好きって難しい。
林は触れたいって思ったり、ドキドキするのは好きだからだって言ってた。
だけど雄太郎は違ってた。
雄太郎は触れたいのも、ドキドキするのも、全部オレの好奇心だって言ってた。
じゃあどうなったら好きなんだよ。
大人になったらわかるのかな。
雄太郎とオレだからややこしいのかな。
考えれば考えるほど答えが出なくて、いつもは放り出す勉強の方が100億倍くらい簡単に思える。
あの夜中のキス騒動の次の日なんて、オレは雄太郎とどう顔合わせたら良いのかと思って3時半くらいから起きてたのに、雄太郎は普段と全く変わらない様子で「太陽、寝癖やばいことなってんぞ」と朝から爽やかに笑っていた。
学校に行っても、部活に行っても雄太郎の態度は普段と変わらなかったし、オレも必死にいつも通りを心がけた。
くだらない話で盛り上がって、きつい練習を乗り切って、一緒に飯を食って寝た。
次の日も、その次の日も変わらなかったけど、唯一変わったことといえば、雄太郎から肩を組んできたり、もたれかかってきたり、今まで何も考えずにしていた軽いスキンシップをしなくなったことくらいだ。
キスを迫ってしまった立場としては、オレからグイグイ雄太郎に絡みに行くのは許されない気がして、自分から触れることをしなくなった。
そうなると、ずっと近くにいるしオレたちの関係は何も変わって無いはずなのに、妙な距離ができてもどかしい。
もうこんなにムズムズするなら、いっそのことあの夜にキスしてしまえば良かったのかもしれない。
でも、全国大会の予選も近いし、これ以上雄太郎に迷惑をかけたらいけないと思って、『これでいいんだ。今は野球に集中するんだ』って、何度も心の中で繰り返した。
我慢した甲斐があったのか、2週間、3週間かけて行われる全国大会の県予選は無事に勝ち進めた。
決勝戦に臨む頃には制服が夏服に変わり始めていて、いよいよ夏が来るぞって感じがする。
長く続いた全国大会の予選も今日が準決勝、決勝だ。
甲子園の出場権を賭けた試合は今日で終わる。
市営球場に集まった4校のうち1校だけが県代表となって全国大会に進む。
誰もがたった1つの代表枠に夢を見て必死に汗も涙も流して練習してきたからか、続々と球場にやってくるどの高校の選手もピリリっと全身の産毛が逆立つような威圧感を漂わせていた。
普段は和やかに草野球をしている市営球場も、今日だけは保護者やOB、予選敗退した高校の選手にカメラを持ったマスコミの人たち……と、試合を楽しみにしている人たちで溢れかえっている。
そんな中で始まったオレたちの準決勝は、延長戦12回までもつれつつ、なんとか勝ち切ることができた。
決勝を控えているだとか、決勝戦で当たるチームに観察されてるだとか、もう必死すぎて何も考えられないくらい全力で投げた。
そのせいで、準決勝に勝った時点で思っていたよりも体力を消耗していた。
そんな姿を見ていたのか、監督は「序盤は黒谷で行く。中盤から終盤にかけて太陽、交代できる準備をしておけ」と言って、黒谷を先発にした。
「はぁぁ〜」
試合開始時刻が近づく中、ベンチに座って大きなため息をつく。
自分がどれだけ体力消耗していたのか理解しているつもりだったけど、決勝戦だからこそ先発したかった。
「太陽。出番に備えてちゃんと休んでおけよ」
お茶を飲みにきた雄太郎が、ため息をつくオレの頭にゴンっと拳を落とした。
ため息をしただけなのに、オレの考えていることを全部見抜かれてるみたいだ。
「わぁってるよ!痛いなぁ、もう」
オレは頭を抑えて大袈裟に返事をする。
「太陽。絶対勝とうな」
「うん、絶対に勝つ」
雄太郎との久しぶりのスキンシップがゲンコツだったのは笑っちゃったけど、さっきまでの体の疲れがひょいっと飛んで行った気がした。
決勝戦が始まると、球場のざわつきは自然と統一されて、メガホンを叩いて応援する声と選手たちの声だけに変わった。
球場に流れるアナウンスと妙に統一された声援に影響されているのか、身体が震えてくる。
監督には「休んでおけ」と言われたけど、このピリピリとした試合の雰囲気のせいでどうにも落ち着かない。
ほんの一瞬でも気を休めると、この異様な雰囲気に呑み込まれて集中できなくなりそうだ。
