これって部内恋愛ですか

 蝉が喧しく鳴き、連日40度越えの気温を更新する8月の甲子園球場。

黒い土の上に立つ高校球児たちは、だらだらと汗を垂らしながら、全国制覇を目標に必死に泥まみれになって戦っている。

小学3年生の小野寺太陽(おのでら たいよう)と、河西雄太郎(かわにし ゆうたろう)は、テレビで生中継されている高校野球を見ながら夏休みの宿題をしている。

「ああ!今、ボール捕れそうだったのに。ね、ユウちゃん見てた?」

「んぁっ、ちょっ、服引っ張んないでよ。宿題ぐしゃってなった」

オレは幼馴染の雄太郎をユウちゃんと呼んでいる。

ユウちゃんの首元を掴んで、右に左にグラグラ揺らすと、ユウちゃんの短くて黒い髪も一緒に揺れた。

「だってさあ」

夏の外は暑そうだけど、ホームラン打った瞬間にゆっくり走り出す姿はかっこいいし、盗塁を決めてガッツポーズしている姿なんかもかっこいい。

何よりも1番テレビに映っているピッチャーはどんなピンチでも堂々としていて、みんなの中心って感じで最高にかっこいい。

「なあ、ユウちゃん!」

オレもこんな風に思いっきり投げて三振取ったり、ホームラン打ったりしてみたい。

そう、言いかけた時だった。

『ストラーイク!!バッター、アウトォ!!!』

キャッチャーがボールを捕った乾いた音が響き、審判が三振のコールをした。

『わああああ!!』
『1点差のゲームを制したのは、〇〇高等学校。〇〇高等学校!!』

テレビから流れる音が割れるくらい大きな観客の声と、実況するアナウンサーの興奮した声が流れてくる。

オレはその声に反応して、ユウちゃんに向けた視線をテレビに向ける。

「あ……」

「ん?どしたの、たいよー」

オレはユウちゃんの不思議そうにする声を聞きながら、マウンドの上で両手を挙げたピッチャーに釘付けになった。

ギュッと握った手とグローブを空に突き上げたピッチャーが「うおおお」と大声で叫んでいる。

そして、雄叫びをあげるピッチャーへ向かって、キャッチャーが顔につけていたフェイスガードみたいなのを放り投げて走っていく。

「うわ、うわっ」

他のポジションの人たちもマウンドに集まって来てるのに、ピッチャーは両手を大きく広げたまま立ち、走ってきたキャッチャーを受け止めた。

頬に黒い土をつけたまま泣いているキャッチャーと抱き合うピッチャーも嬉しそうに涙を流しながら喜んでいる。

10秒にも満たない2人の映像。

テレビ越しだけど、この2人だけにしか分からない何か特別なものがあるってピーンっときた。

抱き合って喜ぶ2人に向かって他のチームメイトもマウンドに走ってくる。

チームメイトたちが集合して大きな塊になった中心には、相変わらず笑顔で涙を流しながら揉みくちゃになっているピッチャーとキャッチャーがいた。

「ユウちゃん。オレ……オレ……これ、ユウちゃんとやりたい!!これ!」

「え、どれ?」

「これだって!ピッチャーとキャッチャーのやつ!」

ワクワクとドキドキで、胸がいっぱいになってきて、ユウちゃんに上手く説明できない。

「わーって、ピッチャーんとこ集まるやつ?」

オレの足りてない説明を理解してくれたユウちゃんが、上手く言葉にしてくれる。

「そう!これ、オレやりたい」

「やればいいじゃん」

「ちがう!ユウちゃんとしたいんだって!」

「え、なんで?たいよー、絶対ピッチャーがいいとか言うじゃん」

「うん、そう!!!」

ユウちゃんと一緒に遊ぶのは何をしても楽しい。

でも、このテレビの中にいる高校生の兄ちゃんたちみたいに、一緒に泣いて喜ぶなんて経験はしたことがない。

こんなに泣くほど嬉しくなって、ギュッてしたくなる気持ちってどんな感じだろう。

それくらいのワクワクすることを、ユウちゃんと一緒に体験してみたくなった。


 それからオレは、テレビで高校野球を観てから1週間も経たないうちに、ユウちゃんを連れて近所で練習している野球チームに突撃見学しに行った。

日曜日の朝から自転車のカゴに水筒を入れて、近くのグラウンドまで全力で漕いで行く。

しえい(市営)公園の横にあるグラウンドが見えてくると、フェンス越しに「おぉーい」とか「もう一本っ」とか大きな声とともに、カァーンとボールを打つ音が聞こえてきた。

それを見たユウちゃんは「年上のお兄ちゃんばっかじゃん。怖いしやめておこうよぉ」とか言って、急に怖気付いていたけど、オレは全力で駄々をこねて何とか突撃を続行させた。

