告白のされ方、『きゃー!本物の王子様みたい!こんなん即オッケー出すに決まってんじゃん』って萌音とかに言われそうだけど・・・・・・)
なんでかはわからないが、心のなかで少し踏みとどまってしまう。どうやったらうまく逃げられるんだろうと考えていると、視界の端に誰かが入ってきた。
「おい悠斗、何やってんだよ。空音が困ってるだろ。それに、こんなところでやらなくてもいいんじゃねえか」
「おや璃玖、こんな時間にいるなんて珍しいね。しかも隣には壮汰もいるじゃないか。おはよう」
「おはよう悠斗。でも、こんな事を話している場合じゃねえって分かるだろ。とりあえず空音ちゃんの手を離せ」
「壮汰が怒らなくてもいいんじゃないか?それに、本人が離してって言ってるわけじゃないんだし」
(璃玖先輩、壮汰先輩ナイスー!)
私達の間に入ってきたのは、なんとこの二人だったのだ。私が困っているから助けに来てくれたのかもしれない。ありがたすぎる、後でお礼をしっかり言わなければ。
壮汰先輩はすごく不機嫌そうな顔をしていて、悠斗先輩に対する不満が溢れ出ている。璃玖先輩は言うまでもないが、激怒オーラが体の周りに見える。最初に私とあったときと同じ『白蛇先輩』と同じ雰囲気になっている。久しぶりに見た。
それに対して悠斗先輩は、全然平気そうな顔をしていて、むしろさっきよりスッキリした顔をしている。ドMなのかもしれない。
「おい空音。嫌なら嫌って言えよ。それは先輩だろうがなんだろうが関係ねえぞ」
「そうですね・・・・・・悠斗先輩。手が痛いので離してもらえませんか?」
「おや、それはすまなかったね。でも他の人に誘導されて言うのは違うんじゃないかな?空音ちゃんが自分で感じたことを、思ったことを言わなきゃ嘘になってしまうよ?」
「いえ、嘘なんかじゃありません。ただそういう雰囲気ではなかったから、言い出しづらかっただけですよ。私はずっと思ってましたから。それに、告白はお断りします」
「そうかい・・・・・・ま、今は諦めるけど、何度でも君に想いを伝えるよ。じゃあね、空音ちゃん」
そう言いながら悠斗先輩は校舎の方に行ってしまった。あの様子じゃ、また私のところに来そうだ。
去るときに向けてきた先輩の目が、完全に獲物を仕留める目で恐怖を感じた。まるで肉食動物のような、鋭い目つきで。
それに気づいたのかどうかは知らないが、壮汰先輩が私の肩を掴んで自分の方に寄せてきた。人肌はとても暖かく、そのおかげか少し緊張が和らいだ。
落ち着いてきたところで、先輩たちにお礼をすることにした。
「あの先輩。助けてくれて、ありがとうございました。本当に困ってて、でも自分の口からは言いづらかったので。今度お礼をさせてください」
「いや大丈夫だ、そんなに気を遣わなくても。あいつは教室でみっちりシバいてやるから」
「あはは、やりすぎないようにしてくださいね。璃玖先輩も、ありがとうございます」
「・・・・・・今度は気をつけろよ」
「ほんと、空音ちゃんの前では格好つけたがるな。普通に受け取っとけよ」
「うるせえな。とりあえず、教室に戻って拷問するぞ」
「もちろん、そのつもりだったが?」
「拷問!?せ、先生たちに怒られないようにしてくださいね。暴力はダメですよ」
「心配すんなって。言葉の暴力で心をボロボロにするだけだから」
「・・・・・・優しくしてあげてくださいね」
そうは言ったものの、あの二人なら大事にしかねないからすごく心配。いや、かなり心配だ。
(本当に大丈夫なのかな?って、朝読書の時間まであと二分じゃん!全力疾走で教室まで行くぞー!)
──────現在、お昼休みの真っ只中。私は相変わらず屋上でのの達とお昼ご飯を食べている。今日は購買で買ったお昼ご飯を食べる日なので、三人とも少し寂しそうにしている。
今朝は、なんとか無事にチャイムが鳴る三十秒前に教室に到着した。クラスメイトにいろんな目を向けられた(主に同情と心配の目)が、変な目で見られていないので良しとしよう。
(璃玖先輩たち、大丈夫だったかな?先生たちの目につけられていないといいけど。ていうか、なんか悠斗先輩に向けられた最後の視線が妙に鋭くて怖かった。これから何も怒らないと良いけど)
今までいろんな視線で見られてきた私だけど、あんなに鋭くて全身鳥肌が立つような視線は初めてだった。あんな風に見られたら、誰でも嫌な予感の一つや二つしてもおかしくないと思う。
こんなふうにこれから起こり得ることに少し恐怖を感じている私とは裏腹に、主に萌音がすごく盛り上がっていた。
「空音ぇ、今朝のプロポーズ見たよぉ!本当の王子様みたいな人だったねぇ。私も告白されるならぁ、ああいう感じのがいいなぁ」
「わ、私はロマンチックすぎて雰囲気酔いするかも・・・・・・も、もうちょっとシンプルな感じが良いかな。ま、まぁ私が告白されることなんてないんだけどね」
「そんなことないでしょ、愛実は性格も見た目も良いんだからぁ。自分で気づいていないだけなんだからぁ、心配しないのぉ!」
私に少女漫画を勧めてくるくらい、ロマンチック思考な萌音はとても興奮している。
それとは対象的に、愛実はこういうのが苦手らしくあまり食いついてこない。ののはすごく興味がなさそうだけど。
「てか、告白し終わったあとなんか空音に言ってたよね?なんて言ってたの?」
「え?あぁ確か・・・・『ま、今は諦めるけど何度でも君に想いを伝えるよ』みたいな感じで言ってた気がする。そんで去り際に私を見てきたんだけど、その時の目が完全に獲物を仕留める目ですっごく怖かった」
「え、それは普通に怖い。ちょっと発言がサイコパスっぽいね」
「サイコパスというかぁ、自意識過剰系王子って感じなんじゃなぁい?ほらぁ、『自分が認めたものはぁ世界が認めたものだ!』的な感じに頭の中で変換しちゃうんだと思うよぉ」
「た、たしかにそれはあり得る。て、てかそういう感じのキャラな気がする」
「マジそれな」
「何度でもっていうところがぁストーカーっぽい発言で引くぅ」
(多分あの人、悠斗先輩は私がオッケーを出すまでずっとつきまとってくるだろうな。本気で璃玖先輩とか壮汰先輩を護衛に付けたいくらいだわ)
「ほんとに大丈夫?何かあったら遠慮なくうちらを頼ってよね」
「うん、ありがとう。多分大丈夫だと思うけどね」
「いやマジで油断禁物だよぉ。ああいう粘着質系の人はストーカーになりやすいからねぇ。香南にいた時にねぇ、後輩が他校の人から告白されたんだけど断ったらしいのぉ。でもぉ、ずっとつきまとってきて最終的にはお家まで付いて来たらしいのぉ。その子トラウマになってたよぉ」
「そ、そういうの本当に怖いからね。そ、空音も他人事じゃないよ。き、気をつけてね」
「う、うん。防犯ブザーを常備するようにするわ。あと、お店から帰るときはバスで帰るようにするね、今までは歩きだったけど」
「そのほうが良いよ」
「あ、予鈴なっちゃったぁ。教室戻ろっかぁ」
「そ、そうだね。つ、次の授業は現代社会の丘野だからね。い、一秒でも遅刻したらシバカれるよ」
「だね。そんじゃ、ぱぱっと戻りますか」
「うん。そうしよう」
(ののたちは私のことを心から心配してくれている。とても嬉しいことなのだが、逆に私なんかのことを心配していないで、他のことに集中してほしいと私の中で気持ちが矛盾している。なんでだろう、そんなに私は自己肯定感低かったっけ?)
自分は自己肯定感が高い方だと自負している。これは、他人にも言われていることだ。でも、心の中の誰かに言われているような感じがする。
もしかしたらだけど、たまに聞こえるあの甲高い女の人の声の持ち主なのかもしれない。最近はあまり聞いていないから、もうそろそろ聞こえるような感じがする。
(今日もお店に行くし、新しいお客さんと話しているうちにきっとまた聞けるだろうな)
これから来る放課後と、見たこともないお客さんに心を弾ませながら、ものすごく眠くなる現社の授業に耐えている私であった。
──────放課後、クラスの友達に『部活のスタメンが今日の最初に発表されるの!しかもあと五分後に!絶対に聞き逃せないからこれ職員室に運んでくれない?』とお願いされ、数学の提出物を職員室に運んでいる。
ちなみに、海原高校の校舎は全部新しいのだが、最近新設されたばかりの校舎がありその校舎を新校舎、普通のクラスがある校舎を旧校舎と呼ぶため、すごく古いみたいに思われてしまうが、まったく違う。
そして、新校舎に職員室や理科室などの特別教室が入っている。なので先生たちに用事があったり、提出物を出しに行くときは時間がかかる。
しかも私が今持っているのは、問題集だ。一冊だけでも荷物になるくらいは重いのに、クラス全員分あるとなればそりゃもう大変だ。いい運動になるが、筋トレしたほうがマシな気がする。
(あーもう、本当に重い。なんで私なんかに頼るの?そこら辺にいるクラスの男子に頼めばいいのに!いや、私のことをそれだけ信頼してくれているということなのか?そうだね、そういうことだ!)
「ふー、あと職員室まで半分くらいか・・・・・・遠いな」
「おや、そこにいるのはもしかして空音ちゃん?」
「あ、悠斗先輩・・・・・・」
(なんで会うの!?よりによってこの人に、このタイミングで!最悪すぎる、今日の私の運勢はどん底かもしれない・・・・・・)
元々低かった私のテンションが著しく下がっていくのに対して、悠斗先輩の顔はニッコニコだ。やめてほしい。
「その問題集、数学のかい?僕が半分持ってあげよう。その代わり、僕と付き合ってくれるかい?」
「大丈夫です、どちらもお断りします。もうすぐで職員室につくので、どうぞお構いなく」
「ほんと君って冷たいよねー。璃玖とか壮汰にはちゃんと後輩してるのに。しょうがないな、条件無しでそれ持つよ。これでいいかい?」
「本当ですか?じゃあお願いしますね」
「って、僕は全部持つとは言っていないよ!」
「でも全部持たないとも言ってないですよね?」
「・・・・・・空音ちゃんのそういうところも僕は好きだよ。付き合ってくれないかい?」
「嫌です。ちょこちょこ告白してくるのやめてください、価値が下がりますよ?別に私はどうでもいいですけど」
「たしかにそうだね。じゃあ一日一回に済ませておくよ」
「言わなくて良いんですけど・・・・・・」
そうこう言い合いながら歩いていると、あっという間に職員室に着いた。すんなり課題も渡すことが出来たし、よかった。
「これで用事はおしまいかな?」
「はい、ありがとうございました。それでは失礼します」
「えー?せっかくなら校門まで一緒に行こうよ」
「いえ、璃玖先輩と一緒に行く予定なので、遠慮しておきます」
「そうかい・・・・ではまた明日会おうね、空音ちゃん」
(あれ?思ったよりすんなり引いてくれたな。いや、『今日は』ってだけだろうし、明日も会おうって言ってきたからしばらくの間はつきまとってきてくるという想定で行動していかなきゃならないな。はぁ、めんどくさい)
話しかけられたらいちいち返事をしないといけないのが微妙に嫌だ。先輩だから無視するわけにもいかないため、早くどうにかしないといけない。
とりあえず今は璃玖先輩と待ち合わせをしているから、急がなきゃ。
──────先輩との約束は、一年の昇降口に十五時四十五分集合というものなのだが、今日は悠斗先輩と職員室に行っていたため、ずいぶん遅くなってしまった。
(一人で行くときは早歩きで行くから、割とすぐに着くんだけどな。どうしても誰かと行くと相手のペースに合わせなきゃいけないのが面倒だよね)
昇降口で靴を履き替えてから走って外に出ると、やっぱり先輩が先に来ていたみたいで、こちらの方を見上げていた。
私が靴をちゃんと履けたのを確認して、行くぞと言っているような様子で先に歩き始めた。それを追いかけるように私も歩く。
しばらく沈黙が続いたが、先輩から話を切り出した。
「遅ぇよ、何かあったのか?まったく出てこねえから少し心配してたんだぞ」
「すみません・・・・悠斗先輩と職員室に行って数学の提出物を先生に渡しに行ってました」
「・・・・・・悠斗か」
「はい。先輩、あの人のことどうにかしてください!本当にめんどくさいし、いちいち穴仕掛けてくるから嫌なんですよ。廊下ですれ違うたびに雑談につきあわされるんですよ。それに、毎度告白してくるの結構気持ち悪いです」
「あぁ分かってる。でも俺たちではどうしようもねぇんだよ。本人にどう言ったって聞く耳持ちやしねぇんだから。力になれなくてすまねぇって壮汰も言ってたぞ」
「いえ、こちらこそ先輩たちに頼りきりですみません」
「お前じゃどうしようもないのが事実だろ」
「そうなんですけどね・・・・・・」
(自分じゃどうしようもない。分かっているけど、やっぱり自分のことはなるべく自分で解決したい。でもきっと璃玖先輩と壮汰先輩は許してくれないよね・・・・・・)
二人の良心を無視するわけにもいかない。でも私はなにか役に立つようなことをしたい。この二つの気持ちが私の中で戦っている。そうするとある一つの考えが浮かんだ。
(二人にバレない程度にやれば良いんじゃない・・・・?そうだよ、バレなきゃ犯罪じゃないもんね!別に罪を犯すわけじゃないけど。私天才かもしれない。ノーベル賞受賞レベルだよね、マジで)
「よし、そうしよう!」
「うわっ、急にどうしたんだよ?独り言か?そうだとしたら声がでかすぎんだろ」
「えへへ、すみません・・・・・・」
(よし、先輩たちにバレないようにやってみせる!私は最強なんだから!)
