これって部内恋愛ですか

 黒谷と林を見送ったオレたちは、1塁ベンチに座って話すことにした。

オレと雄太郎だけがポツンとベンチに座っているグラウンドは、柔らかな夕日に染められて、寂しいような、温かいような変な感じがする。

「ユウちゃん、迷惑かけてごめん」

何から言い出せば良いのか迷って、ぼそりと言った。

「ううん。太陽が謝ることない」

雄太郎から静かな返事が返ってくる。

「あの……さ、黒谷のことなんだけど」

雄太郎が言い出しづらそうに黒谷の名前を出した。

「先にオレが話していい?」

きっと雄太郎は、黒谷もオレも傷つかないように頑張って喋ろうとする。

それじゃあ、雄太郎とちゃんと話せないまま終わってしまう気がした。

「ユウちゃんはさ、黒谷のことどう思ってる?」

雄太郎の目をまっすぐ見て聞く勇気が出なくて、自分の手の平にできた豆を見ながら言う。

「黒谷はただの後輩で、それ以上の感情は無いよ」

雄太郎は考える素振りも見せずに言い切った。

「ほんと?オレさ、ユウちゃんが黒谷に告白されてるとこ、隠れて聞いちゃったんだよね。ごめん」

「え?」

「だから、本当は黒谷がオレを攻撃してくる理由も分かってた……」

雄太郎は心底びっくりしたのか、「あぁ……」と掠れた声を出した。

「なんで告白断ったのに、アプローチしてもいいって言ったの?黒谷のことを好きになるかもしれなかったから?」

告白を盗み聞きしてから、ずっと心の中で消化できずに溜まっていたものを1つ1つ取り出していく。

「それはちがう。……黒谷もさ、告白が絶対に成功するって信じてた訳じゃないと思うんだよね」

雄太郎がベンチにもたれて、ゆっくり息を吐いた。

「ただ、好きって気持ちが黒谷の心の中でいっぱいになって、溢れた。それだけのことだったんだと思う。俺に言うのも、かなり勇気を出したんじゃないかな」

雄太郎は話しながら眉毛を下げ、優しく笑った。

「だからさ、ふと、もし俺が黒谷の立場だったら……って想像した。告白を断られたからって、好きな気持ちが元から存在しなかったように振る舞えるのかなって思っちゃったんだよね。で、考えたら、無理だった。ただでさえ、男同士で堂々とアプローチすんのって怖いじゃん?黒谷はちゃんと好きだって気持ちが伝わるように俺と関われていたのかなって。そう思ったら、せめて黒谷の気持ちが整理できるまで、向き合わないとなって思ったんだけど……」

「そんなんされたら諦められないだろ」

まともに恋愛とかしたこと無いけど、雄太郎の優しさは黒谷にとっては、きっと毒だ。

とてつもなく甘くて、苦しい毒。

「だよな……。結局、太陽まで巻き込んで、林にも迷惑かけてる。それに、黒谷も余計に傷ついただろうな。……はぁ。ちゃんとしなかった俺の甘さが悪い。ほんとごめん、太陽」

雄太郎は眉間に皺を寄せ、目をぎゅうっと瞑った。

いつもはチームの司令塔として冷静で正しい判断をするのに、こういう人を傷つけたくないって考える所は、やっぱり小さい頃から全然変わらない。

昔と変わらない、優しい横顔だった。

「ううん。オレの方こそごめん。勝手に盗み聞きして、勝手にイライラして、挙げ句の果てに黒谷から言われた言葉にキレるなんて最悪だった」

落ち着いて考えると、黒谷の言葉にあれだけ腹が立ったのは、図星だったからかもしれない。

監督もチームメイトも『太陽は馬鹿なんだから、何も考えず雄太郎に従って投げろ』って言う。

だから、ずっと考えるのは雄太郎に任せておけば良いんだって思い込むようにして、対戦相手の様子をもっと観察するとか、変化球の練習をしてみるとか考えることを避けてた。

だけど、黒谷に『雄太郎がいないと何もできない』って言われたとき、馬鹿にされてムカつくっていうよりも、取り組もうとすら思っていなかったことが見透かされてるみたいで恥ずかしくなった。

