これって部内恋愛ですか

 閉会式では林が賞状を受け取り、オレが大きな優勝旗を受け取った。

優勝旗につけられた自分たちの高校名が書かれたペナントを見た瞬間には、歴史に名を刻んだ気持ちになって誇らしくなった。

そして、まだ雄太郎と野球ができる。

その実感が何よりも嬉しくて、オレは優勝旗を受け取りながら鼻水が出るほど涙を流した。

 閉会式が終わった後は、いつものように野球部のバスに乗って学校と寮に帰った。

バスの中は行き道のような張り詰めた緊張感は漂っておらず、みんな心地よい疲労感に包まれながらバスに揺られていた。


「ただいまっと」

寮に帰り、部屋に入る。

オレは部屋の灯りをつけるよりも先に床の上にバタリと寝転がった。

頬に当たるぬるいフローリングの感触が疲れた身体には妙に気持ちが良い。

「ふぁあ、疲れた……ねむ……」

このまま晩飯を食べる前に眠ってしまいそうだ。

「あ……」

顔の近くに雄太郎の練習着を見つけ、雄太郎に好きだと一方的に言って救護室を出てきたことを思い出した。

あの時は優勝したことに舞い上がり過ぎて、勢いよく抱きしめて、告白までしてしまった。

「ゆうたろ、困ってたな……」

ぼーっと寝転がって考えていると、とんでもなく大胆な行動をしたなと思う。

雄太郎に告白の返事を聞いて良いものなのか、それともそっとしておくべきなのか。

あまりにも近い存在すぎて全然分からない。

うーんとうめきながら床で考えていると部屋のドアが開いた。

雄太郎だった。

「何してんの?」

「……寝てる」

「寝てんの?」

「うん」

「……後で時間ある?話したいことあるんだけど」

うつ伏せになったオレに雄太郎が言った。

「……ないかも」

オレの告白に対する返事だってピンときた。

振られるかもしれないと思うと急に怖くなる。

よく黒谷は堂々と告白して振られたもんだな。

やっぱりあいつは度胸がある。

「いや、時間あるだろ」

「ないかもじゃん」

「あるよ。予定なんか俺と全部一緒なんだから」

そりゃそうだ。

部活も同じ、寮の部屋も同じ。

そうなると起床時間も食事の時間も何から何まで一緒で当然だ。

「……振られたくない」

正直にぼそりと言った。

「どうせすっごい丁寧に振るつもりだろ」

「なんでそうなるんだよ」

「だって、オレは好きだーって思って勢いよく伝えちゃったけど、雄太郎は困ってそうだったし」

なんだか急にネガティブになる。

振られるかもしれないことがこんなにも怖いと思わなかった。

「……キスは本当に好きな人としろって拒否られたし」

だから、これはつまり、オレのことは恋愛的には見れないってことなんだろう。

「はぁ……太陽。ちょっと身体起こして、喋りづらいから」

もそもそと言われた通りに寝返りを打って、上体を起こした。

「はい、起きた……」

無茶苦茶なことを言ってる自覚があるからか、自然と視線が雄太郎の足元に向いてしまう。

「……こっち向け」

そう言ってオレの目の前にしゃがんだ雄太郎は片手でオレの両頬をぎゅっと掴んだ。

むぎゅっと頬に掴まれた感触がした直後に、唇に柔らかいものが触れた。

雄太郎の唇だった。

雄太郎はオレの頬を掴んだまま、オレの唇にそっとキスをした。

「……俺もお前のことが好きだ。というより、お前が俺のことを好きになるよりもずっと前から俺はお前が好きだ」

オレの目をじっと見た雄太郎が、ぶっきらぼうに言った。

「へ……え?」

「まあ……そういうことだから」

雄太郎の大きな手は相変わらずオレの頬を掴んだままだった。

雄太郎は唇をきゅっと結んで、オレから目を逸らすように俯いた。

灯りもつけていない薄暗い寮の部屋でも、今、雄太郎が照れて恥ずかしがっていることが伝わってくる。

雄太郎はこんなことを冗談でする奴じゃない。

これまで一緒に過ごしてきたからわかる。

それに、キスは本当に好きな人としろって言ってたくらいなんだから。

雄太郎の手の平が熱い。

でも、雄太郎に負けないくらい自分の顔も熱くなってきて、頭がくらくらしてくる。

どきどきするのに、愛おしくて、大切だって想う気持ちが全部とろけて、身体に拡がっていく。

⭐︎
「あの、さ……野球、始めた頃のこと覚えてる?」

