寒がりで寝相の悪いルームメイトができました

〜啓サイド・啓の独白〜
※『――』はモノローグ

 11月下旬、啓と七生の出会いまで時は遡る。転校初日の授業を終えた啓は、柏葉寮の廊下で啓と出会う。

 ――第一印象は『根暗そうで失礼な奴』だった。

 上級生から「転校生と相部屋でよろしく」と言われた直後の七生の顔。眉をひそめ口をへの字に折り曲げ、嫌だなぁという気持ちを隠そうともしていなかった。

啓「転校生の黒川啓です、よろしく♡」
七生「……知ってる」
啓「あれ、どこかで会ったっけ?」
七生「同じクラスだよ……1年3組」

 啓が愛想良く自己紹介をしたというのに、七生は無愛想な態度で短い返事をするだけ。顔面に社交辞令の笑みを貼り付けながらも、啓は心の中で毒を吐く。

啓(無愛想な奴だな・・・・・・2年に上がるまでとはいえコイツと相部屋かよ……)

 案内をしてくれた寮生たちがいなくなると、七生は溜息交じりに仕切り直す。

七生「寮の中、案内するからついてきて」

 七生の背中に続いて、啓は寮の中を見て歩く。まず案内してもらったのは食堂で、七生はぼそぼそと聞き取りにくい声で説明する。

七生「朝飯は7時から8時、夕食は18時から20時。土日も同じ時間で昼飯はない」

 続いてランドリー室にて、やはり七生はぼそぼそと説明する。
 
七生「洗剤と洗濯機はただで使える。土日は混むから平日に使うのがお勧めかな」

 丁寧な説明を聞くうちに、啓はちょっとだけ七生のことを見直す。

啓(面倒臭そうな顔をしてた癖に、ちゃんと案内してくれんじゃん)

 寮の玄関口にて、ICカードの説明をする七生の横顔。啓の方が15cmくらい背が高いから、七生の顔は前髪に隠れてよく見えない。説明と軽いノリの雑談が終わった後、啓は七生の肩にべたっと腕を回す。
 
啓「俺、札幌に着いたの昨日の深夜でさ。荷物の整理が全然終わってないんだよね。手伝ってよ、ななみん♡」
七生「……ぇ」

 これ見よがしに嫌そうな顔をする七生。でも啓は、さっよりは前向きな気持ちで七生の肩を抱く。

啓(感情が顔に出やすいタイプだけど、悪い奴じゃない。相部屋といっても一時的なもんだし、まぁ何とかなるか)

 ――邪険にするつもりもないけど、必要以上に仲良くするつもりもなかった。
 ――だって人付き合いはさ、そっちの方が気楽だろ。


◯その日の夜〜翌日までの一連の出来事

 夜の11時半頃、啓はパイプベッドの上で薄い毛布にくるまっている。パジャマ代わりの部屋着は半袖半ズボン。猫のように身体を丸めるものの、部屋が寒すぎて目が冴えてしまう。

啓(……寒っ! まじで寒っ! 全然、寝られないんだけど!?)

 ガチガチと歯の根を震わせながら、部屋の逆側にあるパイプベッドを見ると、羽毛布団にくるまった七生がすやすやと寝息を立てている。啓は恨めしげにねめつける。

啓(くそー……あったかそ……ちょっとで良いからその温かさをわけてくれ……)

 もう一度毛布にくるまって寝ようとするものの、一度冷え切った身体はそう簡単にはあったまらない。苛立ちが最高潮に達した啓は、がばっと起き上がる。七生のベッドへと向かっていくと、七生を起こさないように羽毛布団に潜り込む。

啓「わり、ちょっとだけあったまらせて……」

 小さな声でささやくと、七生は「うむ……んん」と寝言を言うものの起きる気配はない。羽毛布団の中は七生の体温で温まっていて、啓は段々と眠たくなってくる。

啓(あったかくて気持ちい……このまま寝たらまずい……か? いや別に大丈夫か……男同士なんだし、明日の朝きちんと説明すれば……)

 啓、ぬくぬくと気持ちよさそうに眠りに落ちる。

 時間経過。
 翌朝、啓が布団に潜り込んだことに文句を言う七生。夜中に目覚めたっきり寝付けなかったようで、目元がどんよりとした明らかな寝不足顔。
 
七生「ふざけんなし……全然、寝れなかったんだけど」
啓(やっぱ文句は言われるよな〜。俺だって初対面の奴がいきなりベッドに入ってきたら普通にぶっ飛ばすわ)