「……黒谷はさ、ユウちゃんのことが恋愛的な意味で好きじゃん」

「うん……」

「でもさ、オレも……オレもユウちゃんのこと好きだよ。正直、いつもかっこいいなって思ってるし。彼女とか……彼氏とか、できてほしくない。ずっとオレだけ見ていれば良いじゃんって思うもん」

黒谷の言う好きと同じ好きなのかは分からないけど、オレだって黒谷に負けないくらい雄太郎のことが好きだ。

普段はこんなこと言わないけど、なんとなく今言っておかないと後悔するような気がして言いたくなった。

「は、えっ……?好……え?」

雄太郎が変な鳴き声みたいな声を出した。

「ん?ユウちゃ……ん……?」

雄太郎を見た瞬間、自分の心臓が止まったかと思った。

「え、なに……その顔」

びっくりした。

雄太郎と10年近くずっと一緒にいるのに、初めて見た表情だった。

「顔、真っ赤じゃん……」

雄太郎が、夕日に照らされながら頬を真っ赤に染めている。

「へ……まじ?やば……」

雄太郎が表情筋の力が抜けてしまった顔を隠そうと、慌てて大きな手で口許を隠す。

「たいよう、ごめん。ちょっと、待って」

小学生の頃に見た、上級生のお兄ちゃんに褒められて困りながら喜んでいた時ともちがう顔。

にやけてしまうのを必死に堪えようとしているのか、雄太郎が唇をぎゅっと噛む。

「……あー、うん。えっと……友達として最強に好きってことだよな。はは……」

わざとらしく「あはは」と笑った雄太郎は、恥ずかしいのか、フッとオレから目を逸らした。

それなのに、オレはさっきから雄太郎から目が逸らせなくなっている。

普段、男前でスマートで、優しい雄太郎の照れているのか恥ずかしがっているのか分からない表情。

(やばい、やばい……なにこれ)

かわいい?かっこいい?

雄太郎に心臓をギュッと掴まれた感じがする。

ギュッと掴まれて苦しいはずなのに、心臓が何かを期待しているように激しく音を立てる。

試合の勝負を楽しむワクワクとも違う音。

心臓の鼓動が速く、大きくなって身体に響いてくる。

この心臓の音は何だ。

なんで急にこんな音してんの。

雄太郎の表情につられてしまって、自分の顔までふにゃふにゃと緩んできてしまう。

「ユウちゃ……」

もっと雄太郎の顔が見てみたくなって、身体を雄太郎の方に寄せて、下から覗き込もうとした。

「だっ、だめだめ!今見るの禁止!」

雄太郎は首にかけていたタオルをバサっと頭から被り、顔を隠した。

「え、なんでよ。良いじゃん、なにその顔。なんでそんな顔になってんの」

もっと見たい。

「なんでもない。お前は離れろ。太陽が急に変なこと言うからだろ」

「だって本当だもん。ユウちゃんはどうなんだよ」

「あぁー、もう。……オレモスキ、ダ」

「なんで片言?」

「うっさい。こっちみんな夕日見とけ!」

雄太郎がオレの頭をがっしりと掴んで、強引に夕日の方へ向けてくる。

「眩しい、眩しい。馬鹿か、お前。頭離して」

「ははっ。太陽、変な顔」

「あーもうー、せっかく真剣に話してたのにさぁー」

オレは笑いながら、隣でケラケラと笑う雄太郎を見た。

相変わらず頭にタオルを乗せたままの雄太郎は、いつもの爽やかな笑顔に戻っている。

それなのに、どうしよう。

いつもと同じ笑顔の雄太郎を見ているはずなのに、胸の高鳴りが戻らない。