これって部内恋愛ですか

 カァーン。

金属バットにボールが当たった音がした。

「う……わ……最悪」

今日、一番気合いを入れて投げたボールが力強く打ち返されて、小野寺太陽は思わず声が漏れた。

マウンドに立つオレの頭上をものすごいスピードで通り過ぎていったボールは、グラウンドを照らす夕陽に向かって飛んでいった。


 高校2年の3月。

4月から始まる公式戦に向けた最終調整として行われた練習試合の最終回だった。

ランナーを背負いながらも1点差で勝っていたはずなのに、オレが最後の最後でホームランを打たれたせいで逆転され、負けた。

それも、キャッチャーをしている河西雄太郎のサインに首を振って、強引に投げたボールで。

 「太陽〜。お前、なんで最後あのバッターと勝負したんだあ?」

試合が終わるとすぐに、怒りを堪えた監督に声をかけられた。

「……せっかくだから全力勝負しようと思って」

オレは被っていた帽子を取り、緩い癖毛気味の髪をグシャグシャとかいて返事をする。

「だからって、球が速いだけじゃ打たれるんだよ。ったく、河西だって、それを見越して無理に勝負しにいかなかっただろ」

監督が首を傾げながらため息をつく。

「河西もな、お前のボールを活かそうと頭フル回転させてんだから、ちゃんと河西の言うことを聞いておけ。馬鹿があれこれ考えても、ろくなことにならんだろ」

「はーい……」

馬鹿は言いすぎだろと思いながら、説教する監督に軽く頭を下げ、反省する素ぶりを見せる。

そのままブツブツと怒りながら去っていく監督の背中を見送っていると、誰かが後ろからのしかかるようにして肩を組んできた。

「うわっ」

肩を組んできたのは雄太郎だった。

「監督、怒ってたな」

177cmのオレよりほんの少しだけ背が高くなった雄太郎が、オレに全体重を預けるようにもたれかかりながら言う。

「怒られた。しかも馬鹿って言われた」

「ははっ。お前、どうせ正直に『真っ向勝負がしたかったんで』とかいったんだろ」

「……ちがう」

「じゃ何て言ったんだよ」

「『全力勝負をしようと思った』って言った」

「ふっ、一緒じゃん……ははっ」

雄太郎がオレの肩に頭を埋めて笑い出し、オレの肩に乗せている手で胸をバシバシと叩いてくる。

「ユウちゃん、なんで笑ってんだよ」

「いや、お前が馬鹿すぎて」

監督にバレないように、オレの後ろに立って小さく笑う雄太郎のサラサラとした黒髪が首に触れる。

「はあー。俺、好きだよ、太陽のそういう真っ直ぐなとこ」

顔を上げると、涼しげな目元を細める雄太郎が、くすくすと満足そうに笑っている。

「絶対、面白がってるじゃん」

「面白がってねーよ。太陽は素直で馬鹿かわいいなって思ってるよ」

昔の雄太郎は引っ込み思案で、オレの後ろを必死に追いかけてくる可愛い奴だったのに、今では男のオレに向かって『かわいい』なんて言葉を平気で言ってくる奴になった。

「もう。何だよ、馬鹿かわいいって。オレのこと犬かなんかと思ってんだろ」

「ははっ。ま、気にしすぎんなよ。どんな時でも真っ向勝負できるのは、武器のひとつだろ。それに、いざとなれば俺がちゃんと引っ張ってやるって」

雄太郎は前髪を掻き上げてから、オレの頭に軽く、ごんっと頭をぶつけた。

「うん。まあ……そだなっ。オレはユウちゃんの期待に応えられるように、全力投球する以外ないか」

オレはへへっと笑って返事をした。

雄太郎はオレが落ち込むことがあると、いつも1番に隣に来てくれて、笑いに変えてくれる。

さりげなく気を使ってくれているのもわかるし、何があっても味方でいてくれるんだろうなって感じる。

だから、みんなをがっかりさせてしまったなとか、監督に使ってもらえなくなったらどうしようとか、沈みそうになった時でも、まだオレは頑張れるなって思える。

「んじゃ、寒いしバスに戻るか」 戻って着替えますか」

ふうっと息を吐いた雄太郎が、少し落ち着いた口調で言った。

さっきまでオレたちを暖かく照らしていたお日様は、もう半分くらい地平線に隠れている。

「ん。そだな」

雄太郎の腕を肩に乗せたまま、野球部のマイクロバスが置いてある駐車場に向けて歩き出した。

「ぐえっ」

雄太郎の方が歩き出すタイミングがほんの少しだけ早かったらしく、オレの頭は引っ張られるようにして雄太郎の腕に捕まえられてしまった。

お辞儀をしているみたいな体勢になったせいで、視界が一気にアスファルトの上に立つ自分と雄太郎の靴だけになった。

「うわっ、引っ張んなって。頭引っこ抜けるだろ」

「んー?早く着替えたいだろ。汗かいたんだし」

オレの頭を捕まえたままの雄太郎の白々しい返事が返ってくる。

「オ、オレ今日そんな汗かいてな……」

そんな雄太郎に言い返そうと思い、ふと自分のユニホームを見ると、胸の辺りに大きな手形がついているのが見えた。

「ああっ!!お前がさっきバシバシ叩いてきたとこ!汚れてるんだけど!」

その場で立ち止まって、大きな声を出す。

そもそも自分で自分の胸元なんか叩いていないし、この大きな手形は絶対に雄太郎だ。

「あ、ほんとだ」

「うわー、お前のせいでオレの洗濯の手洗い増えたんだけど」

オレは捕まえられていた頭を強引に持ち上げ、雄太郎の目をじろっと見つめて文句を言う。

「ふっ、いいじゃん。ユニホームの汚れは頑張った証なんだし」

雄太郎は悪びれる様子もなく、はははっと笑ってくる。

「そんなん知らん。もうこれ、ユウちゃんに洗ってもらうからなあ」

せっかく今日は手でゴシゴシと洗う洗濯物が少ないと思ったのに、雄太郎のせいで増えた。

「……じゃ、そんならもっと汚しとこ」

雄太郎は静かにそう言うと、オレをグイッと引き寄せた。

雄太郎は試合中にヘッドスライディングして黒土を全身につけてたくせに、オレに黒土の汚れをつけようと、ぎゅうっと力強くハグをしてくる。

「やめろって、お前、どっか行け。あはは、はは」

突然の嬉しくない抱擁が馬鹿らしくて、思わず笑い声が出た。

雄太郎の腕の中から抜け出そうと動くのに、雄太郎の腕はオレの身体を離してくれそうにない。

「あははっ、ははっ。逃げられねえ。馬鹿力か、お前」

オレが雄太郎に向けてそう言うと、雄太郎は「まあ、鍛えてるからな」と冷静に言って、フンっと鼻を鳴らした。

「おぉーい。そこの馬鹿ふたりー。イチャついてないで早くバスに戻って来いよー」

雄太郎の馬鹿さ加減に笑っていたら、バスの側に立っているキャプテンの林が大きな声でオレたちを呼んだ。

「おーう」

林の声を聞いた雄太郎が適当に返事を返して、やっとオレを抱擁する力を弱めた。

自分のユニホームを見ると、雄太郎についていたはずの黒土の汚れがオレの方にも移っている。

「やっぱ汚れたじゃん」

「お揃い」

「ぼけっ」

雄太郎の腕の中から解放されたオレは、雄太郎の腹に軽くパンチをしてから駆け足でバスに向かった。