神前で舞を奉納する衣装や飾りはきっと特別なものだ。みすぼらしい着物しか持たず、化粧の仕方も知らない私が行ったところで笑われるだけ。

 無相応も甚だしい。
 ―――私には関係のない話だ。

 そう自分に言い聞かせると、私は土間で身を小さくしながら皿を濯ぐ手を動かし続けた。

 

 水祭りの当日、義母と真由は朝から大わらわだった。
 真由は藍色の絹の小袖に金糸の帯を締め、義母はその髪に銀の簪を挿してやっている。着飾った真由のその姿はとても美しかった。水神様はきっと御喜びになる。祭りが始まる前から真由の姿を見て村人たちはそんな風に囁き合っているのを聞いた。

 村の道端では、村人たちがひそひそと噂を交わしていた。

 「今年の水祭り、真由が花嫁に選ばれるに違いないわ。まるで月下の姫君のようだもの」
 「そうだな、水神様だって心を奪われるさ」

 村の男たちはため息を漏らし、女たちは羨望の眼差しを向けていた。真由はそんな視線を当然のように受け止め、優雅に扇をひらひらさせながら通り過ぎる。村中が彼女の美しさを認め、称賛する声が風に乗り、澪の耳にも届いていた。

 そんな噂話を聞きつつ、私はといえばいつも通り桶を担ぎ山へと向かう。
 祭りには行かない。自分でそう決めた。私には相応しくないものだと言い聞かせて私はぎゅっと唇を結んだ。

 山道は蝉の声で満ちていた。
 日差しがじりじりと肌を焦がし、草いきれが立ちのぼる。むせるほどの暑さの中、ふと道端にどす黒い何かが落ちているのに気付く。

 近付いてみるとそれは一羽の白鷺だった。
 だがその姿は無惨で、羽は泥と枯れ草にまみれ細い首はぐったりと地面に伏している。

 堪らず手にした桶を下ろし抱き上げるとその鷺は苦しそうに首を垂れるだけ。私の膝の上ですっかり弱ったその姿に胸が苦しくなる。

 「可哀想に……助けてあげる」

 この子はきっと水に飢えている。だけどまだ桶は空だ。辺りを見渡し誰もいないことを確かめると、私は白鷺を抱いたまま自分の右手を嘴の前に差し出した。

 静かに息を整え、水を思い描く。
 次の瞬間、掌から澄んだ冷水が生まれ、珠となって白鷺の嘴へこぼれ落ちた。

 白鷺はまるで驚いたように身体を強ばらせる。だけどやがて力を取り戻すように羽を震わせ、水を飲み干すと私を見上げた。
 その青磁色の瞳は深く揺らめく水面のような光を宿していた。私はしばらくその美しい瞳を見つめ返してから、懐いたように大人しい目の前の鷺の羽から泥を落とすようにそっと背を撫でてやる。