俯いていた雄太郎がゆっくりと顔を上げた。

「へ?うん、おぼへてるけど」

オレは雄太郎に頬を掴まれたまま返事をした。

雄太郎は軽く「あ、ごめん」と謝ってオレの頬から手を離した。

「初めて言うんだけど。俺、野球始めたくらいの頃から太陽のことがずっと好きで」

「えっ、うそうそうそ。なんで?知らなかった」

これまでの雄太郎の様子から恋心なんて読み取れなくて、オレは食い気味に返事をした。

「太陽ってさ、昔から自分の気持ちを真っ直ぐに表現するし、素直に心に従えるでしょ。いつも太陽が無邪気に笑うと、みんなも楽しそうに笑ってる。ほんと俺に無いものばっか持ってて、正直小学生の頃からずっと太陽に憧れてた。かっけーなって。なのに、いつの間にか目が離せないっていうよりも目で追うようになってて、気づけば引き返せないくらい好きになってた」

そう言った雄太郎は「はは……」と恥ずかしそうに笑って、部屋の入り口に座ってドアにもたれかかった。

部屋の外からは、寮生たちが廊下を笑いながら通り過ぎる楽しそうな声が聞こえてくる。

「だから正直、太陽に好きって言われた時、すげえ嬉しかったしドキドキした。だけど、それと同じくらい怖くもなった」

「なんで」

「だって、好きっていう気持ちが太陽にとってほんの一瞬だけの勘違いで、俺が間に受けて太陽の手を取ってしまったら取り返しのつかないことになるかもしれないなって」

「取り返しのつかないこと?」

雄太郎は、うんうんと頷いた。

「付き合って、もし別れたらさ……幼馴染でも、バッテリーでも、ただの友達ですらなくなるかもしれないじゃん。だから俺はこの気持ちはずっと言わないでおこうって思ってた」

「オレはユウちゃんのこと好きだから別れるとか離れるとか無いよ」

「ははっ、いや、まあ俺もそうなんだけど。太陽みたいに自分の気持ちを真っ直ぐに受け止められなくてさ。それに、黒谷みたいに周りを気にせず好きを貫けるほど強くない。けど、救護室で太陽に抱きしめられた瞬間に、やっぱり俺も直球で太陽に好きだって伝えたくてたまらなくなったんだよね」

そう言った雄太郎は、部屋のドアにもたれながら両手を大きく広げた。

「太陽、こっち来て?」

雄太郎からこんな甘えた声をかけられるのは初めてだった。

半袖ジャージから伸びる長い腕に、服の上からでも分かる逞しい身体。

いつも肩を組んだり、もたれかかったりして戯れているはずなのに、改めて雄太郎という存在を意識すると緊張してくる。

「お、お邪魔します……」

オレはゆっくりと雄太郎に近づいて足の上に跨った。

薄暗い部屋の中でごそごそと動いて、雄太郎の首元にそっと腕を回した。

「ふっ、ふふ。またコアラみたいになってる」

オレのぎこちないハグを雄太郎が笑った。

「え、だって他に方法ある?」

「ううん、このままがいい」

雄太郎は小さくふふっと笑って、オレの背中に優しく腕を回した。

身体と身体の隙間を埋めるように雄太郎の腕に力が込もる。

雄太郎の腕や手、指の1本1本の感触と体温が背中に伝わってくる。

「太陽……好き。ほんとに好き」

雄太郎が自分の気持ちを再認識するようにオレの首元に頭を埋めて呟く。

雄太郎が喋ると吐息が首に当たってくすぐったい。

「なあ太陽。俺の恋人になって」

オレの耳元で雄太郎が囁いた。

甘くて、優しい掠れた声だった。

「っ、なる!なるよ、なるなる!」

一瞬、雄太郎の声が首筋から背中まで撫でたような気がして、身体がぞくっと反応してしまった。

「ユウちゃん。オレもユウちゃんのこと本気で好きだよ。見てるとさ、安心するけどドキドキもする。こうやってくっついてると、もっともっと……ってなる」

オレは身体を少しだけ雄太郎から離して、雄太郎の目をじっと見つめた。

「ユウちゃん」

オレは勝手に緩みまくっている自分の唇を雄太郎の唇に静かに重ねた。

喋り声がなくなったオレたちの部屋は相変わらず暗くて、部屋の外からは寮生たちの足音と喋り声がする。

だけどオレは目の前にいる雄太郎のことしか考えられなくて、唇が離れる度に雄太郎の名前を呼んだ。

だけどオレは目の前にいる雄太郎のことが好きってことしか考えられなくて、唇が離れる度に雄太郎の名前を呼んだ。