それからの黒谷はというと宣言通りだった。
練習が始まっても、ことあるごとに雄太郎に絡みに行っていた。
黒谷はピッチャーだし、キャッチャーである雄太郎にどれだけ話しかけようと変じゃない。
会話の内容も「投球フォームを見てほしい」だとか「変化球の練習に付き合ってほしい」だとかで、ただ無駄話をしているようには見えなかった。
むしろ全国大会の県予選が近づいている分、黒谷の積極的な行動は大会に向けて気合いが入っている様にも見えた。
黒谷の行動は2〜3日経てば飽きて終わるだろうと思っていたのに、桜が満開になっても、1学期が始まっても終わらなかった。
終わらないどころか、トレーニングでペアを組めと言われると真っ先に雄太郎のところに走ってくるし、寮に帰ってからも雄太郎に絡みにくるようになっていた。
オレに関係していることでいうと、これまで雄太郎と2人で食べていた寮の飯の時間に黒谷が混ざるようになったことだ。
オレを会話に入れたくない黒谷と、3人で話せるように話題の軌道修正をする雄太郎、その空気に耐えられなくて適当な返事になるオレ。
元々、雄太郎とくだらない話をしながらゲラゲラ笑って食べていただけだし、黒谷が入ってきたからといって別に困るわけじゃない。
ただ何となく黒谷という存在を警戒しながら食べるようになったからか、晩飯の美味さは半減した。
さすがにこんな毎日が続くと、県予選も近くて黒谷に心を乱されている場合じゃないって分かっているのに、練習中も寮内でも、黒谷を見かけるとつい心が臨戦体制を取ってしまう。
そんな日々が続いて2週間が経った。
ちょうど1学期が始まってから2回目の日曜日で、県予選に向けた最後の1日練習だった。
「ゆうたろー。それ打ち終わったらピッチング受けて〜」
夕方になり、1日練習の終わりが近づいている中、バッティング練習をしている雄太郎に声をかけた。
「わかったー」
四方が防球ネットに囲まれた中でバッティングをしている雄太郎は、外にいるオレをチラッと見てから返事をした。
「オレ、今日ピッチングめっちゃ調子いいんだよね〜」
「あぁ。後で聞く」
「あ、全体練習終わってからバッティング練習する?オレの投げたボール打つ?」
「いや、いい。調子良くても疲れは溜まってるだろ。あとでブルペン行くから先に行ってて」
雄太郎は器用にボールを打ちながら喋っている。
これ以上、雄太郎の邪魔をしたらダメだなと思って、オレは「はーい」と軽く返事をしてからブルペンに向かった。
しばらくすると、雄太郎がブルペンにやってきた。
「太陽、ごめん遅くなって」
「んーん。全然よゆー。ありがと」
雄太郎はバッティング練習を終わってから、お茶も飲まずにブルペンまで走って来てくれているんだから、文句なんて一つもない。
雄太郎にボールを受けてもらおうと、ピッチャープレートの周りの土を足でならしていると背後から声がした。
「河西先輩!僕も一緒に受けてもらってもいいですか?」
声の主は、やはり黒谷だった。
「いや、オレが今投げようとしてんだろ」
「え、別に良くないですか?河西先輩、小野寺先輩のものじゃないし」
「そういうことじゃなくてさ。なんで割り込んでくんの?他にもキャッチャーいるだろ」
「僕だって、正捕手である河西先輩に受けてもらいたいんですもん」
黒谷が次々と屁理屈を並べてくる。
「っ、オレだって……」
「僕、変化球の練習したいんですよ。ボールの変化具合とか試合を想定した調整をしておきたいんですよね。ただ速いボールを投げる練習するだけなら、河西先輩に受けてもらわなくても、ネットに投げてれば良くないですか?」
黒谷の言葉を聞いた瞬間、自分の中から急激に怒りが湧き出てくるのがわかった。
これまで少しずつ積もってきたイライラが、黒谷の『ネットに投げてれば……』という一言で身体の中で抑えておけなくなった。
「あ?お前、何言ってんの?野球に色恋持ち込んでくんなよ」
言葉と声に怒りがこもる。
雄太郎のことがいくら好きだからって、オレのプレーまで馬鹿にするなんて絶対にやり過ぎだ。
そもそも、割り込んできたのは黒谷のくせに、どれだけ図々しくて、自分勝手なんだろう。
「おーい。太陽、黒谷ー?お前ら投げねーの?」
雄太郎がオレと黒谷が喋り込んでいるのを見て叫んでくる。
「し、しますっ!」
黒谷がオレから視線を外して、慌てて雄太郎に返事をする。
「……しない。もういい」
オレはこんな気分で練習なんかできない。
握っていたボールをグローブの中に入れ、ピッチャープレートから足を外した。
そのままブルペンから出て行こうと、早足で出入り口に向かって歩く。
「おい、太陽?どした?」
心配と疑問が混ざったような顔をした雄太郎が近づいてくる。
「なんもない。ユウちゃんは黒谷のボール受けてあげて。オレ、ちょっと走ってくる」
今ボールを投げたら、きっと雄太郎に怒りをぶつけるみたいに投げてしまう。
そんな八つ当たりみたいな練習にはしたくない。
それに、黒谷のこともこのまま放っておくのは良くない気がする。
走って、イライラを落ち着かせながら、どうすればいいか考えよう。
高校生活最後の春だ。
黒谷なんかに気持ちをかき乱されたまま野球をしたら、きっと後悔する。
後悔しない方法を考えよう。
そう思って、ブルペンから出てすぐに、深く、肺の奥深くまで新鮮な空気が行き渡るように深呼吸をした。
