乾きの村と水神の花嫁


 「澪、水を出してみてくれぬか」
 「もちろんでございます」

 突然のご命令に私はふと部屋を見渡し、杯の代わりになりそうなものを探す。
 目ぼしいものが見当たらずこのお方を待たせるわけにはいかず私は両手そっと合わせて零さぬように気をつけながら掌の中に水を溜めて見せる。

 私が生み出した水を水神様は何も言わずにじっと見下ろしている。
 そして暫くして唇の端をわずかに緩めると、水神様は私の手を包むように取り組り、すっと顔を寄せた。

 触れられた手が水のようにひやりと冷える。
 なのに何故か胸が熱くなる。喉の奥が詰まって、どくんと全身を鼓動が駆け抜けた。

 「み、水神様!? お召しになるならせめて盃に」

 思わず喚く私の手を取ったまま水神様は手の中の水に口をつける。
 わずかに濡れた唇が水と共に掌を掠める。微かに響く啜る音が耳に届いて、まるで辱められているような言いようのない羞恥に襲われる。

 水神様はそのまま残さず水を飲み干すと、ゆっくり顔を上げる。間近で見る白銀の瞳に射抜かれて、私は固まったまま動けない。

 「一切の濁りもなく澄んでいる。まるでそなたの心のようだ」

 私の両手を握ったままの水神様が今度は私の掌に口付けをする。色気に満ちたその仕草に私は思わず息を呑んだ。

 「力のためではない」
 「え?」
 「欲しいのは水ではなくそなたの心だ。我はそなたの美しい心に惹かれ添い遂げたいと思ったのだ」

 頂戴した言葉が上手く飲み込めない。
 ただじっと立ち尽くすことしか出来ない私の頬に触れて水神様はまるで慈しむような目をして笑った。

 「澪、我の傍にいてくれるか」

 そう微笑む水神様に、私の両目からは自然と涙が零れる。
 「はい」とどうにか頷く私に、水神様は嬉しそうにその瞳を細め、そのまま私の体を抱きしめる。

 唇が自然に近づき、思わず息をのんで目を閉じる。私を抱く腕の力強さも、手の温もりも、微かな吐息の熱さも、何もかもが胸に押し寄せ鼓動がますます早鐘を打つ。

 唇が重なった瞬間、全身の力が抜け、体中の感覚が水面や光と絡み合うようだった。
 堪らずそっと目を開くと、目が合って水神様が小さく笑う。硝子の向こうで泉の光が揺れ、二人の呼吸に合わせてリズムを刻むようだった。世界があまりにも美しくて私の目からは再び涙が溢れた。