──────「で?『白蛇先輩』とはどうなったの?」
 「わ、私気になって寝れなかったよ」
 ほんと気になるぅ。空音ぇ、教えてよぉ」
 え、えー。あんま覚えてないんだよね。」
 思い出せ私!確か、こんな感じの会話だったはず・・・・・・?)

『俺はお前を選んだ。それ以上も以下もねえ』
『あのぅ、それはどういう意味で・・・・・・?』
『今日はこれ以上は言えねえ。明日の放課後、お前の学年の昇降口で待ってる』
『え?ん?』
『期待とかすんなよ、大したことじゃねえ。予定空けとけよ』
 
(う、うーん、どうしよう。別に大した話じゃないんだけどなぁ。でも、親友に黙っておくことは少ないほうがいいって誰かが言ってたし、言うか)
「えっとね。今日の放課後に昇降口で待ってるから予定空けといてって言われた」
「うわぁ。何をするとかぁ、言われなかったのぉ?」
「なーんにも。これ以上は言えないってさ」
「ま、まさかだけどね。わ、私達の大事な空音を傷つけようとしてるんじゃないの?」
「そんな事するような人じゃないよ、多分」
「多分じゃん!どうすんのさ、怪我とかしたら。気をつけなね」
「はぁい」
「うちらはぁ、何があっても空音の味方だよぉ」
「絶対裏切らないから!安心して『空音』を出していっていいんだからね」
 本当にこの三人は最高の親友だ。でも、中学校の頃の私を知ったら、三人はどういう反応をするんだろう。その事を考えると、胸が苦しくなる。
 でもまぁ、とりあえずは目の前の試練に立ち向かわなければならない。
「わかった。ありがとう、三人とも、いってくるね!」
「『行ってこーい!』」

──────ホームルームが終わり、各々掃除を始めたり、部活に行ったりし始めた。
 私はもちろん、白浦先輩との約束があるため、昇降口に素早く行く。先輩を待たせるなんて、後輩としてよろしくない気がしたからだ。
 靴を履き替えて外に出ると、すでに先輩がいた。なんか苛ついている様子で、腕を組んでこちらを睨んできた。やっぱりそういうところが蛇なんだよね。
「遅え、もうちょい早く来いよ。」
「すみません。言い訳っぽくなるんですが、担任の話が長くて遅れました」
「お前んとこの担任誰だ?」
「あ、園村晶(そのむらあきら)です。数学Ⅱの」
「あぁ、あのおっさんか。いっつも話長えよな。じゃあしょうがねえか」
「ありがとうございます」
(うちの担任『話が長い』で有名なの?なんか嫌だな)
「それじゃ、さっさと行くぞ」
「え?どこに行くんですか?」
「入学初日、ぶつかったろ?そのお詫び」
(え、お詫び?私がぶつかったのが悪いと思うんだけれど、もらえるものはもらっとかなきゃいけないって誰かが言ってたし、いいか!)
 そう思って、白浦先輩を追いかけた。

──────私はなぜ、今エプロンを着て花束を作っているんだ。
「あら、上手ねぇ。空音ちゃんは手先器用だし、カラーセンスもとてもいいわね」
「あ、ありがとうございます。家で料理することが多いので、多分それで」
「なるほど!ほんと、こんないい子が娘だったら良かったのにねぇ。あの息子はほんと手がかかって、もう大変よ。後輩に働かせるだなんて、信じられないわ」
「あ、あはは・・・・・・」
(『ほんとですよね、私もそう思います!』だなんて言えない・・・・・・)
 現在私は、白浦先輩の両親が経営しているという『フラワーショップ かめのぞき』というところで働いている。厳密に言えば、先輩に働かされている。
 きっと先輩の言った『お詫び』とは、『先輩が私に』ではなく、『私が先輩に』という意味なのだろう。とてもよろしくない。
 そして、今話しているのはおばさんこと、先輩のお母さんだ。名前は『白浦・モンヴァネス・チェル』というらしい。とても美人で、髪は少し金色っぽく、瞳はとてもきれいな群青だ。きっと先輩の瞳は、お母さんから遺伝したのだろう。
 店の奥にはおじさんこと、先輩のお父さんがいて、私が見たときはパソコンとにらめっこしていた。税金とか、お金に関することでもやっているのだろう。名前は『白浦尋斗(はくうらひろと)』というらしい。
 おじさんやおばさんと呼んでいるのは、二人にこう言ってほしいと言われたからである。少し落ち着かないが、断るのも良くないだろうと思った結果である。
「そういえば、先輩はどこにいるんですか?」
「あぁ、あの子は夜になるまで家に帰ってこないのよね。高校生になってから、こんなことをするようになっちゃったのよね。もう慣れたけれど」
「そ、そうなんですか。何やってるんですかね・・・・・・」
(こんなにいいご両親はそうそういないのに何やっているんだ、先輩は)
「いらっしゃいませー」
「お、新入りかい?随分可愛い子連れてきたね、チェルさん」
「いえいえ、璃玖が連れてきたんですよ。この子がうちで働きたいって言ってたって」
(全然言ってないー!先輩嘘つかないでよぉ)
 おばさんによると、このお客さんは開店当初からの常連さんらしい。結構大きな会社の社長をやっていて、いつも奥さんにプレゼントを買っているそうだ。
「本日も奥様に贈るのですか?」
「いや。今日は、学生時代の悪友にやろうと思ってね」
「まぁ、そうなのですか」
「あと、今日はこの子に花束を作ってもらおうかな」
「え、私がですか?」
「あぁ。よろしく頼むよ」
「そうね。ちょうど私も奥で用事があるし。よろしくね、空音ちゃん」
「は、はい!全力を尽くします」
 ニコッと笑って、おばさんは行ってしまった。
(頼まれたからにはやらないとね。とにかくこの社長さんの望む最高の花束を作らなきゃ!)
「どんな色や花がいいとかありますか?」
「そうだな。あいつは暖色が好きで、ガーベラとかひまわりも好きだったな」
「では、赤やオレンジ、ピンクでまとめていきますね」
 そう言って私は、花やリボンを選び始めた。そうしていると、おじさんは私に話し始めた。
「そいつはな、俺のライバルで、親友で相棒で、同級生で悪友だったんだ」
「へえ、そうなんですか」
「小学校から大学までクラスもずっと一緒。同級生や先生の間では有名なコンビだったんだよ、優等生としてな。あんなに一緒にいたのに俺は一度も勝てることはなかったんだ。でも憎めなかった、人が良かったんだ」
「すごいですね、十六年間も一緒だなんて」
「すごいだろ?卒業してからも俺達はコンビだった。二人で会社を立ち上げたんだ。どんどん人と金が集まって、看板商品も出来上がって。いつの間にか大企業に仲間入りをしたんだ。そして、俺が社長で、あいつが副社長になった。俺があいつの上に立てるのは、後にも先にもこれだけだろうな」
「そうですか?これからの人生、まだまだチャンスはありますよ」
「まあまあ、話を最後まで聞けって」
 社長さんはタバコを吸い始め、私は作業をしながら話を聞いていた。
「でもある日、意見の食い違いで喧嘩して、それっきり会わなくなった。ちょっとしたことで喧嘩して、本当に馬鹿だなと思ったよ。あいつは悲しんだだろうに、俺は変なとこで意地を張って謝れなかった」
「・・・・・・」
(重い話になってきた)
「それから六年後、あいつは死んだ。難病の『自己貪食空胞性ミオパチー(じこどんしょくくうほうせいみおぱちー)』という病気でな。その病気は遺伝性のもので、もともとあいつの家はその病気にかかる人が多かったらしい。五十四歳に発症して、五年後にはもう・・・・・・」
「それはどんな病気なんですか?」
「筋細胞に特異な空胞が出現する遺伝する筋肉の病気だ。症状の進行は比較的緩いそうだが、合併症を引き起こすこともあって、死亡するケースがほとんどだそうだ。そして、そいつもその中に入っていたんだ」
「初めて聞きました」
「そりゃあそうだろう、あまり知られていない難病の中の一つだからな。今日はそいつの命日なんだ。だから、墓に供えようと思って」
「・・・・・・辛かったですね」
(きっと、謝れなかった過去の自分を責めて、後悔しているんだろうな。多分、副社長さんは、病気だってことを社長さんに伝えなかったのかも。ライバルに心配されたくなかったのかな)
「あいつは、俺にもう会いたくなかったのかもしれないな」
「そんなことないと思います!親友さんはきっと、多分ですけど社長さんに心配されたくなかったんだと思います。あ、いい意味でですけど。もっと出世してほしかったんじゃないですか、親友さんの分も。これまでも、これから先も絶対に、親友さんは社長さんのことを応援していると思います!」
(あれ?私ってこんなに人の気持ちを考えることができたっけ?)
 そんなふうに考えていると、社長さんは涙を流していた。
「え、どうしたんですか!?私が変なことを言ってしまったからですか?」
「いや違う、違うんだ。そうか、そうだったんだね。きっとそう思ってくれているだろう。そう信じてもいいかい、勇太?」
 なんで社長さんが泣いているのかはわからないし、言っていることもよくわからない。でも、なんか顔が明るくなっている気がする。役に立てて何よりだ。
「はい、社長さん。赤やピンクを使った花束を作ってみました。花束には主に三つの花を使っていて、ディアスシアには『私を許して』やピンクのガーベラには『ありがとう』、赤いカーネーションには『あなたに会いたくてたまらない』という意味を持っています。社長さんが親友さんに伝えたいんじゃないかなと個人的に考えたことを表してみました」
「あぁ、俺の言いたいことを完璧に表している。ありがとう、空音ちゃん。これ、お代ね」
「あ、ありがとうございます。またのご来店、お待ちしております!」
 そう言うと、社長さんは手を振りながらこのお店から出ていった。
(私は、こんなに人の気持ちを理解できるような人間だったんだ・・・・もしかしたら、高校やお店で色んな人と関わるほうが『なくした記憶』を取り戻していけるのかも。よし、おばさんや先輩に直談判してみよう)
 そうやって考えていると、奥からおばさんが戻ってきた。
「あ、社長さん帰ったの?ありがとうね空音ちゃん、店番してくれて。大丈夫だった?」
「はい!お話をたくさん聞けてすごく楽しかったです。あ、この中に花束のお代をいれておきますね」
「ありがと。ほんとよくできた子ね」
「いえいえ、そんなことないですよ。ところでおばさん、ちょっと相談があって・・・・・・」