 自転車をグラウンドの近くに置いて、グラウンドに入ろうとフェンスでできた扉をギィーっと開ける。

グラウンドの中に入り、ジャリっと土を踏むと、近くにいたお兄ちゃんたちも大人の人もみんな驚いて、一斉にオレたちの方を見た。

その瞬間、ユウちゃんは「ひっ」と小さく悲鳴をあげてオレの後ろに隠れて、服をギュッと掴んだ。

見学しに行きたいと言い出したのは自分だけど、大声を出しながら行われていた練習が急に止まって、全員がオレたちの方を見た瞬間は、さすがに心臓がドキーっとした。

 それからオレは、誰に話しかけたら良いのかわからないまま「け、け、け、見学っ、させてくださいっ」と盛大に噛みながら発した。

すると、近くにいたおじちゃんが「お、元気いっぱいだねえ」と言って話しかけてくれた。

持ってきたのは水筒だけで、母さんにもまだ話してないけど野球をしたいってことを伝えると、チームの監督だというそのおじちゃんは、わっはっはと笑って練習にちょこっと混ぜてくれた。

 初めて見た野球チームのお兄ちゃんたち。

年は2歳か3歳くらいしか変わらないはずなのに誰も上手くて、かっこよくて、みんな優しかった。

オレは右利きだけど、グローブは利き手の反対側につけるんだなとか、バットには握り方があるんだなとか、お兄ちゃんたちに教えてもらって初めて知ることができた。

ユウちゃんはというと……なんか、はじめは人見知りを発動させてたけど、最後の方は楽しそうにやってたと思う。

それにユウちゃんはひとりっ子だから、お兄ちゃんたちに「上手いじゃん」とか「ナイスキャッチ」とか言って乱暴によしよしされると、どうすれば良いかわからなくなるのか、毎回にやけるのを我慢した不思議な顔になってオレの方を向いていた。

オレはそんなユウちゃんの反応が面白くて、ユウちゃんがナイスプレーをする度に爆笑していた。

それが、オレとユウちゃんの初めての野球体験だった。

 楽しかった野球体験はあっという間に過ぎ、帰り際に監督がチームのことが書かれたプリントをくれた。

オレとユウちゃんは監督とお兄ちゃんたちにお礼を言って、オレはついでに「絶対に野球します!」と宣言した。

グラウンドを出てからの帰り道は、疲れているはずなのにワクワクが止められなくて、自転車を漕ぎながらずっと野球の話をしていた。

どうしてあんなに速いボールにバットが当たるのか、どうして飛んできたボールを上手くキャッチできるのか、空っぽになった水筒が自転車のかごの中でカラカラと転がる音を聞きながらユウちゃんと必死に考えた。

 家に帰ると、チーム紹介が書かれたプリントを見た母さんに、勝手に野球チームに突撃したこと、服をドロドロにして帰ったこと、ユウちゃんを連れ回したことが一瞬でバレて、怒られた。

ユウちゃんの母さんにまで電話をして、「うちの馬鹿たれがごめんねえ」と謝っていた。

だけど、ユウちゃんの母さんはユウちゃんが「楽しかったよ。僕、野球やってみようかな……」って嬉しそうに話してたって言ってくれたらしい。

そのおかげで、オレは何とか余分に怒られずに済んだ。

 まあ、そんなことがあって、オレたち2人は地元の野球チームに無事入部した。

突撃見学に行った時は知らなかったけど、入部したチームは小学生の全国大会に出るような強豪チームだったらしい。

そのことを後から知ったユウちゃんは顔を真っ青にしていたから面白かった。



 そうして小学3年生から始めた野球は、高校2年の今も続けている。

オレが強引に誘った雄太郎も辞めずに続けていて、今も一緒にプレーしている。

雄太郎とは昔から一緒に過ごすことが多かったけど、野球を始めてから、高校に入ってから、どんどん一緒に過ごす時間は増えていると思う。

幼馴染で、同じ高校。

それに、同じ野球チームで、オレがピッチャーで雄太郎がキャッチャー。

いわゆるオレたちは、バッテリーというやつだ。