もしかしたら、初めて自分の自己肯定感が高くていいなと思った出来事かもしれない。
──────海原高校から歩いて二十分ほど、私が働いているお店兼先輩の両親がやっているお店の『フラワーショップ かめのぞき』に到着した。
私はここで働いて、お客さんの要望にピッタリの花束を作るという仕事をしている。いろんな人達の話を聞いたり、花束を作るのも楽しいが、やっぱりお客さんの笑顔を見るのが一番の仕事のやりがいだ。
接客のプロフェッショナルの先輩のお母さん、おばさんはイギリス人とのハーフらしくて、金色っぽい髪に群青の瞳を持っている。璃玖先輩の瞳はおばさんから受け継いでいるみたいだ。
主にお店の裏でパソコンをいじっている先輩のお父さん、おじさんは険しい顔をして無口だが、本当は優しくていい人だということを私は知っている。『THE・日本人』という顔つきで、先輩の漆黒の髪はおじさんから受け継いでいる。
紹介はここまでにしておいて、話はお店に到着したところに戻る。
裏でいつものエプロンを着て、表に戻るとおばさんが花の状態を見ていた。ちなみに先輩は、おじさんの事務仕事を手伝っているみたいだ。
「おばさん、私もそれ手伝いましょうか?」
「助かるわ、ありがとう空音ちゃん。じゃあ私はカウンターでリボンとかのチェックをしてくるわね」
「はい、わかりました」
(・・・・・・どうしよう、ずっと気になってはいたけど聞くタイミングがなかった。今聞くしかないよね。よし、聞こう)
そう、私にはお店に来てからずっとあった疑問があったのだ。それは何かというと、『お店の名前の由来』だ。
(マジでなんであの店名なんだろう?謎すぎる。聞いたことのない名詞だよね『かめのぞき』なんてさ)
「・・・・・・お、おばさん。ちょっと質問があるんですけど、いいですか?」
「ん?もちろん良いわよ。なにかしら?」
「ええっと、お店の名前の由来ってなんですか?ずっと気になっていて」
(よっしゃ聞けたー!もうスッキリしたわ。まぁ、ちゃんと聞くけどね)
「あぁー!よくお客さんからも聞かれるのよね。空音ちゃんが聞いてこないからずっと待ってたのよね。もう話したくて話したくて。それじゃあ、時間もあるし空音ちゃんだから特別に全部言おうかしら」
「全部?」
「そう、全部。私って話すと止まらないタイプなの、分かるでしょ?だから結論しか言ってないのよね」
「なるほどです」
「じゃあ、話は長くなっちゃうんだけどね」
「はい」
そう言いながら、おばさんは遠くを見ているような目をしながら話し始めた。
「まず『かめのぞき』のところから解説しようかな。『かめのぞき』っていうのは、もともと『瓶覗色』からとっているのよね」
「『瓶覗色』?聞いたことないですね」
「そりゃあそうよ。普通に生きていたら聞くことないに決まってるじゃない。あ、それだと私たちは普通じゃないみたいね。ま、ほとんど聞かないわよね」
「そうですね、私の親に聞いてもわからないって言うと思います」
「ふふふ。それでね、『瓶覗色』っていうのは、若竹色の少し薄めたような、白に近いすごく薄い藍色の色なの。日本の伝統色の一つでね、藍染の色の中でもっとも薄い色とされているの。言葉で聞くと想像しづらいけれど、本物を見ると感動しちゃうくらいきれいなの」
「若竹色を薄めた色・・・・・・白に近い藍色を薄めた色・・・・・・全然想像できません。なんとなくしか思い浮かばないんですけど、絶対違う色だと思います」
「あ、本物があったのを忘れていたわ。少し待っててちょうだいね」
そう言っておばさんは店を出て、先輩の家の方へ向かっていった。
しばらくすると、なぜか紙袋を抱えてこちらに来た。
「ほらこれよ、きれいな色でしょう?」
「うわぁ、私こんなにきれいな色を初めて見たかもしれません。さすが日本の伝統色。ところで、なんでこの色の布を持っているんですか?」
「ふふふ、これはワンピースなのよ。ちゃんと藍染で瓶覗色になった」
「えっ!?ワンピースなんですか?」
「そうなのよ。話はまだ続いてね、これはお父さんが私にくれた初めてのプレゼントなのよ。付き合ってまだ三ヶ月くらいかしらね。このワンピースによく合う花束もくれたのよ。今は押し花にして、額縁に入れてあるの」
「ワンピースと花束が初めてくれたプレゼント!?ロマンチックですね。つかぬことを聞きますが、おばさんが初カノですか?」
「大正解。私もお父さんも初恋で初カレ初カノなのよ。運命感じちゃうでしょ?」
「これはもう完全に赤い糸でつながってましたね」
「そうでしょ、そうでしょう?璃玖に言ったら『そんなものあるわけ無いだろ』って返されちゃったけれどね」
「ひどいです。乙女心を踏みにじるような一言ですね」
「結構ズバズバ言うタイプよね、空音ちゃんって。でも、そういうところがある方が世の中生きていけるときもあるわよ。私は尊敬するわ」
「あはは、ありがとうございます!」
「ふふ。それからね、私達は結婚してしばらくは普通の会社員としてふたりとも働いていたんだけれど、自分たちでお店を開いてみようとなったの。それで、やっぱり思い出の花束とワンピースのことがあったから、フラワーショップを開きたいと言って、店名は『かめのぞき』にしたい!と言ったら本当にそうなった。そして、今のこのお店があるのよ」
「感動しちゃいました。たった一つの店名の由来が、こんなにも素敵な思いが込められていたなんて・・・・・・」
「話が長すぎて、お客さんが来ちゃったわね。それじゃあ、空音ちゃん。接客はいつも通りでお願いね」
「はい!おまかせください」
おばさんは私にウインクして裏の方に紙袋を抱えていってしまった。
(よぉし。久しぶりの接客だ、気合い入れてくぞ!)
「いらっしゃいませー!」
「・・・・・・こんちは」
お店に来たお客さんは、近くにある公立の中学校の制服を着た男の子だった。背は高くて、素っ気無い感じがするけど、どこかあどけない感じがすることから中学三年か二年だと私は予想する。
『中学三年か二年の子』という言い方だと長いし呼びづらいため、少年Aと呼ばせてもらおう。流石に口には出さないけど。
「今日はどのようなご要件で?」
「花束を買いに来たんだけど」
「承知いたしました。では、どのような方にお渡しになる予定で?」
「・・・・彼女と喧嘩した」
「なるほど。では仲直りのために、花束を渡すということでよろしいですかね?」
「そうだよ。てかさ、ちょっと話を聞いてくれない?なんかスッキリしないんだよ」
「本当ですか!ぜひお願いします」
「なんでそんなに好意的っていうか、すぐに返事できるの?普通はめんどくさくない?」
「いえいえ、全然そんなことないですよ。お客さまのお話を聞き、どんな思いを伝えたいのかを汲み取るんです。そうすれば、それにぴったりな花束を作ることが出来ますから」
「・・・・・・プロみたいだね。まあ良いや、とにかく話していくよ」
「はい、お願いします!」
少し恥ずかしがっているが、少年Aははっきりとした声で話し始めた。
「もう分かってると思うけど、俺には彼女がいる。中二のときに告白して、オッケーをもらえてからもう一年は経ってるね」
「中学生にしては付き合ってる期間長いですね」
世間一般的に中学生で付き合っている期間は約三ヶ月とされているらしい。だから、その四倍の期間付き合っているという少年Aはとても珍しいと言えるだろう。
「そうだろ?俺たちは相思相愛なんだ。彼女が小学五年生のときに転校してきたとき、もうそれはそれは可愛くて、性格もいいし、一瞬で彼女に惚れたね。ずっと片思いしてて、四年間クラス一緒だったし、そろそろいいかなって頃合いに告白したんだ。そしたら、まさかの両片思いってことを知って、ガチ目に泣いたね」
「そんなに嬉しかったんですか?」
「もちろんさ。四年間想ってた人と結ばれて嬉しくないやつなんていないだろ」
「確かに・・・・・・?私、恋とかしたことないのでわからないんですよね」
「そうなの?お姉さん結構美人なのに、モテないの?」
「モテるモテないというより、自分から好きになったことはないって感じですね。初恋もまだですし、告白はされてますけど」
(現在進行系でね。ていうか、あれは告白に入るのかどうか怪しいくらいだよね)
それより、少年Aの喋り方が少しこちらに心をひらいてくれている感じの話し方で嬉しい。これが、もともとの喋り方なのだろうけど。
「それでさ、付き合ってからまぁ色んなところにデート行くわけじゃん。遊園地やプール、ショッピングセンター、あと夢のネズミーランドにも行ったかな」
『夢のネズミーランド』と言われて思いつく人はなかなかいないと思うけど、絶対国民全員が知ってる場所だよ。ほら、東京という名前がついているのに千葉にあるあそこだよ、あそこ。
「結構色んなとこに行ってますね」
「そりゃあそうだろ。一年も付き合ってりゃ、色んなとこに行くさ」
「ところで少し聞きにくいのですが・・・・・・おうちデートとかはまだやってないですかね?」
「・・・・・・一回やった」
「おぉー。やるじゃないですかー」
少し含みを持った笑みを浮かべたら、微妙な顔をされると思った。だが以外にも、少し『ドヤッ』とされた。
「ふふん、まあな。じゃあ本題に入るけど、学校の修学旅行でグループを作れと言われたんだ。それは男女合同で四人組だったんだ。四人だから男女二人ずつで、クラスでちょうど別れる計算になるから普通は一緒のグループになるだろ?でもさ、あいつは違うグループになりやがったんだ」
「えっ!?中学校生活最大の青春イベント第一位の『修学旅行』で彼氏と同じグループにならないとか、個人的にすごくありえないですね」
「そうだろ!?俺たち学年公認カップルで、先生に頼み込んで同じクラスにしてもらったんだよ。先生もクラスメイトどころか学年全員が同じグループになると思ってたと言っても過言ではないよな。マジで意味わかんない」
「彼女さんと喧嘩したり、何か気に食わないことをしたとか言ったとか、自覚ありますか?」
「自覚ないし、彼女はそういうのがあったらすぐに言うタイプの人間だから、ないと思うんだけどな・・・・・・」
「あ、それが原因で喧嘩をしたんですか?」
「そうだよ。俺が『なんで同じグループにならなかったんだよ?俺と一緒に行動したり、話たりするのは嫌なのか?他の男と楽しみたいのか?』って言ったら、『あなたのそういうところが嫌なの。しばらく話しかけないで』って言われちまった。それから一週間経っても、目すら合わせてくれないんだよ。何が悪かったんだと思う?」
「うーん。そういうのは専門外ですけど、束縛?みたいな感じの言い方をしているから嫌だったんじゃないですか?『俺だけを見ていろ』的な」
萌音が『束縛系の男女ともにぃ、基本的に嫌われるんだよねぇ。ドMじゃない限りねぇ』って言ってた。
「あー、なるほど。あいつもそう捉えてしまったのかな・・・・・・そりゃ嫌われるよな」
「嫌われてはないと思いますよ」
「いや、絶対嫌われてるよ。目合わせてくれないし、話しかけても無視されるし、あいつの友達が俺の話を振ったら流されたって言ってたし。もうだめだ、仲直りできないかも・・・・・・」
「そんなに気を落とさないでください。ていうか、彼女さんに謝ったりしましたか?話しかけたとは言ってましたけど」
「・・・・・・真剣には謝ってなかったかも」
「それじゃないですか。ちゃんと心を込めて、彼女さんにまっすぐ向き合って自分の思ったことと反省をしっかりと述べれば、彼女さんは許してくれると思いますよ」
「俺そういうの考えるの苦手なんだけど、大丈夫かな?」
「『ごめんなさい』の一言だけでも、真剣に謝れば大丈夫ですよ。そりゃあふざけた口調で謝られてもさらにイラつかせる一方ですからね」
「そうだな・・・・・・やっぱり俺一人では出来ないよ」
「えっ?」
「だから、俺の背中を一押してくれて、あいつにちゃんと思いを伝えられるような花束を作ってください」
「!はい、もちろんです。任せてください!」
(二人の青春の手助けをできるなんて、すごく光栄!)
