「澪、体調はどうだ」
「はい、お腹の子も元気です。水神様、雨を降らせて下さりありがとうございます」
そう微笑む私の髪に飛んだ葉露を払うように水神様がそっと頭を撫でて下さる。その掌の温かさに身を委ねるよう目を閉じてから、私はつい眉を下げた。
「水神様がお力を失われていたのは私達が信を怠ったせいだったのですね」
「……そうだったのかもしれぬ」
私の言葉に、水神の銀の瞳が遠くを彷徨う。だが、陽光に揺れる水鏡のようなその眼差しは、すぐに柔らかな笑みに変わった。
「だがきっともう大丈夫だ」
「はい、村人は皆すでに水神様を信じてますから」
「そうではない」
弱く首を振って、それから水神様は明るい陽の光の中で柔らかく笑った。
「村の民は澪、そなたのことを信じたのだ」
そう微笑む水神様の声は穏やかで優しかった。息を呑み、その言葉を胸に刻むよう黙り込む私の手を水神様がそっと握る。
「我は長き孤独に沈んだ。村が信を捨て、雨が涸れ、祠は静寂に閉ざされた。だが、そなたが我の元へ来た日から、心にずっと温かい水が湧くようだった。村人にとってもきっと同じだ」
水神様が私の髪に手を伸ばし、挿された簪に触れる。
「やはり我が目に狂いはなかった」水神様は銀の瞳を細めて、まるで水面を渡るさざなみのように優しく微笑んだ。
「雨が降ったのは、そなたのお陰だ。ありがとう、澪」
感謝していただくようなことは何も致していません。
全て水神様のお力です。
言いたいはずの言葉が胸につかえて代わりに私の両目から涙が溢れる。頬を伝った涙を水神様が優しく拭ってくれた。
そんな私たちの元へ朝から絶えず村人達が訪れる。
祠に現れた鍛冶屋の男が手にした銀の水差しを掲げて嬉しそうに笑った。
「澪様の水で俺の炉は再び燃えた。この水差しは俺の誇りと感謝の証だ。どうか受け取ってくれ」
鍛冶屋から受け取った水差しにそっと触れてからゆっくり傾ける。白鷺の彫刻が朝陽を反射し、注ぎ口からは希望を纏うようきらきら輝く水が静かに滴った。
もらった水差しを大事に祠の前に飾ると、続いてやってきた少女がその前に自分が育てた花を、青果店の店主が李を次々と置いていく。
「澪様、これからは村総出で祈りを絶やしません」
「水神様をお守りくださったお姿、一生忘れません」
口々に感謝を口にする彼らに微笑んで頷くと、背後から傍にやってきた水神様が困ったように笑う。
「皆、水神ではなくそなたに物を供えに来るのだな」
「もう、揶揄わないで下さい。皆様ちゃんとお祈りしに来て下さってるんです」
つい顔を赤くして拗ねる私に水神様は楽しそうに笑う。
そんなやり取りの後、私は祈りを捧げる村人達の姿を見つめながら自分のお腹に手を当てる。隣の水神様はそっとその上に自らの手を重ねた。
「この子が生まれたら、更にきっとこの村にとっての希望になります」
微塵の迷いもなく笑う私に、そうだな、と微笑んで水神様は私の肩を抱き寄せる。胸の中は泉のように湧き上がる希望で満ち溢れていた。
ふと顔を上げる。
雨上がりの空には、大きな虹が架かっていた。
祠の水鏡に映るそれは、まるで未来への約束のように村を丸ごと抱きしめていた。

