──────憧れの高校生活。絶対に高校デビューは成功させなければならない!
 そんな使命感に燃え上がる私『前橋空音(まえばしそらね)』。
 私が入学するのは、県内でも上位の偏差値の高い高校『海原高校』。その名の通り、美しい海の近くにある高校だ。
 女子生徒の制服はとても特徴的で、『水色のセーラーといえば海原』と言われるほど有名なのだ。
(本当に入学できるなんて、夢みたい。私が卒業した中学校の同級生は全員他の高校に行ったし、青春し放題。高校生活初めてだから緊張しそうだけど、まぁ慣れるでしょ)
「空音?そろそろ入学式に行くわよ。早く降りてきなさい」
「あ、お母さん。わかった、今すぐ行くね」
 これから私の青春が始まるんだ!
 
──────私の家から約三十分、海原高校に到着した。途中、ルンルンで歩いていたら転びそうになって焦った。油断禁物、これマスト。
 入学式は滞りなく進み、校長先生の話が長くて寝そうになったの以外は問題はなかった。
 私は一年B組に入ることになって、クラスメイト達を眺めているとみんな明るくて元気そうな子たちだった。
(さすがトップクラスの高校。みんな絶対頭いいよね。私もついていけるように勉強頑張んなきゃ!)
 絶対高校生デビュー成功させる!そんな思いを胸に抱いたのは二回目なのに気づいていなかった。

──────(終わったぁ。もう詰んだわ)
 さっきまでの勢いはどこに行った?と自分でも思うほどテンションは下がっていた。
「おい、ボーっとしてんじゃねーよ」
 と、目の前の先輩が言ったが私には聞こえていなかった。

 何が起こったかわからないでしょうから説明しましょう。
 一年生の下駄箱に到着して『憧れのJK(女子高校生)になったんだ!』と舞い上がってしまい、そのテンションのまま教室に向かっている途中、廊下で誰かとぶつかってしまったのだ。
(これは、俗に言う少女漫画展開というものでは?『これこそ運命の出会いなのね!』って思っちゃう系のやつなのでは?少女漫画オタクから聞いたことがある展開!)
 などと思いドキドキしながら見上げると、まさかのイケメンな不良系の人。銀色の髪に群青の瞳を持っていて、不機嫌さが顔に浮かんでいなければ、そこら辺の女子はのぼせてしまうだろう。その人の上履きのラインを見ると、赤色のラインだったので二年生と判断した。
 うちの高校は上履きのラインで学年が判断できるのだ。一年生が水色、二年生が赤、三年生は黄色となっている。
 話は戻るのだが、人によっては『キャー!こんな展開が現実にあるなんて、最高すぎる!』と盛り上がるだろうが、私はそういうタイプの人間ではないし、どちらかといえば苦手だ。
 そして現在、私はぶつかった反動で床に座り込んでしまい、先輩が目の前にいるという状況だ。
(どうしよう!こんな怖い先輩にぶつかるなんて!高校生活お先真っ暗だよ・・・・・・と、とりあえず謝らなきゃだよね!?)
「す、すみません!こんどから気をつけましゅ」
 噛み噛みになったが、謝ってなんとかその場を切り抜けることができ、そそくさとクラスに逃げていった。そんな姿を先輩がずっと眺めていることにも気付かずに。

