これって部内恋愛ですか

 寮に戻ると、晩飯を食って、風呂に入って、普段と変わらない時間を過ごした。

恋人繋ぎしたことを怒られるかなって思ったけど、今のところ意外と怒られていない。

「なぁ、ゆーたろー。オレもお茶欲しい」

風呂から上がって、部屋の小さな冷蔵庫の前でお茶を入れている雄太郎に言った。

それを聞いた雄太郎はトポトポとコップにお茶をいれ、床に座ってるオレの前まで持って来てくれた。

「はい、どーぞ」

「ん、あざす〜」

コップを受け取ろうとした瞬間、雄太郎がひょいっとコップをオレから遠ざけた。

「太陽。あざす〜の前に何か言うことあるだろ」

雄太郎はスクワットのことなんてすっかり忘れていたのかと思っていたのに、忘れていなかったらしい。

「んーっと……ない、かな?」

本人に直接『お前への気持ちを確かめたいから恋人繋ぎをした』なんて言える訳もない。

風呂に入って完全にリラックスモードになっていた頭が急いで動こうとグルグルする。

「ない訳ないだろ。その顔は」

雄太郎が目をジトっと細めてオレを見る。

「ほら、その顔!」

「え?」

「お前、いつも変な言い訳考えてる時、口尖らすだろ」

そう言って雄太郎がオレの顔をむぎゅっと掴んだ。

「ふぇ」

思ったより強く頬を握られて、思わず変な声が漏れた。

目を逸らして見ても、がっちりとオレの頬を掴む雄太郎から逃れられる気がしない。

そもそも言い訳する時に口を尖らしてるなんて初めて聞いた。

自分でも知らなかった癖を把握してるなんて、これだから幼馴染は厄介だ。

「お茶、飲みたくないんだな?」

「……いいまふ」

「よろしい」

雄太郎はそう言うと、部屋のローテーブルにコップをコンッと置いた。

「えっと、えっとな。何で恋人繋ぎしたのかっていうと……」

頭の中がテストの時よりもグルグルする。

上手い言い訳を探そうとして、脳の処理が追いついてない感じだ。

「っ、ユ、ユウちゃんにドキッとして……それが何でか、知りたく……て」

口がもつれる。

何が言いたいのか、何を言ってるのか自分でもさっぱり分からない。

目の前にいる雄太郎の顔が見れない。

「……それで、わかったの?」

雄太郎の低い声がする。

「……わかんなかった」

分からなかったというより、何となく分かってはいるんだけど、みんなの前だったし、ちょっとだけいたずら気分にもなったし、あれを純度100%の恋心だって言い切っていいのか分からなかったって感じだ。