──────おばさんは私の相談を、快く快託してくれた。ほんとありがたい。
 その後、お店には十何人か来て、お客さんたちと雑談したりしてとても楽しかった。
 そうこうしているともう十九時頃になっていた。
 そろそろ御暇しようかなと思っていると、白浦先輩が帰ってきた。
「あら璃玖、お帰りなさい」
「・・・・・・」
(え、あいさつ無視した!?本当にありえないんだけど。ちゃんと言わなきゃだめでしょ)
「おい前橋空音、店に迷惑かけてねえだろうな」
「そんなヤバイことなんてしてないですよ。私をなんだと思っているんですか?」
「信用できない後輩」
「ひどっ。じゃあ、なんで私をここで働かせようとしたんですか」
「・・・・・・最初に言っただろ、俺はお前を選んだ。それ以上もそれ以下もねえ」
(最初に言っていた言葉と一緒だ。でもなぜだろう、今の先輩の顔は少し違う気がする。少しだけ明るく、私に期待するような眼差しを向けているような・・・・?)
 なぜ私なんかに期待しているかはわからない。でも、少しだけ人の気持ちが理解できるようになった気がして、自分の心の中のパズルのピースが少し埋まった気分がする。
 そうすると、急に視界が白くぼやけてきた。
「っ!」
────あんたは誰の気持ちも理解することが出来ないのよ。顔がずっと変わらなくて、本当に気味が悪い。この人形マシーンが!
(・・・・・・?ここで声がなくなった。中学校のときにこの声を聞いたことがある。でも、誰かは思い出せない。それに、最後の『バタッ』って音が気になるな。もしかしたら、これって・・・・・・?)
 前触れもなく急に脳内で音声が流れてきた。この甲高い女の人の声を何処かで聞いたことあるような気がするが、とりあえずあまり良くないものだということは分かる。
 しばらく考えていると、景色が戻ってきた。白浦先輩とおばさんには気づかれていないみたいで良かった。
 これも『記憶』にとっては重要なことかもしれないが、この件は後で考えよう。とりあえず、例のことを白浦先輩にも相談するほうを優先しないと。
「先輩、これからもこの店で働いていいですか?」
「金不足か?そんなに給料は高くねえと思うぜ。他のところにいけ」
「いえ、ここで働いたほうが『記憶』を取り戻せると思うんです。だから、お願いします」
「『記憶』を取り戻せる・・・・・・?どういう意味だ?」
「私だって、白浦先輩が言っている『私を選んだ』の意味が知りたいですよ」
「それは言えねえ」
「じゃあ、私も言いません」
 プイッと顔を先輩からそむけた。だって、私だけ言うのは不公平じゃない?
「・・・・・・まぁ、ここで働くのは俺は構わねえよ。勝手にしろ」
「ありがとうございます!それではこれから毎日放課後に来ますね」
「は、毎日?お前暇人かよ」
(私は別に暇人ではないんだけど・・・・・・)
 部活動には所属していないが、授業についていけるように予習復習は毎日するようにしているし、課題や提出物は言われた当日にやり、翌日には先生に渡すようにしている。
 そのおかげかどうかは知らないけど、県内トップクラスの学校で学年十位に入っているし、先生たちに優等生扱いされている。内申は大丈夫そうだ。
(私は頭がいい人種ではないけど、コツコツ何かをすることは得意な方だからね。これは私の誇るべき部分だと思う)
「では、今日はここで御暇させていただきます。お疲れ様でした」
「はーい。また明日ね、空音ちゃん!」
「ほんとに来んのかよ」
「嫌な顔しないの、璃玖」
 高校生になってから明日が来るのが怖くて仕方がなかった。中学校の頃を思い出して、もし高校でも二の舞いになったらどうしようって。でも、久しぶりに明日が来るのがとても楽しみだと思った。
 これから毎日、放課後が来るのが待ち遠しくなるだろうな。
 
──────「璃玖、あんなにかわいくて仲が良い後輩ちゃんがいるのに、なんで今まで紹介してくれなかったの?別に恥ずかしがることじゃないでしょうに」
(そうだった、うちのお袋はこういうのにめんどくせぇタイプの人間だった。はぁ、まじで紹介しなけりゃよかった)
 現在、晩飯を食べている最中にお袋からあいつのことを聞かれている。いや、尋問されている。クッソめんどくせえ。
「・・・・・・入学式初日にぶつかってきたやつだよ。そんなやつを家に呼びたくねえだろ」
「あら、でも今日は呼んだのね?なんでかしら?」
「・・・・・・ごちそうさま」
「まぁ、逃げる気なの?私は諦めないわよ。いつか、璃玖の口から情報が引き出せる日が来るまでね♡」
「・・・・・・粘着質系の人は嫌われるぞ」
「別に私は、お父さんに嫌われなければ生きていけるわよ。ね、お父さん♡」
「・・・・・・ん?そうだな」
 寡黙でマイペースな親父は、いつも通り俺達の話を聞いていなかったようだ。今回も、適当に返事をしたのだろう。
 おしゃべりなお袋と、静かな親父は相性がいいようで、俺を置いて二人で話をし始めてしまった。こっちとしては、そのほうがありがたいのだが。
(はぁ、やっと抜け出せた。マジでメンタル的にきつかった。でも、明日学校に行けば壮汰にグチることができるぜ。いや、あいつは『うん、仲がいいのはいいことじゃね?』とでも返してくるんだろう。ストレスが溜まる一方だ)
 そう思いながら眠りに落ちた璃玖は、空音が自分のことを怖がらずに喋っていてくれていたことに気づいていなかった。

