寒がりで寝相の悪いルームメイトができました

〇前話のつづき、寮の廊下
 まだ騒ぎが落ち着かないところに、匡と晃大が合流する。事情を把握していない2人は不安そうな表情を浮かべている。

晃大「七生、何があったんだ?」
匡「すぐそこで啓くんとすれ違ったけど・・・・・・」

 七生は床に落ちた啓の寮生カードを拾い上げ、たどたどしく説明する。

七生「それが、俺が出かけてる間に、啓が部屋に女の人を連れ込んでたみたいで・・・・・・」
匡(信じられないという表情で)「それ、本当?」

 七生は言葉に詰まる。少し離れたところで気だるそうに話をする女性を見やる。

七生(あの人は『啓にナンパされた』って言ってた。でも……)

 ぐっと手のひらに力を込める。啓の傷ついた表情を思い出すと罪悪感が募り、自分だけは啓を信じなければという気持ちになる。決意を固めた表情で口を開く。

七生「違う、啓はそんなことしない。あの人が嘘を言ってるんだ」

 七生の主張は思いのほか大きく響き、人々の視線を集める。場は沈黙に包まれ、女性がこれ見よがしに迷惑そうな表情を浮かべる。

女性「はぁ? 訳わかんないんですけど。何で私が悪者みたいに言われんのぉ? 頼まれたから来てあげただけなのに」
七生(勇気を奮い起こして)「頼まれたって誰に頼まれたんですか。啓にナンパされたんじゃないですよね?」
女性「はー・・・・・・(溜息)ウザッ」

 女性は質問に答えず、いらだった表情を浮かべたままその場から立ち去ろうとする。七生は女性を引き留めようとするが、監督生②に制止される。

監督生②「望月くん! 証拠もないのに人を疑うような発言をするのは・・・・・・」
七生「啓があの人をナンパしたって証拠もないじゃないですか! どっちかが嘘をついてるっていうんなら、まず啓を信じてあげてください!」

 監督生②は、いつも大人しい七生が大声を出したことに驚いている様子。ばつの悪そうな表情で言い訳をする。

監督生②(小さな声で)「望月くんの言うことはもっともだけど、黒川くんには前科があるじゃないか・・・・・・」
七生「赤城くんが寮に怒鳴り込んできたことですか? あれは啓のせいじゃなくて――」
監督生②「そのことだけじゃなくて、黒川くんが白樺高校に転入してきた経緯も含めてだよ。(さらに声を潜めて)詳しいことは知らないけど、『問題のある子だから部屋の割り振りには気を遣ってくれ』って言われてるんだ。それで今までに規則違反をしたことのない望月くんと同室にしたんだから」
七生(そういう事情だったんだ……)

 七生は啓が異性問題を起こし退学になったことを知っているので、それ以上言い返すことができない。監督生②も今後の対応を決めかねているようで、複雑な表情で七生に言う。

監督生②「黒川くんが戻ってきたらすぐに教えて。いろいろと話さなきゃいけないことがあるからさ」
七生「……はい」


◯時間経過・寮の廊下

 ひとまず騒ぎは落ち着き、廊下には七生、晃大、匡の3人だけが残されていた。壁に背中をつけた晃大は、着信中のスマホを耳にあてている。

晃大「……出ないな」

 着信相手の啓が電話に出ることはなく、晃大はスマホを切る。その真向かいでは、匡が啓へ送ったメッセージを見つめているところ。『啓くん、今どこ?』メッセージが既読になることはない。

匡「……メッセージも見てくれてないみたい」
七生(頭を抱えて)「俺が突き放すような態度をとったからだ……どうしよう……」

 スマホをポケットにしまった晃大が、七生の肩を叩く。

晃大「あんまり気にすんなって。誰が本当のことを言っているか判断しにくい状況だったんだろ?」
七生「それはそうなんだけど……」
七生(でも俺は啓を信じなきゃいけなかったんだ。だって啓の過去を知ってるのは俺だけなんだから……)

 手を振り払ってしまった直後の啓の顔を思い出す。信じていた人に裏切られたような表情だった。啓にとっては七生に信じてもらえなかったことが何よりつらかったのだ。

七生「啓に会ったら謝らないと……でもまずは、啓が悪いんじゃないってことをみんなに証明しないと……」
晃大「確かにな……このままじゃ啓が一方的に悪者にされちまう。でも証明って具体的に何をすればいいんだ?」
七生「う、うーん……何だろう?」

 七生の頼りない答えで、場の緊張感が緩んでしまう。3人は腕を組んで「うーん」と考え込み、少し経ってから匡が思いついた顔をする。

匡「守衛室に行ってみるってのはどうかな? ほら、寮の玄関には監視カメラがついてるじゃない」
七生「あ、なるほど。監視カメラの映像を見せてもらえば、啓があの女の人を連れ込んだんじゃないっていう証明になるかも……?」