それから私は、少年Aにふさわしい花束を作り始めた。
──────今回はしっかりとした要望を聞けたため、すぐに花束を作ることが出来た。多分十分も経っていないだろう。
少年Aはずっとそこら辺を行ったり来たりしていたため、少し邪魔だったが下手に言うことも出来ず、そのままにしておいた。
「はい、完成しましたよ」
「ほ、本当に!?よっしゃ、今から会いに行って謝るぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!少し花束に使っている花の解説させてくださいよ」
「なんで?別に聞かなくても良いと思うんだけど」
「そうかもしれないですけど、彼女さんに解説をしてあげたら『あっ、ちゃんと真剣に選んでくれたんだな。キュン♡』ってなってくれるかもしれないじゃないですか」
(萌音のおすすめの少女漫画で、こういうシーンがあった気がする。初めて萌音に紹介してくれてありがとうって思ったかも)
正直言って少女漫画とか興味ないし、自分には向いていないため読むのが嫌だったが、毎度感想を求められるため渋々読んでいたのだ。
だが、少女漫画に必須の(それがなければ、少女漫画として成立しないと思うが)恋愛要素がこんなにも活かせるなんて、読んでいた時間が無駄にならなくてよかった。
話は戻るが、少年Aは彼女さんに喜んでもらうか、すぐに駆けつけて自分の罪悪感を少しでも減らすかで頭の中で葛藤していた。
「・・・・・・あいつにキュンとしてもらいたいです!」
「わかりました。じゃあ早速解説していきますね。今回は全体的に白やパステルカラーで色をまとめていきました。青春の一ページになるにはぴったりかなと思いまして。ではまずこの花からいきますね。この花はカモミールといって、花言葉には仲直りという意味があり、一番ピッタリだと思いました」
「カモミール!俺の母親がカモミールティーが好きなんだよね」
急に少年Aが話しかけてきたのでびっくりして、言われたことを理解するのに時間がかかってしまった。こういうのは反射神経を鍛えたほうが良いのだろうか。
「あぁー、カモミールはリンゴのようなにおいがするので、お茶としても有名ですよね。では次の花にいきます。この花はマリーゴールドといって、普通のものはオレンジが多いと思いますが、この花は外側は白で内側は黄色のグラデーションっぽくなっています。色の系統を統一したかったため、この色のものを使わせてもらいました。花言葉は変わらぬ愛というものがあるのですが、あまり良くない意味もあるのでしっかり説明したほうが良いかと思います」
「わかった、そうする」
(いつも私が解説しているときは誰も話しかけてこなかったけれど、今回はすごい話しかけてくるな。別にいいんだけどね)
今まで大人のお客さん相手にしか接客してこなかったため、子供(そんな年齢か?)のお客さん相手の接客はとても新鮮に感じる。
「この花が最後になりますね。これは見ての通り、バラです。バラの花言葉は愛がありますが、送る本数によっても意味が変わってきます。今回は赤いスプレーバラを一本のみ使っていますが、赤いスプレーバラには愛情という意味があり、一本送るというのはあなたしかいないという意味があります。これもぜひ説明してみてください」
(ちょっとキザみたいだなって思われるかもしれないけど、いつもツンツンしてるタイプっぽいしギャップにはちょうどいいでしょ)
「なるほど!わかりました、絶対に言います!」
「ちゃんと謝るときに言う言葉決めました?」
「はい!ちゃんと考えたし彼女にもう連絡したんで、今から集合場所に行きます!」
「お、来てくれるって言ってたんですか?」
「なんとか頼み込んで・・・・・・ちょっと俺のこと嫌ってないんだって安心しました」
「それは良かったですね。ではお代を頂戴してもよろしいですか?」
「あぁすみません!・・・・・・これでお願いします」
「はい、おつりです。あとこの飴どうですか?すごく美味しくて、めっちゃ元気が出るんですよ。集合場所に行きがてら食べてください」
「うわぁ、ありがとうございます!ちゃんと仲直りしてから、彼女とまた来ます!ありがとうございました!」
「こちらこそありがとうございました。またのご来店、お待ちしております!」
少年Aは手をブンブンこちらに振りながら行ってしまった。無事に彼女さんと仲直りできると良いなと思いながら、片付けを始めていると、璃玖先輩がこちらの方に来た。
「あ、璃玖せんぱ・・・・・・!」
『璃玖先輩』と言い切る前に、視界が白くぼやけてきた。たまに接客し終わったあとにこうなる。これはある現象の前兆なのだ。
(来た、いつもの『声』のやつ。今回はどんなふうに言ってくるんだろう?)
少し楽しみにしている自分がいて、私ってMなのかな?と思いながら聞こえてくる音声に集中する。
────あんたって、絶対一生独身よね。こんなやつが結婚できるなら、世界の全女子が結婚できると思うのよね、私。まぁ、私は高身長高収入のイケメンハイスペック男性と結婚するけど。あんたには夢のまた夢ね。
(・・・・・・これはあんまり傷つかないな。いつもよりマイルドな言い方だな。機嫌良かったのかな?)
超どうでもいいことを考えているが、ちゃんと恋愛関係の『声』が聞こえてきたから、さっきの少年Aとの接客とはつながってると言えるだろう。
こんな事を考えながらぼーっとしていると、璃玖先輩が話しかけてきた。
「お前、先輩って言いかけてから全然動いてないぞ?大丈夫か?」
「あっ、先輩。完全に頭の中から抜けてました。すみません」
「目の前にいんのに頭の中から抜けることって普通ないだろ。たまにおかしくなるよな、お前って」
「失礼ですよ。ところで、なんでこちらに来たんですか?」
「親父がもう手伝わなくていいって言うから、こっちで接客するかって思ってこっちに来たんだが、悪いか?」
「別に何も思いませんよ」
「それこそ失礼だろ」
「先輩ってツッコみうまいですよね。お笑い芸人になったらどうですか?ツッコミ専門の」
「ツッコミ専門の芸能人っていないだろ。せめてコンビ組ませろよ」
(この話が長引くのはちょっときついから、話逸らすか。でもどんな話を振れば良いんだろう?)
悩んでいると、ふとバラを見てしまった。真っ赤な赤で、きれいだなーとか考えているうちに、少年Aが頭に浮かんだ。
(これだ、『恋バナ』をすれば良いんだ!たまに私って、すごいアイデアが浮かぶよね。やっぱり天才なのかもしれない。よし、これでいこう)
「ところで先輩って、彼女出来た事があったり好きな子出来たりしたことありますか?」
「すげえ急だな。てか、なんで恋バナなんだよ。他に話すことあんだろ」
「さっき来たお客さんが、彼女さんと仲直りするために来店していたので」
「どうやったらそういう思考になるんだよ」
「私は天才なので、先輩には真似できないと思いますよ。さぁ、先輩の恋バナを話してください!」
私がキラキラした目で(そうなっているかはわからないが)先輩のことを見ると、すごく嫌そうな顔だが、ため息を付いて話し始めてくれた。
「・・・・・・彼女は出来たことねえな。好きなやつは出来たことある」
「おぉー、やっぱり彼女は出来ないですよね」
「は?『出来ない』ってなんだよ。てかすげえイラッときたんだが」
「それはすみません。じゃあ、今現在好きな子はいるんですか?」
「・・・・・・いる」
「うわぁー!青春してるじゃないですかぁ、その子が付き合ってくれるかどうかは別として」
「俺に好きなやつがいると知って、それ以上に思うことはねえのか?」
「え?誰なんだろうとは思いますけど」
「それ以外は?」
「ないです。別に私には絶対に関係ないので」
「・・・・・・関係あるって言ったら、お前はどうする?」
「へ?」
そう言って先輩はどんどんこちらの方へ寄ってくる。だんだん壁の方に追い詰められて、ついには壁ドンされてしまった。
少し顔が赤くなっていて、いつもとは違う顔にドキッとしてしまう。悠斗先輩とはまた違う、獲物を捕まえるとでも言いたげな目だ。
「り、璃玖先輩?急にどうしたんですか、壁ドンなんてして。私の初壁ドンを奪われちゃったじゃないですか!」
「いいだろ、よく知らん男に奪われるよりかは」
「よく知らん男って。じゃあ、先輩は自分ならいいと思ってるんですか?」
「いいと思ってるぞ。少なくとも壮汰や悠斗、他のクラスメイトの男よりは知っているだろ?」
「それは・・・・・・そうですね」
「だろ?」
(これどういう状況?萌音から借りた少女漫画にこんなシーンはなかった。つまり、これは恋愛に関係することではない!別にビビらなくてもいいってことか!それに、壁ドンするというのは、脅すためにやっている行動なんじゃない?じゃあ、なんでみんなは脅されたがってるんだろう?あっ、きっとそういうのが好きなんだなー)
私は恋愛関係のことにとても弱い。多分、相手から向けられるそういう感情もわからないと思う。だから、少女漫画で得た知識で生活している。
逆に、少女漫画で見たことや得た知識以外は知らないということだ。これの何がまずいかって?璃玖先輩の行動の意味がわからず、どんどん先輩の地雷を踏んでしまうということだ。それを空音は知らない。
(てか、先輩の顔がどんどん険しくなっていっている。もしかして、地雷踏んだ?確認してみるか)
「璃玖先輩、何か私地雷踏んじゃいましたか?」
「そうじゃなきゃこんなことはしねえ。お前は、俺の好きなやつが気になるんだよな?」
「ま、まぁ気になりますよ。恋バナに食いつかない女子なんていないと思いますし」
「そうか、食いつくのか。じゃあ、俺の話を最後まで『ちゃんと』聞いてくれんだよな?」
「うっ」
「聞くよな?」
(圧がエグいし、もはやこれは命令じゃん。これは肯定するしか道はないよね。否定でもしたら殺される気がする)
「はい、聞きます」
「ふっ、言ったな?」
言い方は『俺、めっちゃ余裕ですが?』みたいな感じで見えるが、顔は結構赤い。それに、なにかモジモジしている。先輩らしくない。
(そういえば、今日『お客さん』が来るっておばさんが言ってたよね?時間的にもそろそろ来ると思うんだけど・・・・・・いま来たらちょっと気まずくない?)
だって、璃玖先輩に壁ドンされているときに話しかけられたら、先輩も『お客さん』も気まずいだろう。こんな雰囲気のときに来て、普通の状態でいられる人なんていないはずだし。
それにしても、何か言いたいからこんな状態にしているはずなのに、全然話しかけてくれない。しょうがないから、私が先手を打ってあげよう。
「先輩、どうしたんですか?言うことがあるんじゃないですか?」
「あぁ、あるんだけどな、ちょっと心の準備が必要で・・・・・・」
「そんなのいらないでしょ」
「いるんだよ」
「そうですか。じゃあ、なおさら早く言ってください」
「分かったよ。言えば良いんだろ、言えば!」
「急にキレないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
(いつものツッコミとボケの立場が逆転している。ちょっと面白いな。もうちょっと長引いても良いかも)
「ふー。じゃあ、言うぞ?」
「はい、どうぞ」
「お、俺さ」
「はい」
「最初お前に会った時、「何このチビ、絶対今後関わりたくねえ』って思った」
「ひどっ。話の入りが最悪ですね」
「・・・・・・でもな、お前と関わっていくうちにどんどんお前の魅力が伝わってきたんだ。笑うとかわいいとこ、真面目なとこ、接客してる時すげえ楽しそうに話してるとこ。もっとあるが、一番はお前が俺なんかと話してくれて、仲良くしてくれることだな」
(私の言ったこと無視した)
「『俺なんか』ってそんな。先輩は面白いし、話もなんだかんだ聞いてくれるし、外は不良って感じだけど中身はちゃんと優しいところあるし」
「おい、ちゃっかり悪口いれてんじゃねえか」
「それで続きはなんですか?」
「お、おう。そんで、壮汰がお前の話ししてる時なんか胸がもやもやしてて、なんか嫌だなって思って。それと、悠斗がお前に告った時、『もしお前がオッケーしたらどうしよう』って考えた時、すげえ嫌だった。だから、なんでだろうなって思ったんだ」
「ほう?」
「それで・・・・・・それでな・・・・・・」
「?」
「俺は壮汰みたいに愛嬌というか、話しかけやすい雰囲気はねえ。悠斗みたいにかっこよくはねえ。でも、絶対にお前を想う気持ちは負けねえ」
「へ、それって・・・・」
(これは、『少女漫画展開パートツー☆』の到来!?)
「俺は、俺はお前のことがっ・・・・」
「空音ちゃーん!おばあちゃんだよ、チェルさんから聞いたかな?」
「おばあちゃーん!お久しぶりでーす!」
(おばあちゃん、タイミング良いような悪いような・・・・・・とりあえず、気まずい雰囲気になることは回避確定。よっしゃあ!)
