唇が触れ合ったまま、私がそっと身を預けると水神様の手が背中を滑り腰にそっと回される。その温もりに胸の奥が高鳴り、呼吸が互いに重なり合う感覚が心地よく、少しずつ体が熱を帯びていく。
「……澪」
低くて優しい声が耳に響く。私の目を見つめるその瞳は、ほんの少しの安堵と慈しみが混ざっている。
指先で髪や肩をそっと撫でられて、私は思わず目を閉じ全身で水神様の温もりを受け止める。
柔らかい息遣い、微かな胸の上下、指先が緩く背中を滑る感覚―――全てが言葉以上の安心と愛情を伝えてくれる。
そっと抱きしめ返すと、水神様の腕が更にぎゅっと私を包み込む。水底のように音が無くなる。まるで時が止まったようだった。
水神様の胸の温もりが私の背中を伝わり、心の奥までじんわりと染み渡る。再び唇を重ねると私の手も自然に腰や背中に回り、二人の体がひとつのリズムで揺れるようだった。
時間の感覚も忘れ、川風や水滴の感触、肌の温もりだけが世界に残る。全身で互いを感じ、心が静かに震える。ふと気付くと、胸の奥に新しい命の鼓動のような予感があった。水神様と結ばれたその夜から、私たちはもう一人ではない――そう確信した。
私はそっと手をお腹に当てる。温かさが静かに広がり、優しい力が胸を満たす。水神様も気付いたのか、そっと私の肩に頭を預け、互いに微笑み合った。
心の中に大きな虹が架かる。
泉に落ちる雫の音、波紋のように揺れる光――全てが私達二人とこの小さな命を祝福しているように思えた。
――――
澪が懐妊したという知らせの直後、村役場の役人はもうひとつ言葉を添えていた。
――澪様は水神様より不思議なる御力を賜り、掌より清水を生み出すことができるのだ、と。
その話は瞬く間に村中に広がった。
「水神様の花嫁が……」
「真ならこれでもう水に困らぬ」
人々は手を合わせ、ますます澪を讃える声で溢れた。
だが、それは期待と同時に、ある疑念も呼んだ。
理由は明白――澪が水神に嫁いだ今も雨はまだ一度も降っていなかったのだ。
干ばつは続き、畑の稲は辛うじて青さを保ちながらも、村人たちの心には日に日に不安が積もっていく。
「……本当にあの子が水神様に選ばれた花嫁なのか?」
「もしや選ばれたのは間違いだったのでは……」
「水神様がお怒りになっているのではあるまいな」
そんな囁きが、祝福の影で密かに交わされるようになっていた。
奥座敷で義母と共に奥方衆に囲まれながら、その噂を耳にした真由は紅を引いた唇を震わせた。
「水神様の花嫁に選ばれるのは私なはず……何かの間違いに違いない……」
そう呟く真由に、奥方たちは扇を打ち合わせながら視線を交わす。
「ですが宮からの正式なお触れにございましたもの。澪様が御子を宿した、と」
「いくら間違いと仰っても……」
奥方の囁きが耳に届いて、真由は悔しさに爪を立てた。
村一番美しい娘は間違いなく私だ。なのに馬鹿な村人達は偶然選ばれ運よく身籠った澪の事を口々に讃えている。
このままではいけない。
そう真由は唇を噛み締めた。