◯時間経過・守衛室

 寮の玄関の脇に設けられた守衛室。玄関に向かって小窓があり、通る人々をチェックすることができる。そして部屋の内部には事務用の机やパソコン、書類箱、監視カメラの映像を見ることができるテレビなどが置かれている。
 ポットや雑誌といった暇つぶしの道具も置かれており、守衛は私服姿の中年男性が一人だけ。厳格な雰囲気はなく、守衛室と言いながらもかなり緩い感じ。(常に玄関を監視している様子ではない)

守衛「監視カメラの映像? ダメダメ、そう簡単には見せられないよ」
七生「友達が部屋に異性を連れ込んだって冤罪を着せられて困ってるんです。何とかなりませんか?」
守衛「そうは言われてもこっちも規則があるからなぁ……」
七生「お願いします!」

 七生、匡、晃大の3人は、守衛に向かって同時に頭を下げる。守衛は悩ましげに頭を掻きながらパソコンを触る。デスクトップにあるファイルを開くと、10分単位で細切れになった動画データがずらっと並んでいる。

守衛「まぁ……事情はわかったし、具体的な時間を指定してくれるならその前後だけ見せてあげてもいいよ」
七生「ぐ、具体的な時間?」
 
 3人はひたいを突き合せて相談する。

七生(困惑して)「具体的な時間って……どうしよう。何時頃を見せてもらえばいいんだろ?」
晃大「知るか!」
匡「そもそもだけど、今日、啓くんは寮の外に出たの?」
七生「わ、わかんない。俺、朝からずっと出かけてたから……」
晃大「朝からずっと? こんなに長い時間、一人でどこに行ってたんだよ」
七生「な、内緒。はは……」

 七生は不自然に視線を泳がせる。 

匡(スマホの画面を見て)「やっぱりメッセージは見てくれてない……啓くん、どこに行っちゃったんだろう」
晃大「外に出てないといいけどなー。啓、寮生カード落っことしてっただろ。あれがないと寮に入れねーじゃん」
七生(そういえばそうだっけ・・・・・・)

 七生、ポケットから啓の寮生カードを取り出す。啓の顔写真と名前の下にはQRコードがついている。そのQRコードを眺めるうちに七生はとあることに気付く。

七生「あ!」

 いきなり大声を出したので、匡と晃大は驚いた表情。

七生「そうだよ! 『寮生ポータル』で入館記録が見れるじゃん! (玄関の方を指さしながら)ほら、リーダーにカードをピってした時間が見れるやつ!」
晃大「あー・・・・・・確かにそんな機能があったっけ」

 七生はスマホのカメラを起動し、啓の寮生カードのQRコードを読み取る。『寮生ポータル』と名前がついたウェブサイトが開き、パスワードの入力画面が現れる。スマホを覗き込んでいた匡と晃大は残念そうに肩を落とす。

晃大「パスワードがわかんなきゃ駄目じゃん」
匡「やっぱりまずは、啓くんを探さないと……」

 晃大と匡は「とりあえず寮の中を探してみる?」「食堂に行ってみよーぜ」と話し始めるけれど、七生は一人でパスワード画面と向き合う。啓に寮生ポータルの説明をしたときに「俺、パスワードとか覚えんの苦手なんだよね。誕生日でいいと思う?」と言っていたこと、女子生徒たちとの会話の中で、七夕が誕生日だと話していたことを思い出す。

七生(パスワードは0707・・・・・・啓、勝手にログインしてごめん!)

 啓は罪悪感を覚えながらもパスワードを入力し、ログインボタンを押す。すぐに画面は切り替わり、無事に寮生ポータルにログインできたことがわかる。

七生(やった!)

 『入館記録』のボタンを押すと、過去1週間分程度の入館記録が「月/日/時/分」の表記でずらりと並んでいる。一番新しい入館記録は今日の14時27分、その前は昨日の16時02分。

七生(あの女の人は『今日』啓にナンパされたんだって言い方をしてた。だからこの14時27分の記録を見れば……!)

 七生、パソコンに向かい合ったままの守衛に言う。

七生「今日の14時27分前後の映像を見せてください!」
守衛「あ、ああ……そういうことなら……」

 守衛が動画データの一つをクリックすると、寮の玄関口の録画映像が映し出される。匡と晃大も一緒になって画面を凝視する。早送り。
 画面の時計が14時27分になると、画面には啓の姿が映し出される。手にはコンビニの袋を提げており、周囲に他の人の姿はない。七生は急に笑顔になって、画面上の啓を指さす。

七生「ほらほら! やっぱりあの女の人は啓が連れ込んだんじゃない! これが証拠だ!」
晃大(ガッツポーズをして)「よっしゃあ! この映像を他の寮生にも見せてやろうぜ!」

 事件の解決を喜ぶ七生と晃大だが、一緒に映像を見ていた守勢が水を差す。

守勢「しかしなぁ。これだけの映像じゃ、お友達の身の潔白は証明できないんじゃないか? 確かにこのときは誰も連れていないようだけど、玄関を通るときに必ずしもカードを使うわけじゃないからなぁ。ドアにロックがかかるまでは少しラグがあるから、他の人がドアを開けたときを見計らって、一緒に寮に入ることができないわけではないし」
七生(はっとして)「あ……」
晃大「確かに俺もよくやるわ、カードを出すのが面倒なときとかに」