「ば、ばあちゃん。あっ、空音、ここぞとばかりに逃げんなよ!まだ言い終わってねえぞ!」
「あら、何かやりかけだったかしら?」
「いえいえ、璃玖先輩が一方的にやってきただけなんで」
「違えよ!お前勝手に嘘つくんじゃねえよ」
「嘘は言ってないですよ?私は相槌を打ってただけなので・・・・・・ところで今日も花束を?」
「お前、逃げんなよ・・・・・・はぁ、また今度この続きな」
「はぁーい」
先輩のテンションがこちらから見ても分かるほど、著しく下がってる。なんか申し訳ないけれど、こればっかりはしょうがない。タイミングが悪かったのだ、タイミングが。
(なんか言い逃げっぽくなってるけど、事実だからね。言い逃げなんかじゃないよね)
「空音ちゃん、璃玖くん。前言ってた息子の件なんだけどね」
「あぁー、なんか言ってましたね」
『それじゃあまた会う時には、お礼の品と息子との再会の感動エピソードを持って帰ってくるわ』
『わーい!楽しみにしてます!』
(確か、こんな感じの会話があったよね)
「あ、先にお礼の品渡しとくわね・・・・・・これ、デパートであったから買ったのよ。北海道のレーズンバターサンド。お店のみんなで食べてちょうだいね」
「うわー、美味しそう!食べるの楽しみにしておきます」
「これ、前テレビでやってたぞ。結構高いと思うけど、気遣わせちまってすまねえな」
「いいのよぉ、気にしなくても。あ、例の息子連れてきたのよ」
「『え!?』」
「まさか連れてきてくださるとは・・・・・・」
「エピソード持って帰ってくれるとは言ってたが、それは思いも浮かばなかったな・・・・・・」
「ふふふ。みんなをびっくりさせたくてね、行くとは連絡したけどね。翔太、いつまで入らないのよ。一児の父なんでしょう?しっかりしなさい」
「・・・・・・おばあちゃんって、結構脅すタイプなんだね」
「俺もびっくりしてる。初めて知った」
「先輩もなんですか。やっぱり、自分の子供にしか見せない一面ってあるんですかね」
「それを立証している人が目の前にいるだろ」
「確かに」
(あれ?先輩さっき重要なこと私に話そうとしてたよね?多分だけど、恋愛関係のこと。なのに、普通に話してるし、まったく気まずくない。まぁ、良いことか)
そんな感じで会話していると、例の息子さんが店の中に入ってきた。
「どうも、母がお世話になってます。藤田翔太です」
「あれ?ばあちゃんの苗字って藤田だっけ?」
「違うわよ。離婚したから前の苗字に戻ったの」
「そういうことか・・・・・・」
「・・・・・・先程は母がお世話になってると言いましたが、僕的には自分がお世話になったと思います」
「え?どういうことですか?」
「もうお聞きになっているかと思いますが、両親が離婚するときに僕は父について行きました。あの時の喧嘩の内容を聞いたのも理由になります。けれども、一番の理由は僕がついて行ったら、母への負担が重くなってしまうんじゃないかと思ったからです」
「おばあちゃんへの負担・・・・・・?」
(確か、おばあちゃんが離婚したときの藤田さんの年齢って、十歳だよね?私だったら、そんなこと考えられないと思う。自分のことばっかり考えてしまうのに、他の人のことも考えられるなんて、すごい)
「はい。シングルマザーで子供三人は精神的にも、金銭的にも大きな負担になると考えたんです。母が大きな商家の人だとは最近知ったものなので、もしあの時ついて行ってたらこんなことにはならなかったのかなと思うようになってました」
「翔太・・・・そんなことを思ってたの?ごめんね、私が気づかなかったばかりに。勝手に想像してただけだったのね。本当にごめんなさい」
「いや、良いんだよ。僕も避けていないで、面と向かっていえばよかった。お父さんに言われてたんだよ。『お前の母親はもう母親じゃない。戸籍上では親子ではないから』と。でも、戸籍上はそうだったとしても、血のつながった親だと考えられるように早くなっていればよかったのに・・・・」
おばあちゃんも藤田さんも、自分が悪いと言っている。多分、人に対して遠慮してしまうところは遺伝したんだろうな。
このままじゃ、この話が長引いてしまう。いつの間にかおばさんとおじさんが来て、おばあちゃんが持ってきてくれたレーズンバターサンドを頬張っている。璃玖先輩も食べているので、私も頂いているから人のことは言えないけど。
(正直に言わせてもらうと、こういうのはよそでやってほしいな・・・・・・)
さっきは気まずくならずに済んだが、今はなってもおかしくない状況である。白浦一家全員がマイペースで良かったと思う。
私の空気を読めない先輩たちはレーズンバターサンドを頬張ってるし、何なら感想を言い合っている。ちゃんと私の分は残しておいてくれるだろうか。それに、おばあちゃんと藤田さんはまだなんか言い合っている。
(いい加減にしてほしいなー)
そろそろ止めようかなと思ったところで、おばあちゃんがいい感じの雰囲気を出してくれた。やっとこの茶番(失礼)が終わりそうだ。
「翔太、気にしないでちょうだい。私も翔太も悪くないの、全部あの人のせいよ」
「え?」
「どういうことですか?『あの人』?」
つい私も口に出してしまった。どっちのせいでもないから、そのまま終わると思いきや誰かが悪いということになるから、衝撃の展開って感じだ。
「えぇ。離婚することになったのも、私が思い込みをしてしまったのも、すべてはあなたの父親の発言によるものよ。本当に、この世にいないというのにいろんな物をおいていくのね。いい意味でも、悪い意味でも」
「!?なるほど、俺がお母さんに会わないと考えるきっかけも、お母さんが離婚するきっかけになったのも、全部父さんが作ったんじゃなということか。確かに、それだったらどっちも悪くないな」
(結局、二人の仲を保つために第三者を召喚するということか。おばあちゃん、なかなか悪い手を使うな)
まぁ、おばあちゃんと藤田さんが仲良くいられるにはこうでもしなきゃだめだろうな。しょうがないよね。
「ばあちゃん、レーズンバターサンドすげえ美味かったぞ。ありがとな」
「いいえ、こちらこそこんなところで話し込んでしまってごめんなさいね。空音ちゃん、あなたは私の恩人ね」
「え?恩人?」
「そうよ。こんなふうに息子と話せるなんて、思いもよらなかったもの。それが現実になっているなんて、あなたが作った花束が勇気と私たちの仲をくれたのよ。本当にありがとう」
「いえいえ、私はそんなに良いことしてないですよ」
(『もうそろそろやめてほしい』なんて思ってたのに、『そうです、私がやりました』なんて言えるわけ無いじゃん)
心のなかで二人に謝っていると、そろそろ帰るといって、おばあちゃんと藤田さんは並んで帰っていってしまった。
いつの間にかおじさんとおばさんはいなくなっていて、表には璃玖先輩と私しかいない。 つまり、またさっきの続きが始まってしまうかもしれないということだ。
(こういうとき、少女漫画は何か困難を乗り越えたあとに、また告白されて結ばれるというパターンが多いらしい。まぁ、私たちには困難なんて訪れないと思うんだけどね)
何か話をしなきゃ、と思い先輩に話しかけようとしたら、なんとあっちの方から話しかけてくれたのだ。
「空音、続きはさっきも言ったけどまた今度な。それまで、待ってくれるよな?」
「も、もちろんです・・・・」
「・・・・なんとなく内容察したか?」
「?内容?全然わかりませんが」
「マジで?普通はわかると思うんだけどな、お前どんだけ鈍感なんだよ」
「すみませんね、鈍感で」
もう一度言わせてもらうが、私は恋愛関係には鈍感なのだ。だから、わからなくて当然だと思う。
何か恋愛に関することであるというのはかろうじて分かるが、それは萌音が貸してくれたおすすめの少女漫画のおかげだ。感謝しかない。
「あ、そうだ。私の分のレーズンバターサンド、残してくれてますよね」
「当たり前だろ。もともとは、お前がもらったやつなんだろ?五個入りだったから、お前の分は二個な」
「やったー!でも、二個も食べたら太るよね。バターとクッキーなんて、カロリーの爆弾でしかないんだから」
「じゃあ、俺が一個食うぞ」
「だめに決まってるじゃないですか。あ、そうだ」
「?」
そう言って、私はレーズンバターサンドを真っ二つにして、片方を先輩に渡した。
「これで、同じカロリー摂取量ですね」
ニコッと笑いながら渡すと、またまた先輩は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
顔が赤くなるのはもう慣れたが、そっぽを向いてしまったからいらないのかと思って手を引っ込めたら、急にこっちの方に顔を向けたと思ったら、私の手から奪い取ってしまった。
(いるならいるって言えばいいのに。変なところで無口になるんだから、意味わかんない)
「・・・・・・ゴクッ。ニコニコしながら渡すなら、セリフ考えろよな」
「えー。別にいいじゃないですか。みんなこんな感じですよ」
「絶対そうじゃないだろ」
「人それぞれ個性を持ってるんですよ、先輩」
「そんくらい分かってるっつうの」
「それを口にしないからいけないんですよ。やっぱり分かってないんじゃないですか」
「口にする必要がない感じだったから言わなかっただけなんだよ」
「ま、そういうことにしておきますよ」
「上から目線で言うな。忘れてるかもしんねえけど、俺お前より先輩なんだわ」
「分かってますよ、璃玖先輩」
「分かってるなら良いんだけどな」
たまに先輩は変なことを質問してくるから困る。面白いっちゃ面白いんだけど、急に来るから頭の中で処理しきれない。ローディングに時間がかかってしまう。
そうこうしているうちに、お客さんが来てしまった。
「『いらっしゃいませー!』」
その後は、ずっとお客さんの対応に追われていたため、先輩と話すことは出来なかった。
(いつまでたっても、先輩が言いかけてた言葉の続きが気になる。思い出すとドキドキしてしまうのはなんでだろう。まぁ、しばらく経ったら続き話してくれるし、それまで待っとくか)
そのまま閉店の二十時になるまで、お客さんの足は途絶えず、忙しすぎて倒れそうになったのは、また別の話。
──────「空音ちゃーん!今日もかわいいね、美人だね。付き合おう、何なら結婚しよう!」
「お断りします。それにしても、朝から元気ですね」
「空音ちゃんに朝から会えるなんて、僕は幸せだよ。あぁ、その言葉遣いからあふれる品性、美しい。付き合おう」
「私の話聞いてましたか?」
少年Aやおばあちゃんがお店に来た翌日の朝、学校についたと思ったら校門に悠斗先輩がいた。多分、待ち伏せしてたんだろう。そこまでする意味がわからない。
昨日はすぐに帰って寝たため、珍しく寝不足ではない。気分がすごく良かったのに、この人にあってしまうなんて、最悪だ。
「ところで先輩、何時から校門にいたんですか?」
「えっ!?空音ちゃんから僕に質問してくれた!?わー、嬉しすぎる!今日はなにかいいことがありそうだね」
「質問に答えてください、二度と先輩と話しませんよ」
「それだけは絶対に嫌だね。うーん、確か七時半くらいからかな」
「七時半」
「そう、七時半からだよ」
(今八時十分くらいか。こんな暑い中、四十分も外にいるとか信じられないな)
あんまり説明してないからわからなかったと思うけど、今はもう六月下旬だ。梅雨の終わりかけで、気温が上がっていくばかりの季節だ。
私もそうだが、先輩は制服を着ている。汗でワイシャツが透けて、肌が見えているが、別に気にしない。普通の人(私は普通じゃないのか?)だったら、気絶してしまうかもしれないくらい艶めかしい。これはずるいぞ。
エアコンが古いせいでなかなか涼しくならない教室で授業を受けなければいけないくせに、通気性が微塵もない制服で登校しないといけない。これだけは許せない。
「ところで空音ちゃん。今日こそ僕と付き合ってくれるね?」
「無理です。では、お先に教室に行きますね」
「ちょ、ちょっとまってくれよー!」
そんなふうに言ってくる悠斗先輩を置いて、教室までの道のりを全力で走っていった。
昨日帰るのが遅かった上に、本を読んでいて夜ふかししてしまったせいで少し眠い。
眠気を少しでも冷ますために、今日は珍しく音楽を聞きながら登校している。
(昨日は先輩たちに随分お世話になっちゃったな・・・・・・今度、店に行くのが遅くなるって連絡して、最寄りの駅からちょっと遠いデパートまで行ってお菓子とか買いに行こうかな)
そう思いながら歩いていると、いつの間にか学校に着いていた。それに気づかずに、考えながら歩き続ける。
(でもどういうのを渡せば良いのかな?私はそういうの分かんないし、ののたちについてきてもらおうかな。よし、相談してみよう)
下を向き続けて歩いていたせいなのか、頭の中で考え事をしていたせいなのか分からないけど、私は知らない先輩とぶつかってしまったのだ。
「うわ、びっくりした。君、僕の下敷きになっちゃってるけど大丈夫?」
「・・・・・・へ?あ、大丈夫だと思います」
(なんかこの状況、身に覚えがあるな)
現在、校庭の真ん中で見知らぬ先輩にぶつかってしまい、私が下敷き(先輩が腰に腕を回してくれているので、地面に体がついていない。スゴ技)になっている。すぐに退いてくれた。お陰で人の目も集まっていないので、とても助かる。
なぜ校庭の真ん中かというと、私が学校に入る時の門は正門ではなく、校庭側にある東門だからだ。校庭を突っ切って昇降口に向かうため、このような大惨事になってしまったのだ。
相手の先輩は、璃玖先輩と同じく髪を染めており、こっちはとても対照的な明るい金色の髪だ。でも、瞳が真っ黒だから少しミステリアスな雰囲気をまとっている。ニコニコしているし、本当に先輩とは真反対な第一印象。
「本当に大丈夫?制服とか汚れてたらクリーニング代出すからね。ていうか、怪我はない?あったら保健室に連れてくからね」
そう言いながら私に手を伸ばしてくれた。それに甘えて、先輩に起こしてもらった。
「僕『高畠悠斗』って言うんだ。二年D組にいるんだ。これからよろしくね。あ、僕のことは『悠斗先輩』って呼んでくれたら嬉しいな」
「ゆ、悠斗先輩ですね。よろしくお願いします。私は『前橋空音』です。一年B組所属です」
「あ、もしかして君さ、璃玖と仲良くしている後輩ちゃんじゃない?噂に聞いてるよ、すごくかわいくて品性があって、頭の良い美しい子だって。流石にそんな子はいないと思っていたんだけど・・・・・・この噂は本当のようだね」
「いや、そこまですごくないですね。てか、璃玖先輩と同じクラスなんですか?」
(えー!私そんなに噂になってたの?全然事実と違いすぎるし、期待を裏切りそうで嫌なんだけど。璃玖先輩、そんな私のことを言いふらしているなんて聞いてないです!・・・いや、こんなに褒めるわけないな。多分こういう系は壮汰先輩の分野だと思う。って、そんな事考えてる余裕なんてなかった!)