──────今日も朝が来て、いつも通りの日常が始まる。
 いつものアラーム音で起きて、いつものルーティーンで支度をしていく。
 顔を洗った後は制服に着替えて、朝ごはんを食べる。その後、髪の毛をいつもの高めのポニーテールにして、ヘアアイロンで前髪を整える。だが、今日は高めのお団子にチャレンジして、前髪も上げてみようと思う。いつもと違う髪型にすると『ギャップ萌え』になるときがあるらしい。
 髪を整えた後は教科書や課題、スマホ、定期をカバンに詰めて、家を出る。
 家と駅は歩いてたった二分で着き、電車に揺られること十五分。その後、徒歩で五分で私が通う海原高校に到着する。
「おはようございます、みなさんおはようございます」
「おはようございます」
 こんな感じで生徒会の人たちが校門前で毎朝挨拶をしている。大変なんだろうな。
 このまま普段通り昇降口に行こうとしたのだが・・・・・・
「おい、前橋空音。今日も店に来んのかよ?」
(嘘でしょ。このままいつもの素晴らしい一日をスタートしようと思ったのに、なんで朝っぱらから会うことになってしまったんだ・・・・・・)
「おはようございます、白浦先輩。そのつもりですが、今日はお店が休みの日なのですか?」
「いや、親に店番を頼まれたんだよ。お前と一緒にいたくねえから、聞いたんだよ」
「それなら、サボればいいじゃないですか?」
「そういうわけにもいかねえだろうが。頼まれたもんはしょうがねえだろ」
「頼まれたことはちゃんとやるタイプなんですね。では、四時半頃に行きますね」
「はぁ?一言余計だな」
「すみません、思ったことは結構言うタイプなので。失礼します」
 そう言って、私は昇降口に早歩きで向かった。後ろを見てみると、後から先輩が追いかけてきている。
「おい!ちょっとまだ言いたいことがあんだよ。ちょ待っ、速っ」
「・・・・・・あーもう!わかりましたよ!で、なんですか?」
「お、俺は別にお前のことは嫌いじゃないからな。ただその、女子と関わるのがあんまなかったから話し方がわかんねえだけだからな。誤解とかすんなよ!?これで終わりだ。じゃあな!」
「え?さっきと話がつながってないですよ?どういう意味・・・・・・って、待ってください!」
 そう言ったのに、先輩は全力ダッシュで二年生の昇降口の方へ耳を真っ赤にしながら逃げてしまった。本当に、意味がわからない。
「・・・・・・別に私は先輩のことなんとも思ってないんだけどな」

──────教室に着くと、ののたちはもういた。いつもは、私が一番最初に来て、しばらくしてから三人が来る。それまで私は参考書を読んだりして、優雅な時間を過ごしている。
「おはよー。今日は三人とも早いね」
「おはよぉ空音ぇ、珍しいでしょぉ。ところでぇ、昨日はどうだった?」
「あぁ、先輩のお店で働かせてもらうことになったんだよね」
「え!空音、あんた白浦先輩のこと・・・・・・?」
「いや、全くそんな感情はない」
「す、すごくはっきり言うね」
(うーん、見た目はかっこいいと思うんだけど、中身のほうがちょっとタイプじゃないんだよね)
 そう思いながら外を見てみると、白浦先輩が男友達何人かに囲まれながら笑っていた。そういえば、あの人の笑っているところ初めて見たかも。
「そういえば、最近『白蛇先輩』が少し表情豊かになったって部活の先輩が言ってたな。なんかいいことでもあったのかね?」
「い、いつくらいからなの?」
「んー、大体今年の四月くらいからだって・・・・・・あれ?」
「それってぇ、空音と出会ってからじゃなぁい?」
「そ、そう言われてみればそうかも。も、もしかすると先輩が空音のこと」
「好きなんじゃなーい!?」
「は、はぁ?そんなわけ無いじゃん。いっつも冷たくあしらってくるし、たまに変なこと言ってくるし、よくわかんないよ?」
「好きな子はいじめたくなるんだよ。カッコつけたくて、本当に思っていることを口に出せないんだよ」
「良かったねぇ空音ぇ。性格は置いといてぇ、学校でトップクラスのぉ美貌の持ち主だよぉ」
「わ、私達は応援するよ。ほ、本当によかったね」
「いやいやいや、私は本当にそんな感情は一切ないから!それに『性格は置いといて』って言ってんじゃん。って、そんな顔で見てきても本当なんだから!」
「『ほんとにー?』」
「本当だよ!」
(もう、しつこいこの三人!って、親友にこんな事言うのはだめか)
 こんなふうに言ってくるのはちょっとうざいけど、喋るどころか無視されていた中学自体より全然まし。というより、こっちのほうが楽しいし。
 またののが口を開こうとした瞬間、SHR(ショートホームルーム)の始まりのチャイムが鳴った。タイミング最高すぎる。
(なんで先輩、思わせぶりなことすんの?ちゃんと態度に出してほしいわ!)
 皆自分の席に戻っていき、号令の人が挨拶をする。が、私の耳には聞こえていなかった。

──────四時間目が終わり、一時間の昼休みが始まる。うちの学校は昼休みが長く、食べる場所は学校敷地内ならどこでもいい。
 弁当を持参する人もいるが、購買にはパンやジュースがある。食堂には定食もあるが、自分でカスタマイズすることもできるし、日替わりの美味しいデザートもある。登校する前にコンビニや弁当屋で買ってくる人もいるし、とにかく自由なのがこの学校の強みなのだ。
 校則は制服を着用するのと、登下校時間の門限が設定されているくらいだ。最高すぎる。
 ちなみに私は、週三回は自分で弁当を作って来ている。カラフルで美味しそうとクラスメイトたちの間で話題になり、代金を払うから作ってきてほしいと言ってきた一部の人がいて、たまに作ってきている。今日は、のの達三人分だけだ。
「うわぁー!今日もお弁当美味しそうだねぇ」
「ほんとそれな。ね、もう食べていい?」
「と、とりま写真撮るから待って!」
「今日も写真撮るの、愛実」
 いつも愛実は四人分のお弁当の写真を撮っている。本人が言うには、美食家のため、コピーしてノートに貼り、感想を書いて日記をつけているらしい。
「も、もちろん。きょ、今日はアザラシみたいなオムライスだね。ケ、ケチャップで顔かいてるのめっちゃ可愛い!」
「それはマジで思った。食べるのがもったいない・・・・・・」
「ちゃんと食べて!そうしなきゃ、アザラシちゃんが成仏できないでしょ?」
「たしかにねぇ。じゃあ、顔から食べちゃいまぁす!」
「え?そんな事やったら普通に炎上案件なんですけど」
「じゃあどこから食べればいいのぉ?食べるなっていうのぉ、こんなに美味しそうなのにぃ?」
「そういう問題じゃないでしょ?そこは最後に食べて、他のところを食べればいいじゃないって言ってんの!ほんとそういうところわかってないよね、萌音って」
「その言い方ムカつくぅ。それにののは言い方きつすぎるのぉ、ホントやめてほしいんだけどぉ」
「それじゃあ、あんたのその口調、ぶりっ子みたいでキモいよ?なんにもわかんない馬鹿だもんね」
「そしたらぁ、ののは世の中には色んな意見があるってことぉ、わかってないよねぇ?世間知らずなKY(空気読めない)だもんねぇ」
「はぁー?あんた自分の立場わかって言ってんの?」
「上から目線やめてほしいんですけどぉ」
(ヤバイ、二人が争い始めてしまった。これは止められないタイプのやつだ。私は知っている、いつも仲いい子達が喧嘩をすると誰にも止められないということを)
 どうしよう、このままだと悪い関係になってしまう。今のうちに止めなければ!
「まあまあ、ふたりとも落ち着いて。一回ご飯食べてから話し合おう?」
「そ、空音の言う通りだよ。争うなんて良くないよ?」
「うるさいわねあんた達!二人には関係ないでしょ?話に入ってこないでよ」
「空音達にもそんな言い方すんのぉ?てかぁ、二人を巻き込む必要ないじゃあん」
「うるさいわね!もういい、教室に戻る。空音、行こ」
「逃げる気なのぉ?空音ぇ、空音は私の味方だよねぇ?ついていかないよねぇ?」
「え、えぇと・・・・・・」
(どうしよう、どちらか一方についていくとどちらかを裏切ることになるし・・・・・・)
「そ、空音。の、ののについて行って。ぶ、分担したほうがすぐに仲直りできそう。前も同じパターンで、仲直りできたから。の、ののの方は私よりも空音のほうがいい気がする」
 小声で愛実がそう言ってくれた。了解、とだけ愛実に言って、私はののについて行った。
 ちょっと、いや結構萌音に対して罪悪感が湧いてくるけど、愛実がなんとかしてくれることを願ってる。