そう感じたオレは、自分の出番が来るまではブルペンで過ごすことにした。
試合は先発した黒谷のおかげで、相手チームに得点を与えずに1イニング、2イニングと順調に進んでいる。
黒谷は普段は腹の立つ後輩だけど、本番でここまで投げるなんて、やっぱりあいつは凄いやつだ。
しかも、みんな汗だくになっているのに、黒谷だけは何故か涼しそうな顔をして投げているから余計に凄いと思う。
そんな黒谷を上手くリードするキャッチャーの雄太郎も、キャプテンとしてセカンドを守る林も、みんな堂々と戦っていて、緊張感さえも楽しんでいるようにも見える。
試合が中盤に差しかかった頃、オレたちはノーアウト、ランナー満塁のピンチに陥っていた。
もうピンチどころか大ピンチだ。
0対0で拮抗していた試合だったからこそ、0点で守りきれるか、1点を取られるで大きく試合の流れが変わる。
「小野寺先輩ー!監督がいつでも行ける準備してって言ってます!」
監督の伝言を伝えに後輩が走って来た。
「おう!ありがと」
オレは元気に返事をして、どうにかピンチを乗り切ってくれよ、とマウンドで深呼吸する黒谷を見ながら唾を飲んだ。
ストライク、ボール……と黒谷が丁寧に投球する。
黒谷が投げる度に、球場からは喜びの声や悔しがる声が上がって、今日1番の盛り上がりを見せている。
(がんばれぇ、黒谷……)
ギュッと唇を噛みながら眺めていると、バットとボールが当たる乾いた音がした。
カァーン、と打ち返されたボールは空に向かって高く打ち上がった。
打球が弧を描いて外野へ飛ぶ。
外野を守るチームメイトが必死に走って、走って、ノーバウンドでキャッチした。
(いけっ!頼む!!)
3塁ランナーがホームベースに向って走ると同時に、外野からチームメイトが雄太郎のいるホームベースに向かって投げた。
ランナーの足もかなり速い。
頼むからアウトにしてくれ……と、呼吸を忘れてボールの行き先を見ていた瞬間だった。
ガンッという鈍い音と共に、ボールを捕ろうとした雄太郎が相手チームのランナーとぶつかった。
「え……?」
外野手が投げたボールは少し軌道が逸れていて、そのボールを捕ろうとした雄太郎は、勢いよく相手選手と正面衝突したようだった。
相手選手も雄太郎と転んだが、グラウンドの上を這ってどうにかホームベースに触れた。
あまりの衝撃的な状況に、騒がしかった球場は一瞬シン……と静まり返り、すぐにザワつき始めた。
「雄太郎!!雄太郎!!おいっ!」
居ても立っても居られなくなって、ブルペンから飛び出して慌てて雄太郎の側に駆け寄る。
オレだけでなく次々とチームメイトも駆け寄ってきて、その輪を掻き分けるように監督がやってきた。
「うぅ……」
呻き声をあげる雄太郎を見ると、右目の瞼から血を流していた。
相手選手のヘルメットが当たったのだろう。
必死にボールを捕ろうとしていたらしく雄太郎が「ボール……」と言って、捕り損ねたボールを探そしている。
「おいっ、無理して立つな。そのままでいろ!」
身体を起こそうとする雄太郎に監督が大きな声で話しかける。
「でも……」
雄太郎は汗を拭うかのように適当に目元を拭って返事をした。
きっと雄太郎はぶつかった衝撃だけを感じ取って、自分の怪我の程度をわかっていないのだと思う。
なんて声をかけたら良いのか言葉が浮かばない。
多分それはみんな一緒だ。
止血用のタオルや氷、担架が続々と運ばれてくる中で、監督が口を開いた。
「……河西。交代だ」
雄太郎にそう言った監督も悔しそうだった。
「いや、大丈夫です!これくらい」
雄太郎が慌てて監督に返事をする。
「駄目だ。脳震盪も起きてる可能性も十分ある。簡単に判断できないよ」
監督自身もショックが大きいのだろう。
一言、一言、言葉をぼやかさずに雄太郎の目を見て話している。
「あと、太陽。今からマウンドに上がれ」
「え?」
「黒谷と交代だ」
監督は雄太郎の方に向いたまま言った。
こんな場面で突然バッテリーごと交代するのかと驚いてしまった。
ふと黒谷の方を見ると、黒谷は「雄太郎先輩……」と呟いて、倒れた雄太郎の近くで小さく震えていた。
「河西のことは先生が見ておくから、お前たちは守備に戻って試合の続きをする準備をしなさい」
雄太郎の目元をタオルで押さえながら、監督がキャプテンである林に指示を出した。