こんな風に考えている余裕なんてなく、悠斗先輩はどんどん話を進めていっている。
「そうそう、親友なんだー。てか、本当にかわいい。僕の彼女にならない?璃玖より僕のほうが優しいし、空音ちゃんのこと大切にするって約束するよ」
「え、でもあの・・・・・・」
「あ、シュチュエーション最悪か。じゃあ、ロマンチックに告白するか・・・・・・」
(ちょ、どゆこと?この人、話が飛びすぎて混乱しちゃうんだけど)
急なことで頭の中が混乱していると、先輩が私の前でひざまずいて右手を胸に当て、左手で私の手を取ってこう言ってきた。
「空音ちゃん。僕は君に一目惚れしたんだ。よかったら僕と付き合ってくれませんか?」
「へ?いやあの、ちょっとここでは・・・・・・」
忘れられては困るが、今は登校時間中の学校の校庭の真ん中だ。そりゃあこんなことが行われていたら、色んな人の目が集まるに決まっている。いや、実際に私は注目の的だ。恥ずかしすぎる。
その事をわかっているのかどうかは知らないが、高畠先輩は私の方ばかりを見つめてくる。どこか神秘的なオーラを秘めている漆黒の瞳でこちらを見られると、なんだか不思議な気分になる。
(こんな告白のされ方、『きゃー!本物の王子様みたい!こんなん即オッケー出すに決まってんじゃん』って萌音とかに言われそうだけど・・・・・・)
なんでかはわからないが、心のなかで少し踏みとどまってしまう。どうやったらうまく逃げられるんだろうと考えていると、視界の端に誰かが入ってきた。
「おい悠斗、何やってんだよ。空音が困ってるだろ。それに、こんなところでやらなくてもいいんじゃねえか」
「おや璃玖、こんな時間にいるなんて珍しいね。しかも隣には壮汰もいるじゃないか。おはよう」
「おはよう悠斗。でも、こんな事を話している場合じゃねえって分かるだろ。とりあえず空音ちゃんの手を離せ」
「壮汰が怒らなくてもいいんじゃないか?それに、本人が離してって言ってるわけじゃないんだし」
(璃玖先輩、壮汰先輩ナイスー!)
私達の間に入ってきたのは、なんとこの二人だったのだ。私が困っているから助けに来てくれたのかもしれない。ありがたすぎる、後でお礼をしっかり言わなければ。
壮汰先輩はすごく不機嫌そうな顔をしていて、悠斗先輩に対する不満が溢れ出ている。璃玖先輩は言うまでもないが、激怒オーラが体の周りに見える。最初に私とあったときと同じ『白蛇先輩』と同じ雰囲気になっている。久しぶりに見た。
それに対して悠斗先輩は、全然平気そうな顔をしていて、むしろさっきよりスッキリした顔をしている。ドMなのかもしれない。
「おい空音。嫌なら嫌って言えよ。それは先輩だろうがなんだろうが関係ねえぞ」
「そうですね・・・・・・悠斗先輩。手が痛いので離してもらえませんか?」
「おや、それはすまなかったね。でも他の人に誘導されて言うのは違うんじゃないかな?空音ちゃんが自分で感じたことを、思ったことを言わなきゃ嘘になってしまうよ?」
「いえ、嘘なんかじゃありません。ただそういう雰囲気ではなかったから、言い出しづらかっただけですよ。私はずっと思ってましたから。それに、告白はお断りします」
「そうかい・・・・・・ま、今は諦めるけど、何度でも君に想いを伝えるよ。じゃあね、空音ちゃん」
そう言いながら悠斗先輩は校舎の方に行ってしまった。あの様子じゃ、また私のところに来そうだ。
去るときに向けてきた先輩の目が、完全に獲物を仕留める目で恐怖を感じた。まるで肉食動物のような、鋭い目つきで。
それに気づいたのかどうかは知らないが、壮汰先輩が私の肩を掴んで自分の方に寄せてきた。人肌はとても暖かく、そのおかげか少し緊張が和らいだ。
落ち着いてきたところで、先輩たちにお礼をすることにした。
「あの先輩。助けてくれて、ありがとうございました。本当に困ってて、でも自分の口からは言いづらかったので。今度お礼をさせてください」
「いや大丈夫だ、そんなに気を遣わなくても。あいつは教室でみっちりシバいてやるから」
「あはは、やりすぎないようにしてくださいね。璃玖先輩も、ありがとうございます」
「・・・・・・今度は気をつけろよ」
「ほんと、空音ちゃんの前では格好つけたがるな。普通に受け取っとけよ」
「うるせえな。とりあえず、教室に戻って拷問するぞ」
「もちろん、そのつもりだったが?」
「拷問!?せ、先生たちに怒られないようにしてくださいね。暴力はダメですよ」
「心配すんなって。言葉の暴力で心をボロボロにするだけだから」
「・・・・・・優しくしてあげてくださいね」
そうは言ったものの、あの二人なら大事にしかねないからすごく心配。いや、かなり心配だ。
(本当に大丈夫なのかな?って、朝読書の時間まであと二分じゃん!全力疾走で教室まで行くぞー!)
──────現在、お昼休みの真っ只中。私は相変わらず屋上でのの達とお昼ご飯を食べている。今日は購買で買ったお昼ご飯を食べる日なので、三人とも少し寂しそうにしている。
今朝は、なんとか無事にチャイムが鳴る三十秒前に教室に到着した。クラスメイトにいろんな目を向けられた(主に同情と心配の目)が、変な目で見られていないので良しとしよう。
(璃玖先輩たち、大丈夫だったかな?先生たちの目につけられていないといいけど。ていうか、なんか悠斗先輩に向けられた最後の視線が妙に鋭くて怖かった。これから何も怒らないと良いけど)
今までいろんな視線で見られてきた私だけど、あんなに鋭くて全身鳥肌が立つような視線は初めてだった。あんな風に見られたら、誰でも嫌な予感の一つや二つしてもおかしくないと思う。
こんなふうにこれから起こり得ることに少し恐怖を感じている私とは裏腹に、主に萌音がすごく盛り上がっていた。
「空音ぇ、今朝のプロポーズ見たよぉ!本当の王子様みたいな人だったねぇ。私も告白されるならぁ、ああいう感じのがいいなぁ」
「わ、私はロマンチックすぎて雰囲気酔いするかも・・・・・・も、もうちょっとシンプルな感じが良いかな。ま、まぁ私が告白されることなんてないんだけどね」
「そんなことないでしょ、愛実は性格も見た目も良いんだからぁ。自分で気づいていないだけなんだからぁ、心配しないのぉ!」
私に少女漫画を勧めてくるくらい、ロマンチック思考な萌音はとても興奮している。
それとは対象的に、愛実はこういうのが苦手らしくあまり食いついてこない。ののはすごく興味がなさそうだけど。
「てか、告白し終わったあとなんか空音に言ってたよね?なんて言ってたの?」
「え?あぁ確か・・・・『ま、今は諦めるけど何度でも君に想いを伝えるよ』みたいな感じで言ってた気がする。そんで去り際に私を見てきたんだけど、その時の目が完全に獲物を仕留める目ですっごく怖かった」
「え、それは普通に怖い。ちょっと発言がサイコパスっぽいね」
「サイコパスというかぁ、自意識過剰系王子って感じなんじゃなぁい?ほらぁ、『自分が認めたものはぁ世界が認めたものだ!』的な感じに頭の中で変換しちゃうんだと思うよぉ」
「た、たしかにそれはあり得る。て、てかそういう感じのキャラな気がする」
「マジそれな」
「何度でもっていうところがぁストーカーっぽい発言で引くぅ」
(多分あの人、悠斗先輩は私がオッケーを出すまでずっとつきまとってくるだろうな。本気で璃玖先輩とか壮汰先輩を護衛に付けたいくらいだわ)
「ほんとに大丈夫?何かあったら遠慮なくうちらを頼ってよね」
「うん、ありがとう。多分大丈夫だと思うけどね」
「いやマジで油断禁物だよぉ。ああいう粘着質系の人はストーカーになりやすいからねぇ。香南にいた時にねぇ、後輩が他校の人から告白されたんだけど断ったらしいのぉ。でもぉ、ずっとつきまとってきて最終的にはお家まで付いて来たらしいのぉ。その子トラウマになってたよぉ」
「そ、そういうの本当に怖いからね。そ、空音も他人事じゃないよ。き、気をつけてね」
「う、うん。防犯ブザーを常備するようにするわ。あと、お店から帰るときはバスで帰るようにするね、今までは歩きだったけど」
「そのほうが良いよ」
「あ、予鈴なっちゃったぁ。教室戻ろっかぁ」
「そ、そうだね。つ、次の授業は現代社会の丘野だからね。い、一秒でも遅刻したらシバカれるよ」
「だね。そんじゃ、ぱぱっと戻りますか」
「うん。そうしよう」
(ののたちは私のことを心から心配してくれている。とても嬉しいことなのだが、逆に私なんかのことを心配していないで、他のことに集中してほしいと私の中で気持ちが矛盾している。なんでだろう、そんなに私は自己肯定感低かったっけ?)
自分は自己肯定感が高い方だと自負している。これは、他人にも言われていることだ。でも、心の中の誰かに言われているような感じがする。
もしかしたらだけど、たまに聞こえるあの甲高い女の人の声の持ち主なのかもしれない。最近はあまり聞いていないから、もうそろそろ聞こえるような感じがする。
(今日もお店に行くし、新しいお客さんと話しているうちにきっとまた聞けるだろうな)
これから来る放課後と、見たこともないお客さんに心を弾ませながら、ものすごく眠くなる現社の授業に耐えている私であった。
──────放課後、クラスの友達に『部活のスタメンが今日の最初に発表されるの!しかもあと五分後に!絶対に聞き逃せないからこれ職員室に運んでくれない?』とお願いされ、数学の提出物を職員室に運んでいる。
ちなみに、海原高校の校舎は全部新しいのだが、最近新設されたばかりの校舎がありその校舎を新校舎、普通のクラスがある校舎を旧校舎と呼ぶため、すごく古いみたいに思われてしまうが、まったく違う。
そして、新校舎に職員室や理科室などの特別教室が入っている。なので先生たちに用事があったり、提出物を出しに行くときは時間がかかる。
しかも私が今持っているのは、問題集だ。一冊だけでも荷物になるくらいは重いのに、クラス全員分あるとなればそりゃもう大変だ。いい運動になるが、筋トレしたほうがマシな気がする。
(あーもう、本当に重い。なんで私なんかに頼るの?そこら辺にいるクラスの男子に頼めばいいのに!いや、私のことをそれだけ信頼してくれているということなのか?そうだね、そういうことだ!)
