水祭りは祠の傍の広場で催されると聞いていた。
 この日私は催事場に近寄るつもりはなかった。だけどどうしても耳の奥の声が気になって、夜まで散々迷った末、私は結局広場へ向かった。

 月は白く輝き、川面に銀の道を描いている。
 広場には、そして村外れの祠へ向かう道には、灯籠が並び淡い光が人々の足元を照らしていた。

 村長が前に出て水神様へ感謝と祈りの言葉を捧げ、それから集まった村娘たちが祠に向けて各々舞を奉納する。
 広場で舞う娘たちは揃って色鮮やかな舞衣を纏い、髪には花や簪を挿している。華やかにに飾った少女達の中でも遠目に見ても一際目を引く存在があった。

 真由だった。

 彼女が広場の中央で舞い始めると、村人たちの息が一斉に止まった。ひらりと袖が風を切り、金糸の帯が月光を弾く姿は、まるで天女の降臨のようだった。

 「なんて美しい……」
 「やはり水神様に選ばれるのはきっとあの子だ」

 村の老人たちは眩しそうに目を細め、若者たちは頰を赤らめ、女たちはため息を漏らした。
 真由の美しさは村の誇りとして認められ、彼女の周りには自然と羨望の輪ができていた。

 美しいその姿を影から見つめながら、みすぼらしい自分の身なりが恥ずかしくなる。

 ……やはり場違いだ。帰ろう。
 そう決意して人知れず広場を去ろうとしたその時。

 「澪」

 ふと名前を呼ばれて振り返る。
 聞き覚えのある声。それは耳の中に残り、先刻から何度も何度も繰り返し思い出した声だ。

 確か聞こえたはずなのにそこに声の主の姿はない。あれ、と首を傾げた刹那、目の前にはらりと白い羽が一枚舞い降りる。

 指先で触れる間も無くその羽は仄かに煌めきまるで光に溶けるように消え、代わりに現れたのは水を纏うかのような美丈夫だった。
 月明かりに照らされたその姿は、まるで銀に輝く幻のようだった。長い黒髪は夜の川のように艶めき、衣は透き通る水面のように揺らめいている。

 目が合って、時が止まる。
 その瞳は銀でも白でもなく、ただ水面に月が映り揺らぐ時のきらめきのようだった。

 あまりにも常世めきたる美しさに何故か泣き出したくなる。そして理解する。
 そうか、きっとこのお方が。

 「み、水神様……!」

 固まる私の代わりに広場中が息を呑む。
 背後で一斉にひれ伏す村人達に目もくれない水神様は真っ直ぐに私だけを見つめてこちらへ歩み寄ってくる。
 透き通った生地が層になっているらしく歩くたびにその衣が水面が揺れるように見える。裾が揺れると、水滴が零れるように光が散った。

 その神々しいお姿に、広場に飾られた灯籠の炎が村人達の視線に誘われるようざわりと揺らめいた。