雨降り続く村外れ。
湿った土の匂いと草の青臭い香りが鼻を突く中、俯き立ち尽くしていた真由がぽつりと呟く。
「全部澪のせいよ……あんたさえいなければ……」
降水をものともせず逆恨みの炎で胸を燃やす真由は怒りで握りしめた拳を震わせながら私を睨みつける。
気圧された私が1歩後ずさりするのとほぼ同時。
周囲の空気が振動し、足元の水たまりが小さく波立つ。乾いた枯れ葉や小石が跳ね上がり、湿った風が鋭く頬を切る。
はっとして顔を上げると水神様が足音もなく真由へ歩み寄るのが見えた。
「澪のせいだと? これ以上澪を侮辱することは許さぬ」
水神様のお姿は薄い光に包まれている。
雨は今もまだ振り続けている。だけど知らぬ間に水神様が結界を張ってくれたらしく、私や村人達の元へは雨粒が届かない。
きっと水神様はそのお力を取り戻したのだ。
真由もそれを察したらしく、慄いたようにその顔が微かに強張る。
「違う、私は村一番の、」
「黙れもう遅い。これは我が花嫁を苦しめた報いだ」
続けて水神様が天へ右手を高く掲げる。
その瞬間、水面から無数の水滴が舞い上がり真由を取り囲む。まるで襲いかかるような冷たく重い水流が巻き上がり真由の逃げ場を奪う。遠巻きで見ていた義母がはっとしたように両手で口元を覆う。
水の奔流が何度も真由の体を打ちつける。自慢の白肌は泥に塗れ、濡れた衣服や髪が穢らしく乱れる。
「た、助けて……」
飲み込まれてしまいそうな水の轟音に、美しかったはずの真由の顔が恐怖と苦痛で歪む。
だけど私を守るように取り囲む村人達は固唾を飲んでその姿を見守るだけ。誰一人助けようとする者はいなかった。
水神様が手を掲げる度に、水の壁が空間に立ち上がる。水の渦は真由の足元を巻き込み、泥と混ざって鋭くうねる。
やがてその衝撃に耐えかねて真由ががくりと膝をつく。
そこでようやく群衆の後ろで黙って顛末を見ていた義母が見かねたように叫ぶ。
「水神様、娘をお許し下さい!」
しゃがみこんで乱れた呼吸を懸命に整えようとする真由を庇うように義母が飛び出してくる。
水責めの手を止めた水神様は、降りしきる雨の中で二人を見下ろす。
「命までは取らぬ。今すぐこの場を立ち去れ。そして二度と澪に近付くな」
そう吐き捨てる水神様の瞳は先程まで真由を襲っていた水よりずっと冷たかった。
ひっ、と慄く真由は義母の手を借り立ち上がるとまるで転がるようにその場を逃げ出す。去っていく二つの背中が消えた方向に、厚い雲から雷鳴がいつまでも低く唸り続けた。
真由は母と共に村を去り、二度と戻らなかったと後日囁かれた。彼女の名とその美貌は村人達の記憶から静かに消えていった。
やがて本降りとなった雨は数日降り続き、乾ききった村を静かに、しかし確かに潤していった。
軒を伝う滴はひび割れた畑を癒し、涸れた井戸を満たす。その音は人々の胸に希望を沁みわたらせた。
ようやく雨が止んだ日の朝、私は1人祠の石段に座ったまま雨上がりの晴れた空を見つめていた。
すると知らぬ間にやってきた水神様が、私の隣にゆっくり腰を下ろした。

