「まあいい。今夜は庄屋仲間の奥方が集まるから膳の支度を早めになさい。真由が客間で顔を見せるからお前は裏で働け」
 はい、と小さく答え口ごたえせぬまま桶を台所へ運び、かまど脇の大きな甕に持ち帰った水を注ぐ。
 この家において、私は庄屋の娘ではなく、ただの召使いも同然だ。私は何かを噛み殺すようにぎゅっと俯き残り物の薄い粥を黙ってすすり急いで台所へ立った。



 その夜、庄屋仲間の奥方衆が集まった。
 膳を運ぼうと障子の影からそっと客間を覗くと、義母と庄屋仲間の奥方たちが輪になって座り涼やかな扇を動かしていた。真由はその中央で、まるで姫のように白粉をはたかれた顔を輝かせている。

 そのとき、ふと客間の方から笑い声が響く。
 「そういえばもうすぐ水祭りを行うそうよ。今朝村役場からお触れが回ったわ」
 障子越しに聞こえるのは義母の声だ。

 水祭り。
 その言葉に私は思わず手を止めた。

 水祭り、別名を水神婚礼。
 それは盛夏の月が満ちる直前の夜に行われるとされる、干ばつや洪水など水に関わる災いから村を守り豊かな水の恵みを授かるための祭礼だ。

 その御姿こそ見たものはいないが、村の外れにある祠は村を守る水神様が祀られている。その水神様に花嫁がいないことがこの干ばつの原因だと実しやかに囁かれていた。
 村中の娘が集まり、神の前で舞を踊る。神の目にかない選ばれた娘が神様の花嫁になるのだ。

 「今年は干ばつがひどいから例年より盛大になるそうよ。下役人の話によると村の女子は年頃であれば皆参加可能なんだとか」
 「水神様が選んだ村一番の美しい娘を花嫁として捧げれば必ず恵みの雨をくださるんですって」
 「そこまでしないと雨すら降らせて下さらないなんて水神様は随分心の狭いお方ね。お力が足りないんじゃない」
 「まあやめなさい。どこかで聞かれているかもしれないわよ」

 そう笑い合う奥方の輪の中で義母はどこか勝ち誇ったように笑う。

 「それなら真由が一番ですわ。水神様もお喜びになるでしょう」
 「間違いない。真由は村一番の別嬪だ。この子が選ばれれば村中納得するだろうに」

 義母の言葉に奥方達は一斉に頷き、扇の影で微笑みを交わした。
 そんな、と口では恐縮しながらも真由は紅を差した唇を緩める。

 「花嫁に選ばれた家は村中の羨望を集めますし、土地も商いも潤うそうですよ」
 「何より神の元でどれほど裕福な生活が出来るんでしょう」

 笑い添える奥方達の声を聞きながら、私は静かに膳を置いた。
 座敷から土間戻ると皿を洗いながらぼんやり思う。

 煌びやかな祭りに、神に選ばれる幸せな花嫁。想像するだけで心が華やぐ。
 自分がもしそんな舞台に立つことができたなら、どれほど幸せなことだろう。

 そんな風に束の間憧れてから、ふと我に返って自分の古着姿を見下ろす。義母から与えられるのはいつもお下がりばかりで、袖は擦り切れた着物はまるでぼろきれのようだった。