 七生の心情を理解しながらも、軽い調子で説明する啓。

啓「そうは言われても、まじで凍え死ぬかと思ったんだって。この部屋も暖房、壊れてねぇ?」
七生「暖房じゃなくてお前の布団の問題だわ! 雪国の冬をあんなぺらっぺらの毛布で乗り切れると思ってんのか!」

 散々文句を言った後、七生は朝食をとるために部屋から出て行ってしまう。残された啓はスマホで羽毛布団の検索画面を眺める。

啓(そりゃ買えるもんならすぐにだって買いたいけどさ……貧乏奨学生にはちょっと手が届かねぇわ)

 スマホをベッドに放り出して考える。

啓(お金をかけずに暖を取る方法……あ!)

 時間経過。
 啓はナンパした女性を湯たんぽ代わりに部屋に連れ込む。そのことを知った七生はブチギレ。

七生「お前っ……何考えてんだ! 退寮になりたいのか!?」
啓「えー、女の子連れ込んだくらいじゃ退寮にならないでしょ」
七生「なるんだよ! 部屋に連れ込んだだけならまだしも、やることやったら完全にアウトだわ! しかも場合によっては俺まで共犯だと思われるんだわ!」

 ぽろっと涙を零す七生。パフォーマンスではなく本気で泣いている模様。

啓(やべっ、泣かせちゃった)

 ぐしぐしと目元をこする七生を見て、意外な姿を見たような気持ちになる。

 ――無愛想で冷めた奴だと思ったけど、きちんと感情表現はするんだなと思った。泣いたり怒ったり呆れたり。いつもへらへらした態度の俺より、よっぽど人間らしい奴だなって。

 まだ涙目の七生に、啓はあざとくおねだりをする。
 
啓「今年の冬はななみんの布団で一緒に寝かせてよ。そしたらもう、部屋に女の子は連れ込まないって約束するからさ。ね、お願い♡」

 一言二言文句を言いながらも、七生は啓の頼みを受け入れる。

七生「わかった……その代わり約束は守れよ! 破ったら二度と布団は貸してやらないから!」
啓「やったー♡ ななみん愛してる♡」

 啓は七生に熱烈な抱擁をする。七生は「ヤメロ」と顔を背けながらもまんざらではなさそうな態度。

 ――湯たんぽ役ができてラッキー♡なんて思ってた。もちろん、社交辞令の『愛してる』を言うくらいには感謝もしてた。


◯大通りで買い物をした日の一連の出来事

七生「というわけでこれから大通りに出かけます。30分で支度して」

 身支度を整えた七生が、(七生の)ベッドでごろごろする啓にビシッと伝えてくる。

啓「出かけんの? 2人で?」
七生「そう」
啓「ふーん……まぁ別にいいけど。予定もないし」

 啓はのそのそとベッドから起き上がる。

啓(何でいきなり出かけるなんて言い出したんだろ・・・・・・面倒だけど、せっかく北海道に来たんだし観光気分で出かけるのも悪くない、か)

 時間経過。
 ボン・キ・ホーテで一通りの買い物を終えた後、啓と七生は店内をぶらぶらして時間をつぶすことに。悪巧みを思いついた啓は、アダルトコーナーに七生を引っ張っり込もうとする。顔を真っ赤にして抵抗する七生、ちょっと面白くなってくる啓。

啓「何でそんなに照れんの。ななみんって、ひょっとして童貞?」
七生「高校生が童貞で悪いか! つーか『18歳未満立入禁止』って書いてあんだろ日本語読め!」
啓「あははっ、言うねー」

 ――初対面のときはぼそぼそ喋ってたけど、慣れてくると意外とでかい声が出る。ツッコミのセンスもあるし、仲良くなるとけっこう面白いかも?

 時間経過。
 買い物に行った日の夜、買ったばかりのルートウェアとルームソックスを身に着けた啓は、早々に布団に入る。

啓「じゃ、俺は先に寝るわ。ななみんとのデートが楽しくてはしゃぎすぎちゃった」

 毛布にくるまり湯たんぽを抱きしめる。相変わらず毛布は心許ないが、ひとまず寝られそうな暖かさではある。しかし啓は、心の隙間に冷風が吹き込んだような感覚に襲われる。

啓(あ、寒……何でだろ……)

 この数日間、七生を抱きしめていたように湯たんぽを強く抱きしめる。温かさは伝わってくるのに心は冷えたまま。
 ふと今まで気づかなかったことに気づく。

啓(もしかして俺……意外と寂しかったのかな。母親は家に帰ってこなくて、祖父母には厄介者扱いされて、挙句の果てにたった1人で知り合いもいない北海道に送られるって……よく考えたら散々だもんな)

 毛布に鼻先までうずめて目を閉じる。

啓(ななみんに身の上話をしちゃったのは『誰かに同情してほしい』とか思ってたから? 誰かを抱いて眠りたかったのは1人で寝るのが寂しかったから? もしかして俺、結構弱ってる?)