「ふー、あと職員室まで半分くらいか・・・・・・遠いな」
「おや、そこにいるのはもしかして空音ちゃん?」
「あ、悠斗先輩・・・・・・」
(なんで会うの!?よりによってこの人に、このタイミングで!最悪すぎる、今日の私の運勢はどん底かもしれない・・・・・・)
元々低かった私のテンションが著しく下がっていくのに対して、悠斗先輩の顔はニッコニコだ。やめてほしい。
「その問題集、数学のかい?僕が半分持ってあげよう。その代わり、僕と付き合ってくれるかい?」
「大丈夫です、どちらもお断りします。もうすぐで職員室につくので、どうぞお構いなく」
「ほんと君って冷たいよねー。璃玖とか壮汰にはちゃんと後輩してるのに。しょうがないな、条件無しでそれ持つよ。これでいいかい?」
「本当ですか?じゃあお願いしますね」
「って、僕は全部持つとは言っていないよ!」
「でも全部持たないとも言ってないですよね?」
「・・・・・・空音ちゃんのそういうところも僕は好きだよ。付き合ってくれないかい?」
「嫌です。ちょこちょこ告白してくるのやめてください、価値が下がりますよ?別に私はどうでもいいですけど」
「たしかにそうだね。じゃあ一日一回に済ませておくよ」
「言わなくて良いんですけど・・・・・・」
そうこう言い合いながら歩いていると、あっという間に職員室に着いた。すんなり課題も渡すことが出来たし、よかった。
「これで用事はおしまいかな?」
「はい、ありがとうございました。それでは失礼します」
「えー?せっかくなら校門まで一緒に行こうよ」
「いえ、璃玖先輩と一緒に行く予定なので、遠慮しておきます」
「そうかい・・・・ではまた明日会おうね、空音ちゃん」
(あれ?思ったよりすんなり引いてくれたな。いや、『今日は』ってだけだろうし、明日も会おうって言ってきたからしばらくの間はつきまとってきてくるという想定で行動していかなきゃならないな。はぁ、めんどくさい)
話しかけられたらいちいち返事をしないといけないのが微妙に嫌だ。先輩だから無視するわけにもいかないため、早くどうにかしないといけない。
とりあえず今は璃玖先輩と待ち合わせをしているから、急がなきゃ。
──────先輩との約束は、一年の昇降口に十五時四十五分集合というものなのだが、今日は悠斗先輩と職員室に行っていたため、ずいぶん遅くなってしまった。
(一人で行くときは早歩きで行くから、割とすぐに着くんだけどな。どうしても誰かと行くと相手のペースに合わせなきゃいけないのが面倒だよね)
昇降口で靴を履き替えてから走って外に出ると、やっぱり先輩が先に来ていたみたいで、こちらの方を見上げていた。
私が靴をちゃんと履けたのを確認して、行くぞと言っているような様子で先に歩き始めた。それを追いかけるように私も歩く。
しばらく沈黙が続いたが、先輩から話を切り出した。
「遅ぇよ、何かあったのか?まったく出てこねえから少し心配してたんだぞ」
「すみません・・・・悠斗先輩と職員室に行って数学の提出物を先生に渡しに行ってました」
「・・・・・・悠斗か」
「はい。先輩、あの人のことどうにかしてください!本当にめんどくさいし、いちいち穴仕掛けてくるから嫌なんですよ。廊下ですれ違うたびに雑談につきあわされるんですよ。それに、毎度告白してくるの結構気持ち悪いです」
「あぁ分かってる。でも俺たちではどうしようもねぇんだよ。本人にどう言ったって聞く耳持ちやしねぇんだから。力になれなくてすまねぇって壮汰も言ってたぞ」
「いえ、こちらこそ先輩たちに頼りきりですみません」
「お前じゃどうしようもないのが事実だろ」
「そうなんですけどね・・・・・・」
(自分じゃどうしようもない。分かっているけど、やっぱり自分のことはなるべく自分で解決したい。でもきっと璃玖先輩と壮汰先輩は許してくれないよね・・・・・・)
二人の良心を無視するわけにもいかない。でも私はなにか役に立つようなことをしたい。この二つの気持ちが私の中で戦っている。そうするとある一つの考えが浮かんだ。
(二人にバレない程度にやれば良いんじゃない・・・・?そうだよ、バレなきゃ犯罪じゃないもんね!別に罪を犯すわけじゃないけど。私天才かもしれない。ノーベル賞受賞レベルだよね、マジで)
「よし、そうしよう!」
「うわっ、急にどうしたんだよ?独り言か?そうだとしたら声がでかすぎんだろ」
「えへへ、すみません・・・・・・」
(よし、先輩たちにバレないようにやってみせる!私は最強なんだから!)
もしかしたら、初めて自分の自己肯定感が高くていいなと思った出来事かもしれない。
──────海原高校から歩いて二十分ほど、私が働いているお店兼先輩の両親がやっているお店の『フラワーショップ かめのぞき』に到着した。
私はここで働いて、お客さんの要望にピッタリの花束を作るという仕事をしている。いろんな人達の話を聞いたり、花束を作るのも楽しいが、やっぱりお客さんの笑顔を見るのが一番の仕事のやりがいだ。
接客のプロフェッショナルの先輩のお母さん、おばさんはイギリス人とのハーフらしくて、金色っぽい髪に群青の瞳を持っている。璃玖先輩の瞳はおばさんから受け継いでいるみたいだ。
主にお店の裏でパソコンをいじっている先輩のお父さん、おじさんは険しい顔をして無口だが、本当は優しくていい人だということを私は知っている。『THE・日本人』という顔つきで、先輩の漆黒の髪はおじさんから受け継いでいる。
紹介はここまでにしておいて、話はお店に到着したところに戻る。
裏でいつものエプロンを着て、表に戻るとおばさんが花の状態を見ていた。ちなみに先輩は、おじさんの事務仕事を手伝っているみたいだ。
「おばさん、私もそれ手伝いましょうか?」
「助かるわ、ありがとう空音ちゃん。じゃあ私はカウンターでリボンとかのチェックをしてくるわね」
「はい、わかりました」
(・・・・・・どうしよう、ずっと気になってはいたけど聞くタイミングがなかった。今聞くしかないよね。よし、聞こう)
そう、私にはお店に来てからずっとあった疑問があったのだ。それは何かというと、『お店の名前の由来』だ。
(マジでなんであの店名なんだろう?謎すぎる。聞いたことのない名詞だよね『かめのぞき』なんてさ)
「・・・・・・お、おばさん。ちょっと質問があるんですけど、いいですか?」
「ん?もちろん良いわよ。なにかしら?」
「ええっと、お店の名前の由来ってなんですか?ずっと気になっていて」
(よっしゃ聞けたー!もうスッキリしたわ。まぁ、ちゃんと聞くけどね)
「あぁー!よくお客さんからも聞かれるのよね。空音ちゃんが聞いてこないからずっと待ってたのよね。もう話したくて話したくて。それじゃあ、時間もあるし空音ちゃんだから特別に全部言おうかしら」
「全部?」
「そう、全部。私って話すと止まらないタイプなの、分かるでしょ?だから結論しか言ってないのよね」
「なるほどです」
「じゃあ、話は長くなっちゃうんだけどね」
「はい」
そう言いながら、おばさんは遠くを見ているような目をしながら話し始めた。
「まず『かめのぞき』のところから解説しようかな。『かめのぞき』っていうのは、もともと『瓶覗色』からとっているのよね」
「『瓶覗色』?聞いたことないですね」
「そりゃあそうよ。普通に生きていたら聞くことないに決まってるじゃない。あ、それだと私たちは普通じゃないみたいね。ま、ほとんど聞かないわよね」
「そうですね、私の親に聞いてもわからないって言うと思います」
「ふふふ。それでね、『瓶覗色』っていうのは、若竹色の少し薄めたような、白に近いすごく薄い藍色の色なの。日本の伝統色の一つでね、藍染の色の中でもっとも薄い色とされているの。言葉で聞くと想像しづらいけれど、本物を見ると感動しちゃうくらいきれいなの」
「若竹色を薄めた色・・・・・・白に近い藍色を薄めた色・・・・・・全然想像できません。なんとなくしか思い浮かばないんですけど、絶対違う色だと思います」
「あ、本物があったのを忘れていたわ。少し待っててちょうだいね」
そう言っておばさんは店を出て、先輩の家の方へ向かっていった。
しばらくすると、なぜか紙袋を抱えてこちらに来た。
「ほらこれよ、きれいな色でしょう?」
「うわぁ、私こんなにきれいな色を初めて見たかもしれません。さすが日本の伝統色。ところで、なんでこの色の布を持っているんですか?」
「ふふふ、これはワンピースなのよ。ちゃんと藍染で瓶覗色になった」
「えっ!?ワンピースなんですか?」
「そうなのよ。話はまだ続いてね、これはお父さんが私にくれた初めてのプレゼントなのよ。付き合ってまだ三ヶ月くらいかしらね。このワンピースによく合う花束もくれたのよ。今は押し花にして、額縁に入れてあるの」
「ワンピースと花束が初めてくれたプレゼント!?ロマンチックですね。つかぬことを聞きますが、おばさんが初カノですか?」
「大正解。私もお父さんも初恋で初カレ初カノなのよ。運命感じちゃうでしょ?」
「これはもう完全に赤い糸でつながってましたね」
「そうでしょ、そうでしょう?璃玖に言ったら『そんなものあるわけ無いだろ』って返されちゃったけれどね」
「ひどいです。乙女心を踏みにじるような一言ですね」
「結構ズバズバ言うタイプよね、空音ちゃんって。でも、そういうところがある方が世の中生きていけるときもあるわよ。私は尊敬するわ」
「あはは、ありがとうございます!」
「ふふ。それからね、私達は結婚してしばらくは普通の会社員としてふたりとも働いていたんだけれど、自分たちでお店を開いてみようとなったの。それで、やっぱり思い出の花束とワンピースのことがあったから、フラワーショップを開きたいと言って、店名は『かめのぞき』にしたい!と言ったら本当にそうなった。そして、今のこのお店があるのよ」
「感動しちゃいました。たった一つの店名の由来が、こんなにも素敵な思いが込められていたなんて・・・・・・」
「話が長すぎて、お客さんが来ちゃったわね。それじゃあ、空音ちゃん。接客はいつも通りでお願いね」
「はい!おまかせください」
おばさんは私にウインクして裏の方に紙袋を抱えていってしまった。
(よぉし。久しぶりの接客だ、気合い入れてくぞ!)
「いらっしゃいませー!」
「・・・・・・こんちは」
お店に来たお客さんは、近くにある公立の中学校の制服を着た男の子だった。背は高くて、素っ気無い感じがするけど、どこかあどけない感じがすることから中学三年か二年だと私は予想する。
『中学三年か二年の子』という言い方だと長いし呼びづらいため、少年Aと呼ばせてもらおう。流石に口には出さないけど。
「今日はどのようなご要件で?」
「花束を買いに来たんだけど」
「承知いたしました。では、どのような方にお渡しになる予定で?」
「・・・・彼女と喧嘩した」
「なるほど。では仲直りのために、花束を渡すということでよろしいですかね?」
「そうだよ。てかさ、ちょっと話を聞いてくれない?なんかスッキリしないんだよ」
「本当ですか!ぜひお願いします」
「なんでそんなに好意的っていうか、すぐに返事できるの?普通はめんどくさくない?」
「いえいえ、全然そんなことないですよ。お客さまのお話を聞き、どんな思いを伝えたいのかを汲み取るんです。そうすれば、それにぴったりな花束を作ることが出来ますから」
「・・・・・・プロみたいだね。まあ良いや、とにかく話していくよ」
「はい、お願いします!」
少し恥ずかしがっているが、少年Aははっきりとした声で話し始めた。
「もう分かってると思うけど、俺には彼女がいる。中二のときに告白して、オッケーをもらえてからもう一年は経ってるね」
「中学生にしては付き合ってる期間長いですね」
世間一般的に中学生で付き合っている期間は約三ヶ月とされているらしい。だから、その四倍の期間付き合っているという少年Aはとても珍しいと言えるだろう。
「そうだろ?俺たちは相思相愛なんだ。彼女が小学五年生のときに転校してきたとき、もうそれはそれは可愛くて、性格もいいし、一瞬で彼女に惚れたね。ずっと片思いしてて、四年間クラス一緒だったし、そろそろいいかなって頃合いに告白したんだ。そしたら、まさかの両片思いってことを知って、ガチ目に泣いたね」
「そんなに嬉しかったんですか?」
「もちろんさ。四年間想ってた人と結ばれて嬉しくないやつなんていないだろ」
「確かに・・・・・・?私、恋とかしたことないのでわからないんですよね」
「そうなの?お姉さん結構美人なのに、モテないの?」
「モテるモテないというより、自分から好きになったことはないって感じですね。初恋もまだですし、告白はされてますけど」
(現在進行系でね。ていうか、あれは告白に入るのかどうか怪しいくらいだよね)
それより、少年Aの喋り方が少しこちらに心をひらいてくれている感じの話し方で嬉しい。これが、もともとの喋り方なのだろうけど。
「それでさ、付き合ってからまぁ色んなところにデート行くわけじゃん。遊園地やプール、ショッピングセンター、あと夢のネズミーランドにも行ったかな」
『夢のネズミーランド』と言われて思いつく人はなかなかいないと思うけど、絶対国民全員が知ってる場所だよ。ほら、東京という名前がついているのに千葉にあるあそこだよ、あそこ。
「結構色んなとこに行ってますね」
「そりゃあそうだろ。一年も付き合ってりゃ、色んなとこに行くさ」
「ところで少し聞きにくいのですが・・・・・・おうちデートとかはまだやってないですかね?」
「・・・・・・一回やった」
「おぉー。やるじゃないですかー」
少し含みを持った笑みを浮かべたら、微妙な顔をされると思った。だが以外にも、少し『ドヤッ』とされた。
「ふふん、まあな。じゃあ本題に入るけど、学校の修学旅行でグループを作れと言われたんだ。それは男女合同で四人組だったんだ。四人だから男女二人ずつで、クラスでちょうど別れる計算になるから普通は一緒のグループになるだろ?でもさ、あいつは違うグループになりやがったんだ」
「えっ!?中学校生活最大の青春イベント第一位の『修学旅行』で彼氏と同じグループにならないとか、個人的にすごくありえないですね」
「そうだろ!?俺たち学年公認カップルで、先生に頼み込んで同じクラスにしてもらったんだよ。先生もクラスメイトどころか学年全員が同じグループになると思ってたと言っても過言ではないよな。マジで意味わかんない」
「彼女さんと喧嘩したり、何か気に食わないことをしたとか言ったとか、自覚ありますか?」
「自覚ないし、彼女はそういうのがあったらすぐに言うタイプの人間だから、ないと思うんだけどな・・・・・・」
「あ、それが原因で喧嘩をしたんですか?」
「そうだよ。俺が『なんで同じグループにならなかったんだよ?俺と一緒に行動したり、話たりするのは嫌なのか?他の男と楽しみたいのか?』って言ったら、『あなたのそういうところが嫌なの。しばらく話しかけないで』って言われちまった。それから一週間経っても、目すら合わせてくれないんだよ。何が悪かったんだと思う?」
「うーん。そういうのは専門外ですけど、束縛?みたいな感じの言い方をしているから嫌だったんじゃないですか?『俺だけを見ていろ』的な」
萌音が『束縛系の男女ともにぃ、基本的に嫌われるんだよねぇ。ドMじゃない限りねぇ』って言ってた。
「あー、なるほど。あいつもそう捉えてしまったのかな・・・・・・そりゃ嫌われるよな」
「嫌われてはないと思いますよ」
「いや、絶対嫌われてるよ。目合わせてくれないし、話しかけても無視されるし、あいつの友達が俺の話を振ったら流されたって言ってたし。もうだめだ、仲直りできないかも・・・・・・」
「そんなに気を落とさないでください。ていうか、彼女さんに謝ったりしましたか?話しかけたとは言ってましたけど」
「・・・・・・真剣には謝ってなかったかも」
「それじゃないですか。ちゃんと心を込めて、彼女さんにまっすぐ向き合って自分の思ったことと反省をしっかりと述べれば、彼女さんは許してくれると思いますよ」
「俺そういうの考えるの苦手なんだけど、大丈夫かな?」
「『ごめんなさい』の一言だけでも、真剣に謝れば大丈夫ですよ。そりゃあふざけた口調で謝られてもさらにイラつかせる一方ですからね」
「そうだな・・・・・・やっぱり俺一人では出来ないよ」
「えっ?」
「だから、俺の背中を一押してくれて、あいつにちゃんと思いを伝えられるような花束を作ってください」
「!はい、もちろんです。任せてください!」
(二人の青春の手助けをできるなんて、すごく光栄!)