「そう……」

雄太郎がゆっくりと返事をする。

1秒、2秒……と、無言の時間が流れる。

その間、コップの中の氷だけがカランっと音を出した。

「ね、いつ俺にドキッとしたの?」

静かな時間を打ち切るように雄太郎が口を開いた。

「へっ?えっ?」

雄太郎の声が身体中で反芻する。

はぐらかしたいのに、オレの答えを静かに待つ雄太郎の視線から逃れられそうにない。

「こっ、この前の……黒谷との喧嘩の後……」

「2人で話したやつ?」

「……うん」

慣れない会話のせいで、話すテンポがいつもより遅くなる。

無駄に心がモジモジしてしまって、自分が自分じゃないみたいだ。

「へぇ」

そう呟いた雄太郎は、微かに上がった口角を隠すように軽く口元を押さえてオレから目を逸らした。

「へー、じゃないよ!」

すかさずオレは雄太郎に言い返した。

「オレ、あん時のユウちゃんの変な顔見てこうなったんだからさぁ」

「変な顔って」

「最終的に照れて変な顔になってたじゃん」

「なってねーよ」

「今の顔の500億倍ぐらい変な顔になってた!」

「なってない」

「っ、じゃあ今からぎゅってさせてよ。確かめるから!」

この妙に甘ったるい空気のせいだろうか。

照れ隠しに意味不明な要求をしてしまった。

こんなの絶対拒否されるに決まってる。

「……いいよ」

雄太郎が返事をした。

「えぇっ!?」

予想していた返事と全く違う。

思わず大声を出してしまった。

「うっ、うるさ……隣の部屋に怒られるだろ」

雄太郎がオレの声の大きさに一瞬耳を手で覆った。

「あ、ごめん」

壁にかけてある時計を見ると、23時を少し過ぎている。

夜だからって変なテンションになりすぎたらダメだ。

わかってる。

わかってるけど、雄太郎に真正面から触れてみたい気持ちが止められそうにない。

「本当にぎゅって……するよ……?」

深呼吸をしながら雄太郎へ聞く。

「どうぞ」

床にあぐらで座る雄太郎はあっさりと返事をして、両手をバッと広げた。

カチ、カチ、と時計の秒針が動く音がする。

聞こえてくる秒針の音よりも心臓の音の方が速い。

「お、じゃまします」

ぎゅっとしたいと言ったものの、座ったままハグをするなんてどうするのが正解なのか分からない。

そもそもしたことないから選択肢すら分からない。

ごそごそと移動し、まずは両手を広げる雄太郎の足の上に座ってみた。

「重たっ」

雄太郎が笑いながら言った。

「だって」

「はいはい、別に潰れねーよ」

雄太郎は相変わらず手を広げたまま、くすくすっと笑った。

雄太郎の足の上にちょこんっと乗ったつもりだったけど、全くそんな感じじゃなかったらしい。

「じゃ、ほんとにぎゅってするからな?」

「うん」

雄太郎の返事を聞いてから、ゴクリと唾を飲み込み、広げた両腕の上から雄太郎にゆっくりと抱きついてみる。

腕を雄太郎の首元に回したものの、どれくらいの強さにしたら良いのか正解がわからない。

恐る恐る身体の重心を雄太郎の方へ動かして、身体を預けてみる。

身体を密着させてみると、薄手のジャージ越しに雄太郎の体温と感触がして、自分と同じシャンプーの香りがした。

(ユウちゃんの匂い……)