──────「空音、なんでうちについて来たの?あいつの方に残るかと思った」
「え、それ遠回しにディスってるよね?」
 現在、ののと萌音が喧嘩したため、私と愛実で分担して関係を修復しようと図っている。
「だって、ののがついて来いって言ったし、愛実はののについていく気はなかったと思うよ。前もこんな事があったの?」
「うん。萌音とうち、結構反対の性格じゃん?普段は相性いいんだけど、一度喧嘩になるとだめなんだよね。わかってるんだけど、そう簡単に性格は変えられないからさ」
「うん」
「うち五人兄妹の末っ子でさ、上が全員男だから自分の意見強く言わないと聞いてくんないわけ。だからこんな喋り方になったんだと思う」
「なるほど、そりゃこんなふうになっても仕方がないと思うんだけどな。萌音はそれを知ってるの?」
「うん、何回も喋ってるよ。こんな喋り方なのは家族構成のせいなんだよねーって。忘れられるのは当然だけどね」
「まぁね。でもあの時さ、ののは本心を喋ってたわけじゃないんでしょ?萌音の喋り方、ぶりっ子とか一ミリも思ってないんでしょ?なんであんな風に言っちゃったの?」
「うっ」
「あ、別に責めてるわけじゃないんだけどね。ただ、ののもそうだろうけど萌音も親友にあんな事言われて、すっごく悲しんでると思う」
「うん、わかってる。めっちゃムカついて、流れで言っちゃったんだよ。わかるでしょ、空音も」
「もちろんすごいわかる。でもとりあえずは、萌音に謝りに行こ?仲直りは早くしたほうがいいよ。罪悪感がどんどん溜まって、時間が経つにつれて気まずくなるんだから」
「・・・・・・わかった。空音もついてきてよ?うちだけじゃ無理」
「わかってる。ほら、屋上に行こ?」
「うん!」
(正直最初、ののは男の子みたいだなって思ったんだよね。ののはボーイッシュで、喋り方とか見た目も男の子っぽくてかっこいい。でも、中身はちゃんと女の子なんだなってちょっとなんか安心した。本人に言ったら怒られそうだけどね)
 ののが廊下で待っててくれていて、ののは後ろから差している光に照らされていた。そして、私に向かってにこって笑って手を出してくれた。
(二人が仲直りできたらいいな)
 その手に、私の手を重ねて二人で屋上へ歩き出した。
 
──────空音とののが教室で喋っている時、萌音と愛実はこんな会話をしていた。「ねぇ愛実ぃ。なんで空音をののについていかせたのぉ?私は空音が良かったんだけどぉ。愛実がいやってわけじゃないんだけどねぇ」
「う、うん。わかってる」
(どうしたら萌音とののは仲直りできるんだろう?私だけじゃ無理だったかもしれない。空音、助けてぇ!)
 私『神崎愛実』は見ての通り、隣りにいる萌音と空音と一緒にいるののを仲直りするためにどうすればいいか悩んでいる。
 私は、人と喋るのが少しだけ怖いからどう話したらいいのかわからない。だからいつも、他の人と話すと最初に喋ろうとした一文字目の言葉を繰り返し言ってしまうというクセが付いてしまった。これは本当にどうにかしたい....。
「ねぇ愛実ぃ。どう謝ったらいいのかなぁ?」
「・・・・・・え?も、もう謝るって決めたの?」
「うん。ののとは仲良くしていきたいしぃ、空音と愛実に迷惑でしょぉ。だからぁ、どうしたら気まずくならずに謝れるのぉ?」
「あ、う、うーん。や、やっぱりそのまま『あんなふうに言って、ごめんね』って言うしかないんじゃない?そ、それに、ののは本心じゃないと思うけど、喋り方があんま好きじゃないって言ってたから、そ、その喋り方やめてみたら?わ、私はそんなふうに思ってないけどね」
「そっかぁ・・・・・・たしかにぶりっ子っぽいよね。でも、この喋り方落ち着かないし、ちょっとトラウマ気味なんだよね」
「も、もうそんな喋り方できるの?は、早くない?て、てか『トラウマ』?」
「まぁ、ちょっと作ってたからね。トラウマの件は、話せば長くなっちゃうんだけどね」
 そういって、萌音は話し始めた。

──────私さ、中学校は『香南学園』だったってこと話したっけ?そこは、私立の女子校で中高一貫なんだよね。本来は高校もそこに行くべきなんだけど、私は行かなかった。
 なぜかって?いじめられていたんだよ、仲良しだったクラスメイト達全員に。落ちぶれたものだよね、昔は『平和の香南学園』って呼ばれていたくらい何もなかったのに。
 クラスメイトから、『萌音』っていう名前なのに本人は可愛くないって言われて、仲間外れとか、悪口言われたりしていたんだよ。直接的には何もされてないから先生にも相談できなかった。頭の良さをここで使うとは、先生でも予想できないだろうね。
 すごく悲しかった。最初はクラス全員、本当に仲が良かったから。こんなことになるとは全く思わなかった。
 絶対にこの人たちと同じ高校には行きたくないと思って、親をなんとか説得して、この高校を受験したんだよね。海原高校のほうが偏差値が高いし、評価もすごく良かったから。
 同級生は誰もこの高校に来なかった。みんな付属の高校にもちろん行ったから。だから、最高の高校デビューをしてやろうと思ったんだよね。『萌音』っていう名前に合う、かわいくて、女子に。
 まぁ、そうしたらぶりっ子みたいってののに言われちゃったけどね・・・・・・

──────「そ、そうだったんだ・・・・・・」
(萌音にこんな過去があるなんて全然知らなかった。みんな何かしらの過去があるんだねぇ)
「うん。もう、この喋り方やめたほうがいいかな?」
「ひ、人に言われて辞めるのは違うよ萌音!」
「・・・・・・!」
「わ、私は萌音の喋り方かわいいと思うし、萌音の見た目も可愛いと思う!じ、自分が好きと思ったり、いいと思ったものを他人に言われて変えるのはだめだよ!も、萌音の考え方とか、見た目は萌音だけのものだよ」
「それは私も思うよ」
「空音・・・・・・!」
「う、うちも」
「ののも?」
 そう言ってくれた空音は、こっちの方にニコっと笑ってくれた。ののは、空音の後ろで気まずそうに立っている。
 おそらく私が熱弁しているときに、空音とののが到着したみたいだ。空音、ののといい感じに話し合えたのかな。ナイス!
「ごめんね、萌音。あんな言い方しちゃって。信じてもらえないかもしれないけど、本当はぶりっ子とか思ってないよ。うち、なんか男っぽいから萌音みたいな女の子っぽい喋り方とか見た目に憧れてたんだ。ほんとごめん」
「ううん。こっちこそごめんね、上から目線とか言って・・・・・・本当に、ぶりっ子とか思ってない?」
「思ってたら、普段から態度に出してると思うよ」
「確かに!ののは結構態度に出ちゃうタイプだよね」
「うるさい、空音」
 あははと、屋上に四人の笑い声が響いた。やっぱり、仲良しが一番だよね。
「・・・・・・空音?」
 なぜか、空音が違う方向を見ていて気になった。気のせいかな。

──────俺は現在、屋上にいる。壮汰と昼飯を食べるために来たんだが、まさかあいつがいるとはな。まぁ、昼飯を食べるには絶好の天気だから、いるのは別に不思議じゃねえが。
「お?そらねちゃん、だっけ?かわいいじゃん、俺のタイプの子だ。付き合えるなら付き合いたいなー、ってお前何にも反応しないのかよ!」
「は?なんで反応しなきゃなんねえんだよ」
「え?だってお前、あの子のこと好きなんだろ?見ている時、すげぇニヤけてんぞ。他のやつは気づいてないし、お前は無意識だろうけど」
「べ、別にニヤけてねえし。好きでもねえし」
「なんとも思っていない子にお前が話しかけたり、その子のことで悩んだりするわけねえだろ」
「うっ。でも、好きではねえ」
「気にはしているんだな?その言い方だと」
「・・・・・・」
「沈黙は肯定と受け取るぜ?」
「勝手にしろ」
(別に、俺はあいつのことなんか好きでもねえ。そもそも、好きって気持ちがわからねえんだけどな)
「お前、『好き』って気持ちがわかるのか?」
「わからねえけど」
「じゃあ、好きじゃないって断言できなくね?」
「まぁ、そうだけどな」
「好きっていうのは、その人のことをずっと考えちまったり、そうしているとドキドキしたり、話していると緊張して通常の状態でいることがままならないことだな。他にも色々あるけど、ぱっと思いついたのはここらへんだな」
「それは、あまり良くないことなんじゃないのか?」
「そういうわけではない・・・・」
 そう言って、壮汰は昼飯を食べ始めた。呆れちまったんだろうな。
 俺も、お袋が作った弁当を食べ始めた。悔しいことに、栄養バランスが完璧に整っていて、見た目もすげえいいし、うまい。しかも、毎日ぜんぜん違うメニューと組み合わせになっているから飽きねえ。
 俺が、もしあいつのことが好きだっていうなら、今後どう接すればいいのかわからねえ。本当のことを知ったら、もう関わってくれないかもしれない。そうなる未来を考えたら、俺はすごく心が苦しい。
(お願いだから、『俺』のことを知っても絶対に嫌いにならないでほしい。好きでいさせてほしい・・・・・・って、俺はあいつのこと好きなんかじゃねえ!)
 そう思いながら弁当を食っていると、あいつこと、空音がこっちの方を見てきた。
(はっ、俺がここにいることに気づいたのか?ってか、あのキラキラしたでかい瞳でこっちを見られると、すげえなんかドキドキする。もしかして・・・・・・いや、そんなことはねえ!)
 俺があいつのことを見ていることに気がつくと、空音はフッと笑って手を振ってきた。すげえかわいくて、恥ずかしくて目を逸らしかけたが、流石に無視はよくねえと思い、こっちも手を控えめに手を振り返した。
 そうすると、あいつは顔を少し赤くして友達のところに戻って行っちまった。まあ、かわいかったから逃げたことは許してやるけど。
(はぁ、マジでかわいすぎる。てか、恥ずかしくて目を逸らしたってことだよな?はぁー!?あいつ、あんな態度取ってたのに俺のこと好きなのか!?ツンデレタイプってことなのか?それとも、別になんとも思ってない・・・・・・?いや、あんな顔してるんだから、そんなことはないだろ)
 こんなふうにあいつのことで悩んでいる俺を見て、ニヤニヤしている壮汰を俺はぶっ飛ばしてやりたかったが、一発殴るくらいで収めた俺は偉いと思う。