──────「おはようございます!」 
「『・・・・・・』」
(ど、どうしよう。静まり返ってしまった) 
 元気よく挨拶するのが、第一印象を良くする秘訣って誰かが言ってたのでやってみたのだが、失敗してしまったようだ。
 私は恥ずかしくって、自分でも分かるくらい顔が真っ赤になってしまった。
(き、気まずすぎる・・・・・・.誰か助けて!)
 石のように固まってしまった雰囲気をほぐしてくれたのは、教室の中心にいた女子のグループの人たちだった。
「あははは!教室入った瞬間から挨拶してくる人なんて初めて見たんですけど」
「そ、そうだね。絶対仲良くなれるタイプの子、だよね」
「面白い子がクラスメイトになったねぇ。ところで名前はぁ?萌音は『柏葉萌音(かしわばもね)』っていうんだぁ。よろしくねぇ」
「うちは『森村のの(もりむらのの)』って言うから。よろしく」
「わ、私は『神埼愛実(かんざきまなみ)』。一年間よ、よろしくね」
「私は『前橋空音』。こちらこそよろしくね」
「あ、呼び捨てしてくんない?そっちのほうが慣れてるし、こっちも空音って呼ぶから」
「うん!わかった」
 よかった。あんな空気の中にいたらすごく気まずかったから。本当にこの三人には感謝しかない。きっと私達は親友になれるだろう。
 周りの人たちも、もう気にしなくなったようでそれぞれ話したり本を読み始めたりした。
 中学生の頃の自分と同じ人間とは思えないくらい活発で、きっと『記憶』を取り戻すことができるのではないかと期待をした。
 そして私達四人は、もといた中学校の話や自分の話をたくさんして、もうあの先輩のことは完全に頭の中から抜けたのだった。

──────その時、俺『白浦璃玖(はくうらりく)』は怒っていた。いや、怒っているというより、動揺していた。
(何なんだよあいつ!?あんなにビビるもんか?ピアスとか外した方が良いのか?あー!わからん!だから女子なんかと関わりたくねぇんだよ!)
「お、璃玖が珍しく動揺してんじゃん」
「うぜぇ、黙れ」
「いやいや、女子のことを考えているお前なんてSSR(スーパースペシャルレア)が出た同じ日にもう一回SSRが出るのと同じ確率だぜ?まじで激レア」
「その口塞ぐぞ?別に俺はあいつを気になっているとかじゃなくてな・・・・・・」
「ほんとお前自分の気持ちに対して鈍感だな。まぁ、こんな機会なかなかないしその子に会いに行ってみるのもいいんじゃね?昔のことは忘れてさぁ」
「・・・・・・そうだな。一度話してみるか。でも、とりあえずピアスは外すか?化粧してちょっと顔をマイルドにしてみたりするか?」
「顔にマイルドとかないだろ。ほんとお前って面白いな!俺はそのままの璃玖でいいと思うぜ」
「マジでうるせぇな、壮汰」
 もともと怖がられるのは慣れているし、性格はどうしようもないものだと思っているから諦めている。
(けど、彼女のことを考えると胸がキュウっと苦しくなって、自分が情けなくなってしまう。この気持ちは何なんだ。)
 親友の『宮壮汰(みやそうた)』にムカつきながらも、俺はぶつかってきたあの子のことを考えていた。どうやって話しかければ怖がられないかを。