 そのとき、背後から七生の大声が聞こえる。

七生「あー……もう! 啓!」

 足音が聞こえたかと思うと勢いよく毛布を剥ぎ取られ、驚く啓。

啓「……何?」
七生(照れ臭そうに)「だ、抱きつかないって約束するなら一緒に寝てやってもいいけど……っ」

 七生の言葉に啓は2度驚いて、しばし沈黙する。

啓(俺……『寂しい』って声に出して言ってた? いや、言ってねぇわ。何も言ってないのに察してくれたの? つーか俺と一緒に寝るのが嫌だから買い物に連れ出したんじゃねぇの?)

 啓は感情が顔に出ないように、喉のあたりにぐっと力を込める。どうするんだよ、と目線で尋ねてくる七生の顔がやけに輝いて見える。

 ――仲良くなりてぇな、と純粋に思った。クラスメイトだからとかルームメイトだからとかじゃなくて、素直にこいつの人柄が好きだなって。
 ――多分、ここが始まりだ。


◯一緒にゲームをするようになる〜年末年始までの一連の出来事

 ベッドの上でゲームをする七生と、その隣に座る啓。イヤホンで音楽を聞きながら、こっそり七生の横顔を見下ろす。
 ――ゲームに集中するとパーソナルスペースが狭くなる。
啓(うなじ、細……)

 寮の食堂で、向かい合って食事をする啓と七生。嫌そうな顔でブロッコリーをちびちび齧る七生を、啓が箸を手に見つめている。
 ――好き嫌いはほとんどないけど、ブロッコリーだけは苦手。

 寮の共同浴場の更衣室。周囲の寮生たちがさっさと服を脱ぐ中、こそこそと隠れるようにして服を脱ぐ七生。
 ――みんなよりも体毛が薄いのを気にしている。
啓(……つるつるで可愛いと思うけど)

 クリスマスの日、クリスマスパーティーの話をしながら道を歩く啓と七生。マフラーから覗く七生の鼻先は寒さで赤くなっている。
七生「で、プレゼント交換をするから500円以内で何か買ってこいってさ」
 ――寒いと鼻先がトナカイみたいに赤くなる。可愛い。

 クリスマスパーティーのプレゼント交換。晃大から貰った漫画をぱらぱらと捲る七生。こたつの上には七生がプレゼント用に買った駄菓子が散らばっている。
 ――プレゼントのセンスはない。
啓(でも俺はななみんの買った駄菓子が欲しかったなぁ……)

 クリスマスパーティーの後、シマエナガのキーホルダーを渡したら驚く七生。気のせいかちょっと目が潤んでいる。
 ――意外と可愛いもの好き? それとも予想外だったから驚いただけ?
啓(本当はもっと良い物をあげたかったけど……気を遣わせたら悪いしな)
 
 年末年始、七生の自宅にて。お風呂上がり、中学の頃のジャージ(名入、ダサい)をパジャマ代わりにする七生。袖丈は少し短いがまだまだ着られる感じ。
 ――ジャージを着ると中学生に見える。可愛い。

 外遊びのとき、耳あてのついた幼気な帽子をかぶる七生。七生が歩くと、帽子のてっぺんについたボンボンがぽよぽよ揺れる。
 ――おい、何だその帽子は。可愛い。

 2人でそり滑りをして転倒し、雪まみれになる七生。啓の腹の上でぷりぷり怒っているが、顔中雪まみれなので迫力がない。
 ――可愛い、つーか好き。

 そり滑りの日の夜、方言を指摘されて赤くなる七生。
 ――好き好き好き、大好き。

 啓の布団に入ってきて、慣れない挑発をしてくる七生。
七生「お、襲えばいーじゃん……できるもんならっ……」
 ――おい止めろ馬鹿。可愛すぎてギリギリなんだっつーの。

 啓、堪えきれず七生にキスをする。途中で我に返り、理性を失わないように七生の部屋から飛び出す。ドアから少し離れたところで、廊下の壁に背中をあてて座り込む。(前話のラストに合流)

啓(やっちまった……けどよく堪えた俺。あれより先は駄目だ、ごまかしきれねぇ)