林は触れたいって思ったり、ドキドキするのは好きだからだって言ってた。
だけど雄太郎は違ってた。
雄太郎は触れたいのも、ドキドキするのも、全部オレの好奇心だって言ってた。
じゃあどうなったら好きなんだよ。
大人になったらわかるのかな。
雄太郎とオレだからややこしいのかな。
考えれば考えるほど答えが出なくて、いつもは放り出す勉強の方が100億倍くらい簡単に思える。
あの夜中のキス騒動の次の日なんて、オレは雄太郎とどう顔合わせたら良いのかと思って3時半くらいから起きてたのに、雄太郎は普段と全く変わらない様子で「太陽、寝癖やばいことなってんぞ」と朝から爽やかに笑っていた。
学校に行っても、部活に行っても雄太郎の態度は普段と変わらなかったし、オレも必死にいつも通りを心がけた。
くだらない話で盛り上がって、きつい練習を乗り切って、一緒に飯を食って寝た。
次の日も、その次の日も変わらなかったけど、唯一変わったことといえば、雄太郎から肩を組んできたり、もたれかかってきたり、今まで何も考えずにしていた軽いスキンシップをしなくなったことくらいだ。
キスを迫ってしまった立場としては、オレからグイグイ雄太郎に絡みに行くのは許されない気がして、自分から触れることをしなくなった。
そうなると、ずっと近くにいるしオレたちの関係は何も変わって無いはずなのに、妙な距離ができてもどかしい。
もうこんなにムズムズするなら、いっそのことあの夜にキスしてしまえば良かったのかもしれない。
でも、全国大会の予選も近いし、これ以上雄太郎に迷惑をかけたらいけないと思って、『これでいいんだ。今は野球に集中するんだ』って、何度も心の中で繰り返した。
我慢した甲斐があったのか、2週間、3週間かけて行われる全国大会の県予選は無事に勝ち進めた。
決勝戦に臨む頃には制服が夏服に変わり始めていて、いよいよ夏が来るぞって感じがする。
長く続いた全国大会の予選も今日が準決勝、決勝だ。
甲子園の出場権を賭けた試合は今日で終わる。
市営球場に集まった4校のうち1校だけが県代表となって全国大会に進む。
誰もがたった1つの代表枠に夢を見て必死に汗も涙も流して練習してきたからか、続々と球場にやってくるどの高校の選手もピリリっと全身の産毛が逆立つような威圧感を漂わせていた。
普段は和やかに草野球をしている市営球場も、今日だけは保護者やOB、予選敗退した高校の選手にカメラを持ったマスコミの人たち……と、試合を楽しみにしている人たちで溢れかえっている。
そんな中で始まったオレたちの準決勝は、延長戦12回までもつれつつ、なんとか勝ち切ることができた。
決勝を控えているだとか、決勝戦で当たるチームに観察されてるだとか、もう必死すぎて何も考えられないくらい全力で投げた。
そのせいで、準決勝に勝った時点で思っていたよりも体力を消耗していた。
そんな姿を見ていたのか、監督は「序盤は黒谷で行く。中盤から終盤にかけて太陽、交代できる準備をしておけ」と言って、黒谷を先発にした。
「はぁぁ〜」
試合開始時刻が近づく中、ベンチに座って大きなため息をつく。
自分がどれだけ体力消耗していたのか理解しているつもりだったけど、決勝戦だからこそ先発したかった。
「太陽。出番に備えてちゃんと休んでおけよ」
お茶を飲みにきた雄太郎が、ため息をつくオレの頭にゴンっと拳を落とした。
ため息をしただけなのに、オレの考えていることを全部見抜かれてるみたいだ。
「わぁってるよ!痛いなぁ、もう」
オレは頭を抑えて大袈裟に返事をする。
「太陽。絶対勝とうな」
「うん、絶対に勝つ」
雄太郎との久しぶりのスキンシップがゲンコツだったのは笑っちゃったけど、さっきまでの体の疲れがひょいっと飛んで行った気がした。
決勝戦が始まると、球場のざわつきは自然と統一されて、メガホンを叩いて応援する声と選手たちの声だけに変わった。
球場に流れるアナウンスと妙に統一された声援に影響されているのか、身体が震えてくる。
監督には「休んでおけ」と言われたけど、このピリピリとした試合の雰囲気のせいでどうにも落ち着かない。
ほんの一瞬でも気を休めると、この異様な雰囲気に呑み込まれて集中できなくなりそうだ。
そう感じたオレは、自分の出番が来るまではブルペンで過ごすことにした。