──────現在、帰りのSHRをやっている最中に、私は今日の昼休みに起こった出来事を振り返っていた。
 萌音に言われて、屋上にいた先輩に笑いかけながら手を振ってみると、先輩も手を振り返してくれて少し嬉しかったが、ちょっと恥ずかしくてのの達のところに逃げてしまった。
(だだだ、大丈夫かな!?今日の放課後、先輩とお店の店番だし、怒られちゃいそうな気もする・・・・・・なんで今日に限ってっ!)
 チャイムが鳴り、それぞれ席を立ったり、友達のところに行って話し始めたりと好きなことをし始めた。私は、少し課題を進めてから店に行こうと思ったのだが・・・・・・
「空音ぇ。どうだった、手を振る作戦はぁ?効果てきめんだったでしょぉ」
「さすが萌音。あざとく男にアピールする方法を教える先生になったりするのはどう?」
「えぇ、絶対嫌だぁ」
「そ、それは誰でも嫌だと思うよ」
「あははっ」
 ののの言葉に萌音はすねてしまったらしく、ほっぺを膨らませながら肩を叩いていた。それを止めようと、愛実が二人のそばでオロオロしている。
「で、結果はどうだったの?」
「うーん、顔を少し赤くして目を逸らしながらも手を振り返してくれたよ。先輩、案外優しいところあるんだね」
「きゃー!それってぇ、本当にぃ?」
「ま、まさか本当だったとは・・・・・・」
「え?何の話なの?」
「だから、『白蛇先輩』が空音のこと好きだって話!」
(・・・・・・え?そ、そうなのかなぁ)
 たしかに、今朝のことといい、昼休みのことといい、なんか先輩の様子がおかしすぎる。『何か裏があるのでは?』と疑ってしまうのは許してほしい。
「まぁ、最近の先輩の様子を見ていたら、そうなのかなって思うようなことは結構あるかな」
「マジで!?そろそろ進展があるんじゃないの?」
「そ、それは私も思う!きょ、今日店で二人きりになるんでしょ?だ、大チャンスだよ、大チャンス!」
「頑張ってねぇ、空音」
「・・・・・・なんでそうなるの?」
 三人には今日店で二人きりってことは伝えたが、こうなることになるなんて思わないじゃん。言わなきゃよかった。
「ま、とりあえず行ってくるわ。また明日ねのの、萌音、愛実!」
「『また明日ー!』」

──────店につくと、本当に先輩しかいなくって、いつもおじさんがいる事務所の机にも、おばさんがいるカウンターにもいなくて少し寂しかった。
(こんなこと言ったら、先輩にキレられそうだけどね)
 いつものエプロンを付けて、荷物をロッカーにしまってから表に出ると、先輩はすでにいて、カウンターに座ってスマホをいじっていた。
 すると、こちらに気づいたのかポケットにスマホを入れた。
「・・・・・・来るの遅くねえか?待ちくたびれたぞ」
「すみません、掃除当番だったもので。その後、先生の手伝いをしてました」
「優等生ぶってんのか?俺だったら絶対に手伝いなんかしねえな」
「実際に優等生ですから、先輩と違って」
「は?最後の一言が余計だな」
「えへへ、すみません」
 なんだか、先輩が突っ込むのが少し新鮮で面白かった。そういえば、先輩と出会ってからもう一ヶ月が経ったのだが、全然実感がわかない。すごく、楽しかったからだろう。
「って、どうしたんですか?顔真っ赤ですよ」
「なっ何でもねえよ!こっち見んなよ・・・・・・」
「えー?なんかおかしいですよ、いつもの先輩じゃないです」
「そ、そんなことねーし。ほら、お客さん来たぞ」
 なんか話を逸らされた気がするが、気にしないでおこう。お店に入ってきたお客さんは、六十代後半くらいの優しそうなおばあちゃんだった。
「こんにちは。おや、チェルさんと尋斗さんはいないのかね?」
「あぁ、ばあちゃんか。親父とお袋は諸事情により留守にしてるんだ、すまんな」
「おや、璃玖くん。久しぶりだねぇ、飴ちゃんいるかい?美味しいよ」
「ばあちゃん、俺そんな子供じゃねえよ」
(常連さんなのかな?この様子だと、先輩が小さい頃から知っているのかな?ってことは、先輩の黒歴史を知るチャンス!なんとかこのお客さんと二人きりになりたい・・・・・・!)
 このおばあちゃんのペースに流されて、先輩が困っている。いつもだったら絶対に見られない璃玖先輩の様子が、少し微笑ましかった。
「おやおや?璃玖くん、隣にいる可愛らしい女の子は誰かね?見たことない子だ」
「あぁ、こいつは高校の後輩。おい、ばあちゃんに挨拶しろ」
「わかってますよ、タイミングを伺ってたんです」
「じゃあ、さっさとすればよかったじゃねえか」
「そういう問題じゃないでしょ?すみません。はじめまして、『前橋空音』といいます。しばらくの間、ここで働かせてもらうことになりました。よろしくお願いします」
「よろしくね、空音ちゃん。私は近所の名もなきおばあちゃんです。ここにはずいぶんとお世話になっているの」
(名もなきおばあちゃん。名乗りたくないのか、名前が好きじゃないのか。あまり追求しないほうがいいだろうけど)
「おい前橋空音。ばあちゃんの相手頼むぞ、俺は裏で親父に頼まれた仕事があるからな」
「フルネーム呼びやめてください。もともと、私はこのおばさんとお話する予定でしたから」
「あっそ。ばあちゃん、こいつが相手になるから。なんかあったら呼べよ」
「心配しなくても大丈夫よ。この子はとってもいい子だってわかるからねえ」
「・・・・・・そう。じゃあ、店出る時に呼べよ」
 そう言って先輩は裏に行ってしまった。何も言わなくてもおばあちゃんと二人きりになれた。計画は順調に進んでいる。
(ふふふ、絶対に先輩の黒歴史を聞き出してやるんだから!)
「今日は、どのような方に花束をお渡しになるのですか?」
「あぁ、今日は息子に花束を渡そうと思ったのよ」
「息子さんですか?仲が良いのですね」
「いいえ、そんなことはないわ」
「え?そうなんですか?」
「そうなのよ。ねぇ空音ちゃん。私のしょうもない昔話に付き合ってくれるかしら?」
「ええ、ぜひとも聞かせてください!」
「・・・・・・わかったわ」
 なんだか悲しげな表情を浮かべて、おばさんは話し始めたのだ。
「昔、私は三人の子供の母親だったの。夫もいい人で、しっかりとした会社で働いていた真面目な人だった。充実した、幸せな日々を過ごしていたわ」
「へぇ、良いことですね」
「三人とも、とてもいい子に育ったの。上の娘は、みんなに慕われるムードメーカー的な存在になり、真ん中の娘は運動神経がとても良くて、運動会や体育のテストでは右に出る子はいなかったの。下の息子は頭が良くてね、先生たちも驚くような天才的な発想をしていたわ。個性豊かで、普通は兄妹で争うのだろうけど、全くそんなことはしていなかったわ」
「え、兄妹喧嘩しないとか、そんな家庭あるんですね」
「そうね、自慢の子どもたちだったわ。でも、子どもたちには本当に申し訳ないことを私はしてしまったのよ」
(お?黒い影が少しずつおばあちゃんの幸せな日常を覆い始めたぞ?)
 どんどんおばあちゃんの顔がひどくなっていく。私は、やっぱり作業を進めながら人の話を聞いているのだった。めっちゃ失礼だけど、先輩が戻ってくるまでにこれを終わらせなければいけないのだからしょうがない。
「ある日、夫と喧嘩をしたのよ。流石に五人で暮らすにはこの家は狭すぎる、だから引っ越そうと私が言ったの。そうしたら、『お前がこんなに子供を産むからだろう。俺は二人でおしまいにしようと言ったのに、三人目を産んでしまうからだろう。四人で暮らす前提でこの家を借りたのだぞ』って。そして私の頬を叩いたわ、全力でね。あの人が、三人目も欲しいと言っていたのに。まったく、ひどい事を言うわよね」
「えっ、それって三人目の子が可哀想すぎないですか?生まれてきて欲しくなったって言われてるようなものじゃないですか」
「そうよ。ちゃんと子どもたちは違う部屋に移動させたのに、あの人の声が大きすぎるせいで聞こえてしまったのよ」
「・・・・・・その人、私だったら許せませんね」
「ええ、もちろん私も許さなかったわ。だからその人と離婚してやったの。もともと、私は裕福な商家の生まれなの。親は早くに死んでしまったけれど、仲の良い親戚が家を継いでくれたおかげで、遺産や店は私がちゃんと所有しているからお金には困らなかったわ。でも、子どもたちはどうしようと思ったわ。だから、三人に意見を聞いたの。私とあの人、どっちについていきたいかって」
「離れ離れになるかもしれないのに、子どもたちに意見を聞いたんですか?」
「親が強制的に連れて行くよりかはましでしょう?」
「確かに・・・・・・」
「それで、十四歳になる上の娘は私に、十二歳になる真ん中の娘も私についていくと言ったわ。母親にあんな事を言った父親は親じゃないと言っていたわ。絶対に、私は悪くないし、ちゃんと夫が三人目が欲しいといっていたのを覚えていたのよ。でも、十歳になる一番下の息子は父親についていくと言ったわ。あの人が言っていたことを信じたのでしょうね」
「そんなっ、ひどくないですか!?おばあちゃんはそんなこと言っていないのに!」
「ふふっ、ありがとう。娘二人も止めてくれたわ、あんな父親についていくのかって。それでもあの子は聞く耳を持たなかった。でも、あの子はあの子なりに考えがあったのでしょう。だから私は止めなかった。お別れの日、ふたりとも私たちと目を合わせなかった。別れの言葉もかけてくれなかった。でもいいのよ、そのほうが潔く違う人生を送れるから」
「・・・・・・」
(そんなっ、大事に育ててきた子供に、もう二度と会えないかもしれないのに声をかけられないなんて、そんなの悲しすぎる。おばあちゃんがどれだけ傷ついたか、私にはわからない。でも、どんなふうに思ったのかは私にも理解できる。悲しくて、夫のことを憎んでしまうだろう。でも、おばあちゃんはそんなことを表には出さなかった。娘二人が心配するからだろう。なんて家族思いな人なんだろう)
 そんなふうに考えていると、おばあちゃんはまた私に話しかけた。
「ねえ空音ちゃん。察しているかもしれないけど、今日はその息子に会いに行くの。孫が生まれたんですって。初めて手紙が来たわ。その時に、あなたが作った花束を贈りたいわ。ねえ、私の思いが伝わるような最高の花束を作ってちょうだいな」
「はい、もちろんです!最高の、世界に一つだけの花束を心を込めて作ります!」