──────入学してから一週間、このクラスはとても当たりだと実感した。
 クラスの他の女子とはすぐに打ち解けたし、男子たちはみんな優しくて面白かった。
 もちろん、ののや萌音、愛実とも仲良くしているし、すっかり親友になった。友達とは素晴らしい存在だなと実感する。
 それにしても、高校デビューは大成功すぎる!自分の人格はちゃんと固定されたし順風満帆だ。
 そんな事を考えていると、いつもクラスの中心にいる男子がみんなに話しかけた。
「なぁ、みんな知ってるか?二年生にいる『白蛇先輩』」
「えー?誰それ?」
「『白蛇』?アルビノってこと?」
 みんなその話題が気になったらしく、耳を傾けている。かくいう私もその話に混ざっているんだけど。
 ちなみにアルビノとは、皮膚や眼、毛髪の色素が薄く、白色や灰色になったり、眼は赤や青になったりする日本では難病指定されている遺伝性の体質のことだ。これは蛇にも見られる現象らしい。
「いや、アルビノではないよ。クォーターなんだ。髪の毛はただ灰色に染めているだけだし、眼は親から遺伝したから青い。だから『白蛇』と呼ばれているんだ」
「クォーターって何?ピザのやつ?」
「違ぇよ。食いしん坊かよ」
「え?ピザ頼むの?俺テリヤキチキンと明太もちがいい」
「え、明太もち?聞いたことねえ、うまそうじゃねえか。って、関係ないやつ入ってくんな!クォーターっていうのはな、父親か母親がハーフの人の子供ってことだよ」
「なるほどね。いいとこ取りってやつ?」
「それとは違う」
「ていうか、私その先輩見たよ?ちょー怖かった!こっちを睨みつけてきてさぁ」
「僕も!二年生の中ではあんまよくない噂が流れてるんだよね」
「学校中で最も有名な不良って言われてるんだよね」
「まぁ、校則的には髪を染めるのも、ピアスを開けるのも特に問題はないんだけどね」
「だからといってやるのはねぇ」
「睨みつけてくるなんて、本当に蛇みたいな人なんだね」
「怖いねぇ。空音はぁ?知ってるぅ?」
「う、ううん。知らない。ほんとそうだね」
(うわぁ、確かに目立つし怖かったもん。こんなに噂になるのは頷けるよね。にしても、すごい人に、しかも入学初日にぶつかっちゃったわ。やっぱり、クラスのみんなも怖がっているんだ。てか噂になるくらい有名なら、学年全員に怖がられているのでは・・・・・・?)
 ほんとに、蛇みたいに睨みつけてきて、子鹿のように震えてしまうほど本当に怖かった。「お、噂をすれば『白蛇先輩』のご登場だぜ」
 一人の男子の言葉を聞いて、廊下に視線を向けると、たしかにそこにいた。
「おい。一年の野郎ども。明るめのハニーブラウンの髪で高めのポニーテール、ミルクココアカラーの目はでかくて、声が高めの女子知らねえか?知ってたらここに連れてこい」
(嘘でしょ。絶対私のことじゃん。てか、そんな私のこと覚えてたの!?めっちゃ怒らせちゃったじゃん。入学初日にすごい失態を犯してしまったなぁ)
 先輩に見つからないように教室の奥の方に逃げる、バレない程度で。
「ね、空音。もしかしたらあんたなんじゃないの?」
「た、確かにそうかも。せ、先輩が言ってた条件満たしてるもんね」
「あり得るねぇ。一回行ってみなよぉ。」
「無理無理ッ!あの雰囲気じゃいけないよ!」
「まぁ、そりゃそうだけど、とりあえず行ってみな!」
「う、うわぁー!」
(最悪!ののに押し出されたんですけど!しかも目の前には先輩・・・・・・)
 押されてしまったせいで少しよろけてしまった。前の方を見上げてみると先輩がいた。最悪すぎる。夢だったらいいと思ってしまうのはしょうがないだろう。
 そうしていると、廊下が急に凍りついたような感覚がした。野次馬のみんなが縮こまってしまった。先輩、気づいてあげて!
 ていうか、『白蛇先輩』の周りから漂っているオーラが先程とは変わってしまった。私のせい?自分を怒らせた張本人が目の前にいるもんね!
「おい、こっち来い。てめぇ、聞いてんのか?」
「は、はい!聞いてます!何でしょうか?」
(会うのは二回目だけど、相変わらず怖いなぁ。ていうかこの人、最初会ったときよりも目が優しい気がする。ま、そんなことを思うのは私だけだろうな)
「放課後、図書館に来い。話がある」
 先輩が急に私の近くに顔を寄せて、小声で話しかける。性格は置いといて、こんな美貌の持ち主が近づいてくるなんて、自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かる。
「絶対忘れんじゃねぇぞ」
 そう言って少し私に微笑んできた。
(か、かっこいい!この人、なんなのよ。あんな怖がらせといて、微笑まれちゃったら心が持たないって!) 
 「空音ぇ、なんて言われたのぉ?」
「い、言えない!言っちゃだめな気がするから!」
「えー?教えてよ」
「き、気になるじゃん」
「だから!だめなものはだめなの!ほら、教室戻るよ!」
「『えー!』」
 こんな恥ずかしいこと、のの達でも言えない。いや、一生言ってやんないんだから。
 
