乾きの村と水神の花嫁


 「ふふ、やっぱり噂を流した甲斐があった」

 真由は袖口で口元を隠しながら、声にならぬ笑みを漏らした。

 村人たちは困窮すればするほど水を求めて澪のもとへ押しかける。
 皆、澪の力を削ぐ駒と同じだ。

 澪は断らない。調子に乗って必ず力を振り絞る。
 そしてその力は澪の体力を削り、日に日に弱らせていく。その愚かな行動は全て思惑通りだった。

 澪は身重だ。
 そんな身体で無理をすれば……腹の子はどうなるか。
 真由の頭の中ではすでに、澪が床に伏し、周囲の信頼を失い、そして最後は宮中の座を追われていく姿が鮮やかに描かれていた。

 貧しい幼少期に母に美貌だけが生きる術だと叩き込まれた。
 美しい者が選べばれると言うのなら、本来ならあの座に着くのは自分だったはずだ。澪さえいなくなればその後は必ず。

 「いいわ……もっと澪を弱らせれば……」

 木の葉の影に隠れた真由の瞳は、祠を見つめながら企みに満ちて輝いていた。





 ――――





 数日後、村人たちが引き上げ、宮殿に静けさが戻った頃。
 私は座り込んだまま柱に背を預け、荒い呼吸を整えようとしていた。体の芯が冷たく、震えが止まらない。額に滲む汗はまるで命そのものが削れて滴り落ちるようだった。

 そんな中、外から草鞋の軽やかな足音が近づく。
 もたげていた顔をどうにか上げると、そこには私を見下ろす真由の姿があった。

 灯りに照らされた真由の顔は、唇が妖しく弧を描き、勝ち誇った光を宿していた。藍の小袖が月光に揺れ、まるで夜の川に潜む蛇のように不気味な美しさを放つ。

 「まあ……随分お疲れのようね、澪様」

 真由の声は甘く、しかし毒を孕んでいた。
 わざとらしく「様」を強調し、扇をひらひらさせて澪を見下ろす。その腕の中にはいつも私が使っていた見慣れた木桶が見える。

 辺りを見渡すと、遠くの茂みの影に義母の姿もちらりと見える。
 だけど彼女はまるで何かに迷うように私から目を逸らしただ唇を噛み締めている。不思議と悪意は感じなかった。

 「……ここに何の用?」
 つい警戒で目線と声を尖らせる私に真由は白々しく首を傾げる。
 「何ってもちろん水をいただきに。澪様が水神様の代わりに水を生んでくださるって村中の噂ですもの」
 真由は冷やかすように笑ってから、座ったまま動けない私の元へ歩み寄ってくる。

 「でも何故かしら。そのお顔、まるで死人のようだこと」

 そう顔を覗き込まれて私は唇を噛んだ。
 胸の奥で、疑惑が確信に変わる。誰が村人にそんな噂を流したのか。だが、真由の瞳――冷たく光るその眼差しを見れば、答えはあまりにも明らかだった。

 「貴女が言いふらしたの?」

 真由はくすりと笑い、桶を片手で抱えたまま口元を右手で隠した。その仕草はまるで獲物を弄ぶ獣の優雅さだった。

 「ええ、そうよ。だって、村人たちが水に困ってたもの。『澪様ならいくらでも水をくれる』と囁いたら、皆次々に祠に押しかけてきた。そして貴女は期待通りに水を振る舞った。すごいわ、まるで聖女様のようね」

 真由の声は皮肉に濡れ、言葉の端に刃のような鋭さが宿る。
 真由はさらに一歩近づき、私の耳元で低く囁いた。

 「だけど、そんな体で水を出し続けたら腹の子はどうなるかしら? 」

 悪意を隠さず笑う真由を私は睨め上げる。

 「……初めからそれが目的だったのね」
 「いやだ、そんな風に睨まないで。私のせいではない。ただちやほやされて調子に乗った貴女の責任」

 真由の言葉が胸を貫き、心を抉る。無意識にお腹を手で押さえる。子が動かぬ気がして恐怖が全身を襲う。

 村人への責任と、この子を守りたい想い。
 胸の中でせめぎ合い息が出来なくなる。