──────それから三十分が経った。ずいぶんと時間がかかってしまったが、とてもいい出来になったと思う。
「おばあちゃん、おまたせしました。出来ましたよ」
「本当!?解説をお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです。全体的に、出産祝いとしてぴったりなピンク色でまとめてみました。まず、この葉っぱはただの飾りに見えるかもしれませんが、これはミリオンバンブーと言って、花言葉に幸福や長寿などがあり、誕生祝にぴったりかと思いました。次にこの紫の花はハボタンといって、祝福や慈愛という意味があります。そして、このピンクの花はスイートピーといって、門出という意味があります。最後にこの花はムスカリといって、寛大な愛や明るい未来という意味があります。離れ離れになっても息子さんに愛情を伝えたい、新しい命の誕生に祝福をしたいというおばあちゃんの思いを表現してみました。ど、どうでしょうか・・・・・・?」
 そうおばあちゃんに聞いてみると、おばあちゃんは涙を流しながら拍手をしてくれていた。
「なんて、なんて素敵な花束なんでしょう。私が生きてきた中で一番きれいだわ。ありがとう、空音ちゃん。なんだか勇気が出て来るような花たちね。これで息子に堂々と会いに行けるわ。感謝してもしきれないわ」
「喜んでもらえてこちらも嬉しいです。ありがとうございます」
 おばあちゃんはとっても明るい顔をして、ちゃんと未来を見据えている顔をしている。最初にあったときは暗い顔をしていたが、これでもう息子さんに会うのは怖くないだろう。そう信じたい。
(本当に良かったね、おばあちゃん)
 おばあちゃんが幸せそうな顔をしているから、こっちも幸せになってくる。そんな事を考えていると、また視界がぼやけてきた。
「っまた?」
────あんたに幸せになる権利なんてないわ、存在自体が無駄なのよ・・・・人権?そんなもの、こいつにあるわけないでしょ?あるのなら人類皆幸福に溢れているはずだもの。
(また同じ甲高い女の人の声。私がさっき思っていたこととリンクしている。まるで否定するかのように。これが私のなくした過去の『記憶』。でもまだまだ集まってない。いつか全部の記憶を取り戻せるよね)
 このときは結構呑気に考えていたけど、今後この数秒しか聞こえなかった声が重要な手がかりになり、一つのピースとなるのを私はまだ知らない。
「空音ちゃん、どうしたの?」
「あっ、すみません。少し考え事をしていました」
「ふふふ。いいのよ、気にしないでちょうだい。それじゃあまた会う時には、お礼の品と息子との再会の感動エピソードを持って帰ってくるわ」
「わーい!楽しみにしてます!あ、そうだ忘れるところだった。白浦せんぱーい!おばあちゃん、帰っちゃいますよー!」
 そう言うと、ダッシュでこっちの方に来た。途中で机にぶつかりそうになってて面白かった。
(そんなに走らなくても、すぐに帰ったりしないでしょうに)
「ばあちゃん、次来るときは俺が花束作るからな。楽しみにしてろよ」
「まあ璃玖くん、ありがと。じゃあ、これお代ね。ばいばい、空音ちゃん」
「はい!またのご来店、お待ちしております!」
「じゃあな、ばあちゃん」
 ニコニコと笑い、手に花束を抱えながらお店を出ていった。
「・・・・・・おい、前橋空音」
「だから、フルネーム呼びやめてくださいって。他の言い方で呼んでください」
「別にいいだろ?逆に、どう呼べば良いんだよ」
「えー?じゃあ、『空音』って呼んでください」
「は?普通に嫌だけど」
(はぁ、めんどくさいなこの人)
「ほら!一回だけでいいですから、呼んでください!」
「・・・・・・そ、空音?」
「はい!何でしょうか『璃玖』先輩!」
 白浦先輩に下の名前で呼ばれると、なんか不思議な気分になる。いや、おかしすぎるせいだろうけど。
 私も、初めて白浦先輩を下の名前で呼んでみた。萌音から教わったあるテクニックを使いながら。そうすると、白浦先輩がまた目を逸らして、口を手で覆ってなんかブツブツ言い始めてしまった。
「うっ、マジでかわ・・・・・・」
「なんて言ったんですか?てか、また顔真っ赤ですよ?ほんと今日は先輩調子おかしいですね」
「これはお前が悪いだろ!はぁ、マジでこの小悪魔の行動、予測不可能すぎる・・・・」 
(何なのこの人、ただ少しうるっとした目で上目遣いをして、ちょっと微笑みながら可愛い声で下の名前呼びしただけなのに・・・・・・)
 次のお客さんが来るまで、先輩はずっとこの調子だったのである。一生先輩の行動は、私には理解できないだろう。とにかくめんどくさい人だ。
(ていうか、先輩の黒歴史聞くの忘れてたー!)

