「一体何の騒ぎだ」
奥の間の陰から様子を窺っていると、水神様の声が祠に響き渡る。
しかしそのお姿は見えない。きっとこの時も人の姿を取ることができないのだろう。
そんな想像をしながらもう一度村人へ視線を戻し、その先頭に立つ義母と真由の姿に気付いて私は思わずはっとする。
真由は髪を高く結い、紅を差した妙に誇らしげな顔で堂々と祠に歩み出る。
「水神様! 澪が花嫁に選ばれたのは誤りにございます!」
「……何故そのように思う?」
夜空に響くほど大きな真由の主張に、水神様の声が怪訝そうに曇る。
だけど何やら大きな自信があるらしく、微塵も怯まず真由はその胸を張った。
「ご覧ください。私にも澪同様水を生み出す能力があるのです」
高らかに告げて真由は掌に乗せた盃を掲げる。その瞬間、袖の陰に忍ばされた小さな袋が見えて私は絶句する。気付いているのはこの場できっと私だけだった。
盃に水が満ちていく様子に、村人達は息を呑み、やがて歓声を上げた。
「おお、これは!」
「やはり真由こそ、水神様に選ばれるべきお方だ!」
偉業を口々に賞賛する村人達の中、真由と義母は目を合わせてにやりと微笑み合う。
まるで答えを待つように祠の奥へと集まる村人達の視線に、暫し沈黙を貫いていた水神様がその姿を見せぬまま静かに呟いた。
「その水、濁っているな」
その一声で、夜の空気を一瞬で張り詰める。誇らしげに笑んでいた真由達の表情がわずかに固まった。
「に、濁ってなどおりませぬ」
「そうか? まるで井戸の底にわずかに残る水を掬ってかき集めたようだ」
水神様の言葉に義母がぎくりとその顔を微かに強張らせる。
俯き黙り込んでしまう真由に、水神様は蔑むため息を吐いた。
「これ以上話すことなどない。直ちにここから、」
何かを言いかけた水神様の声が途中で千切れて宙を舞う。
何事か、とその場の全員がはっとした直後、白鷺姿の水神様がふらりと現れ祠の前に力尽きるように倒れ込むのが見えた。
身を隠していることも忘れ思わず叫びたくなるのを懸命に堪える。
村人達は誰もその砂に塗れた白鷺に近寄ろうとしない。群衆の先頭に立つ真由も顔を顰めて後ずさる。
「この鳥は一体? なんて汚らしい」
弱るその姿を見ても誰も手を差し伸べない。
胸が締めつけられる。我慢の限界だった。ついに駆け寄ろうとしたその刹那、水神様の微かな声が私を呼んだ。
「……澪。近くにおるか」
「はいここに」
名を呼ばれた私は迷わず駆け寄り膝をつく。
掌に水を生み出し、白鷺の嘴の先へそっと注ぐ。ぽたりぽたりと落ちる水が喉を潤すたび、水神様の弱々しい呼吸が少しずつ整っていくのを感じた。
やがてその身を光が包み、白鷺の姿がゆるやかに変わっていく。
そこに立ち上がったのは、凛とした人の姿の水神様だった。
突然姿を現した水神様に村人達が一斉に跪く。その様子を横目に私は堪らず水神様に駆け寄った。