試合は先発した黒谷のおかげで、相手チームに得点を与えずに1イニング、2イニングと順調に進んでいる。
黒谷は普段は腹の立つ後輩だけど、本番でここまで投げるなんて、やっぱりあいつは凄いやつだ。
しかも、みんな汗だくになっているのに、黒谷だけは何故か涼しそうな顔をして投げているから余計に凄いと思う。
そんな黒谷を上手くリードするキャッチャーの雄太郎も、キャプテンとしてセカンドを守る林も、みんな堂々と戦っていて、緊張感さえも楽しんでいるようにも見える。
試合が中盤に差しかかった頃、オレたちはノーアウト、ランナー満塁のピンチに陥っていた。
もうピンチどころか大ピンチだ。
0対0で拮抗していた試合だったからこそ、0点で守りきれるか、1点を取られるで大きく試合の流れが変わる。
「小野寺先輩ー!監督がいつでも行ける準備してって言ってます!」
監督の伝言を伝えに後輩が走って来た。
「おう!ありがと」
オレは元気に返事をして、どうにかピンチを乗り切ってくれよ、とマウンドで深呼吸する黒谷を見ながら唾を飲んだ。
ストライク、ボール……と黒谷が丁寧に投球する。
黒谷が投げる度に、球場からは喜びの声や悔しがる声が上がって、今日1番の盛り上がりを見せている。
(がんばれぇ、黒谷……)
ギュッと唇を噛みながら眺めていると、バットとボールが当たる乾いた音がした。
カァーン、と打ち返されたボールは空に向かって高く打ち上がった。
打球が弧を描いて外野へ飛ぶ。
外野を守るチームメイトが必死に走って、走って、ノーバウンドでキャッチした。
(いけっ!頼む!!)
3塁ランナーがホームベースに向って走ると同時に、外野からチームメイトが雄太郎のいるホームベースに向かって投げた。
ランナーの足もかなり速い。
頼むからアウトにしてくれ……と、呼吸を忘れてボールの行き先を見ていた瞬間だった。
ガンッという鈍い音と共に、ボールを捕ろうとした雄太郎が相手チームのランナーとぶつかった。
「え……?」
外野手が投げたボールは少し軌道が逸れていて、そのボールを捕ろうとした雄太郎は、勢いよく相手選手と正面衝突したようだった。
相手選手も雄太郎と転んだが、グラウンドの上を這ってどうにかホームベースに触れた。
あまりの衝撃的な状況に、騒がしかった球場は一瞬シン……と静まり返り、すぐにザワつき始めた。
「雄太郎!!雄太郎!!おいっ!」
居ても立っても居られなくなって、ブルペンから飛び出して慌てて雄太郎の側に駆け寄る。
オレだけでなく次々とチームメイトも駆け寄ってきて、その輪を掻き分けるように監督がやってきた。
「うぅ……」
呻き声をあげる雄太郎を見ると、右目の瞼から血を流していた。
相手選手のヘルメットが当たったのだろう。
必死にボールを捕ろうとしていたらしく雄太郎が「ボール……」と言って、捕り損ねたボールを探そしている。
「おいっ、無理して立つな。そのままでいろ!」
身体を起こそうとする雄太郎に監督が大きな声で話しかける。
「でも……」
雄太郎は汗を拭うかのように適当に目元を拭って返事をした。
きっと雄太郎はぶつかった衝撃だけを感じ取って、自分の怪我の程度をわかっていないのだと思う。
なんて声をかけたら良いのか言葉が浮かばない。
多分それはみんな一緒だ。
止血用のタオルや氷、担架が続々と運ばれてくる中で、監督が口を開いた。
「……河西。交代だ」
雄太郎にそう言った監督も悔しそうだった。
「いや、大丈夫です!これくらい」
雄太郎が慌てて監督に返事をする。
「駄目だ。脳震盪も起きてる可能性も十分ある。簡単に判断できないよ」
監督自身もショックが大きいのだろう。
一言、一言、言葉をぼやかさずに雄太郎の目を見て話している。
「あと、太陽。今からマウンドに上がれ」
「え?」
「黒谷と交代だ」
監督は雄太郎の方に向いたまま言った。
こんな場面で突然バッテリーごと交代するのかと驚いてしまった。
ふと黒谷の方を見ると、黒谷は「雄太郎先輩……」と呟いて、倒れた雄太郎の近くで小さく震えていた。
「河西のことは先生が見ておくから、お前たちは守備に戻って試合の続きをする準備をしなさい」
雄太郎の目元をタオルで押さえながら、監督がキャプテンである林に指示を出した。