──────先輩の意味不明な言動に頭を悩まされながら接客をしていると、もう閉店時間の二十時になってしまった。ちなみに、親には夜ご飯は外で食べるし遅くなると言ったので大丈夫だ。
 閉店準備を先輩と進めながら今日あったことを話していると、おじさんとおばさんが帰ってきた。
「ただいまー!璃玖と空音ちゃん、ほんと今日はありがとうね!はぁ、疲れた。あ、私とお父さんで東京駅にある最近話題のスイーツ、お土産で買ってきたからみんなで食べましょう!」
「東京のスイーツ!?絶対美味しいの確定じゃないですか!」
 そう、ここは東京ではない。千葉の都会と田舎の間の沿岸地域なのである。そんな微妙なところに住んでいるものなら、東京のスイーツ、しかも話題になっているものなら飛びつくに違いないだろう。
「空音ちゃん、今日頑張ってくれたからうちで夜ご飯食べていかない?ご馳走作ってあるのよー、お父さんがだけどね」
「えっ?良いんですか?」
「もちろんよ!あ、両親の許可はちゃんともらってね」
「多分大丈夫だと思いますよ、うちの両親そこらへんめっちゃ緩いんで」
 勉強にはすごく厳しい親だが、大体のことは許可をもらうことができる。後でメールを送っておこう、お店ではなく先輩のお家で食べさせてもらうって。
「やったあ!璃玖も嬉しいでしょ?可愛い後輩ちゃんと夜ご飯一緒に食べられるもの」
「べ、別になんとも思ってねえし。正直嫌だし」
「・・・・・・いつもなら、璃玖はすごく嫌そうな顔をするだろう」
「はぁ!?勝手なこと言うんじゃねえよ親父!」
「そうね、思春期の息子だもの。こんなにかわいい子に惚れないわけがないわよね♡」
「やめろ、そんな事言うんじゃねえ!おい空音!俺はこんなこと思ってねえからな!」
「はいはい、わかってますよ、璃玖先輩」
「あらら?いつの間にか下の名前で呼び合う仲になったの?いい感じになってきたんじゃないのー♡」
「うぜえ!俺先に行くからな!」
 そう言って先輩は先に行ってしまった。私もあとを追いかける。先輩の家、どこにあるかわかんないしね。

──────先輩の家は案外近くにあって、ちょっと歩いたらもう着く距離だ。一軒家で、壁がきれいな白ですっごくきれい。まるで、外国にあるお城みたいだと思った。
「ほら、入れよ。別に大したことねえけどな」
「あ、ありがとうございます。おじゃましまーす」
 玄関はちょっとした部屋かな?と思ってしまうくらいきれいで広い。靴箱の上に置いてあるガラスのお皿は西洋風の柄で、割ったらどうしようと考えてしまうほど高級そうだ。
 玄関はもちろん、リビングなどすべての部屋が白やパステルカラーで統一されていて、本当にお城に来たみたいだ。
「空音ちゃん、突き当たりに洗面所あるからそこで手を洗っておいで。璃玖もね!」
「はい、わかりました」
「そんくらい言われなくたって知ってるつうの・・・・・・」
「先輩、そんなこと言っちゃだめですよ」
 そんなふうに言い合いながら私達は手を洗い始めた。普通の一軒家なのに、洗面台が二個あってびっくりした。
 しかも家の中、特にリビングなんてうちのリビングとダイニングを足したって足りないくらい広い。普通の一人暮らし用のマンションの部屋を全部足したのと同じくらいの広さだ。
「・・・・・・先輩ここ、豪邸すぎませんか?私手土産とか何も持ってきてませんからね」
「別に普通の家だろ。それともお前の家がボロすぎるだけなんじゃねえか?」
「いやいや、先輩の感覚がおかしすぎるんですよ。これは、世間一般では豪邸と呼ぶんです」
「はいはいわかったよ。ほら、親父が晩飯の準備終わったって言うまで、勝手に家の中うろついてろ。質問とか答えてやるし、ついて行ってやるから」
「え、良いんですか!?では早速二階から行きましょう!」
「お、おう・・・・・・」
 私の勢いに引いたのかわからないけれど、なんか反応が微妙だった。でも、私には思い当たる節があるのだ。
(ふふふ、私はわかってますよ。私に見られたくないものが先輩の部屋にあるんでしょ?誤魔化そうとしても無駄です!)
「それでは、レッツゴー!」

──────まず最初に私が見た部屋は、おじさんの趣味が詰まった部屋だ。
 おじさんはDIYが暇さえあればするくらい好きなようで、その道具や過去に作ったものが置いてある。
 私が一番すごいと思ったのは、白樺で作られた宝箱だ。フレームが金属でできていて、そこには丁寧に植物の文様が彫られていた。他にも、鍵穴があったり忠実に本物を再現している。
「先輩、この宝箱はなんですか?」
「あぁ、そういえばこんな物もあったな。ま、開けてみりゃ分かるぜ」
(よく含みのある言い方するよね、この人。とりあえずこれに触れる許可は出たことだし、蓋を開けてみるか)
 ドキドキしながら蓋を開けてみると、そこには小さいミニチュアの遊園地が入っていた。
 雪が降るクリスマスの遊園地をモチーフにしているのだろう。中央にはクリスマスツリーがあり、ライトアップされているように木の周りについているビーズは輝いていた。
 周りにメリーゴーラウンドや観覧車、遊園地の入口らしきものがあり、クリスマスツリーの前で、手を繋いでいる男女二人が何か話しているような雰囲気がする。
 言葉で表せないほど、色も形も、すべての飾りのバランスが整っていて、すごい。すごいじゃ物足りないぐらいだが、語彙力が足りずこれでしか表せないのが悔しい。
「うわぁ、すごいですね。この遊園地もおじさんが作ったんですか?」
「いや、枠組みとか地面は親父が作ったが、人形とか乗り物はお袋が作ったんだ。なんか、こういうのを作るキットみたいなのが売っていて、親父は決められた手順ややり方で作るのが苦手な人種らしくてな、お袋に作ってもらうと得意分野だったらしい。ほんと、あの二人相性いいよな」
「なるほど、二人がバディを組めば最強なのではないでしょうか?てか、二人で共同制作した作品、言葉に表せないほどすごいですね」
「そうだな、お前と意見が合うことなんてあるんだな。あの二人は多分最強だと思うぞ」
 そう言いながら先輩は微笑んだ。先輩のふと漏れた笑みは、なんか悔しいけどかっこいいからついドキッとしてしまう。
(二人の前では『THE・反抗期!』みたいな態度を取っているけど、本当は好きなんだろうな、両親のこと)
 他にある作品も手が込んでいて大切に、丁寧に作ったんだろうなということが伝わってきた。見ているだけで本当に楽しかった。
 次に行こうとした部屋は、おばさんとおじさんの部屋と先輩が言っていたので、流石に遠慮した。本心を言うと、すごく見たかった。
 最後にあったのは先輩の部屋だ。部屋の数少なくないか?と思ったが、そのかわり一つあたりの部屋の広さがものすごく広いらしい。
「先輩、部屋に入っていいですか?まあ、だめですよね・・・・・・」
「あ?別に構わねえぞ。見られて困るもんはねえからな。ただ、部屋のものをいじくりまわすんじゃねえぞ」
「えっ、良いんですか!わかりました、ルールを守っていざ入室!」
 部屋をぱっと見渡してみると、物が散らばっていることはないし、タンスの中もきれいに整理されている。クローゼットの中も、洋服がきれいにハンガーにかけてある。シワもないし、定期的にアイロンを掛けているのだろう。
 ベッドのシーツや布団もきれいに揃えてあり、勉強机はほんの背表紙が見えるようになっており、引き出しの中はプリントや文房具系のものがきれいに箱に収まっている。
「す、すごいですね先輩。思ったよりもうんと部屋がきれい」
「それディスってんだろ。見た目によらずきれい好きなもんでね。何か文句あんのか?」
「いえいえ滅相もない。でも、私綺麗好きの人好きですよ」
「す、好き・・・・・・」
「あ、また顔真っ赤にして目逸らしてる。いい加減やめてください、それ」
「いや、無理だろ。一生慣れねえし、今まで言われたことねえし。てか、俺の家に知り合いを上がらせたの、お前が初めてだぞ」
「え、そうなんですか?てっきりいつも先輩の隣にいる人はあると思ってました」
「あぁ、壮汰か。あいつは、なんか俺の言うこと聞かなさそうだしよ」
「あー、なんかそんな雰囲気しますもんね」
「だろ?」
 璃玖先輩は壮汰先輩の事を話しているとき、顔が楽しそうに笑っている。ちょっと悪口っぽくその人のことを言っているけど、大好きな親友なんだろう。
(ていうか、先輩って好きな人のことを話している時いつも笑顔だよね。見た目は怖いけど、心のなかでは人のことを大事に思える人なんだろうな。こんなに一緒にいなかったら全然気づかないよね・・・・・・って、先輩の噂が良くないものばかりなのは、みんなほんとうの先輩の姿をわかってないだけなのでは?)
 そうだとしたらとてももったいない。だって、先輩は人のことを思いやることができるし、私の話もちゃんと聞いてくれる。こんなに優しい人はいないのにみんなわかってない。 他の人達にこのことを伝えられる機会はないのだろうか。でも、言ったら先輩は他の人と話すようになる。良いことだけど、そのかわり私と関わる機会がなくなる。
 別にいいんじゃないかと思う気持ちがある一方、先輩と仲良くするのは少数の人だけでいい、他の人に取られたくないという気持ちもある。なんでだろう、良いことなのに胸がもやもやしてしまう。
(いやいや、こんな事考える時間じゃないでしょ今!このことは今度考えればいいし) 「・・・・・・音、空音!」
「っ先輩」
「どうしたんだよ?いきなり固まって、話に相槌打たなくなったからびっくりしたぞ。はぁ、俺に心配させんなよ」
「す、すいません。ところで、下の方からすごくいい匂いがしてくるようになったんですが、そろそろご飯なのではないでしょうか?」
「あぁ、そうだな。って、そんなどうでもいいこと考えてたのかよ!ガチで心配したのに、すげえ損した気分だわ。ほら下行くぞ、はらぺこアオムシ」
「わ、私はアオムシじゃありません!」
 そう言いながら、超高速で階段を降りる先輩を追いかけた。途中でつまずいて転びそうになったけど。