──────「あーあ、結局怖がらせちゃったじゃん。何やってんの、璃玖」
「うるせぇ、黙れ」
「うわ、怖。俺が話しかけなかったらほぼ友達いない状態になるぜ?そんなんだから友だちができねえんじゃね?あ、でもお前友達いるか。俺が近くにいすぎて近寄りがたいのかもな。アッハハハ」
「お前のせいじゃねえかよ」
(そんなこと、俺だってわかってるよ。でも、どうしようもねぇだろこればっかりは)
 心から思ってる、こんな性格やめたいって。でも、そんな急に変えられるもんじゃねえから。
「ま、ゆっくりやればいいじゃん。あせんなよ」
「・・・・・・わかってるよ」
(でも、この気持ちは抑えられない。今すぐにでもあいつに会いたいと思ってしまう。話したいと思ってしまう。でも、俺の喋り方だと親しみにくいか。いやでも・・・・・・って待てよ!何なんだよ、そんなに考えるようなことじゃねえだろ!)
 ひとまず、この喋り方を改善すればこんなに悩むことはなくなるだろう。
 そうやって俺は壮汰に、女子に親しみやすい喋り方はどうやってするのかと、相談をしたのだった。

──────放課後、約束してた図書館に行くと、全然人がいなかった。
(嘘!?私が前来たときは自習とかで来ている人が結構いたんだけどな。しかも、いつもいる司書さんとか、図書委員の人もいない。ま、まさか人払いをしたのかな・・・・・・)
 どんなことをされるかわからない状態で、しかも一人でいるのは不安。一人でいるのは慣れてるんだけど、おかしいな。
「おい、そこにいたら邪魔なんだよ」
「ヒュッ!すみません、すぐにどきます!」
「ってお前、俺が話しかけた一年じゃねえか。ここで何してんだよ」
「あ、なんかすみません・・・・・・」
(いや、私はあなたに呼ばれたからここで待ってたんだよ!)
 そんなこと言えるはずもなく、私は話題を切り替えるためにまず質問をした。
「あの先輩。質問が何個かあるのですが、いいでしょうか?」
 相手を刺激せず、同時にちゃっかり自分の意見を主張する。こんなふうに話すのは今まで何十回も経験しているから慣れっこだ。
「べつにいいぜ。答えられる範囲だけどな」
(お?すんなり受け入れてくれた。意外と優しいのかも。)
「まず、先輩のお名前は何でしょうか?ちなみに私は『前橋空音』です」
「『前橋空音』・・・・・・わかった。俺は『白浦璃玖』だ。覚えておけ」
(『白浦』か。白という文字が名前に使われているし、蛇みたいに睨みつけてくるような人だからあんなあだ名が付いたのかも。でも、本人には言わないでおこ)
「では、次の質問です。失礼かもしれませんが、なぜ先輩は髪を染めているのですか?それとも、地毛なんですか?」
 白浦先輩が固まる。ちょっと地雷を踏んでしまったかもしれない。
「・・・・・・別に理由なんてない。自分の見た目くらい好きにさせろ」
「あ、そうなんですね。すみません、触れられたくない部分の触れてしまいましたね」
(嘘!?私の偏見だけど『俺の見た目は世界一(ドヤッ)』タイプの人間だと思ってた。人間、見た目だけじゃ判断しづらいんだな。てか、銀色に髪の毛染めたんだ。謎のチョイス)
「では最後に、なぜ私なんかを呼び出したのですか?」
「そうだな、お前が疑問に思うのは当然だ。だが、俺はお前を選んだ。それ以上もそれ以下もねえ」
(いや、全然質問に対する答えじゃないじゃん。どういうこと?) 
「あのぅ、それはどういう意味で・・・・?」
「今日はこれ以上言えねえ。明日の放課後、お前の学年の昇降口で待ってる」
「は?ちょ、どういうことですか?待ってくださいよー!!」
 うっかり本音をこぼしてしまった。まぁでも、白浦先輩は先に行ってしまったからきっと聞いていないだろう。
 どっちにしろ、予測不可能すぎる。ほんとどういうこと?