 七生と晃大は推理がふりだしに戻った気持ちで「うーん・・・・・・」と考え込んでしまう。

七生(啓の無実を証明するためには、あの女の人が『啓とは違う誰かと一緒に寮に入ってきた』ってことを証明しなきゃならないってことか。でも誰がそんなことをしたんだろう? 啓に規則違反の罪を着せるような真似までして……)

 そのとき、ずっと黙っていた匡がおもむろに言う。

匡「赤城くん、何であそこにいたんだろ・・・・・」
七生「赤城くん? そういえば……」

 七生、啓が監督生①②に問い詰められている現場に赤城がいたことを思い出す。そして匡と晃大がやってきたとき、入れ替わるようにしてその場から去って行ったことも。(赤城の部屋は別棟だから、騒ぎを聞いてやってきたというには不自然なことだった)

匡「赤城くんは、彼女にフラれたことを啓くんのせいにしてたよね・・・・・・。もしかしてそのことを根に持って啓くんに仕返しをしようとしてる……とか?」
晃大(うなずきながら)「しっくりくる推理だな」
七生「でも赤城くんが犯人だとしたら、問い詰めても簡単には認めてくれないような……」
晃大「赤城じゃなくとも、犯人は普通、簡単には罪を認めねーよ」

 七生と匡、晃大は眉をへの字にして困ってしまう。3人いるとはいえしょせん気弱なゲーオタ、ヤンキー代表の赤城に喧嘩を売るのは気が重い。


◯数分後・赤城の部屋

 3人は勇気を出して赤城の部屋へとやってきた。10畳くらいの部屋の中にはパイプベッドや衣装かけ、勉強机などが置かれている。
 それだけなら七生の部屋と変わらないのだが、壁の至るところに韓国アイドルグループ『Seven』のポスターが貼られている。中でも『Jua(黒髪、清楚系)』というメンバーのポスターが多く、机の上にはアクリルスタンドなどのグッズも飾られている。(4/21 Jua Birthday concert in TOKYO、と書かれたポスターが一番目立つところに貼ってある)
 椅子にふんぞり返った赤城は、突然やってきた七生たちを迷惑そうにねめつける。

赤城「何の用だよ」

 七生はヤンキーの威圧に負けそうになりながらも必死に質問する。

七生「さ、さっき啓が上級生と揉めてたのは知ってるよね。何か事情を知らないかなと思って・・・・・・」
赤城(わざとらしく)「は? 何のことだよ、知らねーよ」
晃大「知らないことはないだろ! すぐそばで見てたのは知ってるんだぞ!」

 晃大が詰め寄ると、赤城はぬっと立ち上がる。背が高くてがたいもいい。蛇に睨まれたカエルのように3人は動けなくなってしまう。

赤城「見てたから何なんだよ。まさかお前ら、俺のことを疑ってんのか?」

 七生、びびりながらも一歩前に出る。

七生「そ、そうだよ……赤城くんは啓に彼女をとられたって怒ってたから、その仕返しなんじゃないかって思ってるよ……!」
赤城(舌打ちして)「言いがかりつけやがって……証拠でもあんのかよ!」
七生「証拠はないけど・・・・・・赤城くんのスマホのトーク画面を見せてよ。それで怪しいところがなかった土下座でもなんでもするから」

 七生がズボンのポケットに入ったスマホを指さすと、赤城の表情が変わる。それからいきなり七生の肩を突き飛ばす。

七生「わっ……!」
赤城「調子にのってんじゃねぇぞ、てめぇ!」

 突然のできごとに七生はよろめき、転倒する。倒れる途中で赤城の勉強机に腰をぶつけ、机の上の物がばらばらと床に落ちる。腰の痛みにうめく七生。

晃大「何すんだよ!」
赤城「うるせぇ! 陰キャの分際で俺を疑ってんじゃねぇ!」
晃大「疑われるような態度とってんのはそっちだろ⁉」

 晃大と赤城が言い合うそばで、七生は「いてぇ・・・・・・」とうめきながら起き上がろうとする。意図せずして、床に落ちた赤城の寮生カードに指先が触れる。緊張に息を飲み込む。

赤城「これ以上くだらねぇこと抜かすとぶっ殺すぞ! 出てけ!」

 激高する赤城と、部屋から追い出される七生、晃大、匡。バァンッと荒々しい音を立ててドアはしまり、3人はほっとしたようながっかりしたような表情で息を吐く。

匡(ちょっと涙目)「こ、怖かった・・・・・・」
晃大「まじで殺されるかと思った・・・・・・! つーかあの態度、100(パー)赤城が犯人だろ!」
匡「七生、大丈夫?」

 匡に問いかけられて、七生はビクッと肩を揺らす。右手に隠し持っていた赤城の寮生カードを、冷や汗を流しながら匡と晃大に見せる。

七生「持ってきちゃった・・・・・・はは」

 恐ろしい物を見たような表情になる匡と晃大。