オレたちは面倒くさがって同じ風呂セットにしている。

だからシャンプーも洗顔もボディーソープまで同じだ。

それなのに、頬に触れた雄太郎の髪からほのかに香るシャンプーの香りにドキドキと胸が音を立ててしまう。

オレとは違う癖のない髪。

トレーニングと練習で鍛えた逞しい全身の筋肉。

鍛えられている割に首が長めだから意外と着痩せするんだよな、と普段の雄太郎の姿が頭に浮かんだ。

「っ、わっ」

雄太郎が広げていた腕をオレの身体に回していた。

雄太郎のでかい手はオレの背中から脇腹の辺りに触れ、ぎゅうっと力強く抱きしめている。

徐々に力が込もる雄太郎の指1本1本の感触が長袖ジャージの上から伝わってきて、変なゾクゾク感が背骨から首筋に駆け上ってくる。

「ん、ふふっ。ふふふっ」

雄太郎がオレの首元で小さく笑った。

「なに」

「なんか、太陽コアラみたい。ふっふふ」

「なんでだよ」

「普通ハグってさ、もうちょっと色っぽい感じじゃねーの?」

雄太郎がオレの首元で喋るからくすぐったい。

「お前、ぎゅってし過ぎ。木にしがみつくコアラみたいになってる」

「なっ、そんなことないって」

オレには今のこのハグが精一杯だ。

色っぽくってどうやってすんだよ。

雄太郎の余裕そうな笑い声に急に恥ずかしくなってきた。

「そんなこと言うならなぁ、こうしてやるっ」

オレは照れ隠しに雄太郎の頭を包み込むように力強く抱きしめた。

一瞬、雄太郎が「うわぁっ」と言って、もごもごとオレを引きはなそうと服を引っ張っている。

伸縮性の良いジャージはオレを雄太郎から引き離すことなくただ伸びている。

「太陽くんも色っぽいって言え〜」

「これのっ、どこに色気、あんだよっ」

オレに顔を抱きしめられて苦しそうな雄太郎が必死に言い返してくる。

抱きしめ続けるオレと、引きはなそうとする雄太郎。

ジタバタと攻防を繰り広げていると、勢いよく視界がぐらついた。

「あ、やばっ」

ドスンという音が部屋に響き、オレは雄太郎の上に覆い被さって倒れていた。

「うわ、ごめん、ユウちゃん!!」

オレは慌てて顔を上げて謝る。

「……大丈夫か?」

「うん、オレは大丈……夫」

一瞬、心臓が止まったかと思った。

オレの視界いっぱいに雄太郎の顔がある。

その距離は10cmもないかもしれない。

あまりにも雄太郎との距離が近くて、自分の体温がドッと上がる感覚がした。

「良かった、太陽が無事で」

そう言って安心したように微笑む雄太郎に心が音を立てる。

このまま雄太郎に触れていたい。

もっと色んな顔が見たい。

「ばかだなぁ、ほんと」

雄太郎がくすくすと困った顔で笑っている。

どうしよう。

雄太郎が喋る度、笑う度、寝転びながら首を動かす度に、胸の中から愛おしさとか、高揚感とか煌めく感情が溢れてくる。

「あ……。ユウちゃ……ん」

身体が言うことを聞かない。

頭の中でこれだけはダメだって分かっているのに、雄太郎唇に触れてみたくて仕方がない。

1cm、1cm、雄太郎との距離を縮める。

もうなんだか上手く頭が回らなくなってきた。

雄太郎の体温とオレの体温が混ざり合ってるせいで、心臓が異常にバクバクする。

(キス……する時息どうすんだろ……)

正解なんて分からないまま、オレは首を右にほんの少し傾けた。

「んむぅ……っ」

雄太郎の手がオレと雄太郎の唇の間に挟まった。

「太陽」

寝転がったままの雄太郎が優しくオレの名前を呼ぶ。

「太陽。それはダメだ」

雄太郎の「ダメだ」の一言に舞い上がっていた気持ちがサァーっと引いていく感覚がした。

そりゃそうだ。

当たり前だ。

幼馴染だからって、男からキスされるなんて普通嫌だよな。

何てバカなことをしていたんだろう、オレは。

「ごめん、ユウちゃん。やりすぎた……」

自分の行動が急に恥ずかしくなってきて、慌てて雄太郎の上から降りて謝りながら正座をした。

「ほんとごめん。その……なんて言うか、ユウちゃんにドキドキして、キスしたくなって……えっと」

「太陽」

オレの名前を呼んだ雄太郎は身体を起こして座り直した。

「俺、お前のそういう好奇心旺盛な所好きだよ。なんでも叶えてやりたいって思う。だけどキスは本当に好きな人とのために取っておいた方が良いよ」

「いやっ、だからオレ、お前のことが好」

「ううん」

雄太郎がオレの言葉を遮った。

「それはきっと……きっといつもの純粋な好奇心だよ」

雄太郎は困ったように優しく微笑んだ。

「違うって!じゃあユウちゃんはオレとキスすんのは気持ち悪い?絶対にできないって思う?」

「そんなことない」

「じゃっ、じゃあ問題ないじゃん」

別にキスにこだわりがある訳じゃない。

それなのに、キスを拒んだ雄太郎はどこか悲しそうで、取り繕ったように笑う雄太郎を見ていると胸が締め付けられる。

「太陽……」

雄太郎がオレの名前を呼んで、ゆっくりとオレの頬に触れた。

「今日はこれで我慢してくれ……」

そう言うと、雄太郎はオレの頭をぐいっと引き寄せ、額にそっとキスをした。

「え?」

戸惑う声を出した瞬間には、額に触れた雄太郎の柔らかな唇は離れていた。

ほんの一瞬のキス。

1秒も満たなかったけど、優しく触れた雄太郎の唇は小さく震えているような気がした。

「じゃ、もう遅いし寝るか」

オレの額にキスをした雄太郎は立ち上がり、オレの頭をポンポンっと軽く叩いてから目を合わさずに二段ベッドに向かってしまった。

「ユウちゃ……ん」

ギシギシと、雄太郎が二段ベッドの梯子を登る音がする。

大きな背中を見送っていると、喉の奥に熱くて苦しいものが駆け上ってくる。

オレはひとりで何を勝手に盛り上がってたんだろう。

雄太郎がなんでもかんでも受け入れてくれるからって、自分と同じ気持ちなのかもって勘違いしてた。

そんなはずなかったんだ。

雄太郎は優しい男だ。

ただ、それだけだったんだ。

そう思い始めると、額に触れた唇の感触も、抱きしめた時のシャンプーの香りも二度と手に入らないようなものに感じてくる。

(オレの好きって気持ち、好きじゃなかったのかな。……ははっ。好きだと思ったんだけどな)

そう思うと、自然に頬の上を涙が滑り落ちていた。

二段ベッドに上がった雄太郎に気づかれないように、静かに涙を拭う。

もうすぐ24時になる時計は、カチ、カチと時間は巻き戻せないと言うように寂しく音を立てている。

(……うん。そうだよな)

雄太郎を大事な試合前なのに、こんなくだらない事で振り回しちゃいけない。

オレは涙を堪えて大きく息をしてから、自分のベッドに向かった。