 キスの感触を思い出すように唇を撫でる。

啓(多分、押せばいける。全部、俺の物にできる。でも駄目だ。ななみんは学校で問題を起こしたこともなくて、女遊びもしたことなくて、家族にも愛されてる。俺みたいなしょーもない奴が欲しがっちゃ駄目だろ)

 天井を見上げて溜息をつく。

啓(大丈夫……欲しいものを我慢すんのは慣れてる。春になれば一人部屋になるから、もう一緒に寝ることはない。そうしたらこの気持ちも落ち着く・・・・・・はず)

〜啓サイド・啓の独白終わり〜


〇冬休み明け・教室

 1月20日頃、始業式の日の朝。教室にいる学生たちは、冬休み気分が抜けずに騒がしい。「冬休み、どこか行った?」「昨日、雪でJRが遅れてさ」とあちこちから雑談の声が聞こえてくる。机でゲームをする七生と啓のところに、晃大と匡がやってくる。

晃大「おーっす、久しぶり」
匡「七生、啓くん、おはよぉー」

 七生、ゲームを中断して尋ねる。

七生「おはよう。2人とも、いつ実家から戻ってきたの?」
匡「僕は昨日の午前中に帰ってきたよ」
晃大「俺は一昨日。本当はもっと早く帰ってくる予定だったんだけど、居心地が良くてさぁ。掃除も洗濯もしなくていいって最高じゃね?」
七生「わかる」
晃大「七生と啓は? 2人で七生の実家に行ってたんだろ?」

 七生と啓、ゲームを持ったまま顔を見合わせる。

啓「1週間くらいお邪魔してたかな」
七生「三が日が明けたら札幌に戻ってきて、2人でずっとゲームしてたわ」
晃大「へー、親にもっとのんびりしてけって言われなかった?」
七生「言われたけど、実家にいてもすることねぇし。あと兄ちゃんが結婚相手と子ども連れてくるって言ってたから、鉢合わないようにしたくて」
晃大「子ども、何歳?」
七生「1歳、お盆に会ったけどあれは人間じゃなくて動物だわ」

 苦笑いを浮かべながらそう言い切って、七生はまたちらっと啓の方を見る。啓はにこにこといつも通りの笑顔を浮かべている。

七生(やっぱり普通・・・・・・キスしたこと、啓の中ではなかったことになってんのかな。相変わらず布団には入ってくるけど、それ以上のことはしてこないし……)

 誰にも気付かれないよう小さな溜息をつく。

七生(変に態度を変えられても気まずいし、これで良かったのかもしれないけど・・・・・・でもほんの少しでいいから、俺のこと意識してくれないかなぁ)

 恋心を自覚したことにより、七生は以前よりも啓のことを意識してしまう。だからといって自分からアタックする勇気はない。匡と晃大は近くの席から空いた椅子を引っ張ってきて、4人の会話は続く。

匡「冬休みが終わると1年も終わりって感じがするよねぇ。大きなイベントももうないし」

 哀愁ただよう匡の言葉に、七生は「学力テストがあるじゃん」、啓は「卒業式って在校生なんかすんの?」と思い思いの返事をする。数秒おいて、晃大がかしこまった口調で重大な話題を投入してくる。

晃大(もったいぶって)「おいおい諸君……バレンタインデーの存在を忘れてやしないかい?」
七生・匡・啓「「「あー・・・・・・」」」

 場はしばし沈黙に包まれる。匡のつぶやきが静寂を破る。

匡「啓くん、食べ切れないくらいチョコ貰いそう・・・・・・」
晃大(うなずきながら)「それな。下駄箱がチョコレートで溢れてわやになってそう」
匡「机の上も雪崩状態だよね、きっと」
晃大「悪いこと言わないから紙袋もってこいよ。そして寮でこっそり俺たちにおすそわけしろ」

 匡と晃大は勝手に盛り上がるけれど、啓は困り顔。

啓「えー……たくさん貰ってもお返しとかできないけど、俺」
晃大「じゃあもういっそ机にでかい段ボール箱おいとこうぜ。『黒川啓へのチョコレートはこちらへどうぞ、なおホワイトデーのお返しはありません』って張り紙はってさ」
啓「それはやだ♡」

 賑やかな会話を遠巻きに眺めながら、七生はぼんやりと考える。

七生(バレンタインデー……かぁ……)