──────「あら璃玖、空音ちゃん。もうご飯の準備できたわよ」
「うわぁー!すごいご馳走ですね、食べるのがもったいないくらい盛り付けがきれいで、何より美味しそう!」
「そうかしら?東京のデパ地下で買ってきたお惣菜にいくらか手を加えただけよ。たいしたことないわ。ていうか、空音ちゃんは思ったこと素直に言ってくれるからすごく嬉しいのよね。ね、お父さん」
「・・・・・・自己肯定感を上げる天才だな、空音さんは」
「そ、そんな事ありませんよ!」
「親父、空音が困ってるだろ」
「ふふふ、本当にふたりとも仲がいいわね」
 こんなふうに会話しているけど、私の目はご馳走にずっと向けられている。
 ローストビーフは湯気が出ていて、肉厚で見ているだけで涎が出てくるほど肉汁が溢れ出ている。周りにレタスやミニトマトがあってより一層見た目が良くなる。
 ポテトサラダには粗挽き黒胡椒や削ったチーズが乗っけてあり、美味しそうだけどカロリーやばそうだなと考えてしまうのはしょうがない。
 他の副菜も色とりどりで、ちゃんと栄養やカロリーとのバランスがしっかりと取れているのがすごい。ご馳走って栄養が偏りがちになったりするのに。
「おしゃべりはご飯を食べながらにしましょう。さあさあ、椅子に座って」
「・・・・・・いただきます」
「『いただきます!』」
「んー、おいひいです!どんどんご飯が進みますね、このポテトサラダ!軽い感じなのにカロリーが高そうなのがなんかムカつきます」
「食べ物にムカついてどうすんだよ。てか、このエビフライのエビがすげえプリプリでうまいぞ」
「えっ、どこにありますか?食べたいです!」
「そんなにあせんなよ、足が生えて逃げたりしねえんだから」
「先輩が全部食べちゃうじゃないですか」
「それはこっちのセリフなんだが」
「ふふ、本当に楽しそうね。空音ちゃんと喋るようになってから、璃玖の顔が明るくなって、私達とも口を聞いてくれるようになったもの。少しずつでも良いから、中学生の頃の璃玖に戻ってくれると良いわね」
「・・・・・・本人がそう思ってくれればの話だがな。僕達が強制するようなことではない」
「そうね。なにはともあれ、毎日が楽しくなっているようで良かったわ」
「・・・・・・だな」
 先輩の両親がニコニコしながらこちらを見ているのにも気が付かず、私と先輩は言い争いながらご飯を口に頬張るのであった。
「先輩は大きいんだから、私より食べちゃうでしょ?つまり、私の分も食べられちゃうってことですよ!」
「なんでそうなんだよ。俺は俺の分しか食べねえ!食べていいって言われた分しか食べねえよ、さすがに」
「絶対私のエビフライ食べないでくださいね!」
「食べねえって言ってんだろ!いい加減理解しろ!」

──────それから多分一時間経った。あいつのせいで静かに飯が食えなかった。せっかくのご馳走だって言うのに、全く俺のことを聞かねえんだよ。意味わからん。
 デザートの杏仁豆腐は口がさっぱりすると同時に、流石に一人一個だったため静かに味わいながら食うことが出来てなんか感動した。
 食べ終わったあとすぐに、あいつは帰っていった。夜中一人では危ないからと俺が付き添いで行けと言われたが、嫌だったからお袋がついて行っていた。
(・・・・・・あんなにうるせえと思っていたが、いなくなったら静かすぎてなんか寂しいな。それに親父と二人きり、微妙に気まずいんだが)
 俺と親父、どっちもべらべら喋るタイプじゃねえから話が続かねえ。マジで気まずい。
「・・・・・・璃玖、今日は店番ありがとうな」
「あ、あぁ。別に俺は言われたことしかやってねえし、接客は空音がやってたぞ。てか、あのばあちゃん久しぶりに店来てたぞ」
「元気そうだったか?」
「すげえ元気だった。息子に会いに行くんだってよ、孫が産まれたから」
「そうか、それはめでたいな。また来るときは会いたいな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
(ヤベえ、話題が尽きた。えっと、なんか良い話題ねえのか・・・・?)
 頭の中で話が長く続きそうなものを模索しながらお茶を飲んでいると、親父が急に話しかけてきた。
「・・・・・・璃玖、お前は空音さんとどういう関係なんだ?」
「ブフォッ!ゲホッゲホッ」
(親父!なんで俺がお茶飲んでるときに話しかけてくんだよ。よりによってその話題!なんか嫌な予感はしていたんだが、まさか当たるとは思わねえだろ)
「べ、別に大した関係じゃねえよ。ただの先輩後輩、それ以上も以下もねえよ。てか、それお袋が俺に聞いとけって言ってきたんだろ、どうせ!」
「・・・・・・」
『ピンポン』
 親父がゴソゴソっとポケットを漁って何かを取り出したと思ったら、マルバツピンポンブー(マルとバツが両面に書かれており、『ピンポン』と『ブー』と音が鳴る百均でも売られている、某有名人が使っている謎の道具)でへんてこな音を鳴らしやがった。正解とでも言いたいのだろうか。それなら口で言ってもらいたい。
 「親父、ウケ狙ってたのか知らねえがお袋の言うことを全部信じるんじゃねえよ」
「・・・・・・スベってしまったな、息子の前で」
「倒置法使わなくていいから。はぁ、両親の取扱説明書が欲しいと思うのは俺だけか?」
「DIYで作ろうか?」
「DIYするほど大掛かりなものじゃねえだろ、紙でできた冊子みたいなもんだよ。マジでツッコミで過労死するっつうの!」
「ただいまー♡璃玖、お父さんと仲良くしてた?あ、マルバツピンポンブーウケた?あれ、私大好きなのよね」
「・・・・・・スベってしまったぞ。僕は反対してたんだが、それが正しかったようだな」
「やっぱりお袋か!親父にこういうの仕込むのやめてくれよ。天然なんだからすぐ疑いもせず信じちまうだろ?」
「あらら、これではどっちが親かわからないわね」
「全面的にお袋のせいだろ!もういい、俺は部屋戻るからな」
「わかったわ。お風呂にも入りなさいね、もう湧いてるから。おやすみなさい、璃玖♡」「・・・・・・おやすみ、あまり夜ふかしするのではないぞ」
「はいはい、おやすみ」
(本当に疲れた。あの人達の発言、俺で遊んでんのか、もしくはただの天然なのか、区別つかないから大変なんだよな。俺は家でリラックスすることすら許されねえのか?ていうか、俺がリラックスできるような人や空間といえば、誰もいない教室か空音と一緒にいるときくらいだよな。はぁ、すげえ限られてんじゃねえか)
 空音は俺といる時不機嫌そうな顔をしているが、話すときはニコニコしていてすげえかわいい。あいつといるときに沈黙が訪れることはまずないし、俺自身もあいつの話を聞くのは楽しいと思っている。
 いつも一緒にいたいと思ってしまうけど、壮汰が空音の話をしているときや、空音が他のやつと話してて笑っている時、なんか胸が苦しくなる。
 こう思ってしまうのは、俺はあいつのことを好きと思っているからなのだろうか。そんなこと俺にはわからない。
(はぁ、なんで俺があんなやつのことを好きになってしまったんだろう。絶対好きじゃないと思っていたが、こんなどうでもいいような悩みをする時点でもう好きと確定していのかもしれないな)
 そんなことを思いながら、明日どのタイミングで空音に話しかけようかと、俺はニヤニヤ
しながら眠りに落ちた。
(って、誰もいない教室ってヤバくね!?)