それから私は、少年Aにふさわしい花束を作り始めた。
──────今回はしっかりとした要望を聞けたため、すぐに花束を作ることが出来た。多分十分も経っていないだろう。
少年Aはずっとそこら辺を行ったり来たりしていたため、少し邪魔だったが下手に言うことも出来ず、そのままにしておいた。
「はい、完成しましたよ」
「ほ、本当に!?よっしゃ、今から会いに行って謝るぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!少し花束に使っている花の解説させてくださいよ」
「なんで?別に聞かなくても良いと思うんだけど」
「そうかもしれないですけど、彼女さんに解説をしてあげたら『あっ、ちゃんと真剣に選んでくれたんだな。キュン♡』ってなってくれるかもしれないじゃないですか」
(萌音のおすすめの少女漫画で、こういうシーンがあった気がする。初めて萌音に紹介してくれてありがとうって思ったかも)
正直言って少女漫画とか興味ないし、自分には向いていないため読むのが嫌だったが、毎度感想を求められるため渋々読んでいたのだ。
だが、少女漫画に必須の(それがなければ、少女漫画として成立しないと思うが)恋愛要素がこんなにも活かせるなんて、読んでいた時間が無駄にならなくてよかった。
話は戻るが、少年Aは彼女さんに喜んでもらうか、すぐに駆けつけて自分の罪悪感を少しでも減らすかで頭の中で葛藤していた。
「・・・・・・あいつにキュンとしてもらいたいです!」
「わかりました。じゃあ早速解説していきますね。今回は全体的に白やパステルカラーで色をまとめていきました。青春の一ページになるにはぴったりかなと思いまして。ではまずこの花からいきますね。この花はカモミールといって、花言葉には仲直りという意味があり、一番ピッタリだと思いました」
「カモミール!俺の母親がカモミールティーが好きなんだよね」
急に少年Aが話しかけてきたのでびっくりして、言われたことを理解するのに時間がかかってしまった。こういうのは反射神経を鍛えたほうが良いのだろうか。
「あぁー、カモミールはリンゴのようなにおいがするので、お茶としても有名ですよね。では次の花にいきます。この花はマリーゴールドといって、普通のものはオレンジが多いと思いますが、この花は外側は白で内側は黄色のグラデーションっぽくなっています。色の系統を統一したかったため、この色のものを使わせてもらいました。花言葉は変わらぬ愛というものがあるのですが、あまり良くない意味もあるのでしっかり説明したほうが良いかと思います」
「わかった、そうする」
(いつも私が解説しているときは誰も話しかけてこなかったけれど、今回はすごい話しかけてくるな。別にいいんだけどね)
今まで大人のお客さん相手にしか接客してこなかったため、子供(そんな年齢か?)のお客さん相手の接客はとても新鮮に感じる。
「この花が最後になりますね。これは見ての通り、バラです。バラの花言葉は愛がありますが、送る本数によっても意味が変わってきます。今回は赤いスプレーバラを一本のみ使っていますが、赤いスプレーバラには愛情という意味があり、一本送るというのはあなたしかいないという意味があります。これもぜひ説明してみてください」
(ちょっとキザみたいだなって思われるかもしれないけど、いつもツンツンしてるタイプっぽいしギャップにはちょうどいいでしょ)
「なるほど!わかりました、絶対に言います!」
「ちゃんと謝るときに言う言葉決めました?」
「はい!ちゃんと考えたし彼女にもう連絡したんで、今から集合場所に行きます!」
「お、来てくれるって言ってたんですか?」
「なんとか頼み込んで・・・・・・ちょっと俺のこと嫌ってないんだって安心しました」
「それは良かったですね。ではお代を頂戴してもよろしいですか?」
「あぁすみません!・・・・・・これでお願いします」
「はい、おつりです。あとこの飴どうですか?すごく美味しくて、めっちゃ元気が出るんですよ。集合場所に行きがてら食べてください」
「うわぁ、ありがとうございます!ちゃんと仲直りしてから、彼女とまた来ます!ありがとうございました!」
「こちらこそありがとうございました。またのご来店、お待ちしております!」
少年Aは手をブンブンこちらに振りながら行ってしまった。無事に彼女さんと仲直りできると良いなと思いながら、片付けを始めていると、璃玖先輩がこちらの方に来た。
「あ、璃玖せんぱ・・・・・・!」
『璃玖先輩』と言い切る前に、視界が白くぼやけてきた。たまに接客し終わったあとにこうなる。これはある現象の前兆なのだ。
(来た、いつもの『声』のやつ。今回はどんなふうに言ってくるんだろう?)
少し楽しみにしている自分がいて、私ってMなのかな?と思いながら聞こえてくる音声に集中する。
────あんたって、絶対一生独身よね。こんなやつが結婚できるなら、世界の全女子が結婚できると思うのよね、私。まぁ、私は高身長高収入のイケメンハイスペック男性と結婚するけど。あんたには夢のまた夢ね。
(・・・・・・これはあんまり傷つかないな。いつもよりマイルドな言い方だな。機嫌良かったのかな?)
超どうでもいいことを考えているが、ちゃんと恋愛関係の『声』が聞こえてきたから、さっきの少年Aとの接客とはつながってると言えるだろう。
こんな事を考えながらぼーっとしていると、璃玖先輩が話しかけてきた。
「お前、先輩って言いかけてから全然動いてないぞ?大丈夫か?」
「あっ、先輩。完全に頭の中から抜けてました。すみません」
「目の前にいんのに頭の中から抜けることって普通ないだろ。たまにおかしくなるよな、お前って」
「失礼ですよ。ところで、なんでこちらに来たんですか?」
「親父がもう手伝わなくていいって言うから、こっちで接客するかって思ってこっちに来たんだが、悪いか?」
「別に何も思いませんよ」
「それこそ失礼だろ」
「先輩ってツッコみうまいですよね。お笑い芸人になったらどうですか?ツッコミ専門の」
「ツッコミ専門の芸能人っていないだろ。せめてコンビ組ませろよ」
(この話が長引くのはちょっときついから、話逸らすか。でもどんな話を振れば良いんだろう?)
悩んでいると、ふとバラを見てしまった。真っ赤な赤で、きれいだなーとか考えているうちに、少年Aが頭に浮かんだ。
(これだ、『恋バナ』をすれば良いんだ!たまに私って、すごいアイデアが浮かぶよね。やっぱり天才なのかもしれない。よし、これでいこう)
「ところで先輩って、彼女出来た事があったり好きな子出来たりしたことありますか?」
「すげえ急だな。てか、なんで恋バナなんだよ。他に話すことあんだろ」
「さっき来たお客さんが、彼女さんと仲直りするために来店していたので」
「どうやったらそういう思考になるんだよ」
「私は天才なので、先輩には真似できないと思いますよ。さぁ、先輩の恋バナを話してください!」
私がキラキラした目で(そうなっているかはわからないが)先輩のことを見ると、すごく嫌そうな顔だが、ため息を付いて話し始めてくれた。
「・・・・・・彼女は出来たことねえな。好きなやつは出来たことある」
「おぉー、やっぱり彼女は出来ないですよね」
「は?『出来ない』ってなんだよ。てかすげえイラッときたんだが」
「それはすみません。じゃあ、今現在好きな子はいるんですか?」
「・・・・・・いる」
「うわぁー!青春してるじゃないですかぁ、その子が付き合ってくれるかどうかは別として」
「俺に好きなやつがいると知って、それ以上に思うことはねえのか?」
「え?誰なんだろうとは思いますけど」
「それ以外は?」
「ないです。別に私には絶対に関係ないので」
「・・・・・・関係あるって言ったら、お前はどうする?」
「へ?」
そう言って先輩はどんどんこちらの方へ寄ってくる。だんだん壁の方に追い詰められて、ついには壁ドンされてしまった。
少し顔が赤くなっていて、いつもとは違う顔にドキッとしてしまう。悠斗先輩とはまた違う、獲物を捕まえるとでも言いたげな目だ。
「り、璃玖先輩?急にどうしたんですか、壁ドンなんてして。私の初壁ドンを奪われちゃったじゃないですか!」
「いいだろ、よく知らん男に奪われるよりかは」
「よく知らん男って。じゃあ、先輩は自分ならいいと思ってるんですか?」
「いいと思ってるぞ。少なくとも壮汰や悠斗、他のクラスメイトの男よりは知っているだろ?」
「それは・・・・・・そうですね」
「だろ?」
(これどういう状況?萌音から借りた少女漫画にこんなシーンはなかった。つまり、これは恋愛に関係することではない!別にビビらなくてもいいってことか!それに、壁ドンするというのは、脅すためにやっている行動なんじゃない?じゃあ、なんでみんなは脅されたがってるんだろう?あっ、きっとそういうのが好きなんだなー)
私は恋愛関係のことにとても弱い。多分、相手から向けられるそういう感情もわからないと思う。だから、少女漫画で得た知識で生活している。
逆に、少女漫画で見たことや得た知識以外は知らないということだ。これの何がまずいかって?璃玖先輩の行動の意味がわからず、どんどん先輩の地雷を踏んでしまうということだ。それを空音は知らない。
(てか、先輩の顔がどんどん険しくなっていっている。もしかして、地雷踏んだ?確認してみるか)
「璃玖先輩、何か私地雷踏んじゃいましたか?」
「そうじゃなきゃこんなことはしねえ。お前は、俺の好きなやつが気になるんだよな?」
「ま、まぁ気になりますよ。恋バナに食いつかない女子なんていないと思いますし」
「そうか、食いつくのか。じゃあ、俺の話を最後まで『ちゃんと』聞いてくれんだよな?」
「うっ」
「聞くよな?」
(圧がエグいし、もはやこれは命令じゃん。これは肯定するしか道はないよね。否定でもしたら殺される気がする)
「はい、聞きます」
「ふっ、言ったな?」
言い方は『俺、めっちゃ余裕ですが?』みたいな感じで見えるが、顔は結構赤い。それに、なにかモジモジしている。先輩らしくない。
(そういえば、今日『お客さん』が来るっておばさんが言ってたよね?時間的にもそろそろ来ると思うんだけど・・・・・・いま来たらちょっと気まずくない?)
だって、璃玖先輩に壁ドンされているときに話しかけられたら、先輩も『お客さん』も気まずいだろう。こんな雰囲気のときに来て、普通の状態でいられる人なんていないはずだし。
それにしても、何か言いたいからこんな状態にしているはずなのに、全然話しかけてくれない。しょうがないから、私が先手を打ってあげよう。
「先輩、どうしたんですか?言うことがあるんじゃないですか?」
「あぁ、あるんだけどな、ちょっと心の準備が必要で・・・・・・」
「そんなのいらないでしょ」
「いるんだよ」
「そうですか。じゃあ、なおさら早く言ってください」
「分かったよ。言えば良いんだろ、言えば!」
「急にキレないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
(いつものツッコミとボケの立場が逆転している。ちょっと面白いな。もうちょっと長引いても良いかも)
「ふー。じゃあ、言うぞ?」
「はい、どうぞ」
「お、俺さ」
「はい」
「最初お前に会った時、「何このチビ、絶対今後関わりたくねえ』って思った」
「ひどっ。話の入りが最悪ですね」
「・・・・・・でもな、お前と関わっていくうちにどんどんお前の魅力が伝わってきたんだ。笑うとかわいいとこ、真面目なとこ、接客してる時すげえ楽しそうに話してるとこ。もっとあるが、一番はお前が俺なんかと話してくれて、仲良くしてくれることだな」
(私の言ったこと無視した)
「『俺なんか』ってそんな。先輩は面白いし、話もなんだかんだ聞いてくれるし、外は不良って感じだけど中身はちゃんと優しいところあるし」
「おい、ちゃっかり悪口いれてんじゃねえか」
「それで続きはなんですか?」
「お、おう。そんで、壮汰がお前の話ししてる時なんか胸がもやもやしてて、なんか嫌だなって思って。それと、悠斗がお前に告った時、『もしお前がオッケーしたらどうしよう』って考えた時、すげえ嫌だった。だから、なんでだろうなって思ったんだ」
「ほう?」
「それで・・・・・・それでな・・・・・・」
「?」
「俺は壮汰みたいに愛嬌というか、話しかけやすい雰囲気はねえ。悠斗みたいにかっこよくはねえ。でも、絶対にお前を想う気持ちは負けねえ」
「へ、それって・・・・」
(これは、『少女漫画展開パートツー☆』の到来!?)