〇バレンタインデーの前日・商業施設

 大きな事件も起きず時間は過ぎ、バレンタインデーは翌日に迫る。その日は日曜日で、私服姿の七生は1人である商業施設を訪れている。食品売り場の一角には特設コーナーが設けられ、たくさんのチョコレートが売られている。バレンタインデー前日ということもあって、売り場は多くの女性客で賑わいを見せる。
 七生は500円くらいの小さなチョコレートを手に、真剣な表情で考える。

七生(あげるとしたら、あんまり高くないチョコの方がいいよなぁ。でもクリスマスプレゼントのお礼ってことにすれば、もうちょっと高くても大丈夫かなぁ)

 高価なチョコレートに目移りしてみたり、ネタ系のチョコレートを手にとってみたりと忙しい。

七生(いや……そもそも男同士でチョコのやりとりをすること自体がおかしいか? でも友チョコって言葉があるくらいだし、さらっと軽いノリで渡せば大丈夫だよな・・・・・・)

 頭を抱えてぐるぐるぐる。

七生(でもでもでも、さらっと渡してさらっと流されちゃうのもどうなんだ? 俺は啓にどんな反応をしてほしいんだ? つーか俺、啓とどうなりたいわけ? うあぁー・・・・・・恋愛経験なさすぎて自分の気持ちがわかんない・・・・・・)


〇時間経過・寮の廊下

 商業施設から帰ってきた七生は、部屋に戻るため寮の廊下を歩いている。(手に荷物は持っていないが、大きめのショルダーバッグを身につけているため、七生がチョコを買ったかどうかはわからない)

七生(あれこれ悩んでたら遅くなっちゃったな・・・・・・ん?)

 ふと廊下の向こう側が騒がしいことに気付く。七生と啓の部屋の前に、何人かの寮生が集まっている。匡と晃大の姿はないが、見慣れた監督生①と監督生②が立っている。そして人の輪の中心には啓と、七生の知らない女性(大学生くらい、垂れ目でおっとり系)の姿が。

 七生がそっと近づいていくと、どうやら啓と監督生②(優等生タイプ)が言い争っている模様。

啓「だから、俺は知らないんですって!」
監督生①「知らないで済まされる問題じゃない! 寮に異性を連れ込むのは重大な規則違反だ!」
啓「知らないのはそこじゃなくて・・・・・・何でこの人(女性を指さす)が俺の部屋にいるのか知らないっつってんの! ランドリー室に行って、帰ってきたらいつの間にかいたんだって!」
監督生②「そんな言い訳が通用すると思うのか⁉」

 白熱する言い争いに、女性がきゅるりと可愛こぶった口調で口を挟む。

女性「私、その人にナンパされて連れてこられたんですぅ。『今日は休みだから2人で部屋でイイコトしよう』って♡」
啓(驚愕して)「なっ……」

 啓は何かを言おうとするけれど、過去に問題を起こしているため(赤城が怒鳴り込んできた件)周囲の視線は冷たい。誰も口には出さないけれど、「また黒川か・・・・・・」「あの顔なら女も寄ってくるよな」との思いがひしひしと伝わってくる。

七生(啓が、()()ナンパを・・・・・・?)

 七生は人だかりから距離を置いて、一連の出来事を見守っていたが、ふいに啓と視線が合う。この場に味方がいない啓は、ふらふらと七生の方へ歩いてくる。

啓(縋るように)「ななみん、俺……」
七生「っ……」

 伸びてきた啓の手を、七生は咄嗟に払い落としてしまう。(※その拍子に、啓のズボンのポケットから寮生カードがぽろっと落ちる)はっと気付いたときにはもう遅く、啓は傷ついた表情を浮かべて走り去って行く。

監督生①「おい、黒川!」
監督生②「話はまだ終わってないよ!」

 上級生たちの呼びかけにも応じず、啓の背中は見えなくなる。事件の中心人物がいなくなってしまったので、人々の間には困惑が広がる。

女性「あのぉー。私、帰ってもいいですか? 異性立入禁止なんて知らなかったしぃ」
監督生②「えっと、じゃあ念のため名前と連絡先だけ教えてもらって・・・・・・」
女性「えー、めんどくさ」

 女性と監督生②がやりとりをする近くで、七生は茫然と立ち尽くす。啓の傷ついた顔が頭を離れず、啓の手を払い落とした指先がぴりぴりと痺れる。

七生(どうしよう。俺、啓を傷つけた)

 そのとき、騒ぎを聞きつけた匡と晃大がやってくるけれど、七生は自分がしてしまったことへの後悔から逃れられない。(※赤城が満足そうな表情を浮かべてその場から立ち去る)

七生(どうしよう――)