「お姉ちゃん顔色が悪いよ。このお水すごく苦労して見つけたんじゃない?」
 「ふふ大丈夫。実はお姉ちゃん、手から水を出せる力があるの」
 「そんなの嘘だよ。大事なお水を飲んじゃってごめん」
 「本当よ。力を使うと疲れちゃうからたくさんはできないんだけどね。私はいつでも飲めるからもう少し持って行って」

 弥吉は多分私の話を作り話だと捉えたらしい。だけど家で水を待つという家族の分ももう一杯分竹筒を水で満たしてやると、弥吉は嬉しそうに笑った。
 少し欠けた前歯がやけに印象的だった。

 「澪姉ちゃんありがとう!」

 走り去っていく少年の背中を見送りながら、とても清々しい気持ちになる。
 本当はこんな風に自分の能力を誰かのために使いたい。私の力には限りがある。だけどほんの少しでも誰かの役に立てたことが嬉しくて、私は思わず微笑みながら再び家へ向かう道を急いだ。



 汗だくで桶を担いで家に戻ると、土間から漂う香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
 膳の上には、真由の好物の鯛の塩焼きと白米が並んでいる。
 この干ばつの時世にこんな贅沢ができるのは父が庄屋だったからだ。もっとも、父が亡くなった今はその座は義母が握っている。

 「遅かったじゃないか、澪」

 私の帰りに気付いた義母が労いもなくそう吐き捨てる。
 見下すようなその瞳にさっきまで温かかった胸の中が一瞬で冷たくなる。

 「……申し訳ございません。湧水がなかなか見つからず山の奥まで行ったもので」
 そう恭しく頭を下げる私を他所に木桶の中を覗き込むなり今度は不機嫌そうに目を細める。

 「あら、ずいぶん少ないじゃないの。買物どころか水汲みすらまともに出来ないなんて」
 「お母様、澪には言うだけ無駄よ。無能でなんの取り柄もない子なんだから」
 目尻に嘲笑を浮かべて扇をひらひらさせる真由に、義母はふんと鼻を鳴らした。