「俺は、俺はお前のことがっ・・・・」
「空音ちゃーん!おばあちゃんだよ、チェルさんから聞いたかな?」
「おばあちゃーん!お久しぶりでーす!」
(おばあちゃん、タイミング良いような悪いような・・・・・・とりあえず、気まずい雰囲気になることは回避確定。よっしゃあ!)
「ば、ばあちゃん。あっ、空音、ここぞとばかりに逃げんなよ!まだ言い終わってねえぞ!」
「あら、何かやりかけだったかしら?」
「いえいえ、璃玖先輩が一方的にやってきただけなんで」
「違えよ!お前勝手に嘘つくんじゃねえよ」
「嘘は言ってないですよ?私は相槌を打ってただけなので・・・・・・ところで今日も花束を?」
「お前、逃げんなよ・・・・・・はぁ、また今度この続きな」
「はぁーい」
先輩のテンションがこちらから見ても分かるほど、著しく下がってる。なんか申し訳ないけれど、こればっかりはしょうがない。タイミングが悪かったのだ、タイミングが。
(なんか言い逃げっぽくなってるけど、事実だからね。言い逃げなんかじゃないよね)
「空音ちゃん、璃玖くん。前言ってた息子の件なんだけどね」
「あぁー、なんか言ってましたね」
『それじゃあまた会う時には、お礼の品と息子との再会の感動エピソードを持って帰ってくるわ』
『わーい!楽しみにしてます!』
(確か、こんな感じの会話があったよね)
「あ、先にお礼の品渡しとくわね・・・・・・これ、デパートであったから買ったのよ。北海道のレーズンバターサンド。お店のみんなで食べてちょうだいね」
「うわー、美味しそう!食べるの楽しみにしておきます」
「これ、前テレビでやってたぞ。結構高いと思うけど、気遣わせちまってすまねえな」
「いいのよぉ、気にしなくても。あ、例の息子連れてきたのよ」
「『え!?』」
「まさか連れてきてくださるとは・・・・・・」
「エピソード持って帰ってくれるとは言ってたが、それは思いも浮かばなかったな・・・・・・」
「ふふふ。みんなをびっくりさせたくてね、行くとは連絡したけどね。翔太、いつまで入らないのよ。一児の父なんでしょう?しっかりしなさい」
「・・・・・・おばあちゃんって、結構脅すタイプなんだね」
「俺もびっくりしてる。初めて知った」
「先輩もなんですか。やっぱり、自分の子供にしか見せない一面ってあるんですかね」
「それを立証している人が目の前にいるだろ」
「確かに」
(あれ?先輩さっき重要なこと私に話そうとしてたよね?多分だけど、恋愛関係のこと。なのに、普通に話してるし、まったく気まずくない。まぁ、良いことか)
そんな感じで会話していると、例の息子さんが店の中に入ってきた。
「どうも、母がお世話になってます。藤田翔太です」
「あれ?ばあちゃんの苗字って藤田だっけ?」
「違うわよ。離婚したから前の苗字に戻ったの」
「そういうことか・・・・・・」
「・・・・・・先程は母がお世話になってると言いましたが、僕的には自分がお世話になったと思います」
「え?どういうことですか?」
「もうお聞きになっているかと思いますが、両親が離婚するときに僕は父について行きました。あの時の喧嘩の内容を聞いたのも理由になります。けれども、一番の理由は僕がついて行ったら、母への負担が重くなってしまうんじゃないかと思ったからです」
「おばあちゃんへの負担・・・・・・?」
(確か、おばあちゃんが離婚したときの藤田さんの年齢って、十歳だよね?私だったら、そんなこと考えられないと思う。自分のことばっかり考えてしまうのに、他の人のことも考えられるなんて、すごい)
「はい。シングルマザーで子供三人は精神的にも、金銭的にも大きな負担になると考えたんです。母が大きな商家の人だとは最近知ったものなので、もしあの時ついて行ってたらこんなことにはならなかったのかなと思うようになってました」
「翔太・・・・そんなことを思ってたの?ごめんね、私が気づかなかったばかりに。勝手に想像してただけだったのね。本当にごめんなさい」
「いや、良いんだよ。僕も避けていないで、面と向かっていえばよかった。お父さんに言われてたんだよ。『お前の母親はもう母親じゃない。戸籍上では親子ではないから』と。でも、戸籍上はそうだったとしても、血のつながった親だと考えられるように早くなっていればよかったのに・・・・」
おばあちゃんも藤田さんも、自分が悪いと言っている。多分、人に対して遠慮してしまうところは遺伝したんだろうな。
このままじゃ、この話が長引いてしまう。いつの間にかおばさんとおじさんが来て、おばあちゃんが持ってきてくれたレーズンバターサンドを頬張っている。璃玖先輩も食べているので、私も頂いているから人のことは言えないけど。
(正直に言わせてもらうと、こういうのはよそでやってほしいな・・・・・・)
さっきは気まずくならずに済んだが、今はなってもおかしくない状況である。白浦一家全員がマイペースで良かったと思う。
私の空気を読めない先輩たちはレーズンバターサンドを頬張ってるし、何なら感想を言い合っている。ちゃんと私の分は残しておいてくれるだろうか。それに、おばあちゃんと藤田さんはまだなんか言い合っている。
(いい加減にしてほしいなー)
そろそろ止めようかなと思ったところで、おばあちゃんがいい感じの雰囲気を出してくれた。やっとこの茶番(失礼)が終わりそうだ。
「翔太、気にしないでちょうだい。私も翔太も悪くないの、全部あの人のせいよ」
「え?」
「どういうことですか?『あの人』?」
つい私も口に出してしまった。どっちのせいでもないから、そのまま終わると思いきや誰かが悪いということになるから、衝撃の展開って感じだ。
「えぇ。離婚することになったのも、私が思い込みをしてしまったのも、すべてはあなたの父親の発言によるものよ。本当に、この世にいないというのにいろんな物をおいていくのね。いい意味でも、悪い意味でも」
「!?なるほど、俺がお母さんに会わないと考えるきっかけも、お母さんが離婚するきっかけになったのも、全部父さんが作ったんじゃなということか。確かに、それだったらどっちも悪くないな」
(結局、二人の仲を保つために第三者を召喚するということか。おばあちゃん、なかなか悪い手を使うな)
まぁ、おばあちゃんと藤田さんが仲良くいられるにはこうでもしなきゃだめだろうな。しょうがないよね。
「ばあちゃん、レーズンバターサンドすげえ美味かったぞ。ありがとな」
「いいえ、こちらこそこんなところで話し込んでしまってごめんなさいね。空音ちゃん、あなたは私の恩人ね」
「え?恩人?」
「そうよ。こんなふうに息子と話せるなんて、思いもよらなかったもの。それが現実になっているなんて、あなたが作った花束が勇気と私たちの仲をくれたのよ。本当にありがとう」
「いえいえ、私はそんなに良いことしてないですよ」
(『もうそろそろやめてほしい』なんて思ってたのに、『そうです、私がやりました』なんて言えるわけ無いじゃん)
心のなかで二人に謝っていると、そろそろ帰るといって、おばあちゃんと藤田さんは並んで帰っていってしまった。
いつの間にかおじさんとおばさんはいなくなっていて、表には璃玖先輩と私しかいない。 つまり、またさっきの続きが始まってしまうかもしれないということだ。
(こういうとき、少女漫画は何か困難を乗り越えたあとに、また告白されて結ばれるというパターンが多いらしい。まぁ、私たちには困難なんて訪れないと思うんだけどね)
何か話をしなきゃ、と思い先輩に話しかけようとしたら、なんとあっちの方から話しかけてくれたのだ。
「空音、続きはさっきも言ったけどまた今度な。それまで、待ってくれるよな?」
「も、もちろんです・・・・」
「・・・・なんとなく内容察したか?」
「?内容?全然わかりませんが」
「マジで?普通はわかると思うんだけどな、お前どんだけ鈍感なんだよ」
「すみませんね、鈍感で」
もう一度言わせてもらうが、私は恋愛関係には鈍感なのだ。だから、わからなくて当然だと思う。
何か恋愛に関することであるというのはかろうじて分かるが、それは萌音が貸してくれたおすすめの少女漫画のおかげだ。感謝しかない。
「あ、そうだ。私の分のレーズンバターサンド、残してくれてますよね」
「当たり前だろ。もともとは、お前がもらったやつなんだろ?五個入りだったから、お前の分は二個な」
「やったー!でも、二個も食べたら太るよね。バターとクッキーなんて、カロリーの爆弾でしかないんだから」
「じゃあ、俺が一個食うぞ」
「だめに決まってるじゃないですか。あ、そうだ」
「?」
そう言って、私はレーズンバターサンドを真っ二つにして、片方を先輩に渡した。
「これで、同じカロリー摂取量ですね」
ニコッと笑いながら渡すと、またまた先輩は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
顔が赤くなるのはもう慣れたが、そっぽを向いてしまったからいらないのかと思って手を引っ込めたら、急にこっちの方に顔を向けたと思ったら、私の手から奪い取ってしまった。
(いるならいるって言えばいいのに。変なところで無口になるんだから、意味わかんない)
「・・・・・・ゴクッ。ニコニコしながら渡すなら、セリフ考えろよな」
「えー。別にいいじゃないですか。みんなこんな感じですよ」
「絶対そうじゃないだろ」
「人それぞれ個性を持ってるんですよ、先輩」
「そんくらい分かってるっつうの」
「それを口にしないからいけないんですよ。やっぱり分かってないんじゃないですか」
「口にする必要がない感じだったから言わなかっただけなんだよ」
「ま、そういうことにしておきますよ」
「上から目線で言うな。忘れてるかもしんねえけど、俺お前より先輩なんだわ」
「分かってますよ、璃玖先輩」
「分かってるなら良いんだけどな」
たまに先輩は変なことを質問してくるから困る。面白いっちゃ面白いんだけど、急に来るから頭の中で処理しきれない。ローディングに時間がかかってしまう。
そうこうしているうちに、お客さんが来てしまった。
「『いらっしゃいませー!』」
その後は、ずっとお客さんの対応に追われていたため、先輩と話すことは出来なかった。
(いつまでたっても、先輩が言いかけてた言葉の続きが気になる。思い出すとドキドキしてしまうのはなんでだろう。まぁ、しばらく経ったら続き話してくれるし、それまで待っとくか)
そのまま閉店の二十時になるまで、お客さんの足は途絶えず、忙しすぎて倒れそうになったのは、また別の話。
──────「空音ちゃーん!今日もかわいいね、美人だね。付き合おう、何なら結婚しよう!」
「お断りします。それにしても、朝から元気ですね」
「空音ちゃんに朝から会えるなんて、僕は幸せだよ。あぁ、その言葉遣いからあふれる品性、美しい。付き合おう」
「私の話聞いてましたか?」
少年Aやおばあちゃんがお店に来た翌日の朝、学校についたと思ったら校門に悠斗先輩がいた。多分、待ち伏せしてたんだろう。そこまでする意味がわからない。
昨日はすぐに帰って寝たため、珍しく寝不足ではない。気分がすごく良かったのに、この人にあってしまうなんて、最悪だ。
「ところで先輩、何時から校門にいたんですか?」
「えっ!?空音ちゃんから僕に質問してくれた!?わー、嬉しすぎる!今日はなにかいいことがありそうだね」
「質問に答えてください、二度と先輩と話しませんよ」
「それだけは絶対に嫌だね。うーん、確か七時半くらいからかな」
「七時半」
「そう、七時半からだよ」
(今八時十分くらいか。こんな暑い中、四十分も外にいるとか信じられないな)
あんまり説明してないからわからなかったと思うけど、今はもう六月下旬だ。梅雨の終わりかけで、気温が上がっていくばかりの季節だ。
私もそうだが、先輩は制服を着ている。汗でワイシャツが透けて、肌が見えているが、別に気にしない。普通の人(私は普通じゃないのか?)だったら、気絶してしまうかもしれないくらい艶めかしい。これはずるいぞ。
エアコンが古いせいでなかなか涼しくならない教室で授業を受けなければいけないくせに、通気性が微塵もない制服で登校しないといけない。これだけは許せない。
「ところで空音ちゃん。今日こそ僕と付き合ってくれるね?」
「無理です。では、お先に教室に行きますね」
「ちょ、ちょっとまってくれよー!」
そんなふうに言ってくる悠斗先輩を置いて、教室までの道のりを全力で走っていった。