練習が始まっても、ことあるごとに雄太郎に絡みに行っていた。
黒谷はピッチャーだし、キャッチャーである雄太郎にどれだけ話しかけようと変じゃない。
会話の内容も「投球フォームを見てほしい」だとか「変化球の練習に付き合ってほしい」だとかで、ただ無駄話をしているようには見えなかった。
むしろ全国大会の県予選が近づいている分、黒谷の積極的な行動は大会に向けて気合いが入っている様にも見えた。
黒谷の行動は2〜3日経てば飽きて終わるだろうと思っていたのに、桜が満開になっても、1学期が始まっても終わらなかった。
終わらないどころか、トレーニングでペアを組めと言われると真っ先に雄太郎のところに走ってくるし、寮に帰ってからも雄太郎に絡みにくるようになっていた。
オレに関係していることでいうと、これまで雄太郎と2人で食べていた寮の飯の時間に黒谷が混ざるようになったことだ。
オレを会話に入れたくない黒谷と、3人で話せるように話題の軌道修正をする雄太郎、その空気に耐えられなくて適当な返事になるオレ。
元々、雄太郎とくだらない話をしながらゲラゲラ笑って食べていただけだし、黒谷が入ってきたからといって別に困るわけじゃない。
ただ何となく黒谷という存在を警戒しながら食べるようになったからか、晩飯の美味さは半減した。
さすがにこんな毎日が続くと、県予選も近くて黒谷に心を乱されている場合じゃないって分かっているのに、練習中も寮内でも、黒谷を見かけるとつい心が臨戦体制を取ってしまう。
そんな日々が続いて2週間が経った。
ちょうど1学期が始まってから2回目の日曜日で、県予選に向けた最後の1日練習だった。
「ゆうたろー。それ打ち終わったらピッチング受けて〜」
夕方になり、1日練習の終わりが近づいている中、バッティング練習をしている雄太郎に声をかけた。
「わかったー」
四方が防球ネットに囲まれた中でバッティングをしている雄太郎は、外にいるオレをチラッと見てから返事をした。
「オレ、今日ピッチングめっちゃ調子いいんだよね〜」
「あぁ。後で聞く」
「あ、全体練習終わってからバッティング練習する?オレの投げたボール打つ?」
「いや、いい。調子良くても疲れは溜まってるだろ。あとでブルペン行くから先に行ってて」
雄太郎は器用にボールを打ちながら喋っている。
これ以上、雄太郎の邪魔をしたらダメだなと思って、オレは「はーい」と軽く返事をしてからブルペンに向かった。
しばらくすると、雄太郎がブルペンにやってきた。
「太陽、ごめん遅くなって」
「んーん。全然よゆー。ありがと」
雄太郎はバッティング練習を終わってから、お茶も飲まずにブルペンまで走って来てくれているんだから、文句なんて一つもない。
雄太郎にボールを受けてもらおうと、ピッチャープレートの周りの土を足でならしていると背後から声がした。
「河西先輩!僕も一緒に受けてもらってもいいですか?」
声の主は、やはり黒谷だった。
「いや、オレが今投げようとしてんだろ」
「え、別に良くないですか?河西先輩、小野寺先輩のものじゃないし」
「そういうことじゃなくてさ。なんで割り込んでくんの?他にもキャッチャーいるだろ」
「僕だって、正捕手である河西先輩に受けてもらいたいんですもん」
黒谷が次々と屁理屈を並べてくる。
「っ、オレだって……」
「僕、変化球の練習したいんですよ。ボールの変化具合とか試合を想定した調整をしておきたいんですよね。ただ速いボールを投げる練習するだけなら、河西先輩に受けてもらわなくても、ネットに投げてれば良くないですか?」
黒谷の言葉を聞いた瞬間、自分の中から急激に怒りが湧き出てくるのがわかった。
これまで少しずつ積もってきたイライラが、黒谷の『ネットに投げてれば……』という一言で身体の中で抑えておけなくなった。
「あ?お前、何言ってんの?野球に色恋持ち込んでくんなよ」
言葉と声に怒りがこもる。
雄太郎のことがいくら好きだからって、オレのプレーまで馬鹿にするなんて絶対にやり過ぎだ。
そもそも、割り込んできたのは黒谷のくせに、どれだけ図々しくて、自分勝手なんだろう。
「おーい。太陽、黒谷ー?お前ら投げねーの?」
雄太郎がオレと黒谷が喋り込んでいるのを見て叫んでくる。
「し、しますっ!」
黒谷がオレから視線を外して、慌てて雄太郎に返事をする。
「……しない。もういい」
オレはこんな気分で練習なんかできない。
握っていたボールをグローブの中に入れ、ピッチャープレートから足を外した。
そのままブルペンから出て行こうと、早足で出入り口に向かって歩く。
「おい、太陽?どした?」
心配と疑問が混ざったような顔をした雄太郎が近づいてくる。
「なんもない。ユウちゃんは黒谷のボール受けてあげて。オレ、ちょっと走ってくる」
今ボールを投げたら、きっと雄太郎に怒りをぶつけるみたいに投げてしまう。
そんな八つ当たりみたいな練習にはしたくない。
それに、黒谷のこともこのまま放っておくのは良くない気がする。
走って、イライラを落ち着かせながら、どうすればいいか考えよう。
高校生活最後の春だ。
黒谷なんかに気持ちをかき乱されたまま野球をしたら、きっと後悔する。
後悔しない方法を考えよう。
そう思って、ブルペンから出てすぐに、深く、肺の奥深くまで新鮮な空気が行き渡るように深呼吸をした。



