乾きの村と水神の花嫁



 その日を境に昼夜問わず村人達が代わる代わる私の元を訪ねてくるようになった。
 噂の出どころは不明なままだが、それぞれに事情があり水を求める彼らを誰1人放っておくことはできない。私は求められるままに水を生み続けた。

 そんな中、ある朝祠に意外な人物が現れた。
 見覚えがある青果店の店主だ。いつか果物を求めた私を冷たくあしらったあの男が、髪をぼさぼさに乱れさせて袖を握りしめた。

 「澪様、こんなことを言える立場でないのは承知の上……水を分けて下さらぬか」

 聞けば病気で床に臥してしまった奥様にお水を与えたいらしい。
 俯くその姿にはかつての傲慢さはなく、代わりに妻を想う焦りが汗と共にその額に浮かんでいる。粗末な甕を抱える手が微かに震えていた。

 私はその姿を暫く黙って見つめてから呼吸を整えて甕に手を翳した。
 澄んだ水が静かに満ちていくのを見ながら、店主はその目を潤ませる。

 「……なぜだ? 俺はこんなに身なりも汚い上に、貴女にあんな酷い扱いをしたのに」
 「見た目や過去の行いは関係ありません。困っているなら助けになりたい、それだけです」

 息を切らしてそう微笑む私に「すまなかった」と呟いて店主は深く頭を下げた。

 「この恩は決して忘れない……ありがとう」

 その背中を見送りながら、ふと身体が重く感じる。
 少し休もうと石段に座り込むと、まるで見かねたように水神様が傍へ来て私の手を取った。

 「澪……もうやめた方がいいのではないか。そんなに力を使ってはそなたの身体が」

 まるで私の疲労を肩代わりしてくださってると錯覚するくらい水神様は心底辛そうな目をしていた。

 「大丈夫です。お腹の子のお陰か、前より少しだけ、水を生む力が強くなっているんです」

 なんでもない風に笑いたいのに、浅くなった呼吸のせいで声の端が微かに震える。
 そんな私達に割って入るように「澪様、どうか」と赤子を抱いた母親が取り乱したように頭を下げる。

 「我が子が水不足で熱を。お願いします助けてください」
 「それは大変。分かりましたすぐに」

 制止を振り払って体を起こす私は、不安げな目をする水神様を見上げる。

 「大丈夫です。この子のためにも無理はしないと誓います」

 そう微笑んで見せる私に水神様は諦めたように黙り込む。私は深呼吸をして目を閉じると、再び村人に水を与えた。


 泉の水面が月光を受けて小さく揺れ、村人たちが桶を抱えて帰っていく足音が遠ざかる。
 静寂が戻る中、水神様もそっと石段に腰を下ろし私の手を握る。その冷たくも温かい感触に、緊張で強張った心がふと解ける。

 「……澪、すまない。我に力があれば」
 「なにを仰いますか。私が人々の力になれるのは全て水神様のお陰です」

 隣の水神様の肩に身体を預けて、私はふふっと小さく笑う。

 「誰からも必要とされなかった私に役目をくださった。ずっと憧れるだけでこんな風に自分が多くの人の力になれる日が来るなんて夢にも思いませんでした。心から感謝しております」

 私の言葉に水神様は顔を伏せてしまい、その表情はよくわからない。
 「ありがとう」と彼の微かに震える声に、私は微笑みながらそっと頷く。

 遠くで草を揺らす風は、微かに湿気を孕み――まるで微かな雨の予感を運んでいるようだった。



 ――――


 昼下がりの祠。
 真由は木陰から、桶を抱えて帰っていく村人そして澪の姿を見つめていた。

 澪は朝から休みなく村人たちに水を与え続けている。
 取り繕ったように笑っているけど、疲れ切った様子が遠目にもはっきりとわかる。