初めは警戒するように羽を逆立てていた白鷺が私の腕の中で心地良さげに目を閉じる。なんだか心を許されたような気になって自然と笑みが溢れる。
 相手が白鷺とは言え父以外の前でこの能力を使ってみせたのはこれが初めてだった。

 「私なんかの力が役に立ってよかった。でも内緒よ。父様との約束だから」

 そう思わずふふっと小さく笑ったその時。
 周りの空気が変わる気配がする。風が止み突然辺りがまるで水の中のような不自然な静寂に包まれる。と、次の瞬間。

 「そなたは何者だ」

 透き通るような男の声がする。
 反射的に周囲を見渡すけど、人の姿はない。気のせいかとどうにか自分を納得させようとするのと同時に、再び深い水の底のような静かな声が胸の中に直接響く。

 「人の娘よ。名は?」
 「み、澪と申します」

 動揺から思わず耳を塞いた滑稽な私を、耳の奥でクツクツ笑うどこか優しい声が聞こえる。


 「誠に美しい。そなたのような娘に巡り会えるのをずっと待っていた」
 「……え?」
 「澪、必ず今宵の祭りへ――我が元へ来い」


 あなたは誰?
 そう立ち上がろうとした私をまるで阻むように、腕の中にいた白鷺が静かに一声鳴くと羽ばたきあっという間にどこかに消えてしまった。

 まるで夢見の後の起き抜けのような気分だった。残された私はしばらく呆然としてから、ようやく冷静になって床に放った木桶に手を伸ばす。と、同時に桶の傍に落ちていた何かが陽の光をちらりと弾く。何だろう、さっきまでは確かになかったはずなのに。不思議に思いつつそっと拾い上げると、それは美しい簪だった。

 飾られたその玉はまるで翡翠のようでさっきの白鷺の瞳と同じ色をしていた。
 ――まるであの子からの贈り物みたいだな、と戯言を胸に私は拾い上げたその簪を自分でざくっと結い上げた髪に差した。





 『必ず今宵の祭りへ――我が元へ来い』
 先程聞こえたその声を私は頭の中で何度も繰り返していた。
 今宵の祭とは村総出で執り行う水祭り以外有り得ない。ということは、あの声の主は? もしや、と何度も想像で胸がざわめくけど、いくら考えても決定的